第396話「チームを勝たせるエース」
(バントだろ)
(バントだな)
(バントしてくれたら良いからな)
味方ベンチも、相手ベンチも、ノーアウト一塁の状況で打席に立つ9番の古堂が送りバントをしてくると踏んでいる。ただ一人――それを絶対に許さないと意気込んでいるのは――古堂と同じポジションの、宮城臨。
初球、迫田のサイン通りにストレートを投げ込むが、想像以上の球速に迫田は驚く。
「ストーライッ!!」
古堂は外れていると思って思わずバットを引いてしまったが、アウトローに決まった絶好球。1ストライク取られてしまう。
(コドーはあと8回、9回と投げてもらわなきゃいけない……無理に打ちに行ってピッチングに影響が出られても困る)
林里はネクストからじっと見つめつつ、声をかける。
「慎重に行けよ!! 下手に打ちに行ってゲッツーが一番無しだからな!!」
当然、絹田監督からバントのサインは出ているが、ネクストサークルから大声で「バントだ」と言うのも変な話。林里の声に頷く古堂。
(やっぱり……イザナは負けず嫌いだ。さっき、佐々木をねじ伏せに行ったのも、なんとなくわかるよ)
普段は察しの悪い古堂だが、宮城の意図を読み取る。2球目をバントしに行くが、打ち上げてしまう。
「ファール!!」
ガシャン、とバックネットに当たるボールの音。
(そんなに勢いのある球……8回でも投げられる、余力あるっていうアピールか? 無駄な体力使うなよ)
迫田はチェンジアップを要求する。宮城に肩を酷使させないためだ。首を横に振る宮城。
(迫田……俺はレイにとって“まぐれですら”打てないくらいのピッチャーになった、って……知らしめてやりたいんだ。ど真ん中ストレートで押し切るッ!!)
迫田は次にスライダーを要求。これも首を横に振る。
(ってことは……これか?)
フォークも違ったようで、迫田はため息をつく。
(打たれんなよ。っていうか……まあ、バントすらさせたくないってことなのか?)
ようやく出たストレートのサインに笑顔で頷く宮城。
(うらっ!!)
投げ込まれた速球は、おそらく140後半が出ていた――が、古堂はバットにボールを当てる。
「打ち上がった!!」
ファウルゾーンの方に打ち上がった打球。キャッチャーの迫田が追うまでもなく、3バント失敗でアウトになる。
(くっ……力で押された……)
悔しそうに宮城を見据える古堂。宮城は古堂を見ながら息をゆっくりと吐く。
「イザナ、ナイスピ!!」
セカンド山本が大声で後ろから声をかけるが、宮城はほぼ無反応。
(チッ……打者としてのレイを抑えたって別に何の旨味も無いってのに。ムキになっちまった)
(ったく……何で古堂黎樹相手にそんな全力で投げるんだよ)
宮城の負けず嫌いに呆れる迫田。1アウト1塁となる。
(送りバントできなかった。クソッ……)
古堂は悔しそうにベンチに戻るが、絹田監督から声をかけられる。
「古堂。気持ちを切らすな。相手がお前相手に熱くなってくれているのはむしろ好都合……。何、点を取るのは上位打線の仕事。お前は次の回のピッチングがある」
「はい!!」
「コドー、8回と9回行けるか?」
「ああ、問題ないよ」
金条の言葉に答える古堂。「ピッチングしとく?」と問われるが、首を横に振る。
「……ここで点を取ってもらわないと、9回のウラも無くなる。少なくともあと1点。俺は10回も11回も投げられるから……」
1番林里が打席に立つ。
(コドーがピッチングで……佐々木が守備とバッティングで流れを作ってくれた。相手が宮城臨だからって何だ。こういうところで出塁してチャンス作るのが、俺の仕事だろッ!!)
ベンチでめったに動かない絹田監督、ここで奇策に出る。奇策とは言いつつも、何度も練習してきて、林里に対する信頼あってのサインプレーだ。
(バントエンドラン……俺も生き残るッ!!)
宮城が投げた一球――スタートを切る佐々木。
(タカシが盗塁ッ!? いや、迫田なら刺せるッ!!)
背後で慌ただしく動く内野陣を気にせずストレートを投げ込む宮城。林里はバットを傾けたまま、ボールにバットを当てた。目を見開く宮城。
(プッシュ気味の三遊間ッ!! でもショートは盗塁対応で追えない!)
キャッチャー迫田はマスクを外して叫ぶ。
「赤河ッ!!」
(俺かッ!?)
前に出ていた足に無理矢理ブレーキをかけ、方向転換するサード赤河。ほぼ真横に一歩ステップを踏み、打球に追いつく。このとき、完全にホームに背を向けている体勢でボールを拾わざるを得ない。
「二個無理ッ! 一個ッ!!」
ショートの声に反応して身を翻し、ファースト送球を行う赤河。鋭いボールがファーストに投げ込まれる。
「ショーバンッ!」
深く守っていたセカンド山本がカバーに走りながら叫んだ。ファースト月守は左足を件名に伸ばし、ファーストミットを前に突き出しつつ、ショーバンを上手く捌いて送球を受け取る。頭から滑り込んでいる林里と目が合った。
「……さすがにセーフだろ?」
(見事)
「セーフ!! セーフ!!」
「っしゃああ!!」
一塁ベースに手を置きつつ、叫んだ林里。ゆっくり立ち上がった後、ベンチに向けてガッツポーズを取る。
「よくやったザト!!」
ベンチからも彼のナイスプレーを讃える声。宮城はマウンドから遠巻きにその光景を見ている。
「わりぃ、捕り方悪かった」
サードから赤河の声。はっ、と気づいて振り返る宮城。
「全然大丈夫。まだ1.2塁」
「ああ」
「ホーム踏まれなきゃ点入らないから」
その二人のやりとりを見てタイムを取るのは、キャッチャーの迫田。ホームに駆け寄ると、空気を読んでショートやセカンド、ファーストも集まってくる。
「宮城、わかってるとは思うが、点を取られたら同点だぞ」
「ああ。大丈夫。俺は10回でも11回でも投げられる」
「そういう問題じゃなくてだな……」
「わかってるよ。クロ高相手に3失点は結構ヤバい。黒鉄さんが実証済だろ」
(ほんと……黒鉄さんの影に隠れてこんなに図太かったのか)
「しかしどうする、2番伊奈、3番はおそらく途中出場の佐藤、そして4番の大滝……。3番はともかく、なかなか強力なバッターが続くぞ」
月守の言葉に頷く山本。
「そりゃクロ高も勝ちに来てるから、誰かには打たれるだろ。でも、ホームベースは踏ませない。それで行こう」
宮城が強引にまとめる。ため息をつく迫田。
「良いのか、こんなんで」
ショート沢口も呆れている。しかし、その顔の笑みを隠せない。
「良いも何も、監督が動く気配無いなら、それで動くしか無いだろ。建太、前の打球チャレンジして、ゲッツー狙って行けよ」
迫田が山本に指示を出す。頷く山本。
「月守、一二塁間抜かれるなよ。んで、ヒロ。多分引っ張っては来ないから、セカンド方向ゲッツーシフトでOK。三遊間は赤河カバーよろしく。バントは俺が処理する」
「おっけー」
「ま、迫田の指示通り動くわ」
「ふん……何、この状況、俺らがバカスコ打ってりゃ今頃10-2だったことを思えば、野手の責任だろ。俺らがやらないでどうする」
最後の赤河の言葉に笑ったのは、エース宮城。
(いや、3点あれば十分だ。俺はチームを勝たせるエースになる)
2番伊奈が迫田に頭を下げると、迫田は「よし」と呟いてホームに座った。
「俺を打ち取る方法でも見つけた?」
「まあな」
伊奈は流し方向に極端に敷かれたシフトを見て笑う。
(んなもん、引っ張ってくださいって言ってるようなもんじゃねえか)
得意の右打ちを防がれていると感じている伊奈。そして、そのシフトをさらに有効にする、宮城の精緻なピッチング。インコースの変化球を丁寧に投げ込む。ツーシームを打ち返すが、ファールになる。
(多分、こういう詰まらせる変化球を、インコースにずっと投げ込んでくる、と見た)
当然、中には厳しい一球もあり、ボール球も嵩む。そうして迎えた6球目、フルカウント。
(これしかないだろ)
インコースのフォーク。対応しようとカットするところの、空振り狙いの一球。迫田のリードに頷く宮城。構えた位置に投げ込む。
(ここまでインコース投げてきてインズバはねえだろッ!! これは変化球ッ!!)
フォークを打ち返した伊奈。インローの球を引っ張る。
「サードッ!!」
赤河が飛びつく――が、グラブを弾く打球。ファウルゾーンの黒土に滑り込む赤河。
「カバーッ!!」
「ファール!! ファール!!」
審判の声を聞いて、自身が触った場所がファウルゾーンの上だったことに気づく赤河。
「っぶねえ……」
「よく飛び込んだぞ赤河!」
おうよおうよ、とゆっくり立ち上がる赤河。宮城と迫田はお互いほっとする。
(伊奈の野郎……引っ張ってきやがったか)
伊奈はゆっくり息を吐いて構え直す。迫田と目が合う。
(次はどんな球だ? 俺はどんな球でも打つぜ)
迫田は宮城にチェンジアップを要求。
(……これしかないだろ。相手は伊奈聖也。こいつを止めたら……2アウトで途中出場の佐藤。止められる確率がかなり上がる)
ネクストの佐藤は祈るようにしゃがみこんで宮城を見ている。
(伊奈が打てなかったら……2アウト1.2塁で俺……)
佐藤がじっと見ている中、宮城はゆっくりと頷いて構えた。7球目――チェンジアップを投げ込む。
(ぐっ……マジかッ!!)
ぐっと右膝を堪え、バットを止めた伊奈。
(手を出せば打ち損じるッ!!)
見送った伊奈――判定はボール。フォアボールで出塁となる伊奈。振り返って佐藤の方を見た。
(頼んだぞ佐藤)
ここで途中出場している佐藤が打席に立つ。1アウト満塁。打席でのルーティンをして、投手をじっと見つめた。
(宮城臨……福井県内で見たら最高級のエース。全国区の投手とこんなに早く対戦できるなんて……俺は恵まれてるッ!!)
鉄日の内野陣は落ち着いて前進守備を取る。
初球、強烈なスライダーがインコースに滑り込んでくる。手が出ない佐藤。初球ストライクを献上する。
(あれを打とうと思ったら、左バッターの俺は……引っ張るしか無い)
2球目、チェンジアップが投げられる。引っ張ろうとしていた佐藤は派手に空振りしてしまう。
(ダメだろ……守備がダメダメで1軍に上がれなかった俺が、バッティングでも役に立てなかったら、終わりだろーがッ!!)
3球目、三振を取りに来ていると踏んだ佐藤は、アウトローの球を強引に打ち返す。
(抜けろッ!!)
ランナー全員がスタートを切る。打球はセカンド山本の正面で強く跳ねた。
(ここに来てイレギュラーッ!?)
視界の端で宮城が目を見開く。いつもの守備位置なら容易に対応できるバウンドだった。
「んなッ!」
顔の正面に飛んできた打球を、咄嗟の反応でグラブに当てる山本。そのまま右掌に落としてキャッチ。ホームに投げた。
(何で捕ってんだよッ!!)
一塁に走りながら佐藤は目をつむり、頭から滑り込んだ。ホームでは迫田が身体を前に伸ばして捕球。フォースアウトで三塁ランナー佐々木をアウトにする。佐藤と同じく頭から滑り込んでいた佐々木だったが、間に合わず悔しそうな表情を見せる。
「迫田ッ! 投げるなッ!」
宮城が叫ぶ。ホームゲッツーを狙って一塁に投げようとしていた迫田。叫び声に反応すると同時に、三塁から飛び出している二塁ランナー林里の姿。
(おっと……危ない危ない)
依然として満塁のクロ高。2アウトの場面で、続いて4番大滝が打席に向かう。
(林里に帰られても、一塁をアウトにするべきだっただろうか……)
迫田は自身の判断を一瞬迷った。少し後悔すらしていた。打席に立つ大滝真司が、それほどまでに大きく見えていた。




