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Dr.Kの鼓動  作者: パワプロ58号
2.秋大会決勝トーナメント
63/402

第63話「信頼」

 泉中のヒットが確定した瞬間、クロ高全体の目の色が変わった。2塁ランナー木口諒真のホームへの帰還。そして、三塁を蹴った地村。センター山口は糸目を開いて、全力の送球をホームに返す。

(届け!)

白球が空を滑るようにキャッチャー金条のミットに収まる。しかし、地村は、そんな金条のブロックをかわして滑り込み、ホームに左手をつけた。

「くっ!」

金条が悔しそうに顔面のプロテクターを外した。審判の「セーフ」の声。


「しゃあ!!」

「いいねえ!」

四方と斑鳩がやってきて地村にハイタッチを求める。

「……おう」

地村は小さく呟くと、無表情のままハイタッチを返す。

(ほんとに地村は眉尻一つ動かねえよな)

隣で喜ぶ木口を横目に、7番サードの島田は冷静にその光景を見ていた。


 敬遠が結果として2失点を招いてしまったクロ高バッテリー。新田の投球が、その心理的ダメージの影響を受け始めていた。しかし、6番打者の斑鳩が、ボールを打ち損じ、セカンドゴロのゲッツーにより、一塁ランナーの泉中共々倒れ、3アウトとなった。

「くそったれぃ!」

斑鳩は不満そうにベンチに戻る。黒鉄がそんな彼に声をかける。

「次の回……守備頼むわ」

「お、おう」

黒鉄としては、気持ちの乱れてきた斑鳩を律するための一言だった。


 しかし先頭打者の佐々木がセカンド方向に打球を飛ばす。それを斑鳩が捌いたことによって、黒鉄の一言がいい意味で効いたのだった。

「あー……惜しいな。でも佐々木、直球強くなってきてるよ!」

ベンチで古堂が悔しそうにしている。ベンチ内にも暗い雰囲気が漂う中、次の打席の新田も三振に倒れた。

「ふぅ……」

黒鉄がここで一息つく。三人目の田中が打席に立つ。

(静の予想通り、新しい変化球を取り入れてきやがった。チェンジアップ系だし、球種絞るの一気に難しくなったよな)

外角低め――いきなり148km/hの直球が突き刺さる。凄まじいノビは、体感速度を150km以上と感じさせている。


 2球目の高速スライダーが外側へと逃げていく。外に外れたボールなのだが、田中は空振りしてしまう。

(や、やべ……。空振りしちまった……。ストライク先行で来ていたからつい……)

そして3球目――どんな球が来ても打ち返すと意気込んでバットを構え直した田中。しかし――

(球が来るのが遅い!? しまった、ここに来てサークルチェンジ!!)

球速差はもちろんだが、予想以上に沈む球に、空振りしてしまった田中。


 田中の三振の光景を見て、江戸川は悔しそうにしている。

「サークルチェンジは、ただのチェンジアップのように球速が遅くなる仕組みではなく、スクリューみたいな変化をしながら沈んでいく。田中が打てないのも仕方ない、打つのが難しいよな……速球派だから余計に……」

「……」

大坂は黙り込んだ。自分も打てない――と思っていたのだ。

(俺は緩急に弱いからな……あれも夏までに打てるようにならなければいけないのか)

大坂がみたマウンド。そこに立つ黒鉄大哉。彼がずっと遠くの存在に感じられた。



 6回裏を三者凡退で抑え抜いた黒鉄。新田がマウンドにあがろうとするのを、絹田監督が止めた。

「無理するな新田……」

「え?」

新田は振り返る。どうして? と言った表情、目で訴える。

「その汗を見てみろ……。今のお前に、満足の行くパフォーマンスができる状況ではない」

絹田は敢えて厳しめの言葉をかけた。そして、隣で準備していた鷹戸がマウンドにひとり向かう。

「……鷹戸」

鷹戸遥斗を呼び止める絹田。

「……準備は万端だよな?」

「もちろんです」

鷹戸はその鷹のように鋭い目を遠慮なく監督に向ける。新田はその光景を黙って見ていた。

「……新田先輩」

普段話しかけてこない鷹戸が話しかけてくるが、新田はうつむいたままだ。肩を落とす彼に、鷹戸が話しかける。

「……新田先輩。俺だって、同じ気持ちです。中学の時から見てました。夏も……甲子園で悔しい結果に終わったことも、全国では戦えないって散々揶揄されたことも。だから……信じてください。俺も……勝ちたいですから」

訴えるその目、言葉、口調。全てが新田の心に突き刺さる。

(鷹戸……お前、そんな目すんのかよ……そんな言葉言えたのかよ……)

新田はボールを渡した。爽やかに鷹戸に笑いかける。

「……全部託す。クロ高野球部のこと、全部……」

「……全然構いませんよ。リリーフって、そういうものですから」

鷹戸は手首の関節を鳴らしながらマウンドへと向かった。その背中に始めて頼もしさを感じた新田だった。



 サード島田が打席に立つ。

(う、嘘だろ……やっと新田の変化球に目が慣れたと思ったのに、ここに来て怪物一年生かよ……)

初球のストレートを打ち返す島田だったが、ショートゴロに倒れる。

続く迫田、黒鉄も平然とゴロにし、リリーフ鷹戸は、7回表を三者凡退に切り取った。


「……打たれたから……下げられたんですか?」

新田の言葉。絹田は黙ったままだ。

「そうだ。そして、鷹戸が準備出来ている。だから下げる。黒鉄との因縁だとか、決勝戦だからとか、そう言うのは関係ない」

「……はい」

絹田に言われ、新田は渋々答えた。

「……」

息を吐いて強く黒鉄を睨んだ鷹戸。

「あれ……もしかしてあいつって……俺と同じシニアチームだったやつかな?」

黒鉄は、強く睨む鷹戸を見ながら笑みを浮かべるのだった。





 ――鷹戸が中1のとき、まだ身長は156cmと小さかった。ストレート一本の投手で、まだまだ実力不足。それでも、一つ年上の二人の投手は凄かった。

「俺は新田静。カーブを投げる。よろしくな」

「俺は黒鉄大哉。このチームのエースだ」

最初の印象はどちらも自分にとって超えるべき対象であると言うこと。そして、凄まじい実力の持ち主だということ。中学のときのシニアチームは、この黒鉄と新田の二枚看板で無類の強さを誇っていた。


 そんな中で練習をしていた鷹戸だったが、ある日、新田が居残り練習をしているところを目撃した。

(新田さんだ……)

鷹戸の目に映る新田は、変化球の練習をしていた。スライダー、シュート、そして自らが元々武器にしていたカーブ。壁にチョークでストライクゾーンを描き、ひとりでそこにずっと投げ込んでいたのだ。汗を流して、肘を抑えながらずっと投げ込むその姿に、鷹戸は未熟ながらに衝撃を受けた。


 しかし、それでも新田がエースナンバーを背負うことはなかった。そう、エース黒鉄が絶対的過ぎたのだ。ある日の練習のこと、鷹戸と新田が練習を共にしていた日、転機が訪れた。

「あれ? 鷹戸、ストレート速くなった?」

「……そうすか?」

「俺もスライダー早くなったんだよ。見てくれ」

「おいおい静ちゃん。見ろよこの野球雑誌」

黒鉄が突然現れて、雑誌を見せてきた。特集記事……注目の中学生をまとめた記事だった。

「俺の名前と静ちゃんの名前が刻まれているぜ?」

書かれている『白銀世代』の文字。鷹戸は強い劣等感を覚えた。

「……あ、そうか……お前は『暗黒世代』だもんな。わりー、嫌がらせじゃねえんだわ」

黒鉄はヘラヘラ笑って鷹戸に謝った。鷹戸はうつむいたまま何も言い返さなかったが、新田が激しく反応した。

「おい! そんな言い方よせよ!」

「あ? 暗黒世代って呼ばれてるのは事実だろうが」

「でも鷹戸だって頑張ってるだろ! そんな言い方すんなって!」

「……静ちゃん、頑張ってるだけで強くなれるほど野球は甘くねえよ。実際に、変化球磨いてるだかなんだか知らねえけど、エースは一向に俺のままじゃねえか」

鷹戸は、その日からひどく『暗黒世代』であることに劣等感を覚えた。また、その黒鉄の言葉が強く深く心に刻まれた。彼がジャイロボールを覚えようと思ったのは、この言葉がきっかけだったのだ。



 ベンチに戻る黒鉄をずっと見ていた鷹戸。静かな闘志を燃やしていた。

(……暗黒世代なめんじゃねえ。俺だってここまでやってきた。頑張ることは無駄じゃない。それは、新田さんや古堂を見ていればよくわかる。黒鉄大哉……お前に投げ勝つ。俺が……クロ高が……勝つ!)


 7回裏、先頭打者は今宮陽兵。マウンドの黒鉄は余裕の表情で初球ストレートを投げる。未だに衰えないその凄まじいノビに、今宮は手が出ない。

(相変わらず伸びやがる……)

絶句する彼を追い詰める2球目の高速シュートが内角ギリギリに切り込んでくる。

(ぐっ……ってことは、3球目は……)

今宮は3球目の外ギリギリのストレートを打ち返した。打球は低く転がっていくが、ファースト地村の右手側を上手く抜けていく。

「よっしゃ! やっと出塁だぜ……」

今宮は一塁ベースの上で、黒鉄を煽るように叫んだ。地村は沈黙を守ったまま今宮を見ている。


(黒鉄さんのノビに目が慣れてきてる……サークルチェンジももっと混ぜないときついかな)

キャッチャー迫田は、次の打席の山口を見て外の低めにサークルチェンジを求めた。黒鉄は頷き、初球を投げる。

(やっぱり来た……初球からサークルチェンジ!)

山口は初球からサークルチェンジを打ち返した。ピッチャー黒鉄の頭上を抜けた打球は、センター前に落ち、今宮に続くヒットとなる。

タイムを取るキャッチャー迫田。

「すいません、配球読まれてました。もう少ししっかり練ります!!」

「わかったわかった……。俺のストレートにも慣れ始めやがったからって初球サークルチェンジを読むとはさすがに白銀世代だよな……まあ、次から頼むわ」

「はい!!」

黒鉄に言われ、嬉しそうに笑う迫田。

(マジで迫田は……俺の言ったこと全部鵜呑みにすっから怖いと言うか……ま、そんぐらいのほうがやりやすいんだけどな)

黒鉄は笑いながら次の打席を見る。


 4番大滝が打席に立っていた。

「っしゃす!」

大きく叫ぶ大滝。しかし、黒鉄の笑みは消えない。

(こいつを敬遠するわけねえよな……)

初球ストレートは凄まじく伸びていく。大滝は目が追いつかない。

(……次の伊奈は当たっている。だったら、俺にできることって……)

2球目の高速スライダー。猛スピードで滑り込んでくる。

(4番であることに囚われない! 俺にできることは……次を信じることだ!)

なんと、ここで大滝はバントをした。打球はほぼ真下に垂直に転がる打球。誰も予想できない4番のバントに、キャッチャー迫田は腰を上げるのが遅れた。三塁へ今宮、二塁へ山口。それぞれが進塁を決め、クロ高は1アウト2.3塁と、大きくチャンスを広げた。

「はは……小手先の技で頑張るじゃんクロ高よ」

黒鉄は呆れた笑いを見せた。


 そして、打席に立つ5番伊奈。

(先輩たちは打ってくれると信じてた。大滝がバントするのは予想外だったけど……俺を信じてくれたんだ。絶対に打ってやるぜ。黒鉄大哉さん。この人から打って俺は、俺は……)

そんな伊奈の元に、黒鉄の右腕から――初球が投げられた。

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