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Dr.Kの鼓動  作者: パワプロ58号
2.秋大会決勝トーナメント
65/402

第65話「9回」

 地村の打ったボールが、鷹戸の右肩に直撃した。

「はっ……」

地村は思わず目を見開く。そして――上空にふらふらと舞うボールは、そのまま重力に従って落ちていき、鷹戸の左手のミットに収まる。

「アウト!」

4番地村をピッチャーライナーでアウトにできたのは大きい。しかし、心配されるのは、鷹戸の右肩。3アウトでチェンジとなったそのあとすぐ、監督は鷹戸の肩を心配した。

「大丈夫なのか鷹戸?」

「鷹戸……大丈夫か?」

金条も問う。鷹戸は黙って首を縦に振る。8回が終わり、3-1で二点を追うクロ高。この回でどんなに点差を稼いだとしても、あと1回は守備が回ってくる。


 そんな鷹戸の背中をばしっと手のひらでたたく男――田中が言い放った。

「大丈夫じゃなきゃ困るぜ。次が9回……ラストイニングじゃねえか」

その言葉を捨て台詞にして、田中は一人打席に向かった。

「田中、サイン出したら頼むぜ」

今宮の言葉に田中は強くうなずいた。

「絶対打ってやる。絶対帰ってきてやる。待ってろよ!」

(田中さん……)

「さっきの、お前の登板前の言葉、聞いてたんだけどよ。俺たちも同じ気持ちだぜ。クロ高を託されたのは、ピッチャーであるお前だけど、俺たちもそれを常に背負ってる。見てろ、いやでも最終回投げさせてやっからよ」

続いてやってきた今宮の言葉に、鷹戸は思わず鼻を鳴らして笑う。

「(笑うのかよお前……)あ……やっぱ前言撤回。お前意地でも投げたがるだろうし、無理にでも投げそうだな」

そんな今宮の去り際の一言――。

(田中さん……今宮さん……)

鷹戸は右手を握ったり、開いたり、右肩を回したり、投球モーションを取ったりしてみる。

(投げたい……)

鷹戸の目から伝わる闘志。鷹のように鋭い眼が、さらに切れ味鋭くなっている。

「……投げられます」

鷹戸の力強い言葉に、絹田監督もうなずいた。

「わかった。ブルペンでしっかり準備して来い。古堂、そして伊東にも伝えてくれ」

「……はい」

ブルペンに向かう鷹戸。ブルペンでは、伊東が返田に、古堂が坂本に投げている。

「あっ! 鷹戸! お前肩大丈夫なのか!?」

古堂の言葉に黙ってうなずく鷹戸。

(うるさい……)


 打席に立つ田中。最終回。上位打者から回ってきたのは、ある意味幸運だったかもしれないクロ高。

「……本当によかったなクロ高。下位打線だったら間違いなく終わっていた」

大坂大磨は冷や汗を流しながらその光景を見守る。

「……黒鉄から打ったヒットは累計4本。そのうちの二人が確実に回ってくると言うのはデカい。まだ希望も持てるだろう。それに……」

江戸川が見た先は、ブルペンの鷹戸。

「あいつが地村を抑えて8回を終えた……これで間違いなくクロ高は勢いづいた」

「正直あの肩ブロックはやべえけどな」

「ああ……あんな鋭い打球、肩に直撃したら普通は立ってられねえよ。鷹戸遥斗の肩が、いかに化け物じみてるかがわかるな」

クロ高勢に、俄かに漂う逆転ムード。しかし、黒鉄の初球のストレートの轟音が、その雰囲気に浮かれた者たちを黙らせる。

「黒鉄衰えていない……」

「さすが最強投手……。クロ高は一点取っただけでも大したもんだよ……」

そのストレートは、ボール球だったが、観客たちも、その黒鉄の投球に徐々に沈黙していく。

(相変わらず伸びやがる……一体どんな鍛え方してたらここまでのストレートを投げられるんだよ……)

田中はにやりと笑った。

(こういう場面……サイコーに燃えるんだよな)

2球目、黒鉄が放った内に緩く入っていくサークルチェンジ。田中は見逃す――しかし、

「ストライク!」

判定はストライク。1ストライク1ボールだ。

(くぅ……今のはボールだろ……)

田中は悔しそうにもう一度黒鉄を見た。目先で笑っている黒鉄。あの余裕の笑みが好ましくない。

(まだ一本もヒットを打ってねえんだよなあ……クロ高の一番打者としてどうなのよ)

3球目、外に逃げる高速スライダー。一見するとボール球だが田中は大きく踏み込む。

(どうせストライクゾーン入ってるんだろ!?)

田中は半ば強引に打ち返した。流し打ち方向に飛んでいく打球。一塁線ギリギリのライトで跳ねた打球。

「うおおっしゃ!!」

黒鉄から初ヒットを打った田中。両手を握りしめ、喜びをかみしめる。

「行けるぜ……」

同様に手ごたえを感じていた今宮。ここは送りバントで確実にチャンスを作るという道もあるが……。

「初球、絶対打ってやる!」

初球、黒鉄はサークルチェンジを投げる。そして、同時に走りだす一塁ランナー、田中。

「スチール!」

ファースト地村の叫び声。そして空振りする今宮。捕球する迫田がそのまま送球する――しかし

「……意味ねえよ」

黒鉄がそのボールを捕球した。

「盗塁成功! 9回のこの場面で、切り込み隊長田中が盗塁です!」

(これで送りバントの線は無くなったな。どっち道一点じゃ足りねえんだ。せいぜいあがいて見せろよ)

黒鉄は笑って今宮を見据える。

(初球から打ってやるって言うから全力のサークルチェンジ投げてやったのに、それをサインに走るとか何事……)

迫田は、黒鉄の勝負の姿勢を貶されたかのように感じて悪態をつく。

(腹立ちますから、内角高めにストレート、お見舞いしてやってください)

(……そんなカリカリすんなよ迫田)

黒鉄は、迫田とは対照的に、薄ら笑いを浮かべながら、二球目のストレートを投げた。初球との球速差に、今宮のバットは全く間に合わない。早くも2ストライクと追い込まれる。

(や、やべえ……)

今宮は予想以上の球速差に、冷や汗を流しながら笑う。

(ラスト、ウィニングボール、行きましょう)

迫田のサイン。黒鉄は頷く。投げた――今宮に一気に迫る白球。しかし、今宮はまっすぐ迫ってくるそのボールに、瞬間違和感を覚える。

(今までより伸びてない、遅くもない、そして、この感じ……)

手元でドライブ回転にしたがって山なりを描きながら下方向にまっすぐ落ちていくボール……。

(縦スラ!)

今宮は、その低く入り込んできたボールを、バットの角度を合わせてしっかり打ち返した。二遊間超える打球。今宮用シフトで前進守備していた外野――センター四方が打球を拾って三塁に送球するが、二塁ランナー田中の俊足を刺すことはできない。

「セーフ!」

審判の声。一塁ベース上で叫ぶ今宮。ランナー一.三塁。驚愕の表情をしている鉄日高校バッテリー。

「あ、ありえねえだろ……」

さすがの黒鉄も、初見の変化球に対応してくる今宮のバットコントロールとセンスに感服していた。迫田も頭の中を必死に整理し、自制を利かせようとする。

「(だめだ……黒鉄さんが打たれたからって俺が動揺しちゃ意味がない。俺は冷静に一言――)黒鉄さ……」

「迫田! わりー! でも落ち着いていけば問題ない! ここ凌いだら勝ちだぜ」

黒鉄がマウンドから叫んだ。乾監督は、その様子を見て問題ないといった様子でベンチに座った。

(仮に延長になったとしても、黒鉄を攻略できているのはせいぜい上位打線と5番の伊奈のみ。一発逆転を演出しそうなホームランバッターが、今日当たっていない大滝しかいないというのはありがたいことだ。そして宮城もアップをしながら構えている。鉄日オレたちが負けることなど、絶対にない!)

そして、乾監督のその期待に応えるかの如く、黒鉄のピッチングは威力を増していく。3番山口相手に、初球ストレート、二球目高速スライダーで追い込み、三球目――

(あ……)

山口は空振りした。一見するとストレートだったボールだったが、手元で一気に下に落ちていく縦に割れるスライダーを投げてきたのだ。

(く……くそっ!)

打席に戻る山口。絹田監督が話しかける。

「山口……やはりあれは……」

「はい……黒鉄のやつ、今まで隠してましたね」

山口はうつむいた。右手を強く握っている。

「舐めたことしてくれる……」

悔しそうにつぶやく小林。

「いや……むしろ逆だよ」

そう言ったのは、新田静。降板後、アイシングをしている最中だった。

「……この大会に向けて、二つも変化球を覚えてきたのに、今日のこの試合までずっと封印してきたんだ……。どれだけ勝ちに来てるかが伝わってくる……」

新田が静かに呟く。絹田監督も大きくうなずいた。

「しかし、それはうちも変わらない。あの甲子園に仮があるのは、俺たちも同じだろう。鉄日に勝って、悪いイメージを払拭しろ。大滝、お前の今までの集大成を見せてこい」

絹田監督は、全員に語り掛けた後、大滝一人をさしてそう言った。大滝は「はい!」と大きな声で返事をして、打席へと向かう。


 打席に立つ大滝。観客が大歓声で出迎えた。そしてまた、その声の中には黒鉄の好投を期待する声も混じっている。

「さあ、一打逆転があり得るこの場面、打席には4番大滝……今日は安打無しですが、これまでの試合では、確かな存在感を放っているこのバッター、黒鉄との4打席目、注目が集まります!」

「先ほどの打席ではバントも打っています。様々な場面に応じた練習を、何番打者だからとかに拘らず抜かりなく行っていることが窺えますね」

実況も、解説も、観客も、両方のアルプスもベンチも……かなり熱が入っている。


「……大滝真司……。俺からも打ってるんだ。黒鉄からだって打ってくれよ……」

鶴高校の平田恒太は右手を強く握りしめて、球場のスタンドの端からその光景を見ていた。

「……コウちゃんがそんなこと言うなんて珍しいやん」

同校の猿渡は笑いながら、その手についた汗を拭う。

「だって、俺が負けた高校は――県内優勝校だった……て方がいいじゃん。まだ手に届きそうな感じするじゃん」

「やな」

平田の言葉に、猿渡は強くうなずいた。


「……おっ、どうなってる?」

球場に息を切らしながら現れたのは、奥田洋太。秋江工業高校のリリーフピッチャーである。すぐさま大坂、江戸川、溝口が並んで座っている横に座る。

「……今は大滝の出番だ。あの大滝進一の弟……」

大坂の言葉に、奥田は訂正を加えた。

「いや、あいつは大滝進一さんの弟ってよりも……クロ高の4番、大滝真司って言ったほうがしっくりくるよ」

「そうだな」

「……だな」

「打つだろうか……」

奥田の言葉に、江戸川も、大坂も、溝口もうなずいたのだった。


「はっ……1-3とはクロ高も情けねえなあ!」

練習試合を終えた福富商業高校の高月広嗣は、すぐさまスマートフォンのワンセグ機能で試合の中継を見始めた。その光景に寄ってくる面々。同校の荒牧鉄平、仙田竜平、寺田礼二である。

「わっ……黒鉄から一点取ったのかよ」

「やべえな……」

「しかもランナー溜まってますよ!」

「え? ヒット? 黒鉄から?」

彼ら三人の言葉に、後片付けをしていたキャッチャー、後藤陸も寄ってくる。

「えっと……7回に5番ファーストの伊奈が打点を挙げたらしい」

「へえ……」

「やるじゃんクロ高」


 初巾高校の面々は、部室のテレビの中継に釘付けになっていた。

「はっ……これでわかったでしょ、鷹戸から打てないのは仕方ないって!!」

下位打線の錨真紀がキャッチャーの白里虎次郎にそう言った。

「……いやそれよりも普通に……黒鉄から打つクロ高打線がやべえんだって……」

「……確かに」

黙る錨。そこにレイモンドが口を挟む。

「高校に入って、俺を唯一三振にできた男だ」

「……いいなぁそのブランド俺もほしいっすよ」

柏木がテレビのある部屋に入ってきた。全員が柏木の方を見る。

「大滝真司、打席立ってるぜ?」

柏木はそう言われ、画面に食い入るように見た。

「はっ……せいぜい三振に倒れるんじゃない? 今日まだ一回も打ててないじゃん(俺からも打ったんだから絶対に打てよ……。じゃねえと許さねえからな……)」


 準決勝で、鉄日高校と対戦した三浜高校の坂東と柴川も、球場まで足を運んで試合を見に来ていた。

「HAHAHA! DAIYAからここまで打つとは、KOKUKOUKOUKOUも強いな!」

「……坂東、恥ずかしいから静かにしてくれ」

「それはすまない、だが、俺をセンターフライに打ち取ったあの男から、このOOTAKIは打てるのだろうか……!?」

「……だな」


 打席に立ち、大滝は深呼吸する。

(俺の集大成……それは……)

球場全体が息をのむ中、黒鉄は低めにストレートを投げる――そして、そのすさまじいノビのある一球を、大滝はまっすぐ……全神経をバットに込めて、打ち返した。

(何も考えずに、球をただ打ち返す!!)

縦スライダー……縦方向に変化する変化球。握りはスライダーと近い。手首のスナップを利用して投げる変化球で、ジャイロ回転の回転軸を90度変えた場合の回転をししているため、「沈むジャイロボール」と似た変化をする。

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