第49話「反対側」
クロ高VSハッ高が、白熱した戦いを見せる最中、別の球場では三浜高校VS鉄日高校の戦いが繰り広げられていた。
「先発の宮城臨……未だ無失点で6回表を投げ抜きました。0-6、鉄日高校6点リードです」
三浜高校の白銀世代は、4番打者の坂東剛治郎と、三番打者の三島竜太のみだ。先発の柴川辰也は、県内でも屈指の左投手ではあるが、白銀世代には数えられていない。
「……辰也、まだ行けるか?」
「ああ」
坂東に声をかけられ、柴川は頷く。シュートとカーブだけでベスト4まで上り詰めたのだ。相手が鉄日だと言えども一歩も引く気にはならない。
「見てろよ……テッ高」
打順は6番打者から。彼の名前は斑鳩瞬。元は京都府のシニアチームに所属していたが、福井県の強豪校、鉄日高校に呼ばれた男だ。セカンドを守っている。
柴川の初球、シュートを打ち返した斑鳩。打球は三遊間を転がる。
「っし!」
ショートが打球を拾うが、斑鳩は既に一塁ベースにいる。内野安打だ。
(しゅ、俊足だなあ……)
柴川は汗をぬぐってランナーを見た。7番サード、島田瑛太をゴロに抑えるが、斑鳩に進塁されてしまう。
(下位打線はクロ高と同じくらいのレベルかな……?)
続く8番キャッチャー迫田茂、9番で投手の宮城を凡打に抑え、6回裏を凌ぎきる。
7回表、クリーンナップから始まるこの回は、三浜高校にとって最後のチャンスであるといっても良い。
「黒鉄を出し惜しみしたこと後悔させてやるぜ」
打席に立つのは三番打者の三島竜太。宮城のカーブをいとも簡単に打ち返し、出塁する。
「宮城、気にするな……。どうせ白銀世代が相手だ。仕方がない」
セカンドの斑鳩が投手の宮城に声をかける。彼も頷き、次のバッターに切り替える。
「HAHAHA! ここで登場! 俺はBANDO! IZANA、お前をここで打ち崩す!!」
4番の坂東が大きな声で叫ぶ。宮城はその煩さに思わず耳をふさぐ。
(一年生だからって馬鹿にしているんだろ……白銀世代だからって調子に乗るんじゃねえ)
宮城がボールを――投げた。
(暗黒世代とはもう二度と呼ばせねえ!!)
初球チェンジアップ――少し高めに浮いていく。坂東はなんとも思っていない様子で初球をスタンドに叩き込んだ。
「うおおおお!!」
坂東はダイヤモンドを駆けながら叫ぶ。宮城は帽子を深くかぶると、大きく息を吐いた。
しかし、彼はチェンジアップの失投から調子を崩し、結局もう一失点を浴びてしまった。
「7回、よく投げ抜いた。ラストは調整も兼ねて黒鉄だ」
乾健太郎監督が宮城と黒鉄に声をかけた。
「うっす。アイシングしっかりしとけよ宮城」
「……はい」
7回を投げ、被安打は4。一年生投手、宮城臨の、高校野球初めての失点だった。
8回表、鉄日高校の攻撃は1番バッター、センター四方和也から始まる。彼も、滋賀県から来た県外推薦選手である。
「なあ、柴川ってそんなに打つの難しくなくね?」
「ヨモさぁん……いくらなんでも自信過剰すぎですよ」
四方が笑いながら打席に向かうのを見送るのは、三番打者の木口諒真。四方は平然とヒットを打つ。盗塁と、続く2番バッター本田清行による送りバントで、1アウト三塁のチャンスを作り上げた。
「リョウちゃん、ここは打たなきゃヨーさんガチ切れするからねえ」
斑鳩がにやにやしながら木口に話しかけた。
「わかっていますよ」
三番ライト木口諒真。彼もまた、県外推薦選手。四方と同じ中学、同じシニア出身だった。
「うらっ!」
一年生に見合わぬ力強いスイング。センターの頭上を越えていく打球。三塁ベースにいた四方をホームに生還させ、自分も二塁に進む。
「おおっと! 一年木口のタイムリーツーベース!!」
「鉄日のほうが圧倒的ですねえ。まだ一回攻撃が残っているとは言え、三浜は苦しい戦いになっています」
柴川は瞳孔を開いて、流れる汗もそのままに立ち尽くしていた。
「続いてのバッターは、4番ファースト、地村洋。鉄日高校の主砲です。今日既に4打点。注目が集まります」
(もう……嫌だッ!!)
柴川の投げたストレートを、地村は平然と打ち返した。スタンドに入る打球。とうとう3-9となった。
「再び6点差に戻したーっ!!」
この試合を見ていたクロ高マネージャーの小泉彩。地村のホームランに絶句する。
(す、スタンドまで軽々運んじゃった……)
坂東とは対照的な、物静かな選手――それでも、バッターとしての実力は高い。
8回裏が終了しても鳴り止まないスタンドの歓声。そう、この9回表、今大会初めて登板する選手が登場するからだ。
「きたっ!! 黒鉄だ!!」「俺はこいつを見たかった!!」「こいつを引きずり出すとは、三浜も大健闘じゃねえか!」
野球ファンたちは沸く。
「く、黒鉄……」「ついに出やがったかぁ……」
他の高校の選手たちは絶句する。
「きゃー!! 黒鉄くんよぉ!!」「こっち向いてー!!」
黄色い声援も飛ぶ。
(やっぱ……小豆くんあたり連れて来るべきだった……一人じゃ情報量多すぎて処理しきれない……)
小泉も黙り込む。――――薄い茶色の頭髪は、ナチュラルモヒカンのように自然な立ち具合を保っている。がっしりとした肩幅、筋骨隆々とした体つきなのに、その背の高さから細身に見える体躯。福井県内の白銀世代の中で『最強の投手』と呼ばれている鉄日高校の絶対的エース、黒鉄大哉が現れたことで、この球場の空気がガラリと変わった。
「……んー、良いねえ。やっぱ」
黒鉄はマウンドの上で大きく息を吸い、大きく息を吐いた。
「さあ、行くよ」
黒鉄の言葉と共に、鉄日高校野手陣の表情がガラリと変わる。
初球、ストレート。先頭打者をピッチャーフライで押さえ込む。
「……調子は良さげだな」
乾監督は腰を落としてベンチの隅へと移動した。
「宮城、あいつ良く見とけよ」
「はい……」
宮城も無言で黒鉄を見ている。2番打者も三振に抑えた。そして3番打者、三島をサード島田の捕球ミスで出塁させてしまうが、黒鉄は高笑いした。
「ははは! わりぃ瑛太。打たれちまったぜ」
「す、すまんわりぃ!!」
島田もすかさず謝る。
「いいってよ。俺だって、目の前のこいつと戦いたかったからよ」
黒鉄は、視線を前に向けた。目の先には、坂東剛治郎が立っている。
「ふははは!! 最強エースのDAIYA! お前と勝負がしたかったぜェ!!」
高笑いしているのは、坂東も同じだった。
黒鉄は、肩をリラックスさせて、初球、ど真ん中にストレートを投げた。坂東は平然と打ち返す。
「うぐぉりゃあああ!」
大声と共に飛んでいく打球。しかし、浅く飛んだ打球は、センター四方のグラブの中にしっかりと収まった。
「アウト!!」
(DAIYA……届かなかったか……)
結局、3-10という圧倒的な点差で鉄日高校が三浜高校を下した。今大会初登板した黒鉄大哉に注目が集まっていた。
「黒鉄くん、次に対戦する相手に一言」
記者に言われて、黒鉄はこう返した。
「……ハッ高だったら……柏木くん。コールドは覚悟しておけよ。あと、レイモンド、お前を最初に三振に抑えるのは俺だからな。……クロ高だったら……静、せいぜい頑張れよ」
「(こんなに相手選手を煽って良いのか?)ってことは、黒鉄くん、明日先発するってことですか?」
「そうですね。でなきゃ何のためにここまで温存してきたのかわかりませんし。まぁ楽しみにしていてくださいよ。夏の因縁は、絶対に返しますから」
黒鉄はカメラと記者に向かって、満面のさわやかな笑みを見せた。




