自分との約束②
第3階層まで、休憩なし。
9時間。
さすがに剣を振るっていた腕は重く、魔力を巡らせるたびに体の内側が軋む。
呼吸は浅く、足裏の感覚はとっくに薄れていた。
――限界だ。
身体が、私より先にそう叫んでいる。
「今日はここで野営しよう」
ティントの声が、張り詰めていた戦闘の緊張をようやく断ち切った。
「アキナ、食料は足りそう?」
「うん。ミナが昨日たくさん狩ってくれたから、保存食も余裕あるよ」
「じゃあ、このまま食事にしよう!」
焚き火の前に並ぶのは、荒野ウサギの燻製とアユの干物。
市場で仕入れた野菜と香辛料を合わせただけの、実に簡素な料理だ。
それでも――。
「……温かいご飯って、すごいな」
ぽつりと、オーディンが呟いた。
「香りと温かさが染みるよね」
「一応、将軍たちは拘束してるし……明日は一度荒野に出て、別の食料も補給する?」
「アキナ様、愚弟を甘やかさないでください」
「えー」
「いや、いいんだよ。今日の戦い、私ほとんど何もしてないし」
「おいおい、何言ってんの?」
「そうですよ。3階層すべてに無効化領域を張ったのは誰です?」
「そんな大したことじゃないって」
「はいはい、勇者様はお強いですね」
「からかわないで、オーディン!」
「悪かった悪かった。でも無理はするなよ」
「任せろり!」
笑い声がこぼれる。
ここが魔王遺跡城だという事実を、ほんの一瞬だけ忘れさせてくれた。
束の間の休息。
「じゃあ、行ってくるね」
「僕も行く。防御はできるし」
「ありがとう、ダーク」
「行ってらっしゃい」
2人で下の階層へ向かい、無効化領域を追加展開する。
動作は最小限。魔力制御も、正直言ってかなり雑だ。
「ただいま」
「早かったな」
「さすがに疲れた……先に寝るね」
「おやすみ」
――翌日。
外光は届かないが、懐中時計は8時を指していた。
「アキナ様、おはようございます」
「おはよう。みんな準備はいい?今日は一気に残りを駆け上がるよ!」
「おう!」
30分ほど走り、第4階層へ。
空気が歪んでいる。
感情が異常に膨張し、愛情は狂気へと変換され、炎属性は暴走を誘発する。
嫌な予感しかしない。
「遅い遅い遅い!こんなに待ってたのに……
みんな私のこと嫌いなの!?もういい!知らない!
全員狂って共倒れしろ!――狂気愛!」
いきなりの高位魔術。
……え、聞いてないんだけど。
「精神障壁!」
「オーディン、ナイスアシスト!裁きの光!」
ダークの広域魔術が炸裂し、インフェルノファムが次々と消滅していく。
「何てことしてくれるの!?
私の可愛い可愛いインフェルノたちが……
許さない!許さない!許さない!!
狂炎!全員燃えて死んでしまえ!」
完全に想定外。
それでも、手は止められない。
「どうせ後でやるつもりだったし、今でもいいよね?――無効化領域!」
「助かります、アキナ様!大地結界!」
無効化領域でライラの魔法を打ち消し、そこへティアの上位魔術が重なる。
ぎりぎり、紙一重の封殺。
――さすがだ。
私の考えを、言葉にする前に汲み取ってくれる。
だが、彼女の呼吸は荒い。
「軽度回復」
「……ありがとうございますミナ」
「よくも……!」
怒り狂うライラの前に、ルーカスが一歩踏み出した。
「なぁなぁ、そんなに怒るなよ。可愛い顔が台無しだぜ、ライラ」
「か……かわ……!?呼び捨てにするな!私は魔王様の――」
「でもさ。そこまで想ってるのに、その魔王はあんたに振り向きもしない」
「……」
「お前、すごいよ。尊敬する」
沈黙。
「じゃあ、俺らは行くから」
呆然とするライラを残し、第5階層へ向かう。
「ルーカスって、たまに罪な男だよね」
「ん?」
「なんでもない」
敵ながら、少しだけ同情した。
「ようこそ、嫉妬の階層へ。――腐食の紐帯」
成功が、呪いに反転する。
リンク阻害、バフ汚染。
本当に、性格が悪い。
「ルーカス!」
「おう!爆炎!」
「ティント、圧縮風!」
「了解!」
ミナの合図と同時に、圧縮された風へ炎が巻き込まれる。
制御された火災旋風。
――いや、作戦を考えたのは私とミナだけど。
それでも、これは普通に圧巻だ。
「ティント姉さん、90度ずらして!」
「わかった!」
旋風がヘレナへ――。
「嫉心臓!」
火災旋風が暴走する。
「僕の前で協力技!?舐めないでください!」
高笑い。
予想の斜め上どころか真上3キロみたいな展開が続いたライラ戦とは違い、
こちらは不気味なほど、プラン通りに進んでいる。
……ここまで上手くいくと、逆に不安になる。
「瞬間移動――寝てろ!」
峰打ち一撃。
ヘレナが崩れ落ちるのと同時に、旋風が霧散した。
「よし。最後の階層」
誰も言葉を発さない。
それでも、足は止まらなかった。
「行こう」




