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Dr.Kの鼓動  作者: パワプロ58号
2.秋大会決勝トーナメント
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69/408

第69話「鉄の壁」

 ――観客の歓声は、あまりにも短かった。わずかに聞こえるのは、落胆の声。そう、あまりの出来事に誰も反応ができなかった。

「アウト!」

レフト泉中が、浅く打ちあがった大滝の打球を、深めに守っていた位置から全力疾走し、ダイビングキャッチでアウトにしたのである。現時点で2アウト。

(浅いけど、行けるよな!)

三塁コーチと目を合わせ、走り出す三塁ランナー田中。浅い位置での捕球となったが、捕球者である泉中は大きく体勢を崩している。

(……! させるかっ!)

泉中は、すぐさま体を起こし、レーザービームのバックホームをした。それでも田中は俊足。1点だけでも返すことができれば、続く5番伊奈の前に大きくプレッシャーをかけることができる。

「いっけー!」

ベンチから一気に後押しする声。正直、田中の足は限界が来ていた。この回だけでも、内野安打による全力疾走、盗塁による全力疾走、外野からの送球から逃げる形での全力疾走。三度のダッシュによる筋肉疲労と、塁で打つのを待っている間、足を完全に止めていることにより溜まりだした乳酸が、彼の足を鉛のように重くしていた。

(2アウト……アウトになったら終わる場面。走ると決めた以上、意地でも走りぬかなきゃならねえんだ!!)

レーザービームは、綺麗にホームに届いたわけではない。少し逸れたのだ。その気になればキャッチャー迫田のブロックをかわすことだって可能。間に合う――そう思った田中だった。


 しかし、目の前に立ちはだかるのは、投手である黒鉄。

(んなっ!?)

黒鉄の左手のミットには、しっかりと打球が収まっている。どうやら黒鉄自身が逸れた送球をカットし、こうして三塁ランナー田中の目の前に立ちはだかったのだ。

(ふざけんなよ……!)

(宣言通り、ラストバッターにしてやるよ……。これがお前らの言う、鉄の壁だ)

黒鉄はしっかりと姿勢を低くして、コースを少し逸れてもなお、黒鉄を抜いてホームへ走ろうとする田中の背中にタッチした。

「……!」

歯を食いしばる表情。ホームまで走る田中の姿が、現実を受け入れたくないと主張している。

「……ふぅ」

安堵した表情。ミットに収まったボールを右手で取り出し、天に掲げる黒鉄の姿が、、鉄日高校の勝利という紛れもない現実を主張している。

「やったぞおらああ!!」

セカンド斑鳩、ショート本田、サード島田、キャッチャー迫田が一気に黒鉄の元に寄って来る。

「うおおお!!」

外野手の三人も全力疾走で黒鉄の元に寄ってくる。鉄日高校ベンチの者たちも、それに釣られて一気に外へ出た。

「……夏の因縁、果たしましたよ先輩!」

黒鉄が鉄日高校側のスタンドに向かって右手を上げた。スタンドも全員でそれを讃えた。




「田中、整列だ」

今宮がホームでうずくまる田中を起こす。

「……俺が走らなきゃ、ここでは終わってなかった……もしかしたら伊奈が打って、もう一回できたかもしれねえ」

「……整列だ」


「大滝……行くぞ」

「……」

俯く大滝に話しかける伊奈。大滝は黙ったまま、とぼとぼと歩く。


「コドー、どうした? 行くぞ」

二年生投手の伊東は、古堂のユニフォームの袖を強引に引っ張って連れていく。

「……すいません……」

「……こちらこそだ」

古堂が謝り続けるその言葉に、伊東はただ一言告げ、それ以上は何も言葉を発しなかった。



「礼!」

「あ(りがとうございま)したっ!!」

延長11回に渡る熱戦。それを制したのは、最後までエース黒鉄が投げぬいた、鉄日高校だった。


 鉄日高校 5-3 黒光高校。

「いやー、どうでしたか加賀美さん」

実況が、解説である加賀美に一言求める。

「……いや、本当に紙一重でしたね。ただ一つ、鉄日高校は、11回裏、ホームランを打たれて負けていたかもしれないということです。もしくは9回裏で敗れ去っていたかもしれない。そして、黒光高校もまた、9回で敗れ去っていたかもしれないということです。両校の選手、延長もある長い試合、どちらも最後まで最高のパフォーマンスを見せてくれました。本当に県予選決勝なんですかねえ」

「なるほど……まあしかし、北信越大会は鉄日高校、黒光高校の二校が出場することとなります。この試合を受け、石川県、富山県、新潟県、長野県の強豪たちと、また熱戦を繰り広げてくれること、期待したいですね……」





 全員が俯いた表情のまま、球場を去る。勝者を讃える声、敗者を慰める声、それが混じり合い、雑音となって、控室に戻る者たちの耳に入ってくる。

「……まだ終わってねえぞ。これは夏じゃねえんだ」

全員が沈むムードだったクロ高。そんな中で今宮がつぶやく。

「……」

鷹戸だけが強く首を縦に振った。

「……俺らは北信越大会がある。今日できなかったことを後悔するんじゃなくて……次の試合でできるように強化するんだ」

「……」

今宮の言葉に、誰もが言葉を詰まらせ、返すことができなかった。監督がミーティングを始めた。

「……今回、俺の監督としての技量不足な点も多かった。しかし、黒鉄から三点も取ったチームは俺たちだけだ。二つも新しい変化球を覚えていたし、それだけ鉄日高校は勝ちに来ていた。そして、最後まで挑戦者として、攻め抜いたこと、必ず北信越大会、全国につながるはずだ。そして、今宮の言う通り……今日できなかったことは、できなかったことを後悔するのではなく、次の試合でできるように強化する。北信越大会まで1か月もない。全力でやるぞ」

「はい!!」

絹田監督の言葉に、全員が大きな声で返事をして、解散となった。



 反対側の控室では、鉄日高校先発の黒鉄大哉、そして、延長11回に勝ち越しツーランホームランを放った地村洋がインタビューを受けていた。まずは黒鉄。

「黒光高校は、繋ぐバッティングが持ち味だったので、決めるところはしっかり決めることが重要になってくると思ってました、今日は……変化球も混ぜて投球ができたので良かったと思います」

続く地村。

「……黒鉄がいいピッチングをしてくれていたので、自分はただそれに応えたいと思ったので……すごく打つのが難しい相手でしたが、色々運がよかったのだと思います」

堂々とした黒鉄と地村の様子に、乾監督も大変満足げだった。

「やはり、夏の因縁ってのがありましたからね。それを越えられたというのは大きいと思います。この勢いのまま、北信越大会でも勝ち進み、全国出場を決めたいと思います」



 熱戦後の会場は、それが嘘であるかのように静まり返っていた。

「いい試合だったな」

「惜しかったぜクロ高」

「……俺らも早く追いつかねえと」

「やっぱ俺らに勝ったわけだし、クロ高に勝って欲しかったよなあ」

秋江工業の4人――溝口、奥田、江戸川、大坂の四人はお互いにそんなことを言い合いながら帰っていく。帰り道、鶴高校の平田恒太と猿渡紋太、そして、三浜高校の柴川辰也と坂東剛次郎と出会う。

「おお。DAIMA! 久々だな!」

「坂東じゃねえか」

大坂は坂東を見つけ近づいていく。

「準決勝で黒鉄と戦ったんだろ? どうだったよ?」

「HAHAHA、俺のときはストレート一本調子だったからな。それで浅く打ち上げていたのではまだまだ力不足だな!!」

腑抜け声の大坂と、独特の語り口調の坂東の会話は、普通の人からしたらいささか面白いものであった。平田恒太にとっては無論そうだった。

「……あんなのでもいざ打席に立つとすげえからビビるわ……」

「だな」

猿渡もそれは薄々感じていたらしく、平田の意見に同意する。





 球場を去ろうとするクロ高ナインの前に現れるテッ高ナイン。

「よお静ちゃん」

黒鉄大哉は、新田静に話しかけようとしていた。それを睨みつける鷹戸。黒鉄はそれを見て飄々とした表情に変えた。

「……んだよ~。いいじゃん。それともお前も同じ中学のよしみで話すか?」

(覚えてるのか……)

鷹戸は少々驚いた様子だった。しかし、新田は鷹戸が前に出るのを止める。

「……こいつは鷹戸遥斗だ。お前はどうせ覚えてねえんだろうけど」

新田のその言葉に驚いた様子の黒鉄。

「やだなあ。覚えてるから話しかけたんじゃん」

黒鉄の表面に張り付いたかのような笑顔を無視し、新田は集団の中へ戻ろうとする。そんな彼の背中に、黒鉄は表情を変えないまま告げた。

「北信越大会の決勝でまた投げ合おうや」

その言葉に、新田は背中を止めた。

「……投げ合う? 一方的に圧勝してやっから」

振り向きざまにそう言い捨て、新田は去っていった。不満そうな黒鉄。その隣で宮城が叫ぶ。

「レイ! 今回は俺投げられなかったけど、次絶対投げ合おうぜ!!」

しかし、古堂は俯いたまま振り返ることはなかった。

「……あらら無視されてやんの」

「……明らかに嫌われてるよりはマシだと思いますが」

茶化す黒鉄に対して宮城は不満そうに踵を返した。

(絶対に……俺だって強くなって投げるから……それまでマウンドおりんじゃねえぞ、レイ)


 秋の県大会はこれにて閉幕した。鉄日高校の優勝、黒光高校の準優勝、三浜高校と初巾高校がベスト4という結果に終わり、それぞれが名をつらねたのだった。

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