第21話「本格派エース」
黒光高校と秋江工業との試合が今始まった。クロ高一番大滝バッターは田中遊。対峙してマウンドに立つのは江戸川。
オーダー
黒光 1番ショート、田中。2番セカンド、今宮。3番センター、山口。4番サード、大滝。5番ファースト、伊奈。6番キャッチャー、金条。7番ライト、小林。8番レフト、佐々木。9番ピッチャー、新田。
秋江工業 1番ピッチャー、江戸川。2番ショート、畑中。3番レフト、里田。4番ファースト、大坂。5番サード、大場。6番キャッチャー、溝口。7番ライト、志島。8番セカンド、杉。9番センター、楠成。
(こいつは初球からガンガン狙ってくる。甘い球は命取り)
初球、低めのボール。慎重な配球となっている。捕手は溝口孝一郎。練習試合でもそのリード力を見せた者だ。二球目も低め。しかしフォークで変化をつけたボールを投げ、田中の空振りを誘う。
(落ちるっ!)
物凄いスピードで走るストレートを見たあとだと、フォークのように落ちる変化球が来てもタイミングが合わない。初球の150km近いストレートが、田中の脳裏にびっしりと焼き付いていた。
「江戸川さんって、変化球何種類持ってるんですか」
鷹戸が静かに呟いた。山口が金条のメモをみながら説明する。
「スライダー、カーブ、フォーク……配球は読みづらい。キャッチャーのリードが上手いんだろうね」
「ストレートも速いし、なかなか打てないだろうな」
小林も付け加える。下位打線に彼の攻略をするのは難しいだろう。小林、佐々木などは田中の苦戦している姿に戦慄を覚えた。
「ストライク! バッターアウト!!」
主審の叫ぶ声。田中はストレートにタイミングを合わせられずに三振に倒れた。
「や、やべえ……」
ベンチで古堂は静かに唸った。いつもは声を張って応援していたのだが、やはり先頭打者を三振に討ち取られたという衝撃は大きい。田中の顔にも悔しさが見える。
「あー、完全に三球目にカーブくると思ったのによ。溝口の野郎、配球凝ってんなあ」
田中は秋江工業の試合のビデオから、江戸川、溝口バッテリーの配球を予測していた。しかし、そこは溝口らが1枚うわてだったのだろう。完全にクロ高対策として、配球を変えている。
その後、今宮が何とか内野安打で出塁するが、三番山口がレフトフライ、四番大滝がサードゴロに倒れて1回の攻撃を終了する。
「配球変更戦法効いてるじゃん」
江戸川が溝口を小突く。
「今宮に打たれるのは仕方ない。田中と山口を抑えたのはでかいぞ」
気恥ずかしそうにしながらも、溝口は前向きに応え、小突き返す。
「先頭打者早く準備しろよ!」
紅葉監督は上機嫌だ。
打席に立つのは、投げてはエースの江戸川凜乃介。バッティングの方も優れている。『攻守本格派』と呼ばれるに相応しい実力の持ち主だ。
(多分速球は打たれる。速球狙いで来ることも何となく予想できるし、ここはいつも通り、変化球主体で行きましょう)
単純に金条が捕球に自信が無いがために、第1回戦は、速球を取り入れざるを得なかった。しかし、それをプラフだと思わせられれば良い――それくらいのつもりでいた金条。
(まだ完璧じゃないけど……とりあえず)
金条が構えたところに新田のスライダーが鋭く突き刺さる。
「ひゅー、相変わらずえげつないね」
秋江工業打線は驚異を抱くしかない。
「あんな変化球のキレ、俺もほしいぜ」
控え投手の奥田は恐る恐る呟く。あんなもの、江戸川出すら持っていない。捕球をした金条の方は、何か手応えをつかんだらしく、ニヤリと笑った。
(やっぱり、俺が構えたところに寸分の狂いもなく投げてくれる。新田さんは凄いや……)
しかし江戸川の方を見ると、彼は一切表情を変えない。それどころか、こちらを見て笑っている。
「捕れるようになったんだな」
江戸川がふと放った一言に、金条は凍りついた。2球目――1球目とは逆の方向へと曲がっていくシュートを流し打ちで打ち返していった。ライトへと飛びヒットとなる。軽々と打ち返してみせた江戸川。沸き立つベンチ。
「そーえい! そーえい! ナイスだ江戸川!!」
応援する声がスタンドから聞こえてくる。先頭打者をヒットで出塁させた秋江工業高校。ノリに乗る。
「続け~、続け~! 伊澄!!」
初球のカーブを低めに打ち落とす二番バッター畑中伊澄。練習試合には参加していなかった一年生で、俊足堅守の持ち主だ。
「ちっ!!」
新田が舌打ちして打球を拾い上げ一塁へ投げる。そこでアウトにするが、江戸川には二塁へ進塁される。
「そーえい、そーえい! ナイスだ伊澄!!」
沸き立つベンチを無視するかのように、金条が立ち上がって叫ぶ。
「ワンアウト!! 残り二人しっかり抑えていきましょう!!」
少し眉毛を上げて驚きの意を見せる新田。
「(成長したな……)っしゃあ! もちろんだ!!」
投手自ら叫んで扇を盛り立てる。
「打ってけ、打ってけ! 里田!!」
三番バッター里田。上背はないが、パワーがあり、打率もいい。しかし大きなスイングは、緩急があり、キレのある新田のボールにはちょうどいい扇風機となり、三振に倒す。キャッチャー溝口が四番大坂に話しかける。
「大磨、あのキャッチャーは捕球苦手だから、例のヤツ、投げるなら1球目だぜ」
「おう。サンキュー」
「どんまいどんまい里田!! チャンスだチャンスだ大坂!!」
ベンチの盛り上がりが一段階上がった。それもそのはず、打席に立つのは、今大会で既に9打点をあげる白銀世代の怪物スラッガー、アーチストの大坂大磨である。
(弱点の無い投手はいない……とは言ったが、俺が知る限り白銀世代――のうちの三人。その三人から打つのは少々骨が折れる。一人は黒鉄大哉。何度か戦ったことがあるが、あれを打つのは苦難だ。この新田静もそのうちのひとり。スタミナ不足、打たれ弱いなどの明確な弱点こそあるが、一打席単位で勝負を見る限り、非常に優れた能力を持っている)
(どうせ低めでも持っていかれるのなら、確実に空振りを貰いに行くしかない。どうせ大坂さんが当てれば長打。江戸川さんは走らなくても生還可能だ。初球はナックルでいい。取りこぼしたって構わない)
ナックルを求める金条。新田は首を振る。
(危険だ。第一、捕球練習していないだろ?)
(大丈夫です。外したボールは見逃されます。だったら――)
首を振りかえした金条。ここばかりは強情だ。
(まあいいか……郷田さんならここで初球ストレート――確実に打たれるだろうし、まだこっちのほうが賢明か)
初球――人差し指と中指を折りたたんでその上にボールを乗せ、親指と薬指で支える。そして――投げた。
(うわ、マジで来やがった、例の奴!!)
初球見逃してストライク。振らなかった大坂。2球目のスライダーは隅っこにギリギリ入ってストライク。
(鶴とやってたときよりもスライダー増えてるよな……でも最後は)
ストレート――そう思って大坂がバットを振ったが、3球目は山なりを大きく描いてゆっくりとやってきた。カーブである。大坂は三振に倒れた。
「お、大坂大磨を、抑えた!!」
大坂の凄さを知る二年生たちが先に声を挙げた。古堂ら一年生は口を開けて驚いている。
「見ろ! これが新田静だぁ!!」
ショート田中が守備から戻ってくる際に叫ぶ。
「……大磨、どうしたんだ」
「さーせん……」
紅葉監督の声色はぴりっとしているが、大坂は相変わらず不抜けた声をしている。しかし、彼の眼光はなかなかに鋭く、新田をじっと見据えていた。
「次は絶対に打ってやるさ――」
二回表。クロ高の攻撃。先頭バッターは五番伊奈聖也。彼は思い返していた。秋江工業との練習試合。スライダーを投げる控え投手、奥田から2安打――しかし肝心な場面では打てず、打点は0。練習試合の日の夜に、大滝に言われたのは
――やっぱ、江戸川と当たるとちょっと厳しいか。今の打線だと。
という言葉。その言葉がまだ彼の中にひっかかっていた。緒戦の鶴高校との試合、白銀世代に数えられているわけでもない平田にでさえ一安打に押さえ込まれてしまっていた。
(これが暗黒世代って言われる所以なのかもしれねえ。ああ、そうだよ。クロ高は二年生がいなくなったら点も取れないようなチームだ……でもよ、俺らは俺らで一生懸命やってるんだよ!!)
伊奈が打席に立って叫んだ。
「お願いします!!」
(威勢のいいバッターは初球からガンガン降ってくるイメージが強いけど、溝口が言うにはこいつは普通に見ることもする……5番バッターというより、3番バッターに近いアベレージヒッターと言ったところか。打撃力が山口よりも劣るから5番に甘んじているといった印象)
江戸川が初球投げたのはカーブ。ど真ん中。バットを振りそうになる手を止める伊奈。
(真ん中かよ……でもしっかりカーブかかってて打ちづらそうだな)
しっかりと見た伊奈。溝口は彼の視線の動きをしっかりと見ていた。
(次は内角にストレート。球速差にやられて手は出せないはずだ)
溝口のサインに江戸川は頷き、ボールを握る。内角に速球を投げた。
(はやっ!!)
バットを降るが、完全にタイミングが遅れ、打球はファウルグラウンドへ。2ストライクと追い込まれる。
(次は下に外したフォーク。1球目でタイミングを合わせかけていたストレートの後だ。間違いなく振ってくる)
江戸川はそのサインに頷き、フォークを投げる。伊奈がバットをタイミングに合わせて振った。しかし、ボールは伸びずに最後に落ちていく。
(うっ、もう振っちまったら戻れねえ!!)
伊奈は咄嗟にバットから左手を放してバットの芯を下方向へと向ける。するとボールが芯に直撃し、伸びずに落ちていったボールがふわりと打ち上げられ、二塁ベースを越えていく。
(うおっしゃ!!)
走る伊奈。センターが前に詰めてボールを拾い上げ一塁へ送球したが、伊奈のほうが先にベースに到着した。そこから大声で叫び、喜びをダイレクトに伝える伊奈。
「すげえ伊奈!! 田中さんが打てなかったフォークボールを!!」
古堂が喜ぶ。決して田中をけなしているわけではないのだが、田中は苦笑いしてしょんぼりしていた。
「……おう……そうだよ。俺は打てませんでしたよどうせ……」
卑屈そうにしているが、あくまで表面上である。隣で新田が笑っている。田中はすぐにこうやって道化に走るところがあった。
「まあでも、一年生がこうして打てるってのはでかいぞ。金条、小林くらいで返せたらいいんだがな」
今宮がじっと見据えた金条の打席。ノーアウトなので無難に送りバント。1アウト二塁にしてチャンスを作る。
「翔馬! しっかりと、君のバッティングを見せてやろう」
山口がしっかりと拳を立てて小林を激励する。
「ああ。毎日お前のバッティング見てたからな。絶対に打ってやるぜ」
汗を拭く江戸川。気温は30度。秋とは言えない。
(ピンチだけど気にしなくていいよ。こいつが足が速いという印象はないし、この小林という男も、強肩くらいしか取り柄がないからな)
(目立った弱点のない本格派ピッチャー、江戸川。しかしまあ、えげつなく優れている能力もない。平均的な打撃力の方が案外打てたりしてな)
小林はこのチャンスに、すごく落ち着いた様子だった。初球のストレート。150kmくらいは出ている伸びるストレート。しかし、小林は、山口と共に毎日バッティングマシーンの速球を打ち返してきた。これくらいなら――
「うりゃ!!」
小林が打ち返した。引っ張った方向へと飛んでいった打球は一塁の頭を越える。
「こ、小林!!」
山口がベンチから叫んだ。そして走る小林。無我夢中だった。
(お、俺が江戸川からほんとに打っちまった!!)
一塁に間に合った小林。ライトが捕球した頃には、伊奈が三塁を蹴ってホームベースを狙う。
(下位打線で一点を、しかも前半にもぎ取る先制点――この一点の意味はでかい。何としてでも!!)
溝口がホームベースへの走塁を阻止しようと構えるが、まだ送球は来ていない。ライト志島の肩は、そこまで強くないらしい。伊奈が足からスライディングしてホームベースを踏む。先制点を決めたのだった。
スラッガー……ホームランバッターなどのパワーヒッターを指す。アーチストとほぼ同義
扇……内野陣(一・二・三塁・ホームベースを囲む守備位置)のこと。




