第56話「カットボール」
来週に控える決勝戦。残り6日の練習が県制覇校を左右するといっても過言ではない。
「まずは、黒鉄大哉の投げるボールについて。150km/hの直球に、キレのある変化球。変化球であってもそのスピードは尋常ではない」
絹田監督の目の前に小泉が録ってきたビデオが映る。アップして撮ったため、画質はあまりよくない。
「昨日の試合、黒鉄はストレートしか投げていなかったな。変化球見せる気なかったと取れる」と今宮。
「なめやがって……」と田中。
「実際にストレートだけで三殺びしっと決めてるんだから大したもんだよ」と山口。
「球速の最高速度は、150km/h。江戸川の153km/hよりはマシなのかもしれないが、変化球だろうと容赦なく140kmを超えてくる。あと、手元でのノビが県内投手たちから頭一つ飛び抜けているな」
「……夏もエグかったからな。登板したのは決勝のあの試合だけだけどよ」
今宮も打席を思い返す。場面だけを思い起こせば、出塁した大滝進一を送りバントをするという、当時の今宮からすれば屁でもないと言った仕事だった。
「数値で言えば江戸川以下。それでも、打席に立てばわかる。黒鉄が最速だと感じてしまうよな」
今宮の張り詰めたような表情に、一年生たちも息を呑む。
「黒鉄の変化球は、確か……」
田中が言おうとしたところを新田が制する。
「俺が言う。黒鉄は……高速シュートと高速スライダーを使う」
「高速? なんすかそれ」
古堂が問うと、新田は表情一つ変えずに続ける。
「普通のシュート、スライダーよりも球速重視の変化球で、変化量は俺のスライダーに比べれば少なくなる分、黒鉄はそれらの変化球を直球とあまり変わらない速度で投げてくる」
「へえ……」
古堂は感心している。
「緩急……球速差による空振りは取りに来ない代わりに、変化球の見極めがすごく難しくなる」
「……直球中心で、ウィニングボールにそれらの変化球……とかだったら面倒だね」と山口は呟いた。
「あと……これは俺の勝手な見解なんで聞き流してくれて構わないですけど。あいつは、夏……森下先輩に全打席ホームラン打たれています。三打席中、1打席目はストレートを。2打席目は内に切り込む高速シュートを。3打席目は外に逃げる高速スライダーを。だから、新しい変化球、それも、下方向に変化する変化球を覚えてくるんじゃないかと」
新田が監督に意見を呈す。監督も小さく頷く。
「鉄日高校は地元のテレビの取材も断っているらしい。(もちろんうちもだが……)黒鉄の新変化球が外に漏れないようにしたいと言う理由だとしたら納得がいく。まあ、もちろん、あらゆる可能性を考えなければならないな」
「っしゃ、練習入っていきましょう!」
古堂が叫ぶ。今宮が背中をばしっと叩く。
「俺が言う。すっこんでろ…………野手はシートバッティング。内角外角低め高め想定10本ずつしっかりとやれ! んで、投手は新田と金条に任せるわ」
「わかった」「了解です」
「んじゃ、練習開始っ! とっとと始めろ!!」
「野手の警戒選手は、もちろん四番の地村洋。1年の頃から三番バッターだったしな」
新田が投手の練習に入る前に、全員を集めて説明している。
「……引っ張った打球も強いが、流し打ち方向でもしっかりと打球を飛ばせるパワーは持ち合わせている。投げるなら内角低めか外角低め……ファウルにしやすい」
「ふぁ、ファウルすか?」
古堂は少し呆れ声を出した。
「地村から空振りなんてそうそうもらえるもんじゃねえ。1球だけでも空振りさせることができるとしたらどこにつかう?」
「ん……まあ2ストライクと追い込んだ後ですね」
金条も頷く。
「古堂にも鷹戸にも、そして伊東にも……低めにしっかりと投げることができること、そして、ウィニングボールを確実に投げることができることが重要になってくる」
「ってことは、コントロール練習を重視でやっていくと?」
「まあ、そんなところだ」
新田は古堂の言葉にそう頷く。
「いや、それじゃダメだと思うぜ俺は」
決定ムードに横槍を入れる一つの声。声の主は、閑谷明。
「……あ、明さん!」
「閑谷先輩!」
伊東と古堂がはっと声の主の方を見る。
「ようお前ら……来週は鉄日戦なんだろ? 注目バッターと言ったら、地村とか四方とかいたよな……」
「正直閑谷さんにとっちゃ取るに足らない相手でしょ……」
「いや、俺だって地村に2回打たれてる」
夏の県決勝を思い出す投手たち。確かにそうだった。そこから調子を崩した閑谷の代わりに新田が最終回に登板したのであり……甲子園でも、地村を易々と超えるバッターたちの登場に、一回戦で姿を消したクロ高。
「俺らが……全国であんな負け姿晒しちまったからよ。お前らがやっぱり全国には通用しないってイメージ持ってたら嫌なんだ。だから、俺としては……鉄日に圧勝して、全国で戦うイメージを、自信をつけて欲しいと思ってな。北信越だってそれなりにつええし」
閑谷の言葉は、古堂の言葉に深く刻まれた。
(やっぱり……この人は、俺が憧れた閑谷さんだ)
新田が話を戻す。
「んで、閑谷さん的にはどうするのがいいと思いますか?」
「そうだな……静はメンタルを磨け。とりあえず森下と進一と郷田がヒマそうにしてるからとりあえず打たれてこい。んでまあ……鷹戸は本当は変化球覚えさせてやりたいところだが、間に合わねえと思うし、新田の言ってたコントロール練習やってろ。伊東と古堂、お前らちょっと来い。あーあと、金条借りていいか」
「え?」
「俺もすか」
伊東と古堂、そして金条強引に連れ出した閑谷。残された、新田と鷹戸と返田。
「んじゃ返田。鷹戸とコントロール練習やっててくれ。俺は三年生のところ行ってくるわ」
「はい(俺も行きたい)」
新田も三年生のところに向かい、ブルペンには結局鷹戸と返田のみが残された。
閑谷がやってきたのは、室内練習場。ここで突然閑谷がボールを持ち、金条を座らせた。
「いいか……お前らには今からこれを投げてもらう。金条! お前速球取るの得意だから大丈夫だよな!?」
「え!? いきなりで大丈夫ですか!?」
「既にあっためてきてるから大丈夫」
閑谷はボールを振りかぶって金条に投げた。一見すると超高速の直球。
「俺たちに150キロを超えるストレートを投げろと!?」
古堂は慌てふためいている。
「いや違う。まあ確かに直球の速度は上げて欲しいけどよ」
金条がキャッチャーミットの中のボールを見つめながら呟いた。
「カットボール……ですか?」
「おっ、正解だ金条。伊東、コドー……お前らには、この一週間で、カットボールをモノにしてもらう」
「おお!!」
古堂が先に興奮した様子で目を輝かせていた。変化球を他人から教えてもらえるのはとても嬉しいことらしい。
「でも、なんで俺たちにそれを? 新田や鷹戸には教えずに?」
伊東が疑問を呈す。
「新田に新しい変化球はいらないよ。あと、鷹戸が覚えるとしたら……カットボールよりもカーブとかチェンジアップとかの方が良い。あとなんでお前らなのかというと……」
閑谷は息を改めて吸い直し、声を大きめに変えた。
「……お前らがまだまだ未熟だからだ」
言い切った言葉に伊東も古堂も言い返す言葉がない。
「まずは伊東……フォーク一本じゃこの先やっていけないと思え。直球中心で貫くなら、一見すると直球と変わらない、そんな変化球を持っていることが重要だ。そして古堂。お前に教えたいメインはどちらかというと直球。初見殺しのサウスポーカーブの混じったスローカーブは強力だが、やはりそれを引き立てる直球が機能しないことには鉄日打線は抑えられない。右打者の外に逃げる変化球を持っている分、中に切り込んでゴロを取るタイプの変化球も欲しいところだしな」
(なるほど……ノリで決めたわけではなさそうだ)
金条も納得した様子だ。カットボールは、スライダー方向に、手元で僅かに変化する変化球。その分、球速は普通のスライダーよりもずっと速い。
「握りはツーシームと大きくは変わらない。人差し指を外側に少しずらすだけで、手元でわずかにズレる」
閑谷の説明に真剣に耳を傾ける二人。
「確かに、この変化球があれば内角にももっと切り込んでいける……」
古堂は試しに握ってみる。そして、金条に向かって投げた。
「おっ……?」
金条がボールを捕る。しかし――
「……あんまり動いた感じしないな……やっぱお前は初めて投げた変化球はすっぽ抜けやすいのかもな」
「……あー。それでスローカーブを投げられるようになったのか」
閑谷は何かを発見したらしい。
「カーブ系の変化球は『抜け』を意識して投げるんだ。スローカーブはより、『抜け』を意識することで球速を遅くしている。変化はほぼ重力頼り。金条の言うとおり、こいつはついつい初めて投げる変化球をすっぽ抜けさせやすいんだろう」
「な、なるほど……」
続いて伊東が投げる。しっかりと投げ抜いたカットボールは球威もあり、よく投げられていたボールだった。
「いいですね伊東さん……」
金条はその手応えを感じて伊東に笑いかけた。彼自身も手応えがあったらしい。
「実戦で使えるかも知れないです」
「……そうだな」
閑谷も頷いた。
「ああっ! いいなっ! 伊東先輩いいなっ!」
古堂も羨ましそうに伊東を見ている。
「すっぽ抜けなきゃいいんだよ。そしたらお前も投げられるようになるって」
「そ、そうですかね?」
伊東のアドバイスを受け、古堂はもう一度投げるが、イマイチ掴めない。
「……ぐぬぬ」
悔しそうにする古堂。閑谷がここで両手をぱんと叩いた。
「うし……まあコドー、お前に教えるメインは球速UPのコツだ。伊東はここでしばらくカットボールの練習頼む。古堂はこっちに来い」
古堂を隣のマウンドに呼ぶ閑谷。カッターシャツの襟を直し、マウンドでボールを握る。
「いいか……これから球速UPのコツを教えてやる。これを一週間極めてやれば2~4kmはアップする。自然に鉄日高校はイメージ以上の球速にやられるだろう」
「おお! 早くお願いします!」
憧れの投手から教えてもらうコツ――古堂はこれ以上に興奮する場面はないといった様子で笑った。




