第151話「最速投手」
鷹戸の初球を――桐陽学園の4番、岡田は勢い良く打ち返す。
「ぬん!」
三遊間を強く跳ねる打球。大滝と田中は全く反応ができない。
(打球速すぎだろ……)
レフト佐々木はそれでもしっかりとそらさずに受け止める。シングルヒットで出塁した岡田。
続く5番、塚岸が打席に立つ。
(こいつも暗黒世代か……なかなかいいピッチャーだと見てるが……中島さんや浦部さんで簡単に打てるピッチャーなんか、大して面白くもないか……)
鷹戸の球に、簡単に三振した塚岸。監督も頭を抱えて苦笑いしている。
(塚岸のバカのむらっけは、何とかならんのか全く……)
6番松下をセンターフライにして、1回を1失点で凌ぐ黒光高校。二回に入り、打席には大滝真司が入る。
(大滝真司……調べた限りじゃ、パワーヒッターとしては間違いなく白銀世代レベル。だが、ここぞという場面を任せられるほどではない印象だな)
捕手の村松は、警戒こそするものの、低めにストレートのサインを送るだけで松下を信用しているようだった。
大滝は、じっくりと球数を稼ぎつつ、タイミングを取っていく。
6球目、アウトローに来た球を、少し詰まらせる大滝。
(何でアウトローの球がこんなに詰まるんだ?)
浅いセンターフライになるが、しっかりとセンター中島が前に出てきてキャッチし、アウトになる。
「ナイスピやぞ松下!」
続く山口、伊奈もタイミングを合わせられずに三振に倒れ、2回表を簡単に終えてしまう。その裏、下位打線を相手にする鷹戸。先頭打者の武月がサード大滝のエラーで出塁するものの、守備に助けられた部分もあり、何とか無失点で切り抜けた。
「ナイスピッチングだぜ鷹戸!」
1番中島の打球を先ほど華麗にさばいたショート田中が鷹戸の背中を軽く叩いた。
「ありがとうございます(クソッ、二度も綺麗にミートされちまってる)」
田中の言葉を素直に受け止めながらも、中島のバッティングを少し警戒しているようだった。
しかし、3回の表、クロ高の下位打線三人は、鷹戸も含め、簡単に抑え込まれてしまう。
「鷹戸って、なんだかんだで打つイメージがあったよな……」
「三振してるイメージないよね」
大滝や金条など、レギュラーメンバーも動揺しているようだった。
対して、その裏の桐陽学園は、二番からの好打順。打席に立つ村松。
(ピッチャーの球は重いが、キャッチャーの肩は強くない。これは、意外とセーフティとか有効なんじゃない?)
鷹戸のダウンジャイロをセーフティバントで転がす村松。サード大滝とキャッチャー金条、そしてピッチャーの鷹戸のちょうど中央にボールがぴたりと止まる。
しかし、ここで一番早く飛び出したのは、キャッチャーの金条だった。
(ただでさえ肩が弱い俺が、こんな練習怠ってるわけないだろ!!)
村松のセーフティが意表をついたのは確かだった。しかし、金条の練習量が反応を速めていた。
「うちの正捕手舐めすぎたな!」
ファースト伊奈は、走ってくる村松の目を見ながら、金条からの送球を受け取る。
「アウト!」
先頭の村松はアウトにした。続いて、三番の浦部が打席に立つ。
「丈一さん……」
「わかっとる。このチームは結構守備が堅いんや」
警戒して打席に立つ浦部。初球のストレートはアウトコースの球。見逃す。
(次はインコースにスプリット投げてくれたらおっけー!)
少し甘い所に入るが、それが結果オーライし、空振りを取る。早くも2ストライクと追い込む。
「いいね……こいつの名前教えてや」
浦部はにやりと笑った。
「鷹戸……鷹戸遥斗。黒光で一番速いストレートを投げる投手です」
金条はにやりと笑って返した。高めに浮き上がるジャイロボールが、浦部のバットの上を通過した。
「ストライークッ! アウト!」
「……しゃあ!」
鷹戸が珍しく叫ぶ。それにつられてクロ高の全員が盛り上がる。
「新田さんがいなくても……クロ高は強いぞ!」
「その通りだ!」
(クロ高……こんなにいい暗黒世代の投手隠し持っていやがったとは)
浦部の三振を目の当たりにし、4番の岡田も少し動揺している。――しかし、彼は軟ではない。
鷹戸が投げた初球、アウトコースのストレートをまっすぐセンター返しする。
(んな簡単にッ!)
山口が後退するが、打球はフェンスに強く跳ねる。岡田がツーベースヒットで出塁した。
「……さすがや……岡田先輩……すげえ」
塚岸がテンションを上げている。その傍らで、エースである松下が、塚岸の背中を押した。
「あれぐらい打たへんと、お前らしくねえんじゃねえの」
「……そうっすね……」
(本当に、岡田が夏に間に合いそうで良かった……)
そして、次の打席、低めに外れるスプリットを、流して打ち返す塚岸。サードの右手側であるライン際を強く打球が跳ねる。
(捕れないッ!)
フェアゾーンを超えてからラインを割った打球。ファウルグラウンドを転がる打球を追うレフト佐々木。
(岡田さんには還られるッ!)
すかさずショート田中に返球する。既に二塁を飛び出そうとしていた塚岸への良い牽制となった。
(二塁で止めた……)
しかし、結果はタイムリーツーベースヒット。塚岸は打点を挙げる。
「うっし、二点差ァ!」
「順調順調ぉ!!」
岡田とハイタッチする松下と武月。
「少しは楽になったか? お前ら」
「ったりめーだ。2点もらって勝てないエースはエースじゃねえ」
二点目を取られるも、鷹戸は次を打ち取り、次の回、先頭打者は今宮から。
(最速投手っつっても、ストレートで来るってだいたいわかんだよ!)
初球セーフティバントを試みる今宮。サード塚岸、キャッチャー、村松、ピッチャーの松下の三人は完全に意表を突かれ、反応が遅れていた。
(吉乃の肩なら……)
(球平なら捌くの早そうだし……)
(松下サンどーせ捕るっしょ)
三人がそれぞれ見合い、脚が一瞬止まる。その間にも今宮は俊足を生かして一塁へ駆け上がる。
「サード!!」
松下の叫び声。塚岸は勝手に身体が反応をしていた。
(間に合わねえよッ!)
捕ってから投げるも、セーフ――見事内野安打を決める今宮。
「っしゃあ!!」
見事出塁する今宮。
(ストレート一本調子じゃ、さすがにこうなるか……かと言って変化球を投げようものなら盗塁を狙われそうだし……)
一球外して様子を見る桐陽バッテリー。二番小林はバントの構えをしながら揺さぶる上に、今宮のリードも大きい。
(出塁させたくないバッターでしたね……まあ、こういうバッターほど、自分がどう出塁するか考えてるもんですけどね)
そして、小林は甘く入ったストレートをなんとかバントして転がし、今宮を二塁に送る。
「ナイスバントです!」
「さすが二番バッター!」
大滝と伊奈がベンチに戻ってくる小林に右手を差し出し、ハイタッチを交わす。
「ナイスバン……」
「速い球練習しといてよかったね……」
「まあ、マシンと生きた球は全然違うから、翔馬はよくやったよ」
山口にもそういわれ、小林は少し笑う。
「でも、難しいのはこっからだぞ。今宮の出塁はまぐれみたいなもんだ。こっからクリーンナップが打ってくれるか――」
小林がそう言いながら振り返った矢先、鋭い打球が右中間に飛ぶ。
「センター!」
村松が叫ぶ。打ったのは三番田中――外角のストレートを少し流すようにして打ち返した打球が右中間に揚がっていた。
(うまいとこに落ちるぞッ!)
ライトとセンターが追いつきかけていた中間――ちょうど真ん中に打球が落ちた。それを確認した今宮は、すぐにスタートを切り、三塁も回る。
(ちっ、やられたな)
今宮がホームに還り、一点を返すクロ高。松下は目を瞑る。
(やはり……クロ高。黒鉄から点を取るチームというだけのことはある。侮れん)
「チャンスだぞ! 続くぞ!!」
田中が二塁ベース上から叫ぶ。大滝は強く頷いて打席に立つ。
「……三番の……田中さんが打ったから打てると思ってるでしょ?」
「?」
村松から話しかけられ、訝しく一瞥する大滝。
「松下サンはそんなに柔ちゃうで」
ストレートが内角に真っすぐ飛んでくる。手が出せない大滝。
(は、はええ……黒鉄さんとか江戸川さんとか……比じゃねえ)
「これが……桐陽学園の誇る、白銀世代……ひいては現役高校球児最速投手、松下巧介サンの直球や」
大滝だけでなく、山口まで凡退させられる。
「さ、1点与えてしまったぜ、松下」
「なあに……気にするな」
岡田に言われるも、松下は平然としている。そう、この1点のダメージなど、微塵にも感じていないのであった。




