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Dr.Kの鼓動  作者: パワプロ58号
1.秋大会
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25/408

第25話「江戸川凛之介」

 県大会秋予選第三回戦、黒光高校VS秋江工業高校。7回表。先頭バッター山口が出塁に成功した。そして、4番大滝が打席に立つ。

「うし……」

江戸川を見据える。江戸川も大滝を見据える。

(こいつは力押しはできねえ)

初球からカーブ。相変わらずキレがある。空振りをする大滝。

(コントロールが衰えていない……伊達にエース張ってないな)

2球目のストレート。球速差にタイミングが合わずファウルとなる。

「しっかりボール見ろ!!」「タイミングあってきてるよ!!」

ベンチから声が飛ぶ。大滝は大きく息を吐きなおす。

(今思ったけど、溝口サン、だいぶストライク先行型のリードだな)

3球目……1球外してボール。

(追い詰められていることに変わりはない……1点を追う立場。狙うはスタンドしかない!)

4球目のストレートを打ち返した大滝。しかし――

(くっ!!)

予想以上の球速と球威に、打球が思ったよりも伸びない。後退していた楠成がダッシュして外野前方へと走ってくる。

(ここは取って一気に流れを!!)

走る楠成。江戸川が後ろを振り返って叫ぶ声。山口は打球の落下を確認するまで大きくは走れない。大滝は走りながら念じる。

(落ちろ!!)

打球がゆらゆらと降下する。楠成が頭からスライディングした。前に必死に伸ばしたグラブに、大滝が打ち上げた打球が収まっていた。

「っしゃあ!!!!」

立ち上がって叫ぶセンター楠成。浅い位置での捕球だったため、山口もタッチアップはできない。

「や、やられた……」


 9番センター楠成のファインプレーもあり、大滝をセンターフライに抑えた秋江工業バッテリー。続くクロ高5番バッターは、伊奈。

「お願いします」

伊奈は頭を下げて打席に入る。打席に立って江戸川の方を向いた瞬間、強い闘志を感じ取った。

(やっぱすげえ投手だ。1~4番以外で出塁できたのって、俺がまぐれで当てたのが一回、小林さんのタイムリーが一回、金条がサードの内野安打で一回……)

逆にそれだけで既に4点とっているのだから、やはりクロ高の上位打線――主に白銀世代に力の大きさを感じさせる。しかし、対する秋江工業は、主に大坂、大場などのクリーンナップがしっかりと点を取っている。

(俺もクリーンナップ任されている以上、もっと打てなくちゃだめなんだよ。クロ高の代表として、一年生の代表として)

伊奈が初球のフォークを振り抜いた。急激に落ちる球をしっかりと捉えたバット。打球は大きく上に上がってライト志島の頭を越える。

「……き、来た!」

山口は一塁ベースにいたが、一気に二塁へと走り、そして二塁ベースを蹴る。志島が打球に追いつく頃には、三塁ベースに到着しようとしていた。

「帰れる!」

三塁ベースコーチの声にすぐさま反応した山口は、送球よりも早くにホームベースへと向かった。伊奈もスライディングして2塁ベースに間に合う。


 そして、山口がホームベースを踏み、5点目を入れた。伊奈のタイムリーツーベースによる同点打だ。

「っしゃあナイスだ伊奈!!」

「いいじゃん伊奈!」

田中と今宮が祝福する。しかし、金条がヒットを打つも、続く小林、佐々木は一切打てず、7回の攻撃を終えた。

「追いついても打たれてたら意味ねえぞ。 しっかり守ってこうぜ」

とベンチから新田が固く笑う。

「鷹戸! 大坂回ってくるぞ!! 今回はびしっと三線にしてやれ!」

と金条が隣からグラブで背中を叩く。鷹戸遥斗は、俯くと、体中から湧き出る闘志を、その眼光に宿して大坂大磨を睨んだ。

「煽られてるねえ」

「んー。ああいうピッチャーは甘い球放っちゃうから打ちやすいんだよねえ。まあ里田、君が打っちゃってもいいんだぜ?」

大坂はしっかりとバットを持って、里田を打席に送り出した。


 7回裏、秋江工業の攻撃。先頭打者は3番里田。本日ヒットは一本のみ。それでも慎重派の金条は低め中心の配球で、里田にやすやすとは打たせない。早くもツーストライクと追い込む。

(大磨の前にランナーを!)

里田が振った3球目はスプリット。手元で落ちるボールに空振りとなる。三振だ。

「っっ!!」

悔しそうに打席を去る里田。鷹戸はそれを見て口角をあげる。――正確には『それ』とは、次に打席に立つ大坂大磨のことであった。

(いいねえいいねえその顔……あの時はフォアボールだったけど、次はアーチを打たせてよ)

大坂の顔が綻ぶのを、鷹戸はギラギラとした眼光で返す。金条がサインを送る。

(あのときはフォアボールになったけど……今回は勝負しよう。それがお前を最大限に活かす戦い方だ!)

高めのストレート。鷹戸は頷く。振りかぶって――投げる。

(初球、打ち頃!)

振りぬいたバット。打球は跳ね返る――金条の背後を。

(あ、あぶねえ!! なんつースイングだ!?)

「ファウル!」

息を呑む金条。バットの芯から外れて掠ったボールが、強烈なバックスピンをかけて金条の背後へと落ちたのである。この打球の飛び方を見るからに、鷹戸の優れたストレートの球威など、この男なら、簡単にスタンドへと運んでしまいそうである。

(……鷹戸、ここは1球様子見だ。スプリット、低めに……)

2球目のスプリットは低めに外れてボール。選球眼のある大坂相手にはあまり通用しないと思っていたが、ここで攻めるのは、例え攻めると決めていても踏ん切りのつかないものだった。不機嫌そうな鷹戸を目の前に、苦笑いするしかない金条。

(お前は例え同点でも……この場面勝負に行くかよ……)

3球目。外角へと投げられたノビのあるジャイロボール。螺旋回転をかけながら減速しないボールは、鷹戸の投球本来の球威と組み合わさって魔球同然の威力を発揮する。大坂のスイングの真芯から外れてファウルとなる。

「いけー大坂!!」

「打てるぜ!!」

秋江工業ベンチから飛び交う声援。

(江戸川……お前はここまで、クロ高相手によく投げてる。何点取られてようと関係ない。打たれても、心を切らさずにしっかりと自分のピッチングを貫いているんだからよ。ある意味お前は、俺が知る中で最強格の投手だぜ)

大坂がふと思い立つ。

(お前は、弱点がねえ。この俺が言うんだから間違いねえよ。だからクロ高に勝って、お前を……有名投手にしてやろうじゃねえか!!)

4球目。沈むジャイロボールだった。鷹戸の強靭な肩から放たれたジャイロボールが、大坂のフルスイングしたバットに重くのしかかる。

(負けねえぜ……怪物球威だからってよ!!)

振り抜いた。ボールは高く弧を描く。レフト方向に飛んだ打球。小林が必死に後退する。

(届けっ!)

スタンドギリギリで小林が上に腕を伸ばす。打球がミットの中に収まった。

「アウト!!」

「や、やった!!」

外野の芝生の上で思わず叫ぶ小林。喜びをあらわにする。2アウトだ。しかし、4番大坂を、外野フライに抑えたのは大きかった。

(いかん……この流れはまずいよな……)

大坂はふと、下を向く。5番大場が三振に倒れ、7回の攻撃を三者凡退で終了してしまったのだ。


 「すまねえ……江戸川」

「なんで謝るんだよ。大磨」

「いやだって……」

腑抜けた声。江戸川は呆れたように笑う。

「打たれているのは俺のせい。三振になったのはお前のせい。お互い様だろ。だから気にすんな」

江戸川は大坂の肩を叩いてマウンドへと向かった。

(やっぱ、お前は弱点のない、最強のエースだわ)


しかし、江戸川――8回表、鷹戸と田中から安打を浴びてしまう。結局3番山口の犠牲フライで失点してしまう。

(マジでクロ高打撃陣……打撃力が後半になっても衰えないとかどういうことだよ……さすが強豪、一朝一夕のバッティングではないわな)

江戸川は額から流れ出る汗を拭う。既に6失点。疲れが見え始めてもおかしくはない。

(ははは、ダメだな俺)

2アウト2塁のピンチを迎え、1点差で負けている。打席には4番大滝。こんな状況でも、江戸川は笑っていた。




 昨年のこの時期――――江戸川凛之介、一年生の秋。一回戦目の相手は強豪、初巾高校。1.2年生、つまり、黄金世代と白銀世代で臨んだ大会だったが、初巾高校の強力な黄金世代の前に7失点の大敗。

 江戸川が二年生になって初の公式試合であった春大会では、二年生にして4番の大坂大磨の活躍もあり、ベスト16という成績を残したが、通算14失点を上げてしまった江戸川。いわゆる、乱打戦を勝ち抜いたことによる勝利だった。

「え? 失点が多い? 何言ってんだ、お前も通算10打点上げてるんだし上等上等」

江戸川がそのことを気にして相談した時の先輩の言葉である。当時からバッティングもできた江戸川だったが、やはり失点の多さに、白銀世代に数えられていることを次第に恥と感じるようになっていた。そして、自分がエースであるということに対し、疑心暗鬼に陥っていた。

 そして迎えた今年の甲子園予選――秋江工業高校、一回戦初巾高校との試合、秋の雪辱を果たすべく挑んだ秋江工業ナインだったが、10-0という大敗を喫した。傍から見た原因は、エース江戸川の失調。春のときから溜め込んできた疑心暗鬼が解消されないまま、夏の試合を迎えてしまっていたのだ。


 悔やんだ江戸川は、真のエースになるべく球速を、変化球を、スタミナを、メンタルを……その全ての能力を磨いた。この夏休み、全力を注いで――――

 そんな一心不乱に練習する彼の影響は、チームメイトにも渡るようになる。当時まだ背番号をもらえてすらいなかった同級生の投手、奥田洋太がここに来て実力を伸ばし、背番号10を背負うほどにまで成長し、大坂大磨も、元々のパワーヒッターとしての才能を開花させ、練習試合ではダントツの17本塁打を記録した。他、畑中、里田、大場、楠成などのレギュラーメンバーも、日々鍛錬を積み重ねる江戸川を傍らから見て、同様に努力を積み重ねてきたのだ。


(江戸川……お前の直向きな一挙一動は、チームに良いエフェクトをもたらす。それが、お前を本格派エースたらしめている)

監督の紅葉は、このピンチでも一切動かずに、江戸川をじっと見つめている。溝口への信頼もあったが、やはり大きかったのはエース、江戸川への信頼だ。

(打撃にしちゃあ、打率、ミート、足の速さ。守備だって全力でこなすし、投球ならば球速、変化球、コントロール、全てを抜かりなく極めようと努力していた。そんなお前の姿は、チームメイト全体にきっと印象深く刻まれている。私は、お前がどんなに打たれようと、どんなに荒もうと、どんなに点を取られようと、お前がその不屈の魂を、全力で投げ抜くその姿を――マウンドで見せ続ける限りは……お前が唯一無二のエースであると信じる)


 (だけど、俺はエースだ。俺がエースだ。何がなんでも投げ抜いてやる!!)

フルカウントまでもつれ込む勝負。気迫溢れる江戸川の投球。4番大滝のバットは空を切り、ボールはキャッチャーミットに収まった。

「ストライク、バッターアウト!」

大滝を三振に抑え、江戸川はミットの中を強く叩いた。名実共にエースの彼の怒号に、秋江工業の選手全体が同調したのだった。


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