時間が足りない作戦会議
そこからは、瞬く間に時間が過ぎていった。
授業には一切出席せず、私たちは全員でローレンツ宮廷魔術師の執務室に籠もり続けた。
目的はひとつ――これからの作戦立案。
盗聴などを警戒し、この場所を拠点にする判断は正しいはずだった。
けれど、静かな部屋の空気は張り詰めている。
誰も口にしないが、全員が理解している。
――時間が、足りない。
まず私はスカーレットに手紙の返事を書き、情報面からの攪乱を依頼した。
敵に悟られず、こちらの意図を錯覚させるための、細い糸のような策。
それが終わると、ヴァイス教官から渡された資料、ラークが命がけで集めた国家機密指定の情報、禁書庫から引き抜いた魔導理論書を机いっぱいに広げ、ひたすら読み込んだ。
読む。
理解する。
噛み砕く。
叩き込む。
頭が熱を持つのがわかる。
それでも、止まれなかった。
ミナは、
他者との絆を腐食させ、Emorリンクを断絶させる能力を持つ
――嫉妬の将軍、ヘレナ=ヴァルグリッドとその部隊。
ルーカスは、
愛情を執着と狂気へ変換し、炎属性魔法を歪めて増幅させる
――狂愛の将軍、ライラ=ロスマリンとその部隊。
ダークは、
希望そのものを吸い尽くし、光属性魔法を完全に対消滅させる
――絶望の将軍、グラウ=ノクティスとその部隊。
ティアは、
生命力を玩具のように操作し、植物と大地の魔法を逆再生する
――残酷の将軍、モルタ=フロエとその部隊。
オーディンは、
精神世界を支配し、転移魔法を封じ、Emorの上下関係を固定する
――傲慢の将軍、レオン=カリギュラとその部隊。
そして――
私が担当するのは、魔王と、その直属組織《深淵宮廷》。
深淵宮廷は、
・絶望・羞恥・恐怖の三精を統率する三公
・感情魔法理論そのものを書き換えた深淵書記
・魔王崇高直属、特攻騎士団《奈落騎士》
・感情を喰らう竜体の黒檻魔獣
――4部隊で構成されていた。
資料を読み進めるほど、確信が強くなる。
(やっぱり……魔法の“概念”そのものが、変えられてる)
術式や属性の問題じゃない。
もっと根本、感情魔法の前提条件が書き換えられている。
元の概念さえ理解できれば、きっと糸口は見える。
でも――それは、まだ先の話だ。
今はただ、スカーレットを助ける。
そして、魔王すらも救う。
傷ついている人を、見捨てるなんて、私にはできない。
「やっぱり、全員にとって厄介な相手が最低一人はいるね」
沈黙を破ったのは、私だった。
「えぇ。一斉に来られたら、さすがに困りますわね」
ティアが静かに頷く。
「うん……ティント、どう対策できそう?」
「どの資料を見ても、一斉突入は考えにくいわ。たぶん魔王遺跡城の内部で、明確に担当エリアが分かれてる」
「えぇ~。じゃあさ、パパっと一気に片づける方法はねえのかよぉ」
オーディンが頭を掻きながらぼやく。
「オーディン。文句言わない。頑張るしかない」
「へいへい。ダーク様の言う通りだけどよ……でも、なんか手口はある気がすんだよな」
……オーディンにしては、妙に鋭い。
でも同時に、胸の奥がざわついた。
(危険すぎる)
「……ティントの言う通りよ。各部隊がエリア防衛してるなら、一つずつ確実に潰すしかない」
そう言いながら、私は拳を握りしめていた。
“確実”という言葉の裏にある、膨大な時間と犠牲を思って。
その時――扉が開いた。
「頑張ってますわね。でも、根を詰めすぎは禁物ですわよ。お昼をお持ちしました」
ローレンツ宮廷魔術師の、母親のように柔らかな声。
それだけで、張り詰めていた神経が一瞬だけ緩む。
「いただきます!」
運ばれてきたのは、
山盛りのオムライス、シーザーサラダ、温かいオニオンスープ。
……不思議と、胸の奥まで温かくなる。
食事を終え、再び資料に戻ろうとしたところで、彼女が手を上げた。
「ねえ、あなたたち。魔法の訓練、受けてみない?」
「……訓練?」
「ええ。これだけ宮廷魔術師が揃っているのよ。使わない手はありませんわ」
迷いが生まれる。
作戦を詰めたい気持ちと、強くならなければという焦り。
その隙間に、別の声が割り込んだ。
「ローレンツ宮廷魔術師、こちらにいらしていたのですか」
アーディン王国王女直属魔術師団――団長。
「あら、ちょうどいいわ!この子たちに魔法と剣術の訓練をつけてあげて」
「……私が、ですか」
「嫌なの? 次世代育成も任務の一つでしょう?」
「……そうですが」
「なら、決まりですね!」
言い切られ、流れは一気に決まった。
着替えと準備を済ませ、案内された訓練場。
白く豪奢な宮廷魔術師の建物、その隣に広がる王女直属魔術師団の駐屯地。
「無色魔法の使い手、アキナです。よろしくお願いします」
――1人ずつ、自己紹介を終える。
「知っている者も多いだろう。魔術師団団長、レイヴンだ。手加減はしない」
その言葉に、嘘はなかった。
訓練は過酷だった。
ヴァイス教官のものと比べても遜色ない。
それでも――
前のように、完全に動けなくなることはなかった。
(……足りない)
体は動く。
魔力も回る。
でも、まだ足りない。
胸の奥に、言葉にできない苛立ちが溜まっていく。
この程度じゃ、救えない。
この程度じゃ、届かない。
「……やるではないか」
団長が、わずかに口角を上げる。
「これからも訓練相手になろう。毎日、昼の鐘が鳴ったら来い」
私は息を整えながら、拳を強く握った。
――もっと。
――もっと強くならなきゃ。
その焦りが、後に“暴走”へと繋がる兆しだと、
この時の私は、まだ気づいていなかった。




