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Dr.Kの鼓動  作者: パワプロ58号
3.北信越大会
76/402

第76話「法寺覇月」

 法寺覇月――諏訪涼成高校の投手をまとめる立場であり、扇の要ともなる正捕手。そして、チーム全体をまとめるキャプテン。そして、打撃陣の軸となる四番バッター。その重圧は、計り知れないものがある。ヤンキー校の、新設野球部なら尚更に。法寺覇月が中学三年生のころ、彼は県内随一の中学生野球部員だった。彼の活躍は目覚ましく、高校野球界でもその名が知れ渡り、県内はおろか、ついには県外の鉄日高校や清龍高校などから声がかかっていた。しかし、それでも彼は――諏訪涼成高校を選んだ。

「え? ハヅスワ高行くの?」

「やめとけって……あそこヤンキーしかいねえぞ」

「……お前の頭ならもうちょいマシなところいけるだろ……つか、野球推薦でいくらでも好きなところ行けるだろ」

「行けないって……女手ひとつで、ずっと育ててくれた親が、病気で苦しんでるのに、一人だけ県外とか行けるかって」

「え? ヤツキさん病気?」

「うん。肺患ってっから。入院と治療費で金かかりまくり。私立なんか入学金免除されたって行けるかよ。だから、一番近い公立高校の、諏訪涼成。あそこなら、成績トップ狙えるし、就職先だってきっと見つかるよ」

「わー、ハヅすげえわ。そこまで考えてるのかよ」

「俺ら松木高校行くぞ。うまいやつはみんな苅澤行くから、ハヅのいるスワ高、松木、苅澤の三強時代築けるんじゃねえの?」

「いや、野球部入るかも……わからん。校則緩いし、バイトすることになるかも」

「もったいねえなあ……そんな才能生かせないなんて」

法寺覇月の母親、法寺八月ほうじ やつきが肺を患っていたこともあり、法寺覇月自身、野球部に入るつもりはなかったし、諏訪涼成高校自体、部活動など何一つ機能していない荒れた高校だった。


 そんな彼が高校一年の頃、ある一人の男子と話す機会があった。

「お前、松木中の法寺だろ。俺、夏沢中の阪本理糸だ」

「夏沢中って……あの県予選決勝戦で戦った時の……んで……お前は……あのときの代打か」

法寺も心当たりがあった男だ。阪本は、中学時代、夏沢中野球部という県内でも数ある強豪の一つに所属していた。しかし、彼はいわゆる『ヘタクソ』で、三年生最後の大会、コールド負け直前の打席に、代打としてでしか、試合に出ることができなかったのだ。そして、そのときの彼を三振にしたピッチャーの球を捕っていたのが、法寺覇月なのである。

「なんでお前がこんなところで才能持て余してるんだよ!! 俺は、あのとき……お前に褒めてもらったから、どうしようもない最底辺の状態から勉強して高校通えるレベルの学力つけたんだ!」

叫ばれた。わけがわからなかった法寺。確かにあの試合のあと、阪本に話しかけた記憶はあるのだが、法寺は褒めた記憶など無かった。

「……俺は、ここの高校で三年間過ごすって決めたんだ。バイトして金貯めて病気の親の治療費稼いで、成績トップで卒業して確実に企業に就職するんだよ」

「じゃあ……もう野球しないのか……?」

阪本が残念そうに見ていた。法寺は何が何だかわからなくなった。

「(たかが一日、試合が終わった後に……思い切りのいいスイングだったって……言っただけじゃんかよ……なんでそんなこと……)しないよ。どっちみちこの高校じゃ無理だ」

「無理じゃない! 俺が部員集めるから!! またお前に野球をしてほしい!! 俺が気づけなかった才能をお前が見つけてくれた。だから……お前にはずっと……野球に携わってほしいんだ!!」

確かに小学校のころから野球をしていて、中学2年生のときに一つ上の世代のすごさが話題になったときも、そのレベルにしっかりとついていき、中学三年生では、栄えある『白銀世代』の一人として数えられるようになった法寺。野球をしたい気持ちがなかったわけではないが、自分だけの都合で野球をやめたわけじゃないのに、まったく関係のない赤の他人の都合で野球をしなければならない理由がわからなかった。

「とにかく……俺は野球しねえよ。できねえよ……。病院行ってくるから、じゃあな」

法寺はそそくさと教室を出ていった。寂しそうな顔をしていた阪本を背に。



「……母さん、売店でヨーグルト買ってきた。食えよ」

「……ハヅ、私にお金使わなくていいのに」

「……いいから食えよ。母さんだって俺に散々金使ってきただろーが」

病院の一室でのこと。いつものような会話が繰り広げられる法寺親子。しかし、いつもと違ったのは、母親の口元に呼吸器がついていること。常に横になって話しかける母親の姿は、まだ弱冠15歳だった当時の法寺にとって、衝撃的なものだった。

「……生活費毎月銀行からちゃんと引き落としてる? そろそろグローブとか買い替えたかったらナツキねえちゃんに頼めばいいんだよ?」

「……いいよ、バイトしてるし、新しいグローブも必要ない」

法寺は誇らしげに笑った。きっと母親も安心した表情を見せてくれるだろうと思って――しかし、目の前にで横たわる、呼吸器を付けたやせ細った家族は、悲しそうな表情を見せたのだった。

(迷惑かけないように頑張ってるのに……なんで……)

また法寺は、わけがわからなくなった。



 それからと言うもの、二人の間で、野球の話題が出るたびに、はぐらかす息子と、寂しそうな母親の構図が出来上がっていた。そんな中、息子、覇月がいつものように病室に行くと、そこには、阪本理糸と、5人の仲間の姿があった。談笑している母親と阪本。久しぶりに見る母親の屈託ない笑顔。

「よう法寺……」

「あっ、ハヅ」

阪本と母が同時に自身の入室に気付いた。後ろの5人はそれぞれ、山中究一、飯島紀明、高町浩志、簔口教麻、敷島射矢という名前で、阪本とは高校に入ってから、いつも一緒にいるメンバー、いわゆるイツメンという仲だった。

「なんだお前ら……ぞろぞろと」

法寺が邪険にすると、阪本は謝りつつ近づいてきた。

「部員集めた。法寺が毎日ここ通ってること蒲生から聞いた。蒲生に俺ら6人で頭下げて法寺と野球部組みたいって頼んできた。んで、お前の……母さんにも」

「リートの頼みだしな」

「まあ、俺も正直野球に興味あったし」

「高校球児ってモテるんだろ?」

「ハヅの母さん美人すぎな」

「俺肩強いから、きっと戦力なるよ」

最後に、5人が口を揃えて言った。

「法寺覇月! 俺たちドシロートが、野球強くなるよう、一緒に練習してください!」


 法寺は、わからなかった。どうして……俺一人のために、こいつはここまでするのか。

「ハヅ……あなたを必要としてくれる人がこんなにいるのに断るの? それに……」

法寺の母親は、涙を流しながら息を大きく吸った。そして、息を吐くように細い声で言うのだった。

「……最近ハヅ、野球してないから……私寂しかったんだよ。病室に毎日来てくれるけど、黒くなくなった顔も、少し細くなった腕も、汗臭さも土臭さも無くなった服も……楽しそうに野球をしてたハヅがいなくなるのが……寂しかったんだよ」

母の涙に偽りがないことは、その表情でわかった。無理するように笑っている。

「……ハヅ、私は……ハヅが野球をしているところ、もう一度見たいです」

改まって言った彼女の言葉に、自然と目頭が熱くなる法寺。阪本も俯いたまま何も言わない。

(俺は……迷惑をかけないように頑張ってきた……。自分が我慢すれば良いって思って……でも違った。今は……俺に野球をしてほしいと思っている人がこんなにいる。松木高校に言った奴らだって……こいつらだって……母さんだって)

阪本は顔を上げた。

「……俺たちみんな、お前に野球をしてほしい。だって……野球が嫌いな奴が……三振食らった奴相手に満面の笑みで……思い切りの良いスイングだ、なんて清々しく言えるわけねえだろ」

「わかった……俺、野球するよ」

法寺の言葉に、病室にいた7人の顔が、一気に満面の笑みに戻った。



 そして……高校2年生のときに、晴れて藤正彦、木庭来彦ら一年生が入部し、諏訪涼成高校野球部が始動したのだった。今でも、試合後、練習後、どんなに夜遅くなっても病室に顔を出すことを欠かさない法寺。その日の練習のこと、チームメイトのこと、困っていること、色々話した。どんなに気を使って、優しく接している時よりも……母親は笑顔だった。夏ベスト4になったときは泣きながら笑って喜んでくれたし……秋の県大会で優勝した時は、呼吸器をつけていることを忘れて体を起こして驚き、手放しに喜んでくれた。





(全く、ヤンキーばっかの問題児チームだけど……諏訪涼成高校野球部で……本当によかった)

ホームベースをゆっくり、余韻に浸りながら走り、過去を思い返す法寺。逆転のスリーランホームランを放ったところだった。三回裏、諏訪涼成の3点に、チーム全体が沸いた。


 続く5番打者高町。法寺のホームランを受け、全力で叫んだ。

「つづーく! 絶対塁にでる!!」

しかし、クロ高先発の新田のピッチングは緩まらない。

「……ふぅ……」

一息つく新田。すさまじい変化球を投げるのに、肘への負担は少なからずかかるからだ。

(……3点取られて逆転された。今2-4。でも大丈夫。今のこのクロ高の打線なら……きっと逆転してくれるからよ……)

高町を三振に抑え、3回を終える。そして続く4回――先頭打者は、大滝真司である。


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