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Dr.Kの鼓動  作者: パワプロ58号
1.秋大会
28/402

第28話「尻上がり」

 10回表、江戸川の投球は下位打線の打撃を許さない。佐々木、古堂を三振に抑え、三人目――田中遊も三振に切ってとった。

「ナイピ江戸川」「さっすが」

この状況でも見せられる好投に、田中の顔にも焦りが見られる。

(やべえだろ……)

そんな田中の顔を見て今宮が小声で囁く。

「おい、俺ら二年がそんな頼りねえ顔してどうするんだ。一年生はただでさえ練習試合一回負けてる分不安なんだ。俺らがこいつらの心の拠り所にならなきゃならねえんだよ」

「お、おう(やっぱりこいつ、メンタル尋常じゃないよな)」


 10回裏、先頭打者は溝口。マウンドに立つのは古堂黎樹。

(今大会初登板が9回裏ツーアウトの状況。そこから延長戦……この緊張感最高だな)

古堂はマウンドからの風と、熱を感じて思わずにやつく。初球投げたのはシュート。溝口は見逃してストライク。

「うお……思ったよりキレるじゃねえか」

溝口が思わず呟いた。金条はにやりと笑う。

(よし、溝口サンにも効いてる……。古堂、お前の投球が通じてるぜ)

2球目、金条が要求した低めギリギリのストレート。溝口は低めギリギリにバットを振り、なんとか打ち返す。

(す、ストレートを打ったか!!?)

金条が驚いて腰を浮かす。投手古堂の目の前で弾む打球。古堂がミットを構えるが、そのミットの更に下を通り抜ける。

「!!」

古堂の背中を見ていた今宮が打球に飛びつくが、打球はするりと彼のグラブを抜けていく。結局、溝口はセンター前ヒットとなる。

「いいぞ!!」「ナイスバッチ溝口!!」


 沸く秋江工業ベンチ。サヨナラのランナーが出た。

「古堂! バッター集中だ!!」

金条の言葉。続く7番バッター志島の送りバントで1アウト2塁となる。

(新田や鷹戸に比べたら随分とバントしやすいじゃねえか。この抑え、たいしたことないぞ)

志島が手応えを感じて笑った。


 訪れるピンチに、クロ高を見守る者たちの手のひらに汗がじわりと貯まる。

「古堂大丈夫なのか?」「今試合初登板らしいじゃん?」「でもこの前の練習試合で大坂を三振にしてるらしい」

大坂を三振にしたことがある、という古堂の過去に騒然とするスタンドの観客たち。

「じゃあクロ高は勝利を捨てているわけではないのか」

まさにその通り。クロ高は誰ひとりとして試合を諦めていない。ピンチの状況でも、古堂黎樹は勝利を求めていた。

(こういう勝負! 最高だっ!)

8番杉、三振に倒れる。古堂のキレのあるシュートに対応できなかった。

「(ちっ、しっかりとコントロールもある。ある意味江戸川みたいだな。)楠成、江戸川から打てたことは?」

杉がネクストバッターである9番楠成に話しかける。

「ええ、まぐれで一回くらい……」

「じゃあなんとかなるな。溝口を返せなくてもいいから江戸川に繋げ」

「うっす」


 9番楠成は守備でこそ活躍しているが、本日4打席無安打だ。そして来る5打席目。古堂は初球のストレート、2球目のシュート、3球目のストレートで三振に抑えた。

「はっ……遊び玉ゼロとか舐めてんのか!」

古堂のストライク先行のピッチング。これは金条が意図的に配球を変えているからであった。

(こいつの『三振』に対する欲は強い。下手にボール球投げさせて球数増やすよりも、ストライクゾーンに集めてどんどん三振とって相手をビビらせることができれば上等だ……もっとも、上位打線に通用するかと言われたら微妙だが……)

金条はまだ思うところがあるも、10回の守備を凌ぎきることに成功したクロ高バッテリー。ベンチに戻ってくる古堂に、大滝が声をかける。

「古堂、下位打線抑えたくらいで満足するなよ!」

「ああ。まだまだこれからだ!!」

古堂の顔には一段と気合が入っている。ベンチに戻ってくると、一段と騒がしくなる。

「もうピッチャー残っていないからな……やっぱ鷹戸投げさせておいた方が良かったんじゃないのか?」

「いや、古堂のここ一番の勝負強さは本物だと思いますよ。大坂を討ち取ったことがある、というのは大きいです。敵にとっても脅威にはなるはず……」

ベンチ内でも、ついこの前までベンチですらなかった古堂の投球に不安が残る選手もいる中、彼の実力を信じている者もいた。


 「お願いします!」

11回表、先頭打者は今宮陽兵だ。江戸川の投球にも、一段と力が入る。球威の増すストレートに、今宮のタイミングは合わない。

(や、やりおる)

今宮は息を呑んだ。普段バントに慣れすぎてしまったために、いざヒットを打とうと思うと、この球速、キレ、などなど色々と困る点が多い。江戸川の顔にも闘志が宿る。

(こいつ……俺を討ち取りに来てるな)

今宮は2球目のスライダーを打ち崩してファウルとなる。2ストライクと追い込まれる。

「やるじゃねえか」

今宮はにやりと笑った。江戸川の闘志を称えるかのような表情だ。

(……今宮はクロ高の精神的支柱。抑えれば勝ちだ)

3球目のフォークを見逃し、4球目のストレートは内角厳しく入ってボール。5球目のカーブをギリギリのところで切ってファウルにする今宮。

(器用な奴だ……今宮)

6球目――フォーク。ボール球だと思ったが、既に振り始めてしまっていた。

(打てるっ!!)

金属音が鳴り響く。流し打ちによって一塁線を切れていった打球はファーストの頭上を越えていった。

「今宮ナイスバッチ!!」

ライト前ヒットによって出塁した今宮。江戸川は苦笑いしている。

(やべえだろ……あれボール球だっつうの)

「江戸川、大丈夫か!?」

溝口が気を使って近づいてくる。江戸川は右手を出して彼を制する。

(なんかランナーいると不思議と落ち着いちまうんだよなあ……Mってわけじゃあないんだろうけど)

続く山口――江戸川の気迫溢れるピッチングの前に、クロ高の安打マシーン、山口はファーストライナーに倒れ、今宮は進塁できない。

「ナイピ江戸川!!」「全然衰えてないな!」「さすがじゃん」

チームメイトが全員燃え上がる。1アウト1塁。ここで4番大滝。江戸川の表情に、気合が入る。

(打席に立てばアウトか打点か……極端な野郎だ。大滝真司、お前を倒して、一気にノってやる!!)

江戸川の投げた初球のフォークを大滝は見送りしてボール。ベンチはボール球を見極めた大滝を評価する。

「あれ見逃すか普通……」と林里。

「でも、大滝は初球強いから、外してくるのもうなずけるかも……」と金条。

「どっちにしろあいつは打つ!!」と古堂。


 2球目――鋭くキレるスライダー。外ギリギリに入ってストライク。

(今の入っているのか……)

バットを握っていた右手を口元に近づけ、息を吹きかける大滝。溝口の配球もそうだが、延長に入って未だ尚乱れない江戸川のコントロールに戦慄を覚える。もう一度構え直して江戸川を見据える。

(この人の投球は弱点がないからこそ、その日の調子に影響されやすい。そして江戸川さんは……尻上に調子を上げているな)

3球目のカーブ。タイミングが合わず空振りする。2ストライクと追い込まれた。

(くそっ……)

4球目。内角にストレート。ファウルとなる。

(さっきは追い込んで打たれたけどよ。次は三振にしてやるぜ……!)

そう意気込んで江戸川が5球目に投げた低め――大滝は構わず振る。しかし、手元で大きく下に曲がっていく。フォークだった。

(うっ!)

空振りした。三振でアウトとなる。


 「ナイピです江戸川先輩!!」

ショート畑中が叫んだ。

「っしゃツーアウト!!」

指でVサインを作るのはセカンド杉。

「行けるぜ江戸川!!」

サード大場も盛り立てる。

「この回で終わらせるぞ!!」

ファースト大坂の腑抜けた声。4番大滝を討ち取ったことで、盛り上がりを見せる秋江工業陣。

(みんなが……俺に期待している。俺はエースだからな。最後まで投げ抜いてやるぜ……)

江戸川が大きく息を吐いた。11回表、ツーアウト1塁の場面で、打席には5番伊奈。

「……さて、どうするかな」

伊奈が江戸川を見据える。前の打席で三振に倒れたという負のイメージが思い浮かんでしまう。

(……正直になれ。上手くいけば今宮さんを還せる)

伊奈がバットを構えた。狙うは初球打ち。ストレートを正直にピッチャー返ししようとした。

(うっ!)

ノビるストレートに、バットの芯が外れ、大きく後ろに打球はそれていく。ファウルだ。2球目を投げようとモーションに入った瞬間、今宮が一塁ベースから走り出した。

「スチール!」

ファースト大坂が叫ぶ。江戸川の150kmの速球を伊奈は見逃した。

(盗塁させるかっ!!)

溝口が捕球後すぐに二塁ベースへボールを投げた。しかし今宮はセカンドに到着している。盗塁成功だ。

(足速いな……このチームはあまり盗塁するイメージなかったんだが)

江戸川は盗塁されたことを既に割り切っており、すぐに3球目を投げた。伊奈はそれを正直にピッチャー返しした。セカンド杉がキャッチして外野に行くことを防ぐも、送球に手間取り、内野安打となる。

「っしゃあ!!」

伊奈が一塁ベースから叫んだ。しかし、今宮は進塁できず、ランナー1.2塁となる。

「わ、わりぃ江戸川!!」

杉が慌てた様子で叫ぶ。しかし、江戸川は振り返ると爽やかに笑ってみせた。

「なぁに、気にするな! 次は当てさせやしないよ」

江戸川の背中が頼もしく見える。この1番の重さがずっしりと伝わってくる。打席に立つ金条にもそれは伝わり、思わず息を呑んだ。

(今のこの人から……俺は打てるのだろうか)


 江戸川から溢れ出る闘志というのは、実際に打席に立ってみると、一際激しく見えた。内角厳しく入り込むストレートに手が出ない。そうかと思えば次は外いっぱいのスライダー。そして最後にギリギリ低めに入るフォーク。どれも金条のバットにかすることはなかった。3アウトで11回表、クロ高の攻撃が終了した。


 そして、来る11回裏。秋江工業高校打順は先頭打者に帰り、江戸川凛之介が打席に立つ。

「っしゃ来い!!」

ピッチングで好投を見せる江戸川。しかしそれはクロ高のピッチャーも同じ。生涯二度目の白銀世代との対決に胸躍らせながら、古堂はマウンドに上がるのだった。

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