え?ここって学園内だよね?!
魔術学の授業から数日。
今日は一年生向け最大の学園行事——浄域演練。
通称、「初陣課外」の日だ。
凍てつく寒さの中、学園が管理する敷地内の森へと、生徒たちは集められていた。
魔物討伐を想定した実戦形式の訓練。
各クラスごとに担任から指定された森の区画で、決められた魔物を討伐する。
形式上は“実戦”だが、万全の安全管理が敷かれている——はずだった。
「ごほん……えぇ。皆さん、入学式以来ですね」
開会式で壇上に立つ学園長の声は、よく通り、朗らかだ。
「数百年前、魔王が討伐された後も、魔物は生き残り、人類を脅かし続けてきました。我々アーディン王国王立魔術学園は、世界に貢献する魔術師を育てるため、この浄域演練を毎年1年生の一大行事として行っております」
耳に残るほど、はきはきとした口調。
廊下で聞いた、あの凍りつくような声とはまるで別人だ。
「今年も協力してくださった上級生、宮廷魔導士、そして騎士団の皆様に感謝を。以上をもって開会の挨拶といたします」
——ちなみに、スカーレットは今日は欠席だ。
体調不良らしい。
心配ではあるけれど、行事は行事。
それに今日は、ティント、ミナ、ルーカスといった頼れる先輩たちも来ている。
……よし。
少しでも、成長したところを見せないと。
「頑張ろうね。スカーレットの分も」
「あぁ。行くぞ、森に入る」
結界監視は宮廷魔導士。
外周警戒は騎士団。
魔物は事前に封印区域へ誘導され、弱体化もされている。
——理屈では、危険はない。
それでも。
森の中は薄暗く、冷たい空気が肌に刺さる。
……怖い。
理由はわからないけれど、嫌な予感が消えない。
「ぎゃあぁぁっ! 魔獣だ!!」
悲鳴とともに現れたのは、人間二人分はあろうかという巨体。
大型の狐型魔物——ディセプションフォックス。
——おかしい。
反射的に、そう思った。
「アキナ! こいつら、変だ! 言葉が通じてる!」
「えっ……!? ディセプションフォックスが言葉を理解するなんて、そんなはず——」
「オーディンの言う通りだよ! 作戦を立ててる! 先生に知らせないと!!」
ダークが冷静に指摘するが、周囲はすでに混乱している。
「精神浄化、試す! でも……長くは保たない!」
「流石、オーディン! ダーク、光槍いける?!」
「やってみる!」
大丈夫。
絶対、この異常は外にも伝わってる。
助けが来るまで、耐えればいいだけ——。
「……ダメだ!」
ダークの声が裏返る。
「効かない……それどころか、魔力を吸収して強くなってる……!」
その一言で、希望が音を立てて崩れた。
「嘘……」
「助けて……!」
「死にたくない!」
悲鳴が、恐怖が、感情が——
餌のように、魔物を肥大させていく。
——その頃、結界の外。
「異常発生! 魔物のEmore出力が観測値を逸脱!」
「何が起きている!」
「ヴァイス教官! 一部魔物が将軍級未満・上位魔族級の反応です! 本来あり得ません!」
宮廷魔術師エリシア・ローレンツが叫ぶ。
「生徒たちが危険です!」
「行くよ! ルーカス! ティント!」
「あぁ!」
「待ってください! 私も行きます! 慈愛魔法なら……!」
「ありがとう、ティア! 行こう!」
制止を振り切り、4人は森へと走る。
——どうか、無事で。
その祈りを嘲笑うように。
学園長室。
結界の向こうを見つめる、藍銀の瞳があった。
「うん。頑張ってくれてるね、学園長」
「ありがたきお言葉。スレイン=ミラージュ様のお望みとあらば、さらに混乱を——」
「いや、これで十分だよ」
愉しげに、目を細める。
「有望な負感情適性者は見つからなかったけど……無色の存在は確認できた。これで、あの方も復活できる」
「ようやく……」
学園長は恍惚とした声で呟く。
「もう一度、あのお方のお姿を拝める日が来るとは……」
「それにね」
スレイン=ミラージュは、微笑んだ。
「思った以上に、収穫はあったよ」




