第399話「初巾VS秋江工業」
お目当てが黒光VS鉄日だった者も多く、先ほど試合に比べて人が疎らになっていた。それを嘆くのは、意外にも初巾高校の根古屋監督。
「なんだよ~どいつもこいつもミーハーばっかかよ~」
監督の言葉に苦笑いを見せるのは、新チームのキャプテンとなった中路麟。
「監督、柏木がトイレから戻ってきたのでそろそろミーティングお願いします」
「んー。まあ、秋江に勝ちゃあ北信越大会よ。去年までは“レイモンドがいたから”と言われたけど、今年勝ち進んだらそう言うヤツは完全に黙る。絶対勝って北信越行くぞ。んで、相手のエースはおそらくここまで投げてる峰竜児。コントロール悪いから球数も多いのに、最後まで球速が落ちないのは、やっぱりポテンシャルのおかげだろうねえ。打席の後ろにしっかりと立って、たまに投げてくる変化球対応していこう」
「はい!」
「柏木、白里……いつも通り頼んだよ」
「はい!!」
秋江工業の方は、意外にも静かだった。
「最悪だ……」
理由はただ一つ、エースの峰竜児が不機嫌だったからである。
「峰さん何であんなに不機嫌なんですか?」
1年の外野手、遠藤九佑がキャプテンの畑中伊澄に小声で問う。
「……多分、彼女がさっきのクロ高と鉄日の試合見て帰っちゃったからだと思う」
「えっ、峰さんの彼女って……あのめちゃくちゃ高校野球オタクの子ですよね?」
「ああ……。竜児が試合時間伝えるの忘れてたらしい」
「なんで伊澄先輩、んなことまで知ってるンスか……」
「翔平から聞いた……」
「ああ……」
二人そろって、万賀翔平の方を見る。念入りにキャッチャー道具を手入れしていた。
「おっ、どうしたココ。伊澄も」
「……竜児が不機嫌な理由知ってるの、何でなんですか? って」
「ああ。竜児―! 後輩心配してるから不機嫌なるのやめなー」
「……あ、ああ」
不機嫌というよりかは、ただ落ち込んでいるだけのような様子に、思わず笑ってしまう畑中。
「おいおい。この秋大会で勝ち上がって話題に上がるんだろ? 黄金世代、白銀世代なんか目じゃねえって言わないと。らしくないぜ竜児」
万賀が峰のそばに寄り添って肩を叩くと、峰は顔を上げた。
「そうだな……よし。俺頑張るよ」
(あー、わかりやすいな)
「というわけで、フォークは5回まで使うつもりはねえ。どんだけ打たれても良いから、とにかくど真ん中にストレート放り続けろ。点は取ってやる。ベスト8が決まった時点でナックル打つ練習は散々してきたもんな」
「おう!」
「やってやるぜ!!」
上月、楠成などの去年から試合に出ていたメンバーが頷いた。
「秋工行くぞぉ!」
キャプテン畑中を差し置いて円陣を組んで叫ぶ万賀。しかし、それをおかしな光景だと思う者は、この円陣の中には誰一人居ない。
先攻 秋江工業高校
1番ショート、畑中伊澄。2番セカンド、上月練也。3番ピッチャー、峰竜児。4番キャッチャー、万賀翔平。5番ライト、遠藤九佑。6番ファースト、赤楚幹仁。7番センター、楠成礼太。8番レフト、松野篤人。9番サード、大柴木将喜。
後攻 初巾高校
1番ショート、錨真紀。2番ライト、鈴木多一郎。3番ファースト、中路麟。4番キャッチャー白里虎次郎。5番レフト、権田良介。6番センター、柿崎智尋。7番サード、根古屋修司。8番セカンド、瀬尾拓也。9番ピッチャー、柏木邦也。
投球練習をする柏木。徹底してナックルボールは見せない姿勢。捕手の白里はフレーミング、キャッチングからの持ち替え、全てを超高速で行っている。
「白里の二塁送球、何秒だった?」
「エグいよ」
秋江工業の記録員を務める1年の選手が、ストップウォッチを遠藤に見せた。
「1.99!?」
「2秒切ってるのか。全国レベルじゃん」
ざわつく秋工ベンチ。万賀はそんなみんなの方を見ずに笑っている。
(俺……非公式記録だけど1.92がベストなんて言えねえなあ)
畑中はじっと投球練習の様子をネクストサークルから見ている。
(出塁しても盗塁は難しいか。ナックル投げるタイミングさえわかればなあ。夏は格下相手にナックル封印気味だったし、俺や練也に投げてくるかは微妙だけど)
紅葉監督は先頭打者の畑中にサインを送る。
(ま、とにかく打ち急ぎは厳禁ですよね。ナックルボーラーはナックル特有のコントッロールの難しさがあるから自滅もしやすい)
サインプレー通りに、ひたすらストライクゾーンの球をカットしていく畑中。
(うーん、ストレートとカーブだけだと対応されちゃうなあ)
キャッチャーの白里はとくにリードをせず、球種だけ決めて適当に構えていた。柏木本人の気分と雰囲気で内と外を投げ分けている状態。当然、秋江工業の1番打者である畑中はそんなことまで気にしてなどいない。
8球目、柏木がようやく投げたナックルボール。これを見逃した畑中。審判の判定はボール。フォアボールで出塁となる。
「ナイス伊澄!!」
「ナイスですよー!!」
「練也さん続いてー!」
上月が大きく息を吐き、打席に入る。左打席から紅葉監督のサインを見る。
(送りバント――2球目。ってことは初球は走るってことだよな)
初球、バントの構え。バットを横に傾けたまま、もろに当てに行く動作。しかし、わざと空振りをする。
(狡いんだよ。見えてるって!)
初球――走っている畑中。当然盗塁は頭に入っていた白里虎次郎は、思いっきり送球体勢に入っていた。上月が体勢を崩すが、そんなもの意に介さない。
(舐めんなッ!!)
白里の送球が二塁に真っ直ぐ飛ぶ。低空でまっすぐ届いた送球は、ショート錨のグラブにぱっと収まる。
(余裕じゃんッ!!)
錨は滑り込んでくる畑中の足にタッチ。二塁審がアウトを宣告する。
「い、良い肩~」
「白里虎次郎くんだね。金条、うらやましいんじゃ無いの?」
金条は白里のプレイに惚れ惚れする。それをわかってか、伊奈がからかう。
「いや……俺はそういうのは諦めてるから。でも……あの送球の正確さは見習わないとな。それよりも、伊奈と小豆は幼なじみが秋江のキャッチャーだったよな。応援しないのか?」
「まあな。負けて3位決定戦で戦うってのも楽しみだし」
「ネガティブなのかポジティブなのかわかんないよね……。でも……翔平は何か、応援しなくても勝ちそうというか、そんな魔力があるよね」
小豆が付け加えて答えると、金条は笑った。
「ま、そんな秋江工業に、夏勝ったのはオレたちなんですけどね」
と伊奈が冗談めかして言う。
「……ただ、わかんねえな。柏木を攻略するかしないか次第では、俺らよりも先に……北信越行きを決めるかも……」
「柏木が黙って攻略されるとは思えないけどね」
古堂は意外な反応を見せた。
「お前、柏木の肩持つタイプ?」
「……」
伊奈の問いが聞こえていないのか、もう彼の表情は真剣そのものに変わっている。
「投手のタイプとして見れば、俺が参考にすべきは……峰竜児よりも柏木。柏木はナックル。俺はスローカーブ。それぞれ決め球があるタイプだし……どういう力感でイニング乗り切るのか、純粋に気になるな」
「コドー、お前が参考にするべきは、どっちかというと峰の方だぞ」
「えっ!?」
金条に言われ、驚いて返す古堂。
「まあ見てたらわかる……柏木は、どこまで言ってもナックルボーラーだ」
ランナーがいなくなって1アウト。先頭打者をフォアボールで出塁させてしまったが、まったく堪える様子のない柏木は続いて1ストライクノーボールのカウントから2番上月と勝負する。
(2球目もストレートッ!!)
インコースの球。少し避けた上月。ボールとなる。3球目のカーブは低めに外れる。4球目のストレートはカットさせ、2ストライク2ボール。
(チッ……ナックル投げてこいよ……)
追い込んだこの状況で柏木が選んだのは、インハイのストレート。少し甘く入るが、変化球を待っていた上月は手が出せず、見逃し三振となる。
「ナイスピ柏木!!」
「良いじゃねえか!!」
バックからの声に、舌を出して笑う柏木。続く3番峰をショートゴロに倒し、簡単に1回の表を終える。
「いやー秋工、先頭打者出したのに盗塁刺されてたらもったいねえな。何も初球から走らなくても」
「ナックルは本来、走りやすい。俺がランナーでも積極的に走ってた場面だと思う」
佐藤の言葉に、林里が呟く。「ザトが刺されるか?」と返田は疑問符を浮かべたが、林里は首を横に振る。
「それを見越してストレート投げられて、あのセカンド送球見せられたらさすがに自信無くなるわ。プロの代走専門みたいなめっちゃ足速い人でも、キャッチャーの送球が正確であればあるほど刺される。肩の強さなんてそれほど重要じゃ無くて、持ち替えの速さと送球動作のスムーズさと送球の軌道と正確性なんだよ」
「一理ある」
そう言ったのは、少し離れたところに座っていた、鉄日高校の正捕手、迫田茂。
「さすがだな。林里勇。ヒロが認めるだけのことはある」
「あ、ども……」
「……逆に言えば、秋工からしたら、『初球から走るぞ』ということをアピールできただけで良かったんじゃ無いか?」
「そういうことか」
迫田が言って、真っ先にその答えにたどり着いたのは、同じ捕手の金条。
「ど、どういうこと?」
古堂が問う。
「元々、ナックルとかフォークとかの落ちる球って、バッテリーミス怖いし、なかなか走るランナーいるとき使えないんだよ」
「でも金条は……」
「新田さんは別だろ……。あの人は走られても抑えられるだけの球がある。伊東さんも元々球速くて牽制巧いから、走られにくい。鷹戸も同じく」
「ああ、だから俺のときはランナー出したらストレート中心で組み立てるのか。てっきり打たれた後調子崩さないように立て直そうとしてくれているのかと」
「それもある。でも、やっぱり……走りそうなバッターが塁に出たら、捕手は盗塁を警戒するもん。牽制もめっちゃ入れる。でも柏木はどっちかというとそんなの気にしないんだよ。白里が逸らさないっていう信頼と、『走るなら走れ』『自分が抑えられる』っていう絶対的な自信があるから」
「な……なんていうヤツだ」
「秋工はそれを利用して出し抜こうとしたわけだが、初巾バッテリーが一枚上手だったな。これに関しては、白里虎次郎が良い送球をした」
「……なるほど」
古堂はそう言って再び黙り込み、次は峰の投球に注目し始めた。
「初球から荒れ気味だな……」
峰はアベレージ130後半の直球を出し続けてはいるが、ボールが安定せず、フォアボールで先頭の錨を出塁させてしまった。そして、2番鈴木を迎える。




