自分との約束③
第6階層。
ただただ、暗闇。
光を拒むのではない。希望を抱いた瞬間、それごと吸い取られる。
音はなく、感情すら薄れていく。
思考は鈍り、前に進む理由さえ曖昧になる世界。
――1番、嫌な階層かもしれない。
「火球」
灯った火が、数歩先の闇を切り裂く。
だが、安心には程遠い。
見えるようになった分だけ、闇の深さが際立った。
「ここまで来れたこと、褒めて遣わそう、人間よ」
声だけが、闇から滲み出る。
「だが、我こそが魔王様の理想を叶える忠実なる僕!
ここからは一歩も進ませぬ――希望殺しっ!」
……待って。
初手から上位魔術って、どういうこと?
忠実な僕を名乗る割に、全力すぎない?
心臓に悪いから本当にやめてほしい。
「驚くのはまだ早いぞ、人間。
アビスサーペント――光を喰らい尽くすのだ!」
サーペント。
蛇。
……うん、知ってた。
わかってたけど、無理なものは無理。
蛇は全般的に無理だし、
闇属性で巨大とか、論外もいいところだ。
視界に入った瞬間、背筋が凍る。
「うわぁぁぁ!来るな来るな来るな!!」
ダークの悲痛な叫びが、階層に反響した。
アビスサーペントが、今まさに彼を呑み込もうとしている。
……戦闘中なのに、正直それどころじゃない。
怖い。無理。泣きそうだ。
逃げ出したい衝動を、必死に押し殺す。
「ダーク!姉ちゃんが今助けるからね!!動物召喚!」
「生命の蔦!」
友愛獣が蛇に飛びかかる。
その隙を突き、ティアの蔦が唾液まみれのダークを引きずり戻した。
「やっぱ無理無理無理無理!――無効化領域!」
階層の特性までは消えない。
それでも、これで希望魔法は使える。
「ありがとう、アキナ!これで身を守れる。裁きの光!」
……お願いします。本当に。
蛇だけは、勘弁して。
次に食べられたら置いて帰るから。
冗談じゃなく。
「弟を傷つけた罰よ!――友愛の怒り!」
「ぐ……ぐわぁぁぁぁ!
なんだこれは!?痛い!痛いぞ!!」
……そりゃそうだ。
この中で一番怒らせちゃいけない人を、怒らせたんだから。
蛇を大量投入した恨みもあるし、
正直、まだ優しい方だと思う。
ティント、もっとやっていい。
――そして、全員拘束。
2日間で、合計19時間。
今ほど魔術師団の鬼特訓に感謝した日はない。
たぶん、もう二度と来ない。
……来ないでほしい。
そう考えていると、
ルーカスとオーディンが各階層から将軍たちを運んできた。
……圧巻。
私たち、本当に強くなった。
「アキナ様、全員揃いました」
「うん。じゃあ皆さんに、お知らせがあります。聞きたい?」
沈黙を破ったのは、ライラだった。
「その前に……ルーカス様と一緒にいられる方はどれ?
・・・私はそれがいいですわ」
……はいはい、想定通り。
本当に罪な男だ。
「狂愛の!なんてことを申すか!
お主には魔王様という偉大なるお方がおるであろう!」
うんうん、予想通りの茶番。
でも――
「静かにしてください!アキナ様が話しているでしょう!」
ナイス、ティア。
「まず、ライラ。酷だけど、しばらくルーカスと一緒に過ごすことは許可できない」
ライラが反論する前に、ルーカスが口を開く。
こういう時の空気読み、本当に助かる。
……誰かさんと違って。
オーディンが不服そうな顔をしている。
あ、バレた。
「そうだぞ、ライラ。まずは国王様のだな……」
「違うでしょ、バカ。ライラにはティアと私についてもらって、従者の心得を学んでもらうの」
「俺が言いたかったのはそれだ!バカ!」
……私の感心を返してほしい。
「ま、そういうわけで、しばらくは私とティアとミナの傍にいてもらうから」
「わかりました。それが一番手っ取り早く、ルーカス様の傍に行けるなら」
……意外と物わかりがいい。
もっと暴れると思っていた。
「他のみんなは、魔王を説得するまで人質として軟禁します」
「異論がある人は、今聞くけど」
沈黙。
納得したわけじゃない。
でも――私が「説得」と言ったから。
それだけで、
しばらくは大人しくしてくれると信じたい。
ルーカスがテントを張り、野営の準備を終える。
「今日はもう寝よう。疲れた」
10時間の戦闘。
それから、気を張り続けた演説。
私らしくないことを続けた2日間。
……もう二度とやりたくない。
アキナが深い眠りについたのを確認し、
ティントは皆を呼び集めた。
「捕虜として将軍たちを拘束するのは、もうアキナが決めたことだからね」
「でも、各部隊の動きが気になるんですよね?」
「さすがティア。その通り。トップが拘束されてこのまま大人しくしてるとは思えない」
「だからってどうするんだよ、姉さん」
「オーディン、少し考えてから喋る癖をつけな」
「ダーク……最近、俺への扱い雑じゃね?」
「気のせいだよ。で、僕から提案なんだけど……」
「でも、それをアキナ様が承諾しますか……?」
「承諾するしかない状況を、僕たちで作るんだよ」
――翌朝。
胸の奥に引っかかっていた違和感が、
ついに、はっきりとした形を持つ。
どうしてこの時の私は、
それを予想できなかったのだろう。




