第150話「桐陽学園」
「合同合宿最終日や……みんな疲れたやろ……」
この言葉に、部員たちの顔つきはピリッと変わる。そう、桐陽学園のミーティングが始まったのである。
「初日の知廉和歌山との試合は――2-1で負けとるんか。松下が投げとらんとは言え、不甲斐ない試合やったな」
凄んだ表情で部員たちに威圧をかける監督――尾月孝仁。ベテラン監督である。
「二日目の開盟と知廉学園のダブルヘッダーは、開盟が4-2で辛勝。知廉学園が2-2で引き分けや」
この言葉に反応をするのは、2年生の塚岸だった。
「監督……4-2で辛勝ってどういうことですか?」
「4番の岡田が打たへんかったら負けてたやないか」
「……確かに……」
「3日目空けて、4日目の龍宮戦は3-0で勝利。鷲尾が投げとらんかったから、ここは勝って当然やろ。んで、昨日投げた武月や、疲れはないか?」
「はい、ありません」
監督に言われ、返事をするこの男は、武月塁治。左投げのリリーフであるうえに、ファーストで試合に出ることもある。
「ほんなら今日は松下先発。武月も途中登板あるかもしれへんぞ」
「はい!」「はい」
監督の言葉に大声で返事をするのは、松下巧介。名実ともに桐陽のエースである男――157km/hのストレートを投げる白銀世代である。
「んじゃ、オーダー発表や。ずっと1番は塚岸やったが、昨日のタイムリーを評価して今日は5番に置く。んで、二番の中島が1番や」
「はい!」
1番センター、中島勇吾。打率と俊足が持ち味の外野手である。
「二番には、バントが確実にできるやつを置きたい。6番だった村松、お前や」
「はい」
2番キャッチャー、村松吉乃。暗黒世代のキャッチャーである。
「三番は以前通り浦部」
「はい!(……昨日ヒット打っとらんかったらどうじゃったやろな、おっかないわ)」
3番ショート、浦部丈一。堅打堅守が持ち味のクリーンナップである。
「んで、四番には岡田」
「はい」
4番レフト、岡田聖也。ケガから復帰した4番バッターである。
「五番は、さっきも言ったように塚岸や」
「はい!!」
5番サード、塚岸球平。先日のタイムリーが評価され、クリーンナップに入った暗黒世代のサードである。
「6番には松下」
「はい」
6番ピッチャー、松下巧介。元4番だが、岡田の復帰と共に6番に落ち着いている。
「7番は武月」
「はい!(昨日打てなかったからな……ピッチングは良かっただけましだけど)」
7番ファースト、武月塁治。以前は5番だったが、塚岸と松下が入ったことにより打順が下がった。
「8番は原、9番は工藤」
「はい!(俺らだけ毎度雑!)」
「うっす!」
8番ライト、原来佳。9番セカンド、工藤駆。以上が、本日の桐陽学園のスターティングメンバ―である。
「昨日、黒光高校の新田が膝を故障したらしく、先発は鷹戸だと考えられる。ストレートがジャイロ回転でポップするタイプの珍しい投手だ」
「テンション上がるな……」
中島が岡田の肩を叩くが、岡田はつらそうな表情をしている。
(いや……しょうみ怖いっしょ)
「とりあえず、グラウンドでるぞ。聖也と俺が出ていないとはいえ、俺らは近畿で結果出してるから、向こうも警戒してくると思うし、気は抜けない。」
松下が締めたところで、全員が立ち上がった。
「さあ、行くぞ」
反対側ベンチの、クロ高も全員が立ち上がり、グラウンドに入っていく。
「桐陽……強そうだなあ」
山口がふと呟く。
「珍しいっすね、山口さんがそんなこと言うの」
佐々木が彼の言葉に反応した。
「まあね。だって、全国トップレベルだし……一応鉄日想定なんだから、強いに決まってるでしょ」
「そうですよね……っていうか、黒鉄さんより速い球投げるんですよね、松下さんって」
「そうだぜー。まあ、タイミング取れたら速い球は打つの難しくないだろお前なら」
「えっ」
田中に意外な言葉を言われ、あたふたする佐々木。
(ちっとも打てる予感しないなあ)
先発の鷹戸はいつになく好調の様子。昨晩の不安が嘘のように、球筋のキレが群を抜いて良かった。
「ナイスボールだぜ、鷹戸」
「……」
金条の言葉には無言だが、彼なりに手応えを感じているらしく、特に金条からとやかく言うつもりなどなかった。
先攻 黒光高校 オーダー
1番セカンド、今宮陽兵。2番ライト、小林翔馬。3番ショート、田中遊。4番サード、大滝真司。5番センター、山口寿。6番ファースト、伊奈聖也。7番キャッチャー、金条春利。8番レフト、佐々木隆。9番ピッチャー、鷹戸遥斗。
後攻 桐陽学園 オーダー
1番センター、中島勇吾。2番キャッチャー、村松吉乃。3番ショート、浦部丈一。4番レフト、岡田聖也。5番サード、塚岸球平。6番ピッチャー、松下巧介。7番ファースト、武月塁治。8番ライト、原来佳。9番セカンド、工藤駆。
先発の松下巧介がマウンドに上がる。
「はぁ……村松よ。俺は打たれないか心配だ」
「だ、か、ら……松下サンはどうしてそんなに不安なんスか? 今日だって145下回る球投げてないんですから、もっと自信持って」
「あ、ああ……」
先頭打者の今宮が打席に立つ。
(こいつのストレートは速い。黒鉄のストレート並みのタイミングで行ってもいいだろ!)
初球のアウトコースのストレートをまず見る。すさまじい球速でキャッチャーミットに真っすぐ放り込まれる球。
(想像してるよりずっと早い……)
「今宮さん、びっくりしてますね」
ベンチから古堂が心配そうな声をかけたのを見て、新田は笑う。左手には松葉づえがある。
「当たり前だ。普段から見慣れてる鷹戸の球でさえ150行くか行かないかくらい。まあ、練習だから145ちょいくらいだろ。対して松下は試合になれば150下回る球はそうそう投げてくれねえ。普段から150オーバーを見てない俺らからすると、ちょっと厳しいんじゃないか?」
新田の言う通り、追い込まれた後の三球目を何とか当てたは良いものの、ぼてぼての当たりになり、ピッチャーゴロに倒れる今宮。
(しっかりとミート意識して振ることができなかった……)
続く小林、田中も同様に、当てることは何とかできても、しっかり振り切れない、芯に当たらないと言った感じで内野ゴロに倒れ、三者凡退した。
「どうだ、お前ら。高校生最速は?」
「……むっちゃくちゃ速いっす」
今宮は高笑いしながら答えた。
(そうか……松下さんって、白銀世代最速の投手じゃん。何この人たちは……平然とからぶらずに前に当ててんだ?)
佐々木は上位打線三人の確実に上がっている打撃力に震撼していた。
「佐々木、どうした?」
伊奈に言われ。慌てる佐々木。
「いや、何でもねえ。今宮さん強気だなあって思って」
「当たり前だ。初回から意気消沈してどうする。俺らだって打たないとな」
伊奈の言葉もその通りだな、と思いつつ、佐々木はグラブを着け、小林に話しかける。
「ああ、佐々木は当てられるっしょ。ストレート強いし。あの感じだと変化球全然投げてこなさそうだから……」
「そうっすかね……」
小林に言われ、佐々木は一抹の不安を覚えながらも守備に向かった。
打席には中島勇吾。白銀世代のセンターである。マウンドには暗黒世代のピッチャー、鷹戸遥斗。
「さあ来いよ。ジャイロボールとやら見たいんだ」
初球、投げたのはスプリット。打ち気満々だった中島のバットの下を行くボール。ファーストストライクを取る。
(からぶった……っつうか、変化球かよ、やらしいな)
続くツーシーム。これを打ち返すが、沈む球――芯は外す。しかし、真っすぐ飛んでいく球。鷹戸の足元を強く跳ねた。
「!?」
すぐさま後ろを振り返った鷹戸。滑り込む田中のグラブを避けるように跳ねる打球。
「よしっ……ヒットか。(あのショートが半歩右だったらショートゴロか)」
センター前ヒットで出塁する中島を送りバントで悠々と進塁させる村松。
(鷹戸のストレートを初球からバントとは……やるな)
金条は、同世代のキャッチャーを見ている。ベンチに戻っていく彼は、そのまま村松の球を受けに行った。
(次だ……)
三番浦部が左打席に立つ。
(あっ、ジャイロボーラ―って秀英館にもおったよなあ……住友じゃったっけ)
そんなことを考えながら、初球を打ち返す浦部。一塁線を切れてファウルになる。
(引っ張りかよ……)
伊奈は構える腰を一段さらに下げた。
(ファースト警戒したな……セカンドは言わずもがな名手、今宮やし)
二球目のスプリットは見逃してボール。三球目のアウトコースのストレートも見逃して、2ストライク1ボールになる。
(次は、インローにツーシームだ。外してもいいぐらいの気持ちで)
鷹戸にサインを送る金条。鷹戸の球は要求通りの所へ――しかし、浦部はこれを打ち返す。
(インローにツーシーム、絶好球!)
セカンド今宮の頭上を越えた打球。右中間へ飛んでいく打球。ライト小林は後ろにそらすことなく止めるが、二塁ランナー中島は三塁を蹴ってホームを狙っている。
(マジかよ……)
小林はホームに送球――伝家の宝刀とも言えるレーザービームを放った。
(ドンピシャッ!!)
金条が捕球するが、中島は滑り込んだ。
「っしッ!!」
「セーフッ!!」
中島がホームインし、先制点をもぎ取る桐陽学園。早速タイムを取る金条。
「鷹戸」
「大丈夫だ。鉄日――四方にヒットを打たれ、盗塁され、地村にヒットを打たれたと思えば」
(仮想鉄日高校をしてるのはこいつだけじゃなかったか)
しかし、4番岡田が打席に立ち、威圧を与える。
(でも、この人は浦部さんより怖いバッターだぞ……)
金条の構える手にも力が入る。ローにしっかりとストレートを鷹戸は投げ込んだ――




