第406話「三位決定戦」
「大木! 準備出来てるか!」
伊奈はベンチでそわそわする大木に声をかけた。
「ああ……いつでも出場できるつもりだけは完璧だった。まさかスタメン出場とは……と正直思っているが……」
「バーカ! んな細けえこたあ良いんだよ」
本日――3位決定戦。鷹戸のケガもあり、今日はライトに2年の大木祐二が入ることになる。外野手用のグラブを抱きかかえるようにベンチに座り、目を瞑る。先日5番レフトで出場していた嶋田の不振もあり、今回繰り上げでスタメンとなった。
笑い飛ばした伊奈がベンチから離れてすぐ、センター佐々木が横に座り、ドリンクをベンチにおいた。
「緊張しすぎるなよ。際どいところは俺が捕りに行く。お前は堅実にカバーよろしく」
「堅実は……得意分野だ」
その前――グラウンドに入りキャッチボールをしている嶋田。相手は本日レフトで出場の森下龍。
「負けられねえからな……龍。頼むぞ」
「ああ。鷹戸さん居ない分……」
そんな森下の言葉にツッコミを入れるのは、横で投球練習をする小豆。
「代打1番手で出るって言ってたじゃん。自分とこで出されないようガンバんなよ」
「は、はい!」
「……嶋田や僕は、少しでもチャンスもらえるように準備だよ」
「……はい」
明るい返事の森下に対し、本日ベンチスタートの嶋田の返事は、どこか追い詰められているような暗い返事だった。
――
試合前日のミーティングで発表されたスタメンは、以下のようだった。
1番ショート、林里勇。2番セカンド、田中塁。3番ファースト、伊奈聖也。4番サード、大滝真司。5番レフト、森下龍。6番センター、佐々木隆。7番キャッチャー、金条春利。8番ライト、大木祐二。9番ピッチャー、古堂黎樹
――
この結果を受けて、上位打線になった田中塁はバットを振っている。
(柏木邦也さんのナックルを振り抜けるだろうか。昨日の試合見てる限りでは、やっぱりヤマカンでも良いからブンッって振り抜かないといけないわけで……)
相手チームも準備出来たところで、試合が始まる。先攻はクロ高。両チーム挨拶をした後、早速林里が左手でバットを握り、右手でヘルメットの頭頂部を抑えながら打席へと向かう。マウンドには、ナックルボーラーの柏木邦也。
後攻 初巾高校
1番ショート、錨真紀。2番ライト、鈴木多一郎。3番ファースト、中路麟。4番キャッチャー、白里虎次郎。5番レフト、権田良介。6番センター、柿崎智尋。7番セカンド、根古屋修司。8番サード、大槻幸優。9番ピッチャー、柏木邦也。
「お願いしまーす!!」
1番林里はキャッチャーと審判に礼をし、バットを構える。
(柏木邦也のナックルは要警戒。でも、ビビってたら択を迫られる。早いカウントで……しばく)
初球、外に置き気味のストレート。一昨日の怒り気味の様子とは打って変わって丁寧な入りの柏木。林里は、つま先に重心を残しつつバットを振り抜いた。
「っしッ!!」
サードの頭を越える打球。サード大槻は長身を伸ばしても届かない。レフトライン際に打球が落ち、ファウルグラウンドへと転がっていく。
「フェア!」
レフト権田が打球を追うが、俊足の林里はいきなり二塁を狙う。
(くそぉ……足はええなッ!)
二塁に返球するが、林里は滑り込み、ツーベースヒットを決める。
(よしッ!)
「1番打者で初球打ち。ピッチャーからすると、置きに行った初球を打たれるのは気になるよなあ」
初巾ベンチ、根古屋栄監督は呟く。
「クニヤは大丈夫でしょうか……?」
「まあおとといの敗戦、相当堪えてるだろうからね。丁寧に入れてるだけ偉いよ今日は。自棄にならなきゃいいけど」
「そっすね」
記録員のマネージャーと話す中でぼやいている根古屋監督。
(やっぱ絹田監督は凄いねえ。選手に体力をつけていると、精神的な負の側面をある程度無視できる。チャレンジャーを育てられるのもそういう訳だよね)
2番田中塁が打席に立つ。
(初回から絹田監督に授けられている作戦は一つだけ。とにかくピッチャー柏木さんの負担をかけろ……。肉体的にも。精神的にも)
バントの構えをする田中。
「やらせたらええぞ柏木!」
ファースト中路が叫ぶ。
(アウトもらった方が……良いッ!)
ど真ん中高め――ストレートを投げ込む柏木。バットを引く田中。内野が前にどれくらい出てきているかを確かめる田中。
(ザトさんの足なら、三流バントでもなんとかなる。でも今後生き残るためなら、丁寧に一塁線に転がす!)
2球目のナックルを見逃し、3球目のナックルをバントする田中。
「転がったッ!!」
ファースト中路のチャージは早いが、ランナーの林里の足は相当速い。田中をそのままタッチする中路。
「1アウトだ。構わん」
「あーよ」
中路からの返球を受け取る柏木。1アウト三塁の状況で「ふう」と息を吐く。3番伊奈が打席に立つ。
(ああ。ほんと嫌な打線だよ。クロ高はこっから伊奈、大滝……か)
スタメン発表を見て、鷹戸遥斗がいないことに気づいて幾らか気持ちが楽だったものの、昨年からレギュラーだった選手たちの存在感は依然として大きい。それに加え、クロ高の先発は――古堂黎樹。柏木も意識していた。
(負けねえんだよッ!!)
初球、ナックルを投げ込んだ柏木。フルスイングする伊奈――三塁線を切れるファウルとなる。サード大槻幸優はファウルゾーンに飛び込む。
「ちぃ……くっ……打球速すぎる」
大槻はユニフォームに付いた土を払いながら立ち上がる。
(伊奈聖也……すっかり全国区のプレーヤー。あんな引っ張るヤツとは……)
ピッチャー柏木は伊奈を警戒している一方、ナックルで攻めれば問題ない――とも思っていた。
(あのフルスイングは見せかけだろ……あの林里なら、簡単なゴロでも還ろうとする。ここはスモールベースボールで来るに違いない)
柏木はサード大槻の方を見た。目でランナーに牽制を入れる。それでもリードを大きく取る林里。
(よほど足に自信があるんだろうな)
(……まあ、強豪校の中じゃ並レベルの打力の俺が、1年からベンチ入り出来たのはこの足のおかげ……。1番打たせてもらって活かせねえようじゃあベンチ温め要員止まりなんでな)
1ストライクノーボールのカウントで投げられた2球目。低めのナックルを見逃す伊奈。1ボール1ストライク。ここでベンチの絹田監督、動く。
(サインだ)
(サイン出たぞ)
「1ボール1ストライクだぞ伊奈! 落ち着いていけよ!!」
三塁ランナーコーチを務める宮地が声を上げて3度手を叩く。林里はぐっと腰を落とし、打者である伊奈を見た。
(ランコーが三回手を叩いたら……三塁へのスクイズ!!)
絹田監督から出たサインはスクイズのみ。これを三塁側へ――と決めているのは、実際にグラウンドの様子を間近で見ている三塁ランナーコーチ。
(ランナーの足は申し分なし。さっきの引っ張り打球と、ザトのデカいリードで三塁はベース際に磔状態。初回の作戦は、ピッチャーに負担をかける……)
アウトコースにストレートを投げ込む柏木。少し外気味の球に対し、伊奈は左足をバッターボックスライン際にぐっと踏み込んで、バットを横に傾けた。
「スクイズ!」
視界の端に走ってきている林里を捉えた白里は腰を上げ叫ぶ。バットにボールが当たり、三・投間にボールを落とした。三塁ベース際から走る大槻より、林里の方が圧倒的に速い。
「チッ!!」
伊奈のバントの構えを見た瞬間に前に動き出していた柏木は、サード大槻よりも早く打球に追いつく。柏木の視界にも、林里が今にも滑り込もうとしているのが見えた。
(足速すぎだろ……クソがッ!)
白里はボールを呼んでいたが、柏木は間に合わないと判断し、一塁に投げる。
(それで良いッ……柏木、落ち着いてんな!)
ファースト中路は丁寧に捕球し、伊奈をアウトにする。しかし、ホームに林里が還ったことで、先制するクロ高。
「ナイスだザト! んで、ナイススクイズ伊奈!」
伊奈のスクイズが決まり、喜ぶ古堂。ベンチに戻ってきた林里、伊奈とそれぞれハイタッチする。
「1点じゃ楽じゃねえだろ……もっと点いるぞ!!」
伊奈が大滝に叫ぶ。打席で頷く大滝。
(はっ……4番大滝。こいつは俺から打てねえ)
柏木は自信があった。4番大滝を抑えることに。2アウトランナー無しの状況で、惜しみなくナックルを投げ、大滝を三振に抑える。
「初回1失点。でも4番大滝を抑えてることを思えば大したものよ」
「うす」
ベンチに戻ってきて根古屋監督が柏木を褒める。
「落ち着いているね。エライエライ」
(ま、昨日あんなにこってり絞られたら……気にせざるをえねえんだ)
1回裏、初巾高校の攻撃。マウンドに上がるのは、クロ高10番、古堂黎樹。
「良いピッチャーだぞ。左腕古堂」
「柏木がおとといみたいなピッチングしてたら、簡単に負けちまうぜ初巾高校」
「ま、レイモンドと白里一哉がいなくなった今、初巾も落ちた強豪の一角だろ。秋江工業の方がよっぽど怖い駒揃ってる」
「クロ高は2年が投打共に甲子園経験して一皮剥けてるからな。全体的に小兵タイプだった白銀世代に比べて、鷹戸、伊奈や大滝といったスケールの大きい選手が揃ってる」
観客たちが注目する古堂の投球。先頭打者である錨に対し、初球ストレートを投げ込む。
「ボール!!」
(若干の荒れ玉。精密なコントロールは苦手そうだが、回転の良いストレートを投げる)
2球目の際どい球は振り遅れのファウルになる。球速は134キロ。
(立ち上がりとしては悪くない)
キャッチャー金条はまたもストレートを要求。タイミングとしては捉え切れていない、と判断した。3球目――ストレートは高めに外れてボールとなる。4球目、スローカーブで様子を見ると、錨は見逃した。
「ボール!!」
際どい球だが、これもボール。1ストライク3ボールというカウント。錨は林里同様、俊足を活かしたショート。バッティングに関してはかなり慎重。5球目のストレートを見逃し、フルカウントに持って行く。
(古堂黎樹……10球でも20球でも投げさせて、お前の投球癖を丸裸にしてやらあ)
(なるほどね。じゃあ、ストレートとカットボールで行くよ)
金条が要求したアウトコースのカットボール。カットする錨。7球目のカットボールも同様にカットして対応する錨。
(ちょっと曲がるだけで際どいストライクゾーンに行くんだよな。狙ってやってねえだろうけど)
8球目、インコースに構える金条。
(来い、コドー!!)
古堂は振りかぶって、しっかりと投げ込んだ――インコースやや厳しめのボール球。しかし、錨は多少詰まらされながらも、バットを力強く振り抜いた。
「オチロヤッ!!」
打球は弱々しくショート後方に落ちた。ラッキーヒットで出塁する錨。
「っし……運も俺も味方をしてる!」
錨はほっと一息つくと、バッティンググローブを外して古堂の方を見た。
(さあ、古堂攻略するか)




