第40話
彼のおかしな口調に自分のペースが著しく乱されている気がする。
しかしながら、どこか気が休まる。先ほどの、やるせなさ、鬱憤は彼により放出された。何から何まで気だるげで、どこか浮世離れした彼の存在が俺にとっては都合が良いのかもしれない。
潮風が不意に俺の前髪を弄び、鬱陶しさを覚え、前髪を払う。眼前に広がる黒い海がこちらに手招きしているようにも見え、そうして拒絶しているようにも見えた。
「これからどうしようか………」
漏れ出た言葉は本当に、心の底から湧いて出た言葉であった。
彼の所為で、当初の予定がすべて水の泡となってしまった。俺は砂浜を深く踏みしめ、ため息を一つ。冷風が顔を撫でていき、嫌気が指す。
「さぁ?………とりあえず、彼女ともう一度話してみれば?」
「いや。それは結局、彼女を頼ることになる。そもそも俺という人間が怠惰で、飽き性で、どうしようもない人間であることに変わりない」
漆原が殺しに来ずとも、結局、俺と彼女の仲はそう長くは続かなかったに違いない。あの時の、俺はそんな狭量で、逃げ癖のついたどうしようもない人間であった。今も変わらないが。
「なんだか泣き言ばかりだなぁ。君、モテないだろ?」
「は?………いや、これでも案外モテるんだぜ」
「世の女性は見る目がないなぁ」
彼は微笑し、ふと息を深く吸った。
「どうした?」
俺は彼に、素直な疑問を投げかける。
「いや。………なんでもないさ。これでいい」
彼は手をポケットの中に入れ込み、一瞬、身じろいだ。
「?」
「それで、どうするんだ?このままじゃあ、何も変わらないんだろ?」
彼は俺に笑いかける。
「そうなんだよなぁ。もう、どうすればいいのか分からないんだ………ただ結局、やることは一つなんだろなぁ」
「というと?」
「あいつを何とかしなければならない」
俺は諦観の籠った瞳を彼に向ける。分かっていることだ。俺という人間は多分、根っこから変わることは出来ない。そして、他人を変えることなど土台無理な話である。ならば、どうにかして彼を止める方法を考えるだけだ。そうして、彼女の納得する方法を今度は、駄目な自分を受け入れ、考慮した上で決めるべきだ。
詰まるところ、諦められる部分を捨て、最低限必要な部分だけを救ってやることしかできないのかもしれない。
俺は二度目の人生を歩もうとも、そんな稚拙な考えしか最終的には浮かんでこなかった。最後まで多分そうなのだろう。
「そうかい………。ならば彼女とも話すべきだ。一人置いて行かれる方の気持ちを考えてもみろ」
「そう………かもな」
「ああ」
彼の言葉にどこか寂しさのような感情が見えた。この男のことは全くわからないが、何故か彼が酷く寂しそうに見えたのだ。
波の音が延々と続く中で、俺は彼を初めて、真っ向から直視する。
「あんたはどこか寂しそうだな」
「はは。どうだろう。そんな気持ちもとうに過ぎ去ったさ。もうすぐ、心残りは消えてなくなる。いつまでもこんなフウにしていたら笑われてしまうからね」
「ん?誰に?」
「屋上の妖精だよ」
「なんだそりゃ?………まぁいい。すっきりした。なんだか、やれそうな気がしてきたわ。ありがとよ」
「そうかい?ならば、もう海には来ないことだ。こんな変人と会わないためにも」
彼がじゃあと、手を振った。
そうして、彼は身を翻し、その場を後にした。その際に、月光に照らされた手が見える。彼の指からは別の指が生えていた。
人差し指の関節の半ばから、木の枝のように奇妙な指がピクピクと動いている様子を目の当たりにする。
普通の高校生のような姿をしながら、腕から先には奇怪な様相が見え隠れするが、俺は何故かそれに驚かなかった。
どうしてだろうか。それを畏怖したり、怯えたりする感情は鳴りを潜め、ただただ寂しそうに歩く彼の幸せを願っていた。




