敵に味方あり味方に敵あり
冬のせいか、それとも馬車の中を満たす重たい空気のせいか。
毛布に包まれていても、骨の奥まで冷えが染み込んでくる。
「アキナ、もうすぐ学園だぜ。先生たちも来るらしいし、元気出せって」
「あ、うん……」
「スカーレットとのことは確かにきついけどさ。お前、いつまで引きずってんだよ」
「オーディン!」
ダークの制止する声より早く、視界の端で何かが動いた。
次の瞬間。
——ぱんっ。
乾いた音とともに、オーディンの顔が横を向く。
「……は?」
「……」
殴った本人——ティアが、拳を握ったまま立っていた。
「なにすんだよ姉さん! 痛ぇだろ!」
「あんたは本当に無神経だね!だから“にぎやかし隊”なんて言われるんだよ、バカ!」
「バカって言うほうがバカだろ!」
「うるさい! バカ!」
……え。
こんな、子供じみた喧嘩を見るのはいつ以来だろう。
「ティア……?」
「はいはい、そこまで」
ティントが苦笑しながら割って入る。
「姉弟で喧嘩できるくらい仲がいいのは分かったから」
「久しぶりだよね。ね、ティント姉さん?」
「うん。昔はしょっちゅうだったわ。アイラも混ぜて」
「……ティント姉さん!」
しまった、という顔をした瞬間、ティアとオーディンが同時に吹き出す。
「アイラか……この状況見たら何て言うかな」
「『ティア姉さま、暴力はいけませんわ』って」
「『オーディンも、からかわない!』ってな」
——アイラ。
ぽかんとしている私に、ダークが振り返る。
「アイラはね、ティアの妹で、オーディンの双子の姉だよ。……アキナに、すごく似てた」
ああ、だから。
ティアの視線が、時々“妹を見る目”だった理由が腑に落ちた。
「姉さん、仲直りな」
「はいはい」
二人が握手を交わす。
その仕草が、少しだけ胸を温めた。
――――――
学園の門に着くと、見知った顔が揃っていた。
「お帰り、ティント、ダーク」
「うん。ただいま、父さん」
——家族って、こういうものだ。
無条件で迎えてくれる、その温度を思い出す。
「ただいま帰りました」
「おかえりなさい。話は後でいい。まず寮で身支度を整えなさい」
「はい。久しぶりに、ちゃんとお風呂に入りたいです」
寮に戻り、着替えを終えた頃。
「いるか?」
クリスティー先生の声が部屋を満たす。
「はい」
「コミューンルームに来い」
部屋に入ると、すでに全員揃っていた。
「……私で最後かしら」
声だけで分かる。
「みなさん、ご苦労でした。では、報告を」
六将軍のこと。
魔王復活が事実であること。
そして——。
言葉に詰まった私の代わりに、ミナが静かに告げる。
「スカーレット・ドレイン嬢は、魔王軍の一員でした」
場が凍る。
クリスティー先生、ヴァイス教官、ローレンツ宮廷魔術師。
全員が動揺を隠せない。
——ただ一人を除いて。
学園長だけが、まるで“知っていた”かのように平然としていた。
……おかしい。
胸の奥で、直感が警鐘を鳴らす。
――――――
一方、魔王遺跡城。
宴が開かれ、酒と歓声が溢れていた。
「緋色の魔女様から一言を!」
拍手の中、スカーレットが前に出る。
「六将軍の皆様、魔王様。私を拾い、育ててくださってありがとうございます。今日は飲んで、食べて、踊りましょう!」
「かんぱーい!」
夜が更けても宴は続き、彼女は笑顔のまま情報を集めて回る。
そして——。
自室。
月を見上げながら、誰にも聞こえない声で呟く。
「全部、本心ですわ」
「……でも、それは」
「あなた方を裏切るために使わせていただきます」
「——唯一の友、アキナさんのために」




