第146話「作り上げたモノ」
ざわつく両ベンチ。
「新田さん!」
「新田ァ!!」
金条がすかさずタイムを取ってマウンドに駆け寄る。今宮、田中、大滝、伊奈も続いて続々やってくる。
「どこですか?」
「……痛くねえよ、できるッ、投げれるッ」
金条の問に対し、強い言葉を返す新田。しかし、明らかに冷や汗をかいており、大丈夫だとはとても言えなかった。
「……ダメに決まってんだろ、どこがいてえんだ?」
今宮に問われても、新田は首を横に振る。
「とりあえず運び出すぞ……小泉ちゃん! 救急車頼む!」
「は、はい!」
田中に言われ、小泉が携帯電話を取り出す。
「……監督、どうすれば?」
指示を待つしかないベンチメンバーたち。
(新田のためにも……ここは試合をいったん中断して完全に病院に連れていくのが良いか……?)
絹田監督が判断を下そうとした瞬間、痛い所をどんなに問われても答えなかった新田が口を開いた。
「……監督、試合の中断だけは絶対にやめてください。俺だけのチーム、俺だけの試合じゃないのに……俺だけの都合で終わらせるなんて、絶対にダメですからね……」
「ケガしたやつが言ってんじゃねえ! とっとと行くぞ」
田中と今宮から新田の肩をうけつぐ芝と坂本。
「どこがいてえんだ?」
「……」
芝らの問にも全く応えようとしない新田。
(歩くのもままならねえくせに……崩れた瞬間だって、膝抱え込むの我慢できないくらいの激痛が襲っていたくせに……んでそんなに強がるんだよ)
今宮は新田を見ながら思っていた。そして、新田の故障の可能性に気づけなかった……気づきたくないと思っていた自分を責めた。
「すみません、少しお時間をください」
絹田監督が相手チームの部長に話を着けている間、鷹戸をマウンドの中心に立たせ、円になるレギュラー陣。ベンチメンバーも、新田を無事救急車に乗せ、戻ってきていたところだった。
「新田の奴……膝の軽い痛みをずっと庇っていたらしい……」
伊東が呟く。古堂と小豆は驚いていた。
(痛みを抱えながら、あのピッチングを……?)
「ほんとにバカ野郎だ」
伊東が珍しく落ち込んだ表情を見せるものだから、思わずベンチも盛り下がっていた。
絹田監督が新田に同行したため、ベンチには監督不在――指揮は今宮が執ることとなった。
「鷹戸、お前の球質に簡単に合わせる奴はいねえ。ましてや新田の後だ。あいつの作ったもん、巧く使って抑えていこう」
(新田さんのつくったもの……)
レギュラー陣にとっては、いい意味で緊張感をもたらしていた。新田の抜けた穴、そして――彼の封殺によって呼び込んだ流れを、決して渡さないという強い思いを持っていた。
(どぅりゃッ!!)
鷹戸の球に、二番の内山田はまったくタイミングが合わず、三振に倒れる。これで3アウトとなり、6回を終えた。
「……これで勝ったら、新田が故障しなければ……ってどっかの誰かさんに文句言われるんだろうな」
「まあ、そのためには打者が打たなきゃいけないんだ。俺たちの仕事をしよう」
またしても悪態をつく知念に、堤は苦笑いしながら言った。
「ま、下位打線程度抑えられずに知廉のエースはやってられないから……」
知念の宣言通り、下位打線を抑えきり、7回表を無得点で終えるクロ高。この試合初打席の鷹戸も、悔しそうな表情をにじませていた。
「……ベンチから見ていた球とは、全然違いますね」
「……違う、と一言で言っても、黒鉄みたいにめちゃくちゃノビを感じるとか、コドーみたいに変な曲がり方してることに気付くとかじゃなくて、シンプルにパフォーマンスが上がってるタイプの“違う”投手だ」
鷹戸の言葉に、今宮が詳しい説明をした。
「それより、クリーンナップだ。新田さんの球に一打席目から当てれる人たちばっかり。こころして掛かろう」
金条が鷹戸の気持ちをピッチングに向けさせた。
「いけー、おせー、ち、れ、ん!!」
知廉高校のベンチが大声になる。新田の故障に対して、少しなりとも言いようのないうしろめたさを感じつつも、チームの勝利のために大声を出す。そんな自分のチーム事情を察しているうえで、井崎は打席に立って、鷹戸と金条に話しかける。
「俺は容赦ができない男でな」
「……ってことは、新田さんに対する負けを認めてるってことですよね」
「そういうことだ」
金条の煽りの言葉に対し、井崎は何も気に留めることなく、鷹戸のストレートを打ち返す。ライト側に引っ張るが、ファウルになる。
(鷹戸の球威ある球を……初球からあんなに引っ張って打ち返したか)
「……わりぃけど……速いだけの球なら、いくらでも見てきてるんだぜ、俺たちは」
(……くそっ、ならこれでどうだ!?)
高く浮き上がるジャイロボールを投げさせる金条。鷹戸も思い切って投げるが、予想以上に浮き上がる球。甘い所へと入り込んでいく。
(正直言って……このチーム、全国で通用するのは新田静と今宮陽兵だけだろう。こんなチームに4点も取られていたこと、俺たちは恥ずかしく思うべきだ)
井崎は猛スピードで塁間を駆け回っていく。ライトを大きく超えた打球は、フェンスに当たって跳ね返る。
「くっ!」
小林が拾う。井崎は二塁を狙っている。
(舐めやがってッ!!)
小林が、送球をしようと振り返るころには、井崎は二塁に到達していた。
(サード大滝の守備はここぞという場面で微妙――守備が一流だったら、普通に県外でも暴れている選手だったろうに……)
井崎は二塁を蹴った。スピードを緩めることなく三塁を狙う。小林の送球が強肩から放たれる――それでも少し逸れた送球を田中がカバーするしかなかった。
「セーフ!」
「わりぃ! 逸らした!!」
「気にすんな!」
セカンド今宮の大声。井崎がスリーベースヒットで出塁した。
「言ってるだろ……容赦できねえって……」
井崎は眼鏡をかけなおして呟く。大滝は彼を睨みながら、思い当たるところがあった。
(……俺が守備下手なの身抜かれてた……いつもは小林さんも山口さんも佐々木も……すげえ良い球を俺の手元に投げてくれるからいいけど)
大滝は初めて気づいた。自分がいかに外野手に、チームメイトに助けられていたかを。
(なのに俺は守備でミスばっかりしちまって……悔しい)
悔しさをにじませる顔を、井崎は読み取ったのか、これ以上は何も言わなかった。
(大滝真司。あのスリーランホームランは、俺や凛太郎でさえちょっとびっくりしたぐらいだ。お前も、磨けばいいもん持ってる。こいつの場合、まずはそれに気づけるかどうかだな)
続く大笛が打席に立つ。彼の放つ大きな威圧感に、動揺に目で威圧していた鷹戸でさえも、少したじろぐ。
(新田さんは、こんな化け物じみたオーラの人と、二打席も対決してたのか)
しかし、そんな威圧を感じていたのは、鷹戸だけでは無かった。先の打席でも大笛を見ていた今宮らでさえ、彼の雰囲気の変化を感じていた。
(静がいねえだけでこんなに違うのか!?)
数々の強打者と対峙してきた田中や今宮らでさえ、それを感じとったと言うこと、それはつまり、この状況が特異であると気づかされていたのであった。
エースがいない、監督もいない、ベンチにすら。彼らが三年生になって初めて感じたこの重み――それは、試合に出ている者、ベンチにいるもの、与える影響はさまざまであった。
鷹戸が投げたストレート。打ち返す大笛――三塁線を強く跳ねる打球。大滝は一歩も動けない。
「ファウル!」
(ちっ、タイミングが少し早すぎたみたいだ)
大笛は首の関節を鳴らしながら、バットを構え直す。
(初球から鷹戸の球にタイミングを合わせている……まずい、スプリット低めに外そう)
金条のサイン。鷹戸も頷く。しかし――
「!!」
(抜けた!)
(甘い!)
鷹戸の抜け球――甘く入ったその球を、大笛は見逃さない。
「どうりゃああああ!!」
レフト方向に強く引っ張った打球――レフトスタンド深い所まで入っていった打球を、ベンチ全員が見上げた。
「ちっ、凛太郎のバカ。俺がスリーベースヒット打とうがシングルヒットだろうが、こうなるなら走らなかったのに」
「ふん、アタルのあんなバッティングを見せられてしまっては、俺も打たざるをえないからな」
一周し終えた大笛は、井崎とハイタッチを交わす。
「あと3点や。多分いける」
ベンチから秋島が嶋の肩を押した。
「嶋さん、頼んます!」
「嶋、続け!」
相田と内山田にもそういわれ、嶋は笑った。
(んー、井崎と大笛が派手なバッターな分、僕はどうしても五番として渋い役回りをせざるを得ないんだよね。仕方ないけど)
鷹戸の息が早くも上がっている。彼の精神から来る疲労なのか、定かではない。
「……鷹戸、ここ抑えたら勝機は十分ある。監督もいねえことだし、伸び伸びやろうぜ」
「……はい」
今宮に言われ、鷹戸は頷く。しかし、彼の中では、強い意志が芽生えていた。
(白銀世代に一方的にボコられて……もう悔しさしか沸いてこねえ!)
力の強いストレートで攻めるが、嶋は巧いこと流してカットしていく。
(あー、集中力使うわ。三振しそう)
とは言いつつも、上がる球、落ちる球の両方に対応してくるあたり、さすがの白銀世代と言える。結局、フォアボールで出塁を果たす嶋。ベンチからも声援が飛ぶ。
「嶋渋すぎィ!」
「ナイスゥー」
そんな様子を見て、鷹戸は呟く。
「クソッ……こんなに一方的にやられて、黙ってられるかッ!!」
悔しさが、鷹戸を一際集中させていた――後ろ向きなムードが漂うクロ高の中で、彼だけが唯一、前を見据えているのだった。




