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11.


 セシリアの魔力から生み出した大量のゴーレムと、特別な石けんのおかげで、魔王城はめざましい速さで清潔を取り戻した。


「見事だな……」


 レオニダスは磨き上げられた壁や床、そして天井を見渡した。

どれもまるで鏡のように光り輝いている。


 割れていた窓ガラスは調和の魔力によって元通りに修復され、石けんのおかげで曇り一つない。


 外からの日差しが以前より多く差し込むようになり、魔王城の内部はずっと明るい雰囲気になっていた。


「それに、心地よい香りがする……」


「ラベンダーなどのおかげだよ。布団やシーツを洗う際にも使ったから、これで眠ればぐっすりだよ!」


 ベッドなど、もともと魔王城に残っていた備品はそのまま活用している。

 ゼロから揃えていたら、営業開始まで遥かに時間がかかっていたことだろう。


「そういえば、真理。魔王城の備品がそのまま残っていたのは、なぜなのかしら。かなり高価なものばかりのように見えるけれど」


 ナハトたち勇者はもとより、盗賊などが備品を持ち去らなかったのはなぜか。

 セシリアは疑問を口にした。


「いくら高級な調度品でも、魔王——つまり敵のものでしょう。奪わないよ。後で何をされるかわからないし、呪いがかかっている可能性だってあるから」


「なるほど……」


 納得はしたが、ずいぶんと身勝手な理由だった。


(備品が残っていたのはよかったけれど、そういう理由でとは……。魔族だって、悪い人ばかりじゃないのにね)


 セシリアが腹を立てている様子を見て、レオニダスは穏やかに微笑んだ。


「皆が君のように、心の広い人間ばかりであればよかったのにな」


「ど、どうも……。もうっ、レオニダスは褒めすぎだよ。私は別に普通だもの」


「謙遜するな。さて、次はどうする? 一応、客が泊まれる環境は整ったが」


 住まいの環境は整い、備品を活用して寝間着などの備品も用意できた。


「あとは料理かな。素泊まり専用より、食事つきの宿の方が絶対に評判が広まりやすいもの」


「たしかに、美味しい料理を出す宿は、いつの時代も繁盛するというしね」


 叡智の精霊が同意したことで、セシリアは自分の考えが正しいという確信を得た。


「美味い料理と言っても、この城には食材がないぞ」


 三十年間放置されていたのだ。

 食料はとっくに鳥獣に食い荒らされてしまっていた。


「ないなら獲ればいい……でしょ?」


「なるほど……狩りか」


「そう! せっかくレオニダスがいるんだもの。使わない手はないわ!」


 レオニダスは獣化してフェンリルの姿になれる。獣を捕るのは難しくないだろう。


「じゃあ、行ってみましょうか」


「こないだ海藻を取りに行った海へか?」


「ううん。奈落の森(アビス・ウッド)へ」


 一瞬、レオニダスの動きが止まった。


「な、何を言っているんだ……。あそこは魔物の跋扈する森だぞ……?」


 この魔王城のある土地は、荒野と奈落の森(アビス・ウッド)に挟まれていた。

 荒野で食料が手に入らないのは言うまでもない。


「奈落の森にも動植物はいるが、魔物の数の方が遥かに多い。食べられるものはとっくに食い尽くされているし、そもそも瘴気があって中に入れない」


 様々な理由から、奈落の森での食料確保は不可能に近かった。

 しかしセシリアの瞳には、できるという確信があった。


 それを読み取ったのだろう、レオニダスは「わかった」と言って、二人で城の外へ出た。


 獣化したレオニダスの背に乗り、セシリアたちは奈落の森へと移動した。


「いやあ、初めて乗ったけど、レオニダスって速いね!」


 レオニダスから降りたセシリアは、乱れた髪を手で直しながら、先ほどのことを思い返した。

 城の前を離れたと思った瞬間、突風が吹き荒れた。


 景色が猛烈な勢いで過ぎ去り、気づけば森の前に瞬間移動していたかのようだった。


「しかもこのレオニダス、君の体に負担がかからないよう、速さを抑えていたんだよ」


「あれが最大速度じゃないの!? すごい!」


 セシリアが屈託なく褒めると、人の姿に戻ったレオニダスが、照れくさそうに頭をかいた。


「ありがとう。それより……森に来たわけだが、どうするんだ? 瘴気があって、長時間は入れないぞ」


「大丈夫だよ。見ていて」


 ぽわ……とセシリアの手が輝く。

 レオニダス、そして彼女自身の体が、黄金色に包まれた。


「魔力を付与したのか?」


「うん。これで大丈夫。入ってみて」


 レオニダスはうなずき、迷わず森の中へと一歩踏み入れた。


「!? 普通に呼吸ができているぞ……! 一体どういう仕組みなんだ?」


「調和の魔力による作用だよ。人体に有害な成分が体内に入ろうとした瞬間、調和の魔力がその有害成分だけを取り除いてくれるんだ」


 調和とは、乱れたものを整える力だ。

 空気中に漂う瘴気の毒性成分という異物を取り除き、清浄な空気だけを残す。


 聖女の魔力がフィルターの役割を果たし、結果として呼吸が可能になるのだ。


「本当に、聖女の魔力は便利だな」


「まあね。ただ、何度も言うようだけど、便利な力だからこそ、扱うには高い技量が求められるんだよ」


 周囲の毒性成分だけをピンポイントで調和させなければならない。

 酸素や二酸化炭素といった人体に必要な成分まで取り除いてしまえば、その瞬間に呼吸困難に陥ってしまう。


 セシリアは何でもないかのようにこなしているが、常に高度な魔力制御を続けているのだった。


「本当に凄いな、君は」


「ありがとう。さあ、行きましょう!」

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