17,
セシリアたちと別れたケンたちは、あまりに豪奢な部屋を前に、しばし言葉を失っていた。
「それで、ケン。このホテルをどう思います?」
マコにはどう考えても、このホテルが尋常でないことはわかっていた。アーチャーも同様だ。ケンの指示に従ったものの、疑念が晴れたわけではない。
「いや、なかなか良いところじゃないか? 安く泊まれるみたいだしさ」
「脳天気にもほどがありますよ……。あのゴーレム、この外観、部屋の中。どう見ても高級ホテルです」
「まあそうだな。それを五十ゴールドで泊まれるとは……新装開店にしても、少々出来すぎている感は否めない」
これほどのホテルがあれば、もっと知れ渡っていてもおかしくはないはずだ。しかし彼ら——Sランク冒険者パーティ【黄昏の竜】の耳に、そんな話は入ってきていなかった。
セシリアは知らないことだが、彼らは世界でも指折りの実力者集団だった。それゆえに世界各地を渡り歩き、一般の人よりはるかに多くの情報を得ている。
「ここは三十年前の魔王城の跡地だという。直接見たことはないが……もしかすると」
「この城が魔王城では、ということ?」
「可能性はゼロではないな。もっとも、勇者が魔王を倒した際に城は取り壊されたとも聞く。だから別物かもしれないが」
すべては憶測に過ぎなかった。
「よく泊まる決断をしましたね」
マコが問うと、ケンはうなずいた。
「女将さんは悪い人じゃなさそうだし、あのアシスタントの方もそうだ」
アシスタントとはレオニダスのことだ。
「俺たちに害を及ぼすつもりなら、そもそも助けはしなかっただろう」
「命を救って信用させてから、詐欺を働くという可能性は考えませんでしたか?」
ふむ、とケンは少し考えてから言った。
「まあ、大丈夫だろう」
「考えてなかったんですね! もう、リーダーがしっかりしてください!」
「まあまあ。直感で悪い人たちじゃないと感じたんだよ。リーダーの勘を信じてくれ。それに、アーチャーが常に周囲を警戒してくれているし、大丈夫だって」
寡黙な弓使いがこくりとうなずいた。
「私は、心を許したわけではありませんからね」
「それで十分じゃないか?」
そのときだった。こんこん……と扉がノックされた。
「お食事の準備が整いましたよ!」
女将のセシリアが部屋に入ってきた。
「ちょうど腹が減っていたところだ。行こうぜ」
三人は部屋を後にした。セシリアに案内されてたどり着いたのは、広大な食堂だった。
晩餐会でも開けそうな、広く豪奢な空間。鏡のように磨かれたテーブルの上には、銀のフォークとナイフ、白く美しい食器が並んでいる。
(一流ホテルにも引けを取らないな……)
ケンは感心し、マコはさらに疑念を深めていた。アーチャーは黙って席に着く。
「では、お料理をお運びいたします!」
ぱんぱんと手を打つと、入り口で見たゴーレムたちがガラガラとカートを押しながら入ってきた。蓋が開けられると、ふわりと香ばしい香りが鼻孔をくすぐった。
「こ、これは……シチュー?」
「黒いシチューだわ。こんなもの見たことがない!」
この世界では通常、シチューといえば白いものが一般的だ。しかしセシリアが提供したのは、琥珀色のソースの中にごろりと大きな肉の塊が沈む、ビーフシチューだった。
「ビーフシチューですわ! ……まあ正確には、牛肉ではないのですけれど」
「何の肉が使われているんですか……?」
「そこはまあまあ!」
(ごまかされた……)
大丈夫なのかと、マコがケンを見やった。しかしケンはすでに「うまそう」と言いながら一口食べてしまっていた。
「うっ!?」
「ケン! 今すぐ解毒の魔法を……!」
「うまいいいいいいいいいいいいいいいい!」
ケンが歓声を上げながら、なんちゃってビーフシチューを食べ続ける。
「なんだこれ……! 肉の脂の甘みとソースのコクが合わさって……うますぎる! 何杯でもおかわりできそうだ!」
ケンだけでなく、アーチャーまでもがすでに皿を空にしていた。マコは不審がりながらも、恐る恐るスープをすすり——。
「う、うまっ! なにこれ……!」
あまりの美味しさに、思わず目に涙が浮かんでしまった。
「この肉……ごろっとしていて、噛むと脂がじゅわっと溢れ出てくる……。牛でも豚でもない……一体何の肉なんですか……?」
するとセシリアは「まあまあ」と、やはりごまかしてしまうのだった。




