平穏とは程遠い現実が怖い
強化されたディセプションフォックスが咆哮する。
魔力の奔流が大地を抉り、森の地形が崩壊していく。
「逃げられない……!」
倒木、裂けた地面、崩れる斜面。
逃げ場を失った生徒たちの悲鳴が四方八方から響き渡る。
阿鼻叫喚の地獄——。
でも、それでも。
ガンバレ、私。
「ダーク! 光槍は意味がない! 光結界いける?! 助けが来るまでの防壁になって!」
「了解だよ! 光結界!光結界!光結界!」
「オーディン! 絶対助けは来る! まだ持たせられる?!」
「当たり前だ! アキナも気を付けろ!」
「うん……魔法中断!」
無色の力が広がり、魔物の動きが一瞬鈍る。
「……いける! 私に対して躊躇してる! 打破できる!」
「それに……ディセプションフォックス、普通に戻ってる! アキナ!」
「うん! 耐えよう!」
走る。
崩れる地面を避け、悲鳴を背に、必死に。
「アキナ様! どちらに!」
「ひよっこども! 俺様が助けに来たぞ!」
「ダーク! 位置は?!動物召喚!」
「おいミナ! 見ろ! あれ……アキナの魔法だ!」
希望が、森に差し込む。
「アキナ様! 助けに来ましたわ!」
「ひよっこぉぉ! 来たぞ! 心炎!!!」
——助かった……?
その瞬間、場の感情が異常共鳴を起こす。
「バカ! 信頼強化、ミナ!」
「うん! 強化靭帯!強化靭帯!強化靭帯!」
これ以上泣いたこと、きっとない。
「みんなぁぁぁ!」
「大丈夫です、アキナ様。退路を作ります!大地の庇護!」
「頼んだ!先導は私だ!動物召喚、ルーカス!」
「動けない者はいないな!俺と動物について走れ!早く!」
「オーディン、まだやれる?」
「姉さんの鬼!!でも……やってやる!!精神浄化!!ダーク!」
「わかってる!光結界!光結界!」
「みんなありがとう……魔法中断!」
「よし! 全員脱出! ひよっこ連れて俺らも逃げるぞ!」
——走って、走って、走って。
森の外に出た瞬間、全員が力尽きて座り込んだ。
「負傷者は!」
「ヴァイス教官、なしです……!」
「あぁ……。浄域演練は中止だ。生徒は寮へ避難。
アキナ、グーデリアン姉弟、カンザス兄妹、コンフィグ姉弟は残れ」
「はい」
ティアが、そっと寄り添う。
——もう、大丈夫だと伝えるように。
◆
同時刻、学園長室。
「これは……想像以上ですわね」
「うん。魔物と生徒の強制共鳴に耐えた。
それに、人類はまだ感情を制御しきれていないこともわかった」
満足そうな声。
「素晴らしい収穫だよ」
「お気に召すままに」
「それにね……疑問を持つ者も現れた。いい兆しだ」
◆
その夜、大ホール。
疲労と恐怖に沈む一年生たちを前に、学園長は穏やかに語る。
「今回の事故は、封印術式の劣化と結界の老朽化による不慮のものです」
——嘘だ。
「ふざけるな! 俺たちは死にかけたんだ!」
「そうだ!」
「確かに、君たちは危険に晒された。でも、それ以上に魔物の活性化が進んでいる。だからこそ備えねばならない」
「一番危なかったのはアキナだろ!!」
「その件は……本人と話します」
「……はい」
◆
学園長室。
「来年も浄域演練を行うわ。そして——無色魔法の使い手である貴女だけ、参加してほしい」
「学園長!正気ですか!」
「彼女はまだ16歳です!」
「本人の意思が大切よ」
静かに、視線が向けられる。
「どうかしら、アキナさん?」
「……それって、誰かが壊れるって分かっててやるんですよね」
沈黙。
「だったら、私は行かない。あなたに誰も、傷つけさせない」
「そう…わかったわ」
その時私は気付かなかった。
学園長が計画通りと言わんばかりの無敵な笑顔をしていたことを。




