第401話「荒み」
「よし、よくやった上月!」
ベンチで紅葉監督が叫ぶ一方、反対側の初巾ベンチは、根古屋監督がタイムを取っている。
「伝令だ伝令! 柏木はいつまでナックルを封印するつもりだ!?」
珍しく激昂気味の根古屋監督を見て、息子であるサードの根古屋修司が気づいてマウンドに走ってきていた。
「ヤバいっすよ柏木先輩」
「何がだよ……ちきしょう……先頭にヒット打たれたくらいでカリカリすんなよ」
一番カリカリしているのは確かに監督だな、と笑う根古屋修司。内野陣とキャッチャーも集まってきた。
「でも、ストレートはだいぶ合わせられてるし、万賀翔平にはナックルを使っても良いかもな」
ファーストでキャプテンの中路の言葉に「ああ」と答える柏木。3番峰は、打席に入らず数回素振りをしている。
「……俺はまだまだこんなところじゃ負けねえぞ」
「その意気だ。頑張ろう」
最終的に白里がまとめ、タイムを終える。その後3番峰は送りバントで1アウト2塁を作り、4番万賀に回した。柏木にとって、大きな山場が訪れていた。
(こういう“いかにも”って感じの4番打者、俺嫌いなんだよなァ! 抑えたくなるんだよッ!!)
初球、ストレートをインコースに投げ込む。見逃す万賀。白里は捕球した後、審判の判定を待たずに返球する。
「なあ白里……お前、そんな座って捕るだけの壁で良いのか?」
万賀が問う。白里が答えようとするよりも早く投げられるインコースへの直球。カットする万賀。三塁線を打球が切れていく。
「……悪くは無いぜ」
打席から片足外して間を取り直す万賀。既に柏木の手元にはボールがある。
(三球で決めに来るだろ。こんなにハイテンポで2球インコースにストレート。ってことは、アウトコースにカーブだろ……)
万賀が構え直して即、投げられたのは、この試合初めてのナックルボール。真ん中からユラァっと揺れ落ちる球は、軌道が読みづらい。
(悪いねッ!)
万賀はしっかりと待って、右中間方向めがけて打ち返した。
「……俺、変化球得意なんだよね」
そう笑った万賀は打球が落ちるよりも速く一塁を蹴り、余裕のスタンディングツーベースで追加点を挙げた。
「ナイスだ翔平ぃ!!!」
「声デカすぎだろ練也……」
ホームからの上月の大声に、思わず笑ってしまう万賀。続く5番遠藤が送りバントで、2アウト3塁にする。ところが柏木は6番赤楚に対してもナックルを解禁。これ以上追加点はやらない、という強い意志を見せる形で4回表を終えた。
「……ぅふぅ……。チッ……4番万賀ァ……。わりぃハルちゃん……ドリンク取って」
4回で早くも疲労が見られる柏木。ベンチに座り込み、記録員のマネージャーにドリンクを要求。マネージャーの伊藤陽香が無言で渡す。
「邦也くん、今日調子悪いでしょ」
「は? 何言って……」
伊藤に言われ、柏木は反抗した。根古屋監督は打席に向かう鈴木に対して熱心にアドバイスをしている。
「さっきクロ高負けたから、気持ち乗ってないんだ。この秋、クロ高ぶっ倒す気満々だったもんね」
「んなこと言ってねえだろ。何知ったようなことを」
そんなんじゃねえよ、とぶつくさと言いながらベンチの奥に入っていく柏木。
4回のマウンドに上がる峰竜児。
(ナミカちゃん……そういえば……鷹戸遥斗が好きって言ってたな。ひょっとして……あんなストレート投げれたら……惚れ直してくれるかな)
2番鈴木に対してストレートを投げ込む峰。足を高く上げ、オーバースローのフォームから――ストレートを投げ込んだ。
「うおッ!!」
2番鈴木、踏み込む間も無く万賀が捕球している――
「ボールッ!」
「竜児くぅん……どういう風の吹き回しかなァ?」
左打席の鈴木から離れるかのように大きく態勢を崩して捕球しているキャッチャー万賀。電光掲示板を一瞥して驚く。
「150って……最速記録更新してんじゃん……でも……」
(これで……ナミカちゃんの心は俺のモノ)
(クソボールじゃねえかボケェ!!)
万賀、怒りの高速返球。捕球する峰。2球目も同じくど真ん中に投げ込む――が、またしてもボールとなる。
(何があった竜児くんよぉ。まさか、さっき言ってた高校野球オタクの彼女が原因なのか? ちきしょう……3回まで順調だったってのに)
結局この打席、2番鈴木は一球も振ること無く、1ストライク4ボールのフォアボールで出塁することとなった。3番中路はこれを好機と判断する。
(高いレベルで野球やってると、ついついみんな忘れがちだけどよ……。ここにいるみんななら経験あるだろ……。初めてピッチャーやってみたときのこと思い出してみようぜみんな……。ストライク安定して入れるのって、結構難しかったよな)
中路は笑った。いつもよりも低く構えている。そして、ベースに覆い被さっている。
(当てろや。峰を無力化すれば、秋江工業から点を取ることは容易い)
コントロールを見失った峰は2球目、中路の足首付近にデッドボールを与え、ノーアウト1.2塁のピンチを迎えてしまう。
(あ……あれ……?)
これには慌ててタイムを取る万賀。すぐにマウンドに駆け寄る。
「おい峰、何やってんだバカ」
「あー、わりー」
自分よりも背が高い峰が縮こまっている姿に、苛立ちを覚えた万賀。
「まさかとは思うが……さっき言ってた彼女のどうこう気にしてんじゃ」
「ギクッ」
「はあ……『ギクッ』って口に出すバカがどこにいんだよ」
この二人のやりとりを見かねて内野陣がぞろぞろと集まってくる。
「だ、大丈夫なんですか?」
ファースト赤楚は内野陣唯一の1年生。大坂大磨に憧れて入部した打者だが、性格は内気で、先輩二人の間にはとてもではないが入っていけない。
「おいおい大柴木大喜の大シバキタイム入るか?」
サード大柴木はグラブを頭に乗せ、左手を手刀のように軽くコツン、と峰と万賀の頭にそれぞれ当てた。
「まだ小シバキだね」
ショート畑中は笑っている。
「おいおい翔平と竜児が喧嘩したらこのチーム終わりだぞ!!」
「練也、声デカい。相手に筒抜けになるからやめろ」
万賀が上月を制すと、峰の方を見据えた。
「良いか、新チームになって江戸川さんも奥田さんもいねえんだぞ。純粋にピッチャーやってんのはお前だけだ。伊澄だってショート守ってもらわなきゃいけねえし、後輩に尻拭い任すのはもっとちげえだろ」
「……はい」
(ガチ説教じゃん)
ほかの内野陣が引くほどのテンションで峰を説教する万賀。しょんぼりする峰。
「お前のコントロールが悪いのは百も承知。だからってお前、急に練習してきたことと違うことすんな」
(俺が鷹戸遥斗のマネしたのバレてる……)
「……お前は膝をしっかり挙げて、リリースポイントを前に持ってくるから良い球がど真ん中に来るんだろうが。力のあるど真ん中ぶん投げてこい」
「……ああ」
峰の表情が落ち着いたところでそれぞれの守備位置に戻る秋工内野陣。しかし、ノーアウト1.2塁で4番白里虎次郎を迎え、依然としてピンチなことに、全く変わりは無い。
「2点リードしているとはいえ、相手は4番白里虎次郎。一発もらえばコツコツ積み重ねてきたリードがパアだ」
返田が呟く。
「しかし、峰竜児……いきなり調子狂ってどうしたんだ?」
「……鷹戸のマネしたか?」
伊奈の疑問に咄嗟に答える古堂。「またまたぁ」と笑う伊奈。
「……しかし、ここどう凌ぐか、女房役として腕の見せ所だぞ……翔平」
伊奈も、小豆も、幼なじみがホームに座っているのをじっと見守る。そんな中、4番白里虎次郎に対しても変わらずストレートのみで押し切ろうとする峰、万賀バッテリー。
「無茶だろ……タイミングはさっきの打席で合ってた。どう考えても仕留められて終わりだ」
金条は青ざめた表情をしていたが、ファーストストライク見逃した白里。割と甘いところに入った球だが、平然と見逃している。
「わざわざ打ちに行く必要も無いってか。余裕だな」
沢口が笑うと、2球目――同じコースに投げられたストレートも見逃した白里。2球で追い込まれる。
「これは……タイム取って立て直したな」
ほっと一息つく小豆。伊奈も頷く。当然、そのことに打者である白里が気づいていないわけも無く――
(なら、心置きなく)
3球目――少し荒れてインハイに来た球を巧くバットに乗せて打ち返し、センター前に打球を落とす白里。セカンドランナー鈴木は自慢の俊足を活かして三塁を蹴る。
「いけッ! タイチロー!!」
(さすがに間に合わんッ!)
センター楠成が返球するも、鈴木は悠々とホームに還ってくる。その間に一塁ランナーだった中路が三塁を狙った。
「伊澄! カット!!」
(ホームの軌道だッ! 間に合わないッ!)
カットに入れない畑中。三塁まで攻め込む中路はサードベース上で白里に対して拍手を送る。ここでようやく1点を返した初巾。5番権田が打席に立つ。
「同点……いや、勝ち越しのチャンス!!」
「長打出せよ権田ぁ」
初巾高校からはテンションの高い声が多く聞こえてくる。
(チッ……どうなるんだ……?)
ピッチャー峰は不安そうにしているが、キャッチャーの万賀が落ち着いていた。
「点ならいくらでも取ってやる。ここはアウト一つ、確実にもらおう」
(ああ、多分今の発言、柏木が聞いたらすっげえ怒るんだろうな。今ベンチの奥にいるけど)
3球目を打たされる形で外野フライを打ち上げた権田。とりあえず最低限以上の働きとして、犠牲フライで1点を挙げる。続く6番柿崎が打席に立つが、ショート畑中が打球を巧く捌き、二遊間のダブルプレーとなってしまう形で4回を終えた。
思ってもみない形――峰の乱調が幸いし、同点に追いつくことができた初巾。ちょうど柿崎がヘルメットを外しながらベンチに戻ってきたときに、柏木が奥から出てきた。
「柏木さん! 追いついたッスよ!!」
1年の根古屋、柿崎が柏木のグラブと帽子を持ちながら待ち構えていた。
「けっ……なんだおめーら」
「ナックル打たれてるの万賀さんだけです! っていうか、柏木さんそもそも今日ヒットたったの3本ですから! 全然良いピッチングしてますよ」
「峰さんなぜかコントロール急に荒れたんで、こっから勝ち越していきましょう!」
後輩に声をかけられ、不機嫌そうな根古屋監督がベンチから出てきた。
「邦也……お前、後輩にご機嫌とってもらおうなんて舐めたこと思ってんじゃねえだろうな」
「……まさか」
柏木は途端に不機嫌になる。先ほど会話していたマネージャーの伊藤はまたしてもため息をついた。
(邦也をコントロールできる先輩……白里さんとレイモンドさんがいなくなって、邦也の天狗っぷりはより顕著になった。やっていけるのか……残り2試合)




