お姉ちゃん私は元気にやってます
レイヴン先生の教官室を出ると、空はすっかり夕焼け色に染まっていた。
「あっ、アキナさん!どうでしたの?」
待ち構えていたように、スカーレットが身を乗り出してくる。
「どうって?」
「数値ですわ!私たち、それが気がかりで待っていたのですのよ」
そんなに気にされるとは思わなかった。
……それにしても、興奮しているスカーレットはやっぱり可愛い。
あれ? よく見るとティアもいる。いつもなら部屋で待っているはずなのに。
「600βだって」
一瞬の沈黙。
「まぁ……! あの伝説の初代様より2倍じゃありませんの!」
「やっぱアキナってすげぇな……な、姉さん」
「当然です。アキナ様ですから」
迷いのない断言に、思わず苦笑してしまう。
「さ、食堂へ行きましょう。お腹、空いているでしょう?」
言われて気づいた。
昼もろくに食べていないし、あれだけ動いたんだから、空腹になるのも当然だ。
ぞろぞろと食堂に入ると――
視線と、ひそひそ声が一斉にこちらへ向けられる。
「……相変わらず、不躾な方が多いですわね、この学校」
「不本意ですが、同意します」
「まぁ、不本意だなんて。いつになったらティアさんは打ち解けてくださるのかしら」
「まぁまぁ、2人とも」
ダークが間に入る。
なんだかんだで、この5人で過ごす時間が増えている気がする。
「ねぇ」
突然、鋭い声が飛んできた。
「……あんたが、アキナ?」
振り向くと、険しい表情の女子生徒が立っていた。
「そうだけど。あなたは?」
「名前なんてどうでもいいでしょ! でもね、無色魔法の使い手だからって、いい気にならないで」
「……どういう意味?」
「そのままよ。あんた、ムカつくの。『私はあなた達とは違います』って顔して」
空気が張りつめる。
「あなた、随分失礼ですわね。陰でひそひそ言う方々より、面と向かって言える度胸は評価しますけれど――」
「スカーレット。いい。大丈夫」
制すると、少女は勝ち誇ったような顔をする。
「違うよ。あなたが名乗らないのことにスカーレットがムカつくのも分かる。でもね」
私は一歩前に出た。
「私がいつもこの4人と一緒にいるから、話しかけづらいって思う気持ちも、分かるだけ」
「……私たちが悪いって言いたいの?」
「違う。でもさ、影でこそこそ話される側が、いい気しないのも分かるよね?」
「……」
言葉を失った少女を、私はまっすぐ見る。
「分かる、よね?」
しばらくの沈黙のあと、
「……それでも、ムカつくものはムカつくのよ!」
そう言い捨てて、少女は走り去った。
「……ふーん。やるじゃん、ひよっこのくせに」
「ミナ!?どこから見てたんですか?ていうか授業は?」
「もう終わったよ。で、そちらの方は?」
「はじめまして。ティア・グーデリアンです。弟とアキナ様がお世話になっています」
「ミナ・カンザス。あそこが双子の兄ルーカス、隣がティント。ご飯まだなら一緒にどう?」
「行こ行こ!」
嬉しそうにミナに引っ張られてテーブルへ向かう。
「お、ひよっこたちだ。座れ座れ!」
「お邪魔しまーす!」
「ルーカス、こちらティア。呼び捨てでいい?」
「構いません。よろしくお願いします」
食事が進む中、ルーカスがこちらを見る。
「そういえばアキナ。体力テスト9周走ったって? 噂になってたぞ」
「ぎ、ギリギリです……」
「あのへなちょこがねぇ。やっぱ俺のメニューのおかげだな」
「確かに、あの地獄に比べたら楽でした」
「言うようになったな!」
「俺、初めて訓練で吐きました!」
「そうそう! ティント姉さんももっと優しくしてよ!」
「……うるさい」
笑い声の中で、ふと思う。
私が伝説の初代より強いかもしれないのは――この人たちのおかげなのかもしれない。
胸の奥が、じんわりと温かくなって。
同時に、少しだけ、きゅっと痛んだ。
「どうしましたの?」
「ううん、なんでもないよ」
そう言って席を立つ。
「お腹いっぱい。先に戻るね」
「では、私も」
中庭を抜け、寮へ向かう途中。
「アキナ様?」
「ねぇ、ティア。私もね、元の世界にお姉ちゃんがいたの。よくケンカもしたけど、いつも味方でいてくれて」
「……会いたい、ですか?」
「うん。でもね、今は――みんながいるから大丈夫」
ティアは少しだけ、寂しそうに目を伏せた。
「……代わりにはなれないかもしれませんが」
それでも、はっきりと。
「私は、ずっとお傍にいます」
夕焼けが、静かに二人を包んでいた。




