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Dr.Kの鼓動  作者: パワプロ58号
11.暗黒世代:秋大会
405/406

第405話「一足先に」

「一足先に……行かれたな。空也」

「そうだね」


 小豆と伊奈は試合が終わった後、拍手をしながらゆっくりと立ち上がった。


 7回表、先頭打者楠成がツーベースヒットで出塁した後、下位打線で追加点を挙げたその裏、初巾高校は上位打線で1点を返した。8回からは峰が再登板し、1点差を守り切る形で秋江工業が初巾高校を5-4で下したのだった。



「万賀、峰……お前らは強かった」

「ども……」

「白里虎次郎……ナックルどうやって捕ってんの? あとで連絡先教えて」


 白里は悔しそうな表情を見せながらも、ゆっくりと頷いた。


「じゃ、俺は今度リードでも教えてもらおうかな」


 万賀は頷く白里の目をしっかりと見て、笑った。


 整列でそれぞれ挨拶を交わす面々。柏木邦也はただ一人不服そうな顔を変えられずにいた。


「邦也、次……クロ高だぞ。負けらんねえよな」


 キャプテンの中路麟が柏木の背中をぼんと、掌を広げて叩いた。


「……チッ、わかってんだよ」


 舌打ちをして踵を返す柏木。万賀ら秋江工業の面々も、その舌打ちの声が聞こえて振り返ると、背番号の1は、どんどん小さくなっていた。


「……しかし、同じ不安定でも、竜児はほかに当たり散らさないだけマシだね」

「え、伊澄くん……それはいくらなんでもひどいんじゃないかなあ??」


 畑中が半笑いで言った冗談に峰は本気で悲しい表情をする。目線を合わせようと腰を少し曲げていた。


「こら、早く引き上げるぞ」


 万賀に諫められ、足早にベンチから荷物を引き上げた。観客席からぞろぞろと離れていくクロ高の面々も、引き上げようとしているところだった。

 クロ高キャプテンの金条は、同じ捕手を務める万賀を見て思うところがあった。


(秋江工業は……昨年の夏予選も、秋の予選も、うちが勝った。思っているよりも悔しいんだな。ずっと先を行っていると思っていた相手に、先を越される瞬間って言うのは……)


 自然と浮かない顔になっていた金条だったが、一歩後ろを歩く古堂と目が合い、はっとした。


「わりー、険しい顔に……」


 なってた。まで言おうとして、口をつぐんだ金条。古堂の表情の方が、より険しかったからである。


「……ごめん金条。俺、柏木の気持ち、わかるんだ」

「……というと?」


 古堂は、わかっている。柏木の幼さも、気持ちのコントロール面の弱さも、そのせいでベンチの雰囲気を悪くしてしまっていることも。


「何も言い訳できない時って、ああなるよなって」

「……それはそうだな」


 古堂は、柏木の持っている言いようのない悔しさを、端から見ているのに理解していた。端から見ていたからこそ、理解していた。


「明後日……俺、投げるよ」

「馬鹿野郎」


 古堂の強い決意を、金条は笑った。


「鷹戸の登板が絶望的な今、クロ高のエースはどう見てもお前なんだよ、コドー」

「ああ」


 古堂は明後日の試合に向け、気持ちを高めていく。北信越大会行きをかけた残り一枠を争う。

 翌朝の明け方。超朝練を開始するために朝4時に起きる古堂。初秋の明け方は普通に寒いので、ウィンドブレーカーを羽織り、ランニングシューズを履く。


「コドー先輩、出かけるンスか?」


 同部屋の1年、井上将基が話しかける。彼も古堂がゴソゴソしている音で起きてしまったらしい。


「あ、ごめん。起こしちゃった?」

「いえ……全然」

「朝練行ってくる」

「えっ、コドー先輩、明日先発ッスよ、ちょっと身体休めた方がいいんじゃ……」


 井上の起き抜けのとぼけ声に笑う古堂。


「ははは。いつもと違うことすると、調子狂う気がしてさ……。ほら、もうかれこれ1年半やってるからさ」

「……コドー先輩がいつもあのパフォーマンスできるのって……」

「うん。いつもと同じ生活リズム。いつもと同じ投球フォーム。いつもと同じ投球リズム。これが一番良いって、最近気づいた。でも、それでも打たれるときは来る。だから、俺の課題は多分そこ」


 朝一でも野球の話になると目が覚めてくる井上はベッドから身体を起こし、ジャージに着替えていた。


「俺も走るッス」


 ランニングシューズの紐をしっかりと結ぶ井上。古堂は横でそれを見ている。4時12分、二人は部屋を飛び出した。



「すいません、待ってもらっちゃって」

「全然」


 謝る井上に対し、古堂は何て無い様子で走る。グラウンドをゆっくり一周した二人は、そのまま外周コースを走るため、門を開けた。


「なんか、明け方の道走るのって、防犯的にというか、条例的にOKなんすかね。ほら、見方によっちゃ、4時って深夜じゃないですか?」

「……」


 井上の言葉に黙りこくる古堂。言われてみれば、どこからが朝で、どこからが深夜かなんて、誰も教えてなどくれない。羽虫が街灯に集まっている。


「ま、気にしたって仕方ないだろ。こんな田舎。誰もうるさく言わないさ」


 あっけらかんとしている古堂。しばらく沈黙が流れた後、井上が口を開く。


「コドー先輩、俺……井浜シニアってところにいたんですけど」

「今宮さんたちと同じところでしょ?」

「はい」


 井上は続けた。


「俺らの代、めちゃくちゃ弱かったんです。というか、今宮さんたちが抜けた後からめちゃくちゃ弱くなってて」

「へえ」


 走りながらも息を切らさず、いつも通りと言わんばかりのペースで話す二人。


「ピッチャーとして投げてても援護点無いし、守備はボロボロだし、自責点0で何度も負けたんです」

「……それはヤバいな」


 井上のエピソードに軽く引き気味の古堂。


「そういえば……俺も1-0とか3-0とかで負けることは多かったなあ」


 古堂も陽明中のエースとして投げていた頃は、同じようなものだった。宮城臨が転校していなくなった後、陽明中の戦力はガタ落ちし、古堂らは勝てなくなった。そういう意味では、井上と境遇は似ていた。ただ、決定的に違うことがあった。


「井上はでも、中学の時からすげえピッチャーだったんだろ? 俺はさ……中3の最後の大会、普通に一回戦負けだぜ。2失点」

「たったの……」

「みんなのせいにしたよ。俺はフォアボール2つしか出してなかったし、エラーが無ければ、点が取れてたら勝ってた――って、自分に言い聞かせてた。そんなときだよ、閑谷さんって人に会って、変わったのは」


 古堂黎樹が中学3年生の時の夏、引退試合を終えた当時の古堂は、高校でも野球を続けると決め、高校野球の県予選、準決勝を見に行くことにした。そこで、当時高校2年生の黄金世代、閑谷明が登板していた試合だった。


 初回から140キロを超える直球を投げ続け、相手バッターを三振に切り続ける閑谷。古堂は中学生ながらに、『あれがプロに行くレベルのピッチャー』と思った。


(黄金世代って呼ばれるピッチャー。ストレートがエグい……)


 5回を過ぎても依然得点圏にランナーを進めないピッチングを見せる閑谷だったが、6回に1.2番に連打を浴び、1アウト1.3塁の状況となる。3番のバッターがストレートを打ち返したとき、打球はショートを守る大滝進一の方へと飛んでいく。ショートバウンドを取り損ね、慌てて拾う。


「落ち着け大滝ッ!!」


 マウンドから閑谷が声をかけるが、一塁は間に合わず、ショートのエラーが記録される。タイムを取り、内野陣が集まる中、閑谷は笑っていた。


「2点勝ってるから……とは言っても、森下の二度のソロホームランだけだもんなあ。どうにかなりませんか先輩方」


 笑っている閑谷に対し、先輩らは「いや、黄金世代のお前ら頼りな時点で察してくれよ」と言っていた。


「わりー、俺のせいで……」


 謝る大滝に対し、閑谷は依然笑っている。


「んじゃ……郷田。ガンガン三振取りにいこっか」

「OK。フォーク解禁ね」


 その試合、それ以降、8連続三振を取り、全く危なげなく勝利した閑谷を見て、古堂は彼に強い憧れを抱いた。


(そうか……三振を取れれば……守備がどうとか、援護がどうとか、関係ないや)



――


「――ってなわけで、三振取れば良いんだってわかってからはわかりやすかった。味方ノエラーの心配も無いし、俺が点を取られない限り、負けることは無いって安心できるって最高じゃね?」


 井上はハッとした。


(そうか……これが……俺が憧れた古堂先輩の……投球の原点。憧れるわけだ。古堂さんは……俺と同じ境遇だった。三振を大量に取れれば、味方への心配は無いって、そう思い始めた頃に、俺は、去年の秋大会決勝でアンタのピッチングを見た。そのときだ。クロ高への進学を決めたのは)


「でも……やっぱりイザナには先超されちまった。なんつーか。やっぱすげえんだよな。宮城臨アイツ


 古堂の頭の中には、昨日の試合が残っている。三振を取りまくる投球スタイルは、古堂だけがこだわっているわけではない。同中時代から鎬を削り合った宮城臨もまた、『Dr.K』――奪三振をし続ける投球。その境地へと足を踏み入れようとしていた。


 寮に戻ってきてストレッチを始める古堂。井上も一緒にストレッチする。屋内練習場の電気は消したままでももう明るい。


「いつも壁当てしてるけど、今日は一緒にキャッチボールしようか」

「ありがとうございます!」


 朝日が昇り始める午前5時半ごろ。早起き組が起きてきた。井上と古堂がキャッチボールしている様子を一番に見つけたのは、キャッチャーの金条と同じくキャッチャーで1年の小荒井だった。


「将基がコドー先輩の超朝練真似し始めたのか?」


 小荒井の言葉に黙って頷く井上。一見無愛想に見えたが、少し眠気が出てきているだけだ。


(慣れねえことしたら身体ぶっ壊すな……っつうか、なんでコドー先輩は毎朝これやって疲れねえんだよ)

「井上、代わるよ。ピッチング、すんだろ今日も?」


 金条がグラブを出し、キャッチボールを代わった。井上は屋内練習場の壁に座り込む。


「疲れてんな、将基」

「ああ。早起きしすぎた。眠いんだよ」


 小荒井と話す井上。すると屋内練習場にバットを持った者たちがぞろぞろとやってきた。その中の一人に、鷹戸遥斗もいた。


「た、鷹戸先輩!」


 井上が驚いて声をかけると、鷹戸は右手を挙げて応えた。昨日の試合で打球を右手に当て、途中降板したので、みんな心配していた。


「出てきて大丈夫なんですか?」

「ああ。右の人差し指を詰めただけだから。まあ、バッティングくらいなら」


 明日の試合にはピッチングの調整は間に合わない、と暗に言っているようなものだった。


(ピッチングは精密な身体操作が必要。右の人差し指なんか一番使う場所だ……って事は尚のこと古堂さんの力が必要)


 朝6時半になり、自主練を終えた選手たちが寮の食堂に集う。朝食を取る選手たち。そのままキャプテン金条が話し始める。


「今日は日曜。調整練だ。野球ノート集めるから1年は小荒井に出すように」

「はい」

「夜のミーティングでは、絹田監督から明日の試合のオーダーが発表される。今日の練習の様子も見て決めるらしいから集中して取り組むように」

「はい」


 金条からの話を終え、それぞれ食器を片付け始める。


「せっかくのシルバーウィークだけど、野球漬けだ」

「まあ……小泉先輩が練習見に来てくれるのだけが救いだよな」

「ああわかる」



 1年の愚痴に対し、2年が笑う。


「八坂も河中もメンバー入りしてるだけ良いだろ。明日の試合、頑張れよ」


 ベンチ外の2年の言葉に、「あざす」「そっすね」と返事をする河中と八坂。


「3位決定戦――負けたら北信越を逃す。けど、勝てばセンバツへの望みがつながる。こんな大事な試合、野球漬けどうこうとも言ってられねえだろ」


 同じく1年の嶋田が言うと、八坂も河中も押し黙った。


「負けらんねえだろ。なあ八坂、河中」

「……そもそも試合に出ねえとな。だろ、嶋田」

「ああ」


 1年の決意も高まる中、良い集中状態で調整練習を終え、夜のミーティングが始まった――


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