第152話「柔じゃない」
4回裏、下位打線を三者凡退で切り抜ける鷹戸。
「ナイスピだ鷹戸。気持ち切れてないな?」
「当たり前じゃないですか」
ぶっきらぼうに今宮からの言葉を受け取る鷹戸。
(相変わらずの無愛想な感じ。問題ねえ)
お互いの投手が点を取られはしたものの、何食わぬ顔で中盤戦へと入っていく。5回表、クロ高の攻撃だったが、ここも松下は無失点で切り抜ける。
「松下サンナイピ!!」
「調子いいじゃねえか!」
「ええんちゃうええんちゃう!」
「球走ってます!」
内野からの声援を右手一つで応える松下。
「2点もらったんだ。ふがいないピッチングはできねえな」
「それじゃ、野手はもっと打ってやろうじゃねえか」
バッティングの準備を始める岡田。4番の男に同調して強く頷く白銀世代の中島と浦部。
「鷹戸、落ち着いていこう。三打席目ともなれば、お前の球に慣れてくるはずだし、ここはコースを有効につくというよりかは、置きにはいかない走った球をどれだけ投げ込めるかが――」
「俺が気の抜けた球を投げたときはマウンドまで来てぶん殴りに来てくれ」
「……」
金条の言葉に、思ったよりも強気の鷹戸。おもわず時間が空いてしまう金条。
「わかった。信じるぞ」
(そういうことだ)
1番打者の中島に打順が戻ってくる。大きく息を吐いてバットを構える中島。鷹戸の鋭い目をじっと見つめている。
(こんなにいい球投げる投手……絶対に2点取られたくらいじゃへこたれてねえんだろうな……)
初球のストレートが、アウトコースに外れてボールになる。
(ってことは……ファーストストライクをこう……うまく打ち返されるのが、堪えるんじゃね?)
インローのストレートを綺麗にセンター返しする中島。ライナーが外野に飛んでいく。
「山口ッ!!」
「突っ込めェ!!」
芝と新田がベンチから叫ぶ。
(捕れるッ!?)
前にダッシュして打球との距離を一気に縮めていく。
――まさにボールが地に到達しかけたその瞬間。山口の左腕が地面に伸びる。
(入っ――)
「アウト!!」
「……し、っしゃあああ!!」
柄にもなく叫ぶ山口に、ベンチも一気に盛り上がる。
「うおおお!!」
「ナイスです山口さあん!!」
「ナイセンター!」
「……さすがっすね」
ライト小林、レフト佐々木もそれぞれ讃える。
「ちっ、いい守備するじゃねえか」
「元々クロ高の外野守備はレベル高いってミーティングで言っとったじゃん」
「内野もやけどな」
三番浦部、四番岡田は凡退して帰ってきた中島の背中をぽんぽんと叩く。
しかし、二番の村松が甘く入ったストレートをうまく流して打ち返し、出塁した。
(想定内……このキャッチャーは、元々いいバッターだった)
金条も鷹戸もそれぞれ冷静だった。このまま三番浦部を迎える。
(打ってやんよ……さっきは出し抜かれたからな)
そんな鷹戸のストレートを打ち返す浦部。強烈な打球がライナーとなって飛んでいく。
「んなッ!?」
しかし、打球は今宮の正面。驚く間もない間に、今宮はライナーを捌き、浦部をアウトにした。
「ナイスすぎる……」
「……」
芝は思わず声を漏らしてしまう。ベンチの古堂は、あまりのナイスプレーに言葉を失う。
(っし……岡田もこの調子で行けば……)
立ち上がると同時にそう声をかけようとしていた金条の横から、大きな威圧を感じ取る――
「……すぅ」
(……行けるだろうか……?)
思わず金条の頭に疑念がよぎる。それは、あくまで、岡田聖也が危険なバッターであると感じ取ったに過ぎない。本日既に二安打。数字にも表れている。しかし、金条が感じた威圧、差し詰め彼が放っていた威圧は、また別のものであった。
(こいつはやばい……アウトコースのボール球で様子見だ)
鷹戸は金条のリードに不満そうな顔をしながらも、しっかりと投げ込む。続いて高めの釣り玉――二球とも見逃し、ノーツ―のカウントとなる。
「勝負する気あるのか?」
(できればしたくない……とは、試合中に言いたくはない――こんだけ外してんだ。インコースに投げ込んで手が出るわけねえだろ)
インコースにストレートを要求。鷹戸は頷く。
(全力で……ねじ伏せるッ!!)
鷹戸が満を持して放ったストレート――岡田はしっかりとミートした。
「あっ……ありがとーございまーす」
バットの音を聞いた瞬間に、村松が走路上でつぶやいた。
「……は、入ったッ……」
ベンチに一瞬の静寂――岡田聖也のツーランホームランで、一気に突き放す桐陽学園。
「っしゃおらああああ」
ベースを駆け回りながら叫ぶ岡田。
「はっ……手首を故障してたやつの打球じゃねえじゃろあれ」
浦部はベンチにて悔しそうにつぶやく。
「また四番の座が遠のいたな、浦部」
中島はそんな浦部の肩をとんとんと叩きながら慰める。
「ま、これで正真正銘、復活したってところなんじゃない……聖也も」
「あいつの打力には……本当に助けられる」
武月と松下も強く頷き、戻ってきた村松と岡田を迎え入れた。
「タイムお願いします」
金条はすかさずタイムを取る。
「……鷹戸、あんなの打てる方がおかしいんだ、気にする場面じゃ」
「勝たなきゃならんのだ。少なくともあと一回以上は抑えなければいけないというのに、気にしてなどいられるか」
(珍しい……鷹戸の口数が増えてる……あせってるんじゃあ)
「だな! お前はそれぐらい強気で行け!」
心配する金条をよそに、田中が軽い感じてショートから叫ぶ。
「うすッ」
鷹戸は背中で応える。
(もう勝ち越したってことは……俺打たなくてもいいじゃん)
この打席はどこか気分の乗らない塚岸。そして、燃える鷹戸を前にヒットなど出るわけなく、三振に倒れた。
「まだ五回だろ! 全員あと一巡は回ってくるんだ! どっかで打てる」
今宮がベンチに戻ってきて全員を集めて言う。
「相手は油断してる。泥臭く行こう。ランナーを貯め、小技どんどん使ってランナーを進め、一本を出せようが出せまいが着実に点を返すぞ」
「はい!」
全員の意思統一をしたところで、大滝だけあとでこっそりと呼び出す今宮。
「大滝」
「なんすか?」
「お前は、チャンスだったら迷わず狙いに行け」
「えっ……でも俺今日一本も……」
「バカ野郎。だからって勝負に行かねえ四番がどこにいる。お前はもう……お前が思ってるほど弱くねえよ。ここで白銀世代最速叩いて……進一さん超えろよ」
6回表が始まる――先頭打者の鷹戸は、二球連続で空振りしてしまうものの、高めに入ったストレートをうまく打ち返す。
(おっ……)
サードの頭の裏に打球が落ちる形でヒットとなる。
「どんまい松下サン。どうってことないっすよ」
「……だな」
続く今宮――バントの体制を取っている。
(させたらええ)
松下はど真ん中に力一杯のストレートを投げる――普通なら、その球威に押し負けて打球は打ちあがるところ。しかし、打者はクロ高一のバント職人――今宮陽兵である。
転がる打球。松下は咄嗟に前に走り出す。
(こんなにええようにされたら堪らんな、塁治!)
武月の方にアイコンタクトを送る。しかし、その一塁手は打球めがけてチャージしている真っ最中だった。
「俺が行く!」
叫ぶ武月。咄嗟にファーストカバーへと進路を変更する松下。しかし、今宮はそんな彼の5歩先を走っていた。
「セーフ!」
「ッ!!」
バントによる内野安打に驚きを隠せない桐陽学園の面々。
「チッ……なんつー俊足だ」
「まあええじゃろ。ゲッツーとりゃあええ」
内野陣が松下の背中を押す。ノーアウト1.2塁の状況。バッターは小林。
「そうだな……」
不安そうな顔をしながらも、思いっきりストレートを投げ込む松下。ど真ん中の球にバットを横に向けて当てる小林。
「ぐっ!」
球威に負けて打球は少し浮きあがる。また前に走り出す松下。しかし、打球はグラウンドの上に落ちる。
(3つは……無理かッ!)
思ったより弱弱しく跳ねる球に松下も手を焼き、結局ファーストベースに投げるしか選択肢は無かった。
「アウト!」
小林こそアウトになるものの、鷹戸と今宮を見事進塁させ、1アウト2.3塁の状況を作り上げた。
「これでわかったろ。ウチの強さがよ」
田中が打席に入って呟く。
「そうっすね……。でも、松下サンからみんな簡単に打てるとは思わないでほしいッス」
村松は外野に前進守備を命じる。外野全員が前に出てくる。
「2点か0点か。どっちが上か勝負するいい機会じゃないですか?」
村松の挑発に、田中は笑う。
「ははっ、いかにも強豪らしい勝負の挑み方じゃね?」
松下のストレートは低めに――豪快に空振りする田中。
(心理的に長打を狙わせる――三振に取った方がこっちとしては圧倒的に有利になるもんでね)
村松は、アウトローに構える。サインは高速シンカー。
(初見で合わせるバッターは、まずいない)
この試合、松下は変化球をほとんど投げていない。ましてやシンカーはこの試合初めてである。田中は引っかけてファウルにするしかなかった。
(あぶねえ……あわやフェアゾーンに転がってサードゴロだ)
(一気に追い込んだ。ここでエンドランやらを仕掛けてくることも予想して――高く外したところにスローボール)
松下が投げるスローボール。村松のサイン通りに投げ込まれる。
(うおっ……スローボール――エンドランが出てたら終わってたな)
ここはしっかりと見逃す田中。1ボール2ストライクとなる。
そしてストレートが低めに投げ込まれる。田中は打ち返す――が、浅く打ちあがる。
「センター!」
しかし、風で拭き戻される打球。センターとショートの間に打球が落ちる。
「ストップ!」
出ようとした鷹戸を、ランナーコーチが止める――すぐさまホームに送球が帰ってきていた。
「ふぅ……」
鬼の形相で三塁を睨みつける村松。センター中島も冷や汗をぬぐいながらホームを見ている。
「にゃろう……点をやらねえって気概がみられるぜ」
一塁ベース上で田中は悔しそうにつぶやいた。
(田中さんとの勝負には……打点を挙げさせなかったって言う点においては松下サンの勝利。でも、次につなげられたっていう所だけ見ると、負けたな)
「つなげてもらったんだろ。行ってこい」
ネクストから山口に背中を押され、大滝は打席へと向かう。




