第395話「蘇る流れ」
6番森下も三振に倒れる。終盤にさしかかってさらにギアを上げる宮城を見て、7番金条も首の関節を鳴らす。
(流れの一つや二つでイザナが打てるかよ。甘いんだよ)
迫田は金条を出し抜こうとすらしない。3球連続ストレートのストライクゾーンの球。追い込まれた後の3球目で打ち返すが、ショートゴロに倒れる。
「2点目……大滝真司にソロホームラン食らったが、2失点なら行けるだろ。問題は……もう一発浴びたりとかして追加点取られないか、だな」
観客関の黒鉄がカバンから炭酸水の入ったペットボトルを取り出して口に含んだ。プシュと爽快な音が鳴る。
「……まあ、乾監督曰く、3失点までで負けたら野手の責任。4失点以上で負けたら投手の責任」
「でもまあ宮城が2失点以下で抑えたらそれはそれで嫉妬しちゃうんじゃないの? 黒鉄」
斑鳩がからかう。
「は、何言ってんの? 俺は今宮、田中、山口もいて、延長11回まで投げ抜いて4失点だから!!」
「まあ……それもそうだがな」
地村は笑う。
「しかし……1番は野手陣が追加点を取れることだが、鷹戸、古堂が相手となるとそうも言ってられんな。ひょっとすると1巡だけしか勝負させてもらえないぞ。赤河、月守……
」
7回表になり、古堂がマウンドに上がる。打席に向かうのは9番宮城。
(あー、実際に対決するの初めてだよな。レイ)
(イザナ……うちのクロ高打線相手に2失点。すげえよ本当に。でも……俺も負けねえからな)
9番宮城は右打席に立つ。インコース側、打席に近いところに立つ。
(インコースのカットボール、カーブ……投げにくいだろ。んで、キャッチャー金条はおそらくアウトローにストレートで様子見をするはず)
初球、読み通りのストレートが投げ込まれる。打ち返す宮城。しかし、一塁線を切れたファウルになる。
(押し込まれた……)
想定以上にパワーのあるストレート。そして、金条の構えたアウトロービタビタの位置に投げ込むコントロール。
(しっかり肩あっためて来てんじゃないか……)
(悪いね……リリーフ登板には慣れてんのよ)
2球目もストレート。次は高め外した見せ球。さすがに見逃した宮城だが、目を見張る。
(おいおい……球速計バグってんのか?)
「おおッ! コドー、141キロ出たぞ!! 今大会自己ベスト、すげえじゃん」
(甲子園で140投げてたっけ? でも……この場面で投げ込めるか普通……まだ2球目だぞ)
3球目のシュートを空振りし、追い込まれる宮城。
(飛ばしすぎじゃねえの……?)
古堂には、そもそも出し惜しみという概念が存在しない。投球動作はいつも通り――だから、たとえ、中学からの因縁がある宮城臨が相手であっても、それは変わらない。金条のリード通り、構えたところに、全力投球するだけ――
「ストーライッ!! バッターアウッ!!」
インローにストレート。空振り三振でアウトとなる宮城。
(くっ……今日ノーヒットか……!)
ベンチに戻る宮城。乾監督が声をかける。
「熱くなりすぎるな。気持ち切れるぞ……。お前、古堂黎樹と同じ中学だったんだな」
「転校前の話ですよ。アイツが俺のリリーフをしていたんです」
「……先を越されてる、と勝手に思ってるわけか」
「そりゃまあ……夏の甲子園であんなに派手に全国デビューされちゃあね……意識せざるをえませんよ」
ふぅ、と息を吐く宮城。迫田がやってくる。
「練習試合のときより仕上げてるよな。当たり前だけど……」
「いや、多分だけど、夏より仕上がってるよ。甲子園で一皮剥けたね。アイツ」
迫田の言葉に余計に意識させられる宮城。
(先を越されてる……か。そうだな。春は俺の方が投げてるけど……夏はお前の方が投げてる)
1番泉中に対してもストレートで押し切る古堂。
(こんなにストレートで勝負できるピッチャーだったのかよ……。鷹戸もいてこれはやべえ。そう思うと……鷹戸から3点も取れたのは大分デカい)
外に逃げるシュートをなんとか捉え、ライト前にポテンヒットで出塁する泉中。
(クソッ……まぐれのポテンでしかヒットを打てないなんて、ダセえことこの上ない)
左バッターの2番四方に対しては、カットボールを積極的に使っていく。そして、インコースのストレートで三振に切って取る。
(アウトコースあんだけ意識させられた後にインズバは無理だろ……!)
先に右投手の球筋に慣れた上で来る古堂の左腕から投げられる球――わかっていても難しいものがあった。2アウト1.2塁で、3番木口が打席に立つ。
(木口は読み合いで一本出すタイプのバッター。三振を“取りに行く”モードの、たくさん球種を使いたいコドーとは相性が悪い……)
金条は木口の性格も加味してリードを考える。木口も動揺に考えている。
(ここまで多く使っている球種はやっぱりストレート。でも、ストレート狙いのバッターはシュートやカットボールで芯をずらされ、スローカーブでタイミングをずらされる。このキャッチャーのことだ、俺が『読み合いをしてくる』という一本に備えて、初球カットボールで来るだろ……)
そんな木口に対し、古堂が投げたのは――スローカーブ。今日初めての球にタイミングが合わず、バットを振れない木口。
「ストーライッ!!」
初球ストライクを取る古堂。木口はにやりと笑った。
(エグいリードしやがる……一点で張ってたら長打行けただろ……)
2球目、もう一度投げられるスローカーブ。バットを振り抜くが、三塁線切れたファウルとなる。
(チィ……気持ちよく打たせてもらおうなんて考えるな……。んで、ここでストレートなんだろ……)
しかし、ここであることが過ぎる木口。
(あれ……でも、カットボールでもシュートでも、はたまたスローカーブでも――読み外したら詰むよな)
一瞬の迷い――ほんのコンマ数秒にも満たない迷いが、彼のスイングを迷わせた。そして、投げ込む古堂。視界にボールを捉える――が、遅い。
(スローカーブかよッ!!)
左膝をぐっと曲げ、上半身を突っ込ませながらもなんとかバットに当てた木口。
(完全に打たされたッ!!)
二遊間深いところに落ちる――早くにスタートを切っていた泉中は、そのまま二塁を回る。
「バカッ! センター佐々木だぞ!!」
(いや、長打ケアでそんなに浅いところいなかったろ!)
もちろん、スタートを切る前に外野の守備位置は確認している泉中。しかしここは――センター佐々木が一枚上手を行く。
「サード!!」
サード大滝が呼ぶ方にボールを拾い、そのまま送球。素早いチャージの甲斐あって、勢いの乗った良い送球が、大滝のグラブまで真っ直ぐ届く。
「(ありえねえ……完璧だッ!!)あ、アアウゥ!!」
泉中をタッチし、アウトにする大滝。あまりにも綺麗な送球に、判定が少し遅れる三塁審。
「流れを引き渡さないッ!! センター佐々木のビッグプレーッ!!」
「これにいくつ進塁防がれてんだ鉄日はァ!」
古堂の2奪三振も効いていた。7回表で、宮城が完全に殺した勢いを、古堂のピッチングと佐々木の好守でもう一度蘇らせる。そして8回表の打撃は、佐々木から――
「行けるぞ佐々木!!」
「打てよ……よく見ていけ」
「ああ!!」
ヘルメットを被って打席へと走って行く佐々木。鉄日高校の守備陣が守備位置に到着するよりも早い。
「……とりあえず、追いつかないことには始まらない。何としてでもクリーンナップに回すぞ」
「はい!!」
「はい!!!」
9番古堂、1番林里は確実に打席が回ってくる。絹田監督の指示に大きな声で返事をする。
「伊奈、お前はチャンスだったら決めに行っても構わん。お前ならゲッツーにならないように打つことくらいできるだろ」
「……ははっ。それは相手の守備次第じゃないですかねえ?」
小豆が伊奈の肩に手を置いた。
「伊奈、練習してきただろ。自信持って行こう」
「……ああ」
伊奈としてはやはり当然、思うところがあった。
(だよな……現状打点を挙げた鷹戸を下げなきゃ行けなくなった以上、宮地にしろ佐藤にしろ、初見で宮城の球を打つのは難しい……。となると、大滝の前に1アウト献上しなきゃいけなくなると。下手すりゃ大滝の前にランナーを貯められないっていう最悪の事態も可能性としてはあるんだよな)
「伊奈」
「ああ、わかってる」
林里に話しかけられた伊奈。彼のその意図を汲んだ伊奈は打席に立っている佐々木の方をじっと見つめる。
(お前が打って出ねえと話にならねえってことだぞ……佐々木)
「佐々木が出たら、コドーが送って、俺もなんとか繋ぐ。んで、伊奈……お前が打てば、なんとか大滝まで回せる」
「……ああ。問題は宮城臨相手にそんなに上手くいくかってところだが……」
マウンドの宮城はじっと佐々木を見つめる。
(三振……セカンドライナー……。ここまでぱっとしない打撃成績。でも、タカシは元々打つヤツなんだよ。だから……俺は油断しない)
初球、ストレートではなく、芯を外すツーシームを投げる。しかしこれは見逃す佐々木。やや甘めのインローにツーシームが決まり、1ストライク。
(……甲子園でも何打席かはもらえた。ぶっちゃけ、松下功介さんの球に比べたら――どうってことない……はず)
2球目のフォークも見逃す。これはボール。3球目のスライダーも見逃し、4球目のストレートもアウトコース遠い位置に流れてボール。3ボール1ストライクとなる。
(徹底して手を出さないな。フォアボール狙いか?)
(タカシ……そんなヤワじゃないだろ)
宮城がにやりと笑うと、佐々木も一つ思い出したことがあった。
(ほんと……1年だけの付き合いのくせに……よくもまあ、そこまでやるよ)
古堂はネクストでバットを振りながら佐々木VS宮城の対決を見守る。
(イザナはあれでもめちゃくちゃ負けず嫌いだ。多分……その負けず嫌いは、黒鉄さんに対してもあったはず。だからあそこまでの高みにたどり着いた)
5球目、宮城が投げたのはチェンジアップ――佐々木は手を出したが、タイミングが合わず空振りとなる。
「っし……」
(ここに来てほとんど投げてなかった決め球のチェンジアップ……!)
佐々木の脳内に選択肢が増えた。しかし、佐々木は脳内を整理し、落ち着ける。
(イザナの得意球はストレート、スライダー、フォーク、そしてチェンジアップ……俺ごときにチェンジアップは使ってこないと思っていた。でも違った。ってことは……)
“思い出したこと”――それは、宮城臨という投手の性格。負けず嫌いで、熱中癖があって、真っ直ぐに努力する野球バカ――そんな宮城に対する印象を抱いていた佐々木。
(……ここで一番自信ある球で……中学の同級生“ごとき”ねじ伏せにくるよなッ!!)
6球目の球――迫田、宮城バッテリーが選んだボールは、ストレート。
(やっぱりな……それが苦手だったの、中学の時“まで”なんだよッ!!)
まっすぐ打ち返した佐々木の打球は、セカンドの頭上を越えていく。
「センターッ!! ……いや切れるッ!」
スライディングするが届かないセンター四方。右中間に落ちた打球。すぐにカバーに来た木口が、進塁を防ぐ好返球を見せる。
「っしゃああッ!!」
佐々木が得意のストレートを打ち返し盛り上がるクロ高。先頭打者の出塁に沸く中、打席に立つ9番の古堂。宮城と対峙した。




