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第41話

 俺は次の日、彼女に電話を掛けた。


 彼女は嫌々ながらも、俺と会う約束をしてくれた。

 いや、怯えているようにも感じられた。

 しかし、彼女に会えるということ。

 それだけで嬉しかった。

 今まではどこか投げやりに、彼女の事など二の次に考えていたのかもしれない。


 それは確かに過去の自分と同じである。


 彼女とは、初めて出会った公園で待ち合わせをしていた。俺は、珈琲を飲みながら、ベンチに座って彼女を待った。


 待ち合わせは夕方5時。もうそろそろ昼の方が長く感じる季節になったきた。夕焼けの空は冬の空よりも近く見えて、眠気が襲う。


「美月くん?………美月くん?」


「ん?」


 俺が眠気眼をこすると彼女がいた。どうしてだろう。俺は勝手な人間で、彼女を思い切り抱きしめたくなる。それと、同じくこんな状況から逃げ出したい自分もいて、過去を思うと、将来からも逃げたくなる。


 未来からも、過去からも逃げたくなる。


 しかし、それもどこか諦めというのか、悟りというのか、マイナスの感情に上書きされて、それはどんな感情よりも俺らしく、前を向かせてくれる。


「悪い。少し眠っていた」


「そう………ですか?」


 彼女がふと笑った。それは、どこか出会った頃によく見ていた笑顔に思えた。


「どうしたんだ?」


「いえ。懐かしい感じがしたんです」


「そっか」


「美月君。何かありましたか?」


「漆原のことか?それなら言っただろう?」


「いえ。もっと違う。なんといえばいいのか、不思議なことです」


「あった。あったよ。色々、あった。でも、そんな話じゃなくて、俺は今日、桔梗に謝りにきたんだ」


「そうですか。聞きます」


 俺は彼女に謝罪する。ベンチから立ち上がって、彼女に頭を下げた。その瞬間、彼女は俺の体を抱きしめて、一言「よかった」とつぶやいた。


「今日の美月君はどこか出会った頃に似ています。どこか気が抜けていて、でも逞しくて」


「そうか………俺も桔梗を見て、そう思った」


「そうですか………私。今の美月君とならどこでも行けそうな気がします」


「俺もそう思う。でも、多分それじゃあ駄目なんだろうな」


 俺は彼女を抱きしめて、笑いかける。彼女は不思議そうに俺の眼を見て、言葉を待っている。


「多分。俺は駄目な奴のまんまだし、いつだって逃げることを考えている。嫌な過去や、将来の不安なんて当たり前の事柄から逃げたくなるんだ。でも、それも俺で、そんな俺で良いなら、付いて来てほしい。俺はこの町を離れないよ。それで、こんな弱い俺でも桔梗のことは守るよ。信じられないかもしれないけど、俺はそれを君に言いたかったんだ」


「逃げそうになったら………」


 桔梗が俺の唇を奪う。


「逃げそうになったら、一人じゃなくて二人で逃げましょう。私がもし、過去のように命を授かったらその時は、その子も一緒に。それくらい、軽く、緩やかに生きていきたいって思います。前の私はもっと切羽詰まっていたのかもしれません」


「はは。なんだか、すべてどうでもよくて、でも、どこか晴れやかな気分だな」


「どうでもよくはないですけど、なんだか美月君らしい答えで、なんで私も意固地に悩むあなたを拒絶したのか分からなくなりました。また、昔の自分に戻ってしまいそうだったんです」


「多分そうなんだ」


 俺は自嘲気味に笑みを浮かべて、彼女を見る。彼女は泣きそうになりながら、俺を見ている。


「俺も、また逃げたくなるんだ。どうしようもなく逃げ出したくなって、それで失敗する。でもそこで腐るんじゃなくて、君と話し合わなくちゃいけない。腐ったままでも歩みを止めちゃダメなんだろうな」


 我ながら恥ずかしいことを言っているし、自覚していながら、言葉はするりと舌から滑り落ちていく。


「そうですね。私もまた前みたいに、貴方を諦めてしまうかもしれない。でも、そこでもっと話し合って、なんども躓いて、生きていかなくちゃいけないのかもしれません。私たちってそんな奇妙な人生をもう体験してしまっているので」


「それもそうだ………」


 彼女が泣くので、その頬に触れて、涙を拭く。彼女は目を細めて、そっと俺の頬に触れた。


 


 


 


 彼が落ちていったのは、社会の闇。それを目の当たりにして、幸せそうな俺を見て、手っ取り早く壊せそうなところをついた。


 無職でどん底の彼が、俺を妬んで、いや、それだけではない感情が渦巻いていて、俺では抑えきれない感情の波にのまれて、それを実行した。それを許すことは出来ないだろう。


 俺は彼に立ち直ってもらおうなんて考えちゃいない。ただ、話し合って解決を図ることはしなくてはいけない。

 いや、撒き餌とでもいうのか。ただ、助けるっていうと傲慢だが、これが諦めた最後の道なのだろう。


「漆原。俺が憎いか?」


 彼の空虚な瞳が俺を見る。そうして、嫌そうに目を背けて、「当たり前だ」と言った。


「お前が俺から桔梗を奪って、そうしてすべてにおいて上を行く。そんな奴をどう好きになれと言うんだ?あ?」


 自宅のベッドに横になりながら威勢よく言い放つ姿を見て、腹が立つかと思いきや、ただただ愚かに思えた。こいつに対して、思うことはいつも同じだ。多分、それはこいつも一緒で、俺に対しては嫌悪感しかないのだろう。


 彼は学校を退学になっていこう、ひきこもっているというのは彼の母親が漏らした。俺は過剰に身構えていたに過ぎない事実にため息が零れる。


「なら、もう関わるのはやめにすればいい。俺とは一緒にいたくないだろ?」


「あ?当たり前だろ?お前が勝手に家に来たんだろうが?」


「それもそうだな。それで、俺と喧嘩して負けたわけだが。それでいいのか?」


「あ?………おちょくりに来たのか?」


 漆原は弱弱しく吠える。鋭く俺のことを睨みつけると、拳を握り締めているのが見える。


「お前は俺と和解する気はないんだろ?」


「早く帰れよ!!」


 堪忍袋の緒が切れたのか、そこらの物を投げてくる。俺はそれを避けて、彼に近づき、胸ぐらを掴む。漆原はその行動に一瞬、ひるんだが、すぐに俺を睨み返す。


「だったらいつでも来いよ。お前程度の雑魚なら、いつでも喧嘩してやるよ」


「ああ。その時はお前を殺してやるよ」


「言ったな。だったら、次は俺も本気でやってやるよ」


 漆原はこちらを見て、不思議な笑みを浮かべる。俺はイカれた奴とこれ以上の会話は無駄だと考え、彼の家を後にした。


 

そろそろ終わりそうです。

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