13.
真理の力を借りて、最低限必要な食材を集めることができた。袋に詰め、魔王城へ戻ろうとしたそのときだった。
「セシリア。人がいる。魔物に襲われている」
「人!?」
驚くのも無理はなかった。ここは廃墟同然の魔王城と、奈落の森しかない場所だ。この森に狩りに来る者がいないわけではないが……。
(こんな危険な森にそうそう来られるはずが……いや、今はそんなことを考えている場合じゃない!)
「レオニダス! 助けに行きましょう!」
「承知した。真理、案内を頼む」
真理は「あいよー」と素直に応じた。叡智の精霊であることを褒めたことで、若干心を開いたらしい。
セシリアたちは現場へと急いだ。そこにいたのは、鎧をまとった剣士、魔女帽子をかぶった女性、弓を背負った少年——三人組の冒険者たちだ。
(冒険者だわ! 助けないと)
ナハトへの思いはある。悪女として歴史に刻まれているのもわかっている。しかしだからといって、人間が嫌いになったわけでは断じてない。困っている人が目の前にいて、何もしないまま後悔はしたくなかった。
冒険者たちの前には、赤い毛皮をまとったクマ型の魔物が立ちはだかっている。
「赤熊だね。Aランクの危険な魔物。巨木を砕く膂力と、発火する爪が武器だよ」
「レオニダス!」
たんっ、とレオニダスが駆け出した。赤熊が巨腕をすさまじい速さで振り下ろす。ごうっと風を切る音とともに、拳が繰り出される——剣士の男に届く前に、レオニダスがその間に割って入った。
どごぉおん!
「あんた……大丈夫か!?」
剣士の男が、驚愕のまなざしをレオニダスへと向けた。巨木を砕く一撃を、正面から受けてしまったのだ。
この世界に防御手段は数あれど、Aランクの攻撃を受けて無事でいられるはずがない。だからこそ——。
「無論だ。君たちこそ、大丈夫か?」
「な……!? か、片手で受け止めたって!?」
無理もない驚きだった。レオニダスは利き手と逆の腕で攻撃を受け止めていたのだ。苦しむ様子もない。攻撃の余波で地面はくぼみ、周囲の木々は揺れているというのに。
「レオニダス、手加減を!」
(手加減……そうか、魔族だとわかってしまうのか……)
セシリアの言葉を受け、レオニダスは両手で赤熊の腕をつかみ——ぶんっ、と勢いよく投げ飛ばした。
「す、すごい……あんなに大きなやつを投げ飛ばすなんて……!」
(何をしているのレオニダス……)
魔族だと露見しかねない行動をなぜ取るのか、セシリアには理解できなかった。しかしレオニダスにとっては、これでも十分に手を抜いているつもりなのだ。
(加減の仕方がわからないのかもしれない……でも今はそれどころじゃない!)
セシリアはすぐに冒険者たちの容体を確認した。
「これは……ひどい……」
魔法使いと弓使いの状態はかなり深刻だった。魔法使いは両腕に引っかき傷を負い、赤熊の能力により筋繊維が完全に焼き切れている。弓使いは足が折れ、あらぬ方向を向いていた。
「すまない、ポーションがあったら仲間たちにかけてやってくれないか。傷が深いんだ」
「深いのはあなたもですよ!」
ぴしゃりとセシリアが言い、剣士の体に触れた。胸のあたりにそっと手を当てた瞬間、「ぐっ……!」という悲鳴とともに剣士が吐血した。
「肋骨が折れて、肺に刺さっているのでは!?」
「はは……げほっ……よくわかったね……」
(叡智の精霊がいてくれているからよ)
密かに真理に確認していたのだ。三人の中で最も致命傷を負っているのは、このリーダーの剣士だった。
「レオニダスは周囲の警戒をお願い。絶対に魔物を近づけさせないで」
「わかった。君は?」
「今すぐ治療します!」
セシリアは袋から敷物を取り出し、剣士に横になるよう指示した。痛みをこらえながら、ゆっくりと彼が横たわる。
セシリアはまず胸に手を当て、体外から聖女の調和魔力を流し込んでいく。魔力はじんわりと彼の体へ染み渡り、黄金の光が包み込んで——やがて静かに消えた。
「あ、あれ……? 本当に痛みが……消えた……? うそだろ!」
がばっ、と男が体を起こし、自分の胸に触れた。
「どうなってるんだ……?」
「す、凄すぎます!」
魔法使いの女性が、男の胸を確かめながら声を上げた。
「骨折が治っています! 治癒魔法でも、聖女の治癒スキルでもありません!」
「どういうことだ?」
「よろしいですか」と、魔法使いが続ける。
「治癒魔法とは本来、代謝を促進して傷の回復を早めるものなんです。穴の開いた肺や折れた骨をそのまま元に戻すことなど、そんなことはありえないんですよ!」
治癒魔法とは全く異なる理で、剣士が回復されていた。そのことに魔法使いは驚いているのだった。
「一体何者なんですか……お姉さん……?」
するとセシリアは「えーっと」と言葉を選びながら答えた。
「ただの、宿の女将です……!」
その場に、静寂が流れた。
真理が呆れたようにつぶやく。
「そりゃそうだ。どこの世界に、宿の女将が奇跡の治癒を行えるという話があるものか」




