第13話
文化祭準備期間。
我が校は三日間にも及ぶ文化祭のために、準備期間が二週間ある。
そのため校内は慌ただしく、教室ごとに模擬店、劇、合唱やら出し物の準備を行っており、放課後になると廊下に生徒の生き生きとした声が響き渡る。
青春というのだろう、迸る若さの煌めきが横溢する校内に身を置き、ふと自分もどこか浮き足だっていることに気がつく。
多分、昔の俺はこういった学校行事に熱心に取り組むタイプではなかっただろう。
もしかすると、そういった連中を馬鹿にしていたかもしれない。
しかし、今の俺は違う。行事に奮闘する学生の背を見て高揚感すら覚える。
例に漏れず、我がクラスも模擬店、劇の準備に追われ、今も橘が女子を連れて模擬店用の買い出しに行っている。
小西は試合が近いため、劇の小道具担当になり、今は準備も早々に切り上げて、練習に精を出している頃だろう。坂口も劇の方に回っている。
俺は本田、佐竹と共に、模擬店の看板作りを行っていた。教室の真ん中に座り込み、三人でベニヤ板を囲んでいる。
比較的、楽な作業であるのは、本田たちへ何らかの忖度があったからかもしれないが、俺は気にせず作業に没頭することにした。
前はこんな雑用は面白くもなく退屈なものだと思っていたが、こうして教室を見回してみると楽しい。
あの子の作っている部分はこっちの模擬店の看板に合体させるんだろうか?とか、あれは劇の衣装かな?あれは大道具か?なるほど!そう作るのか!とか、何かが作られている過程を想像するのは楽しく、自分もその中におり、何かを皆で作っているということに感動を覚える。
俺は後ろで四苦八苦しながら、劇の衣装を作っている班に、心の中でエールを送りつつ、もくもくと看板を作っている。
本田たちは「ほんとに上原は変わったね………こんな作業を真面目にやるような奴じゃなかったでしょ?」と揶揄っていたが、飽きたのか携帯を弄りだす。
そうして、それにも飽きると愚痴りだす面々。
「面倒くさ………真美さーこの色塗り手伝ってよ」
佐竹が深いため息と共に、絵の具が一切付いていない、ようは使っていないペンキを床に置き、本田に絡む。
「いや、あんた楽な方でしょ?ベニヤ板を打ち付ける方が怠い。疲れるし」
本田は自分の前髪に息を吹きかけながら、ポンポンと手でベニヤ板を叩く。
いや、お前らはなんもしてねぇだろ?佐竹は言わずもがな、ペンキ塗りなど一切していないし、本田は1,2本打ってトンカチを床に置いただろ?俺がさっきからベニヤを運び、打ち付け、色塗ってんだろ?と口に出そうになりながらも、どうにか堪える。
ここで注意しても、口喧嘩に発展するだけである。
まぁ作業自体は楽しいので、無言を貫くに限る。
「あ、そだ。あそこにいる宮藤さんに手伝ってもらおうよ?ほら、あの子、夏前には学校来てなかったし、文化祭の出し物決めるときも何のアイデアも出してないでしょ?」
その時、急に佐竹が名案とばかりに、クラスの皆に届くほどの声量で言う。
その瞬間、クラスの人間は作業を行いながらも、視線は佐竹へと向かう。彼女は教室内でもやはりカースト上位である本田グループに属しているだけあって、目立つし、気性も荒い。そのため皆は彼女の言動を注視している。
佐竹の言いがかりにクラスの人間が唖然としている中、俺はその発言の意図が分からずに、反射的に佐竹に反論しようと口を開く。
「は?」
俺が言ったのかと思ったが、違った。そう口に出したのは本田であった。心底驚いていたのか、口をОの字に開けて、眉を顰めた。
「何?真美もそう思うでしょ?」
「いや。何言ってんの?」
「宮藤さんもどうせヒマでしょ?ねぇ?」
本田はどうやら彼女の意見には否定的らしく、苛立っているのか顔を顰めて、佐竹を止めている。
この前の、本田の宮藤さんへの態度を思い返すと、てっきり佐竹に便乗するものだとばかり考えていたが、彼女は佐竹の言動が本当に気に食わないらしく、彼女に詰め寄る。
しかし、本田の制止も聞かず、佐竹は宮藤さんに近づいていく。
宮藤さんは別の作業を行っていたようで、目が点になり焦りながら、佐竹さんの方に振り向いた。
「えっと………ちょっとこっちの作業もあるから……厳しいかな」
宮藤さんは緊張した面持ちで、小さい声で言う。その構図は、思いがけず捕食者の標的になった小動物のようであった。
しかし、次の佐竹の発言に、皆が驚愕する。
「へぇ………そりゃ忙しいかぁ。男漁りに忙しい?」
「え?」
宮藤さんが戸惑っている間も、佐竹は侮辱的な発言を繰り返す。俺は一体、何が起こっているのか分からず、とりあえず、佐竹と宮藤さんの間に割り込もうと、腰を上げる。
しかし、それよりも先に、本田が強引に割り込み、佐竹を睨んだ。
「私………そんなこと頼んだっけ?」
「は?私は………ただ」
と先ほどまで嫌らしい笑みを顔に貼り付けていた佐竹の顔は、徐々に曇っていく。ごねる佐竹を本田は再度睨むと、彼女を連れて教室から出て行ってしまった。俺はそれをただ茫然と眺めていただけであった。
宮藤さんの班の子が彼女に「なに?大丈夫?」と声をかけていが、「………いえ、大丈夫です」と彼女は力なく答えている。
教室には妙な空気が流れ、皆が平然を装いながら、宮藤さんを盗み見て、ひそひそと話す。
「なに?宮藤さんってそういう子なの?」
「ってさっき佐竹さんが言ってたね?………でも休んでいた時にって」
「ああ。そういう理由?」
「てか、さっきの本田さん怖かったね?」
「ほんと………それ。怖すぎ。美人ほど怒ると怖いよねぇ」
と皆、好き勝手に言葉を吐き、気味の悪い空気感の中、橘たち買い出し組が帰ってきたことで、そんな空気は霧散する。
イケメンの帰還に、皆が安堵し、また何事もなかったかのように皆、準備作業に戻っていった。
俺は居心地の悪さを覚えながらも、看板を完成させたところで、完全下校時刻となった。
すべての生徒が学校から追い出され、校門から出ていく。満員電車から解放される会社員のようだ。俺も橘も一緒に帰路に就いた。
校門から出てくる生徒を夕陽が照らし、生み出された幾つもの影が、同じ様に揺らいでいる様はどこか気味が悪い。
俺もその中の一人で、どうにも気が滅入ってしまう。
「はぁ。そんなことになってたのか」
橘は俺から先ほどの話を聞きながら、ため息ひとつ零すと、遠くにある夕日をちらりと見た。なんだ、そのドラマのワンシーンみたいな動作は?と一瞬、思ったが、俺も真似して夕日に目を移す。
彼には本当にドラマのキャラクターのように、その場の空気を一変させる力があるからかもしれない。
「で………美月はどう思ったんだ?」
俺が夕日を見る青春ドラマの名前を考えていると、橘に妨げられる。
「どうって………いや、佐竹はなんであんなことを言ったのかなと」
「そうだな………そういうフウに思うよなぁ」
橘は眦を下げ、なにか含みのある言い方をし、こちらを見る。
「美月は最近、俺たちと遊ぶことが減ったよなぁ」
「なんだ藪から棒に?」
「いや、そう本田たちが漏らしていただろ?」
「……別に放課後になればほぼ毎日遊んでいただろ?」
「ああ。でも心ここにあらずって感じだったろ?俺や、小西は美月の記憶喪失について事情も少しは知っているから理解できるが、真美や恵は寂しかったのかもなぁ」
「それが今回の一件になんか関係あんのか?」
「いや………」
何故か橘は言葉を詰まらせる。俺は夕日の眩しさに目を細くし、手で影を作ると、彼に視線を移す。
この男が意味もなく、こういった回りくどい言い回しをするとも思えない。
「彰人は何か知っているのか?」
俺が問うと、彼は微かに笑った。
「記憶がなくなると勘までよくなるのか?」
「まぁな………それで、なんだ?」
「いや………そうだな。今の美月なら、なんか言ったほうが上手く行きそうだな」
「おい。上から目線だな」
「それは美月が言えたことじゃないさ………前のお前は」
「はいはい。いいから、で、なんだ?」
俺は9月下旬だというのに、暑苦しさから眉を顰めて、橘を急かした。
「美月………彼女出来たのか?」
思いもかけない彼の言葉に俺は開いた口が塞がらない。
「は?」
「いや、真面目に。ほら、同じクラスの宮藤さん」
「なんでそうなる?話が見えない」
「いや、佐竹が見たそうだ……この間、二人で公園にいたところを」
俺はその説明を受けて、一気に脱力してしまう。
「あー………なるほど。話が見えてきた」
「昔の美月なら、もっと説明しないと分からなかったが、これで分かるって。美月、マジで賢くなったなぁ」
橘はなにが可笑しいのか、心底、嬉しそうに言う。
「失礼な奴だ………まぁ、でもなるほど。そういうこと」
「そ、そういうこと。佐竹は確かに、気が強いところもあるが、友達思いでもあるからなぁ」
「いや、それで宮藤さんに突っかかるのはよくわからんが、まぁそういうことなら、納得は出来ないが、理解はできる」
「そっか」
橘は笑顔で答える。そうして、手をポケットに入れて、ニヤニヤしながら俺の隣を歩く。
「お前、楽しそうだな?」
「いや、美月に彼女かぁって………なんだったか、美月が昔、高一の時に、漆原に彼女が出来たときは苦し紛れに、俺は男硬派に生きんだって言ってたのになぁ」
橘は懐かしむように目を瞑り、微かに息を漏らす。この色男の甘い吐息に、一体何人の女子が心を奪われたのだろうか。
「そんな昔のこと覚えてねぇよ」
「まぁ、友達に彼女が出来るってのはいいことだ」
「………は?彼女じゃねぇよ………」
「なんだかんだ分かりやすいなぁ美月は」
「………このイケメン、なんか嫌だなぁ」
坂道を下っていき、横に曲がる。そうして、商店街を横目に流して、橋を渡ると、駅がある。
そこで橘と別れる。
橋から見える川は緩やかに流れており、橘の楽しそうな声と川のせせらぎが聞こえる。川の飛び石に夕日が照り付けて、乱反射する光が眩しく、懐かしく思う。
橘が寄っていこうと俺を促すが、「そんなことは、好きな奴が出来てからにしろよ?」と言うと、彼はまた笑って「違いない」と一言。
駅前までくると、俺たちと似通った制服の高校生がちらほら見える。
もしかすると、他の学校も文化祭が近く、皆、準備でもしているのだろうか?と自分と他の生徒を重ねて、見てしまうのは2度目だからだろうか。
その中で、橘が飲み物を買ってくると言ったので待っていることにした。駅はもう目と鼻の先にあるため、待つ理由も特にないとは思うが。
橘のことだ、少し考える時間を俺にくれたのだろう。むかつくほど気の利く高校生に、二度目の大人モドキの俺は、人間、この頃にはもう出来る奴と出来ない奴とで明暗がはっきりと別れるもんだなぁとぼんやり考えていた。
そうして、彼が帰ってきて、俺に問う。
「で、どうするんだ?………ああ。もちろんさっきの話」
「どうするって?」
「いや、分かってるみたいだし、本田のこと」
「そうだな………あいつが言わないならこっちからは何もしないつもりでいたんだかなぁ。でもまぁ、それとなく聞いてみるか」
「それとなくな………そんな美月にこれを上げよう」
橘は俺に映画のチケットを二枚渡してくる。もしかすると、これを買うためにコンビニにでも行っていたのかもしれない。分からない男である。
「ああ。そういう………」
「いや。宮藤さんと行ってもいいんだぞ?」
「行かねぇよ………」
「ああ。今度、ラーメンでも奢ってくれたらいいから」
「はいはい」
俺はため息混じりに呟くと、去っていく彼の背中を見ながら、あんな完璧イケメンの彼女は逆にしんどいだろうなぁと、馬鹿なことを考えていた。




