第77話「連打」
4回表、打席に立つのは4番バッター、大滝真司。
「間違いなくクロ高はこの一か月弱で打線を強化してきた。目覚ましいのは、3番田中と、こいつ……四番大滝」
鉄日高校の一番バッター、四方和也はそう分析した。
「田中は、普段から持っていた俊敏な動きに、少しパワーを加え、長打がありうるバッターに成長しているし、大滝だって……さっきの打席の難しいコースを、三塁線際に打ち崩さずに打ってる」
「まぐれだろまぐれ……」
黒鉄は不機嫌そうだった。
スワ高エース、木庭は大きく息を吐く。
(打たれても大丈夫……うちには法寺さんがいる。何しろ……二点勝ってる)
初球スプリットを空振り。手元で落ちる球に、タイミングが合わない。
(くっ……)
クロ高屈指のパワーヒッターも、木庭の投球には苦しめられる。次の投球で山なりを描くカーブを投げた――
(緩いカーブ……だけど……回転がなかなかかからない。これは……失投だな)
すっぽ抜け――指の隙間からボールが勝手に抜け落ち、指先まで力をかけることなくボールが放たれてしまった。木庭が表情を崩すも遅く、大滝はまっすぐボールを打ち返す。
打球はセンター敷島の前を跳ねる。シングルヒットだ。
(うわー……失投見逃さずにタイミング合わせてくるか……気持ち悪いな大滝真司……)
木庭はすごく嫌そうな顔をした。目の前の打席に立つ山口寿と、キャッチャーミットを構えて座っている法寺を交互に見ている。
(……打たれるのは別に良いんだよ……良いんだけど……ランナー気にすんの面倒くさい)
木庭は一切牽制球も投げず、クイックモーションも見せずに5番バッター山口相手にストレートを投げた。高めだ。山口は見逃してストライク。大滝が塁から大きく足を出していたことを、捕球した法寺は見逃さない。
(刺す!)
ライフルから放たれた弾丸のように、一塁ミットに飛んでいく送球。大滝は頭から滑り込んで、アウトになることは免れた。
(あ、あぶねえ……)
大滝は汗をぬぐいながらキャッチャー法寺を見た。当の法寺は、表情一つ変えず、ランナー大滝を見据えていた。
(ちっ……木庭がクイック苦手である以上、俺が少しでもこうして牽制させてやることで木庭を助けてやらんとな)
打席に立つ山口は、胸中穏やかではない。
(ふうん……法寺覇月だっけ……強肩好リードに強打。県内――鉄日とかに入ってたら間違いなく詰んでた選手だわ。だけど、この投手からなら、打てる!)
一年生投手、木庭の外角低めへのストレートを山口は流し打ち方向に打ち返す。しかし、ライト高町が浅めに守っていたところをうまくショートバウンドで捕球し、大滝の三塁への進塁を防ぐ。
「ありがとうございます高町先輩!!」
マウンドからピッチャー木庭の叫び声。高町は右手の親指を立て、答えた。
「守備は一人前に鍛えてるんだし、任せてくれよ! 打撃は法寺と阪本がやってくれるから!」
高町の言葉に、阪本も法寺も苦笑いした。
続く6番バッター伊奈聖也。しかし、木庭のスライダーの、微妙なまでの球速のなさに、打ち損じてピッチャーゴロとなる。大滝、山口も、内野ゴロであるため安易に進塁はできない。1アウト1.2塁の場面で、打席には7番金条。
(ああ……後藤さんを思い出すなあ)
金条は、一か月以上前の福富商業戦を思い出す。白銀世代のキャッチャー、後藤陸の好リードに苦しめられたものだった。あのころは、後藤という扇の要の脅威に心詰まる思いだった金条だったが、今はクリーンな気分である。
(法寺さんには勝てない……でも、クロ高は負けないよ)
金条のメンタルを落ち着かせているのは、大きなチーム意識だった。
(このキャッチャーのリードから、ヒットを打とうだなんて考える必要はない。俺は、クロ高が点を取れる道を――作るのみ)
金条は、木庭のムービングを転がした。
(……今のクロ高打線なら、きっともっと点が取れる)
金条の送りバント。法寺が拾う。
(……確実に点を……させるかっ!)
法寺は拾った打球をサードへ送球。しかし、早めに二塁を出発していた大滝は一足先にベースへ走り抜ける。
「セカンド!」
サード藤がセカンド飯島へ送球。山口をコースアウトにする。
「ゲッツーとるぞ!」
ファースト阪本の叫び声に、飯島が身を翻して送球。ショートバウンドの送球を、低い姿勢で捕った阪本。グラブを空に突き立てる。しかし……
「セーフ!」
金条は間一髪間に合った。ランナー一人がアウトになるが、大滝だけでも進塁させ、自身も生き残ることができた。2アウトランナー1.3塁の場面となる。
(不本意だけどいいか……佐々木)
金条は祈るように打席を一塁ベースから見つめた。打席の8番バッター、佐々木隆が、バットを構え、木庭を見ている。直球を打つことに限っては、初巾高校戦以来、徐々に得意になりつつある。
(……狙いはストレート。ムービングにだけは気をつけねえと……)
初球からストレート。インハイに決まる。佐々木は胸元に入り込むストライクボールに手が出ない。
(ぐっ……投手の良い所を、リードで引き出す。まさにトップレベルキャッチャー……)
佐々木は歯を食いしばる。二球目のスプリットが、外角低めに決まった。ストライクだ。
(くっ……このエリアを広く使ったリード……ピッチャー信じてねえとできねえな……)
三球目はカーブを外してボール。そして四球目、佐々木が狙うのは、今でも直球。低めのボール球にストレートを投げた木庭。そして、佐々木も打ち返す。
(ボール球だぞ!?)
背中を曲げ、低めのボールにしっかりとタイミングを合わせて打ち返した佐々木。打球の勢いは強くはないものの、木庭の足元を跳ね、二遊間を越えた。
「っしゃあ!」
そのまま三塁ベースにいた大滝がホームインする。1点を返したクロ高。3-4と依然一点を追う状況には変わらないが、ランナー1.2塁と、なおもチャンスが広がる。しかし、ここで代打を出すのは、新田が降板するデメリットを考えてやめておいた絹田監督。新田が三振に倒れ、4回の攻撃を終えたクロ高。
「……あのピッチャー、点入れられようと連打でじわじわ追い詰めようと、全然乱れませんね」
大滝がベンチで今宮に話しかける。今宮は表情を変えない。
「まだ四回だろ。それに向こうのほうが勝ってる。ピッチャー打ち崩したら勝ちだからって、急ぎすぎるなよ。俺たちはいつもの野球をやろう」
真剣なまなざしでつぶやく今宮。『急ぎすぎるな』という辺り、このまま黙っているつもりは毛頭ないようだ。
「4番から下位打線でのつなぐバッティングによる一点。一点で抑えたのは木庭の手柄だろう」
法寺がベンチ前で円陣を組んで全員に向かって言う。褒められた木庭は後頭部を掻いている。
「……まあ、法寺さんが点取ってくれると信じてるんで」
「はあ、お前よ……法寺だけ頼ったって仕方ないだろ。まあそうだけどな!」
木庭の言葉に付け加えた阪本の言葉に、ベンチが途端に明るい表情になる。
「いい顔してますよみなさん。さあ、このまま逃げ切りましょう!」
蒲生が大きな声で言った。それを否定する法寺。
「いえ、逃げ切る? そんな考え一切してませんよ。俺たちは……さらに点を重ねる。常にチャレンジャー精神で行きますから」
法寺の言葉に、否定的な顔が何一つない。顧問の蒲生は嬉しそうにうなずくのだった。
しかし、その回の裏の攻撃のスワ高打線は、6番箕口から始まるも、そこから7番藤、8番敷島までが新田の変化球に倒され、三者凡退となった。
5回表、先頭打者の今宮は、木庭のスライダーを打ち返す。ボール球だったが二遊間を越えた打球がセンター前に落ち、今宮は出塁した。その後、二番バッターの小林による億要りバントでチャンスを作るクロ高打線。
「っしゃあナイスじゃ!!」
田中が叫ぶ。次の打席は彼だ。木庭はしかめた顔をしながら法寺を見る。
(打たれっぱなしは悔しいですよ……やっぱここは抑えたいっす)
(……木庭のそういうところ、俺は高く評価しているぞ)
法寺もにやりと笑って木庭を見た。初球のストレートをインハイに投げさせる法寺。空振りする田中。
(くっ……ノビがましてやがる……油断してると食われるぞっ!)
二球目のカーブ、タイミングが合わず空振りする。
「田中! いつものスイングをしろ! 無理に長打を狙うな!!」
二塁ベースから今宮が叫ぶ。田中は大きく息を吐いてうなずいた。
(そうだよ……俺の、俺のバッティング!!)
木庭の三球目のストレート。まっすぐ打ち返した打球が、センターとライトの間に飛んでいく。
「うおおお!! ナイスバッチです田中先輩!!」
古堂もベンチから大声で叫び、田中のバッティングを讃えた。2ベースヒットで、一点を返す。
「5-4だ! そして次は大滝! 逆転まで一気に畳みかけるぞ!!」
本塁生還を果たした今宮がベンチを盛り立てるように大声を出した。それにつられ、ベンチの者たちも大声で騒ぎたてる。
(くっそお……負けるかよ……)
木庭の心の灯は、打たれ続けたことによって、ひどく燃え上がっていた。法寺も、それを見た上でにやりと笑った。
(よし、木庭……お前の魂、見せてやれ)
木庭は振りかぶった。そして――――




