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Dr.Kの鼓動  作者: パワプロ58号
1.秋大会
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20/408

第20話「輝き」

 歓声はまだ止まない。勝者、敗者、共に讃えられた。一塁側アルプスに整列する鶴高校の面々。

「くそっ……悔しいな」猿渡は目の涙が止まらない。

「猿、俺らもっと強くならないとな」と平田は上を見上げて目を細める。汗を拭こうと、目もとを袖で拭った。

「先輩! 俺たちもっと強くなります!」1年生たちは地力をつけてきた。今後に期待が持てる。


 「鶴高校の……猿渡くん、いい野手ですねえ」

こんな言葉を吐くのは、とある大学の野球部のスカウトだ。

「平田くんもなかなかいい投手ですね。ここに埋もれさせておくにはもったいない。クロ高の選手を見にきたつもりが、とんだ掘り出し物だ」

平田、猿渡を中心に春、夏、どこまで躍進するかが期待される鶴高校。対して黒光高校は、深々と礼をして、アルプスのスタンドから声援を送っていた観客たちに感謝の言葉を述べたあと、控え室へとミーティングをするため向かう。

「とりあえず、2回戦突破お疲れさん……それぞれ思うところはあるだろう。だがしかし、先頭からクリーンナップまでの打撃力は徐々に改善されつつある。今回の勝利を2回戦に繋げてほしい。そして、今日は秋江工業との試合を見たあと、各自解散とする」


 古堂は思い出していた。試合が終わったあと、アルプスに礼をするとき――登板した新田、鷹戸、そして本日唯一の4打点を挙げ、逆転の本塁打を放ったヒーロー、大滝真司に歓声が集まっていた。

「早く投げてえ」

この思いが加速していくばかりの古堂。そこに話しかける1人のチームメイト。

「よかったら捕球付き合うよ? っていうかやらせてくれないか?」

話しかけてきたのは、1年生の控えキャッチャー、返田元気そりた げんき

「お、さんきゅー」

古堂は快く引き受けた。返田もにこやかに笑う。金条よりも感情豊かな人間だ、というのが、古堂の返田に対する第一印象だったのだ。


 秋江工業が直後、球場に現れる。1回戦をコールドで勝ち上がってきた彼らにとって、2回戦の相手も大したことはない。

「見とけよ、あれがエースの江戸川だ」

新田が鷹戸と古堂に見えるように指を指した。

「最速152kmの直球、カーブ、スライダーなどの変化球もしっかりしてるいわゆる本格派だ」

本格派――主にバランスが取れている投手のことを指す。

「ストレートが持ち味の鷹戸は速球派。変化球主体の俺は軟投派。この学校で言うと、コドーが一番近いかもな」

新田がわかりやすく説明する。

(……実力的に一番離れてるだろこいつ)

鷹戸が横目で古堂を見ていたが、当の彼は、すっかり江戸川に釘付けになっていた。


 「よーし、バック頼むぜ!」

江戸川がマウンドに立ち、内野陣に呼び掛ける。全員がにやにやした顔をして守備に構えた。

「打たれた回数だけ女子にメールな!」

「失点したら好きなこに告白な!」

いかにも工業高の男子高校生の会話っぽい会話を試合中に広げる。マウンドに立つ優男は爽やかに笑った。

「んじゃ、0点に抑えるんで、攻撃よろしくぅ!」

相手のバッター相手に笑顔で投げる江戸川凜乃介。相手のバッターは全くバットに当たらない。

「な、なんじゃありゃ……」

ストレートのノビ、スライダーのキレ、どれを取っても弱点らしい弱点はない。

(……確かに、弱点らしい弱点がないところは、一番コイツが似てるのかもな……)

鷹戸がまた古堂の方を一瞥する。

「鷹戸より球速いんじゃないのあれ」

古堂がおののいた様子で呟いた。鷹戸ははっとして江戸川の方を見る。

(……あれが秋江工業のエースか……)

白銀世代に数えられ、新田にライバルと称されるだけのレベルは悠持ち合わせているらしい。そのレベルの高さが、彼を輝いて見せていた。

「オーラあるな……あれ」

伊奈がげんなりした様子で呟いた。金条もメモするペンに力が入る。

「あれは攻略が難しそうだね」

実際に今試合で江戸川を攻略したものはいなかった。初回に4番大坂による満塁ホームランで先制すると、そのまま打線は止まらず、結局10―0でコールド勝利をおさめた。


 「あーあ、せっかく彼女つくるチャンスだったのに、フォアボール1回だけじゃあメール送れないじゃん」

残念そうに言うのは、大場秀平おおば しゅうへい。本日1打点の活躍である秋江工業の5番バッターだ。

「江戸川さんならそんなことしなくても充分モテてるじゃないですか」

朗らかに笑うのは畑中伊澄はたなか いずみ1年生にして2番バッターを任されている。背も低く、女子のような見た目をしている。

「やめてくれよ、俺そんなにモテないから」

「でも昨日の試合のあと、女子からLINEのアカウント訊かれてたよね」

そう言ったのは、三番バッター里田計介さとだ けいすけ。この四人は練習試合のときには姿を見せていなかった者たちである。


 「割りと主力が練習試合にいなかった。三番、五番は体躯もいいし、大坂敬遠するリスクが高まったな」

そうだな、と古堂は金条の言葉に頷く。相変わらず金条の研究力は質が良い。

「9番楠成、2番畑中は守備が上手いし、警戒が必要だな。しっかりセンターとショートに巧いやつを持ってくるあたりに、紅葉監督の存在感も伺わせる……」

金条が思いの外しっかりと調べ挙げているので、2年生の田中遊は驚いている。

「お前、すげえのな」

田中に誉められる金条だったが、きまりが悪いと言った様子で、彼から目を反らした。

「……金条、まだ一週間あるだろ。改善の余地はいくらでもある」

今宮がそう言って励ました。――全くこの人は自分の頭のなかでも見ているのだろうか、と思わされる金条だった。



 寮に戻ってきた選手たち。スタンドで応援していた面々が練習を始めており、それから時間が随分経っているようだった。

「おっ、すげえな」

背番号を貰っていないものたち……ほとんどが1年生であるが、気迫の籠った練習をしていた。

「俺たちは1年生の代表としても頑張らねえとな。な、大滝!」

伊奈が笑いかける。大滝はこくりと頷く。

「監督に練習止められてなかったらするんだけどなあ」

伊奈も佐々木も大滝も、今回の試合で疲れていることもあり、すぐに寮へと帰るのだった。

 

 「あれ、お前ら風呂行かねえのか?」

そう話しかけるのは、坂本夏哉さかもと なつや。控えの三塁手で、ベンチメンバーだったものだ。話しかけた先にいたのは、古堂と、控えの捕手の返田である。

「だって俺たち試合出てないじゃないですか! ちょっとでも頑張ってレギュラーのやつに追い付かないと!」

「コドー、お前は中学のときから本当に変わらねえな」

坂本は唯一の古堂と同じ中学の先輩であり、彼の貪欲さは重々知っていた。同学年の友人には、そんな後輩ピッチャーのストイックで貪欲な姿勢を好まないものもいたが、彼はなんやかんやで古堂のことは認めていた。

(レギュラーのやつに追い付かないと……か)

坂本は両手のマメをみた。同じポジションには、大滝真司。あの不動の一番大滝進一の弟がいる。正直、1つ下は暗黒世代だと言って侮っていたのだ。

(大滝は今日もう帰ったよな……)



 「コドーくん、返田くん! 私もう帰るけどダイジョウブ?」

日が落ちており、ベンチ入していないメンバーたちも帰った中、二人残って練習をしていた古堂と返田に話しかけたのは、マネージャーの小泉彩だった。

「あ、大丈夫! ありがとーねー」

返田が笑って返す。小泉は祖父母の家が高校に割りと近いのでそこから通っている。あまり遅くまで残しているのも悪いと思った結果だ。

(……古堂くん、ほんと毎日頑張るなあ)

返田が自分と話している間にも、気迫のある表情を込めてただネットに向かって白球を投げ続けていた古堂。毎朝誰よりも早起きして朝練をしているのだとか言う噂も聞く。

(凄いなあ……)


 小泉が帰り、秋空がすっかり暗くなる。

「コドー、そろそろ上がらない?」

返田が提案した、すっかり汗を掻いている。ただ捕球するだけでなく、実際にバッターとして打席に立ち、古堂のボールを打ったりしていたので、少々疲れもあった。

「あ、サンキューな。先上がってて!」

「寮長さん怒らせるなよぉ」

返田が笑って先に上がる。古堂は流れる汗を拭いながら、一球一球自分が投げたボールを確認する。

「キレ……ノビ……球威。江戸川さんに似てるとは言われてたけど、どれを取っても数段劣る。本格派である――と言うことを言いたいんだろうけど、簡単に言えば、鷹戸や新田さんみたいな明確な武器がないだけなんだよな」

もう一球……投げようとした古堂を呼び止める声――返田の慌てた声だ。

「コドー! 寮長さんが怒ってる!!」

古堂はその言葉を受け、あわてて片付けるのだった。


 夜も更けた午後10時、寮生がほとんど疲れて寝静まっているなか、1名だけずっとビデオを見ていた者がいた。

(新田さんのスライダー……やっぱり前の試合よりも変化するようになってる)

そこにいたのは、金条春利。日中の試合では、2度の捕球ミスをしてしまった彼だったが、来週は秋江工業との試合。大坂大磨というアーチストがいる以上、肝心な場面でのエラーは命取りとなる。

(やっぱり打者の手元で狂ったように変化していくな……気を付けないと俺までやられる)

スライダー、カーブ共に凄まじい曲がりかたをしている。新田のコントロールは思った以上に精密で緻密だ。現に、ビデオで確認する以上、金条が“はじめに”構えたところにしっかりとボールは走っている。金条自身が、自ら取れないところにミットを動かしていたのだ。

(……そうか、俺がただ新田さんのことを信用して球を取ればいいのか。彼の投球を信じて、ただ腰を据えて座っていれば……自然とミットにボールが入ってくるはずだ)

金条は椅子から立ち上がり、ビデオを切った。そこで声がする。

「のう金条、研究熱心なのはいいが、明日も朝早いんだ。早く寝ろよ」

3年生のキャッチャー、郷田猛明が声の主だった。彼も大滝(兄)同様、野球での進路が決まっていたため、今もこうして共に寮生活の傍ら練習していた。

「あ、はい。すいません」

「俺も新田の球をはじめてみたときは驚いたもんだったぜ。閑谷とは違う凄さなんだよな。始めて捕球したとき、何回もミスしたよ。そして、

やっと取れたと思えば、あの野郎ナックルなんて覚えてきやがってさ。あそこまでのキャッチャー泣かせはいねえかもな」

郷田が音をたてて笑う。ビデオが既に終了していたので、静寂を伴うミーティングルームに彼の笑い声ひとつが響く。

(黄金世代と称された天才の郷田さんでも……何回もミスを)

「だからよ、焦るなよ。お前には俺にはない賢明さってのがある。俺は何度も閑谷に怒られたぜ。4番相手にストレートで力押しさ。もちろん打たれた」

閑谷さんも怒るのか、と金条は苦笑いする。思い立ったように郷田はきびすを返して部屋へと戻っていく。

「あ、あの!」

呼び止める金条。

「なあに、心配はいらねえよ。新田はあの頃よりもずっと強くなってる。お前がどんなにきつく言ったって聞いてくれるさ」

笑いながら帰っていく郷田。スキンヘッドが灯りに照らされて一段と輝いていた。聞きたかったのはそこではないのに――と落胆した金条だったが、心は重りが無くなったかのような気分だった。



 来たる試合の日、ベスト16が出揃った3回戦ということもあって観客は非常に多い。試合前に絹田監督からのミーティングがある。

「今回の相手はいつもとは違いレベルが高い。打線も充分な強さを持っていて、強豪と遜色の無い実力を持っているのは間違いないだろう。特に4番大坂大磨。彼を主軸に置いた打線は投手陣を苦しめるだろう。そこで、今回は継投作戦でいこうと思う。先発は新田。伊東、鷹戸はいつでも投げられる準備をしておけ……返田と林里で、投球練習に付き合ってやれ」

「はい!」

名前が上がらなかった古堂。思わず不機嫌そうな顔をする。

「腐るなよコドー。まだ投げられないって決まったわけじゃないだろ?」

少なくとも、秋江工業の4番大坂は古堂黎樹に三振にされたことがある。監督である絹田もこの事実は知っている。その旨を古堂に伝えた返田。

「そ、そうだな。返田もブルペン忙しくなるけど、頑張れよ」

「よろしくな、だろ?」

返田は古堂に笑いかけてきた。

「あ、コドー。これ見といて」

金条がメモを古堂に見せてきた。打線の情報である。

「お前のことだから、どうせ練習試合のときのことは覚えてるんだろ? だったらこれ見とけ。こないだ居なかったやつらの情報も書いておいた」

「さんきゅー金条」

「しゃあ、江戸川が相手だが、ビビるなよ……でも奥田とはレベルが違うから注意しろよ1年!」

今宮が叫ぶ。1年生を中心に大きな声で返事をした。


 一斉にグラウンドへと走りだす。第3回戦第一試合、先攻 黒光高校――後攻 秋江工業高校との試合が始まった。

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