第145話「一人じゃない」
クロ高VS知廉学園の試合も、6回まで来ていた。先攻のクロ高は初回に1点を取ったきり、知念、堤の白銀バッテリーに翻弄されているものの、後攻の知廉打線を、新田がノーヒットノーランで抑えているという状況であった。
「新田が踏ん張ってる……っつうか、今までで一番いいピッチングしてる。ずっとあいつを見てきた俺たちが、打撃でもっと支援してやらなくてどうする!!」
今宮が、小林と田中を集めて叫んだ。
「俺たち上位打線でチャンスを作る。大滝、山口……お前らで俺たちを返してくれ!」
「はい!」
「やってやるさ」
今宮に檄を飛ばされ、大滝と山口も応える。
「今日は、誰よりも頑張ってる新田のためにも……勝つぞ!!」
「うおおしッ!!」
ベンチの様子に、新田は笑顔だ。隣で肩を温めている鷹戸に話しかける。
「こいつら、こんなに頼もしくなっちまって」
「いえ……たぶん、新田さんが頼もしく見えているから、あそこまで盛り上がれるんです」
鷹戸から、思ってもいない返答を受け、新田は思わず笑みがこぼれてしまう。
「ははッ……(俺も……もっとチームのこと見てればよかったんだ。こんなに、みんな俺についてきてくれてるってのに……何で今まで、独りで戦ってるつもりになってたんだろうな)」
打席に立つ今宮。知念は息を大きく吐く。
(一打席目は抜けそうな当たりを打たれたところをセカンドに助けられ、二打席目はサードに助けられる。これじゃあ俺はこいつに勝てないって言ってるみたいじゃねえか)
知念のストレート。インコースに入り込む。ストライクである。
「良い球だな」
「当たり前でしょ……」
今宮の感想をぶっきらぼうに返す堤。
(まあ、こいつはリード読みあおうが、ミート力が段違いなんだから、打たせる意識の方がいい)
外に逃げるスライダー――しかし、今宮はこれに合わせて打ち返す。
「ライト!!」
綺麗な流し打ちは、嶋のグラブまでもすり抜けていく。
「っしゃああ!!!
先頭の今宮がヒットで出塁する。
「今宮先輩……なんでこんなにすごいんだ……?」
古堂はベンチで驚愕している。
「こればっかりは敵わねえよ。さすがキャプテンだ」
「満場一致だっただけのことはあるよな……」
続いて、二番小林翔馬が打席に立つ。
(一打席目はバント。二打席目はショートゴロ……ってことは、次は打ってくるのを控えて、逃げる可能性もあるね)
一球外した堤。今宮は逃げていない。
(盗塁ではないか……? まあ、さすがに初球から走っては来ないよね)
二球目も外す。そして、次に投げるのはインコースに割って入るスライダー。打ち気の逸れた小林は手すら出ない。
(まあ、逃げる気がないならほっとけばいいか)
続いて投げられた低めのフォーク――外れてボールになる。
(選球眼はいいのか……)
(俺だって……適当に二番やってるわけじゃねえんだ!!)
インコースのストレートが投げられる――が、しっかりと打ち返して三塁線を切る打球。
「ファウル!」
(っし……!)
3ボール2ストライクのフルカウントになる。粘る小林に対し、少しイライラを見せる知念。
(外に逃げるスライダーだ!)
堤のリードに対し、思いっきり投げる知念。しかし、ここは小林もフルスイングで応える。
(どりゃあッ!!)
振りぬいた打球は、バットの先に当たってバックネットに当たる。
(ぬ……)
(とらえきれなかった……すげえピッチャーだ)
堤と小林、お互いが上と下、下と上を見ながら対峙している。
(ふざけんなバッター……お前が勝負してるんは……俊也じゃない。俺なんだよッ!)
インコースに全力で投げられたストレート、振ろうとしたが手が出ない小林。堤はにやりと笑ってボールを捕る――
(しまっ――)
「ボール! フォア!!」
審判の判定は――ボール。完全にやられたと思った小林だったが、若干勢い余ってストライクゾーンをはみ出したボールに助けられる形で出塁した。
「すまん瑛太。今のは俺のキャッチングミス」
「いや、すまんな……(嘘こけ)」
続く三番打者、左打席に立つ田中を迎える。
(パワーと上手さを兼ね備えてるけど、大滝ほどのパワーは無いし、今宮ほどの巧さも無い。力押しで良い)
堤のリードは、高めのスライダー。キレとコースでひっかけさせるのが目的だ。しかし、この球には手を出さない田中。
(この状況で初球打ちをさせてくれるとは、俺は思わない)
いつになく集中力を見せる田中。
(どうせこの状況、引っ張ってくるに決まってる、セカンド、ファースト、ライトセンター、引っ張り警戒シフトで行くぞ)
堤のサインに、全員が動く。
(……行け、瑛太。ここだ!)
アウトコース低めに構える堤。全力で投げ込む知念。
(このコース! 引っ張るつもりの奴には打てないぞ!)
しかし――ここで田中がバットを傾ける。
「セーフティ!」
知念の大声。堤は即座に腰を浮かせる。田中はしっかりとバットにボールを当てた。三塁線をころころと転がる打球。
「うっちー!」
「はいよ!」
ショート秋島が三塁カバーに入るが、今宮の足の方が速い。
「こっちだッ!」
大笛の呼ぶ声に即座に判断した内山田。投げる――大笛の足が伸びる。
「アウト!!」
一塁はアウトになった。しかし、1アウト2.3塁という絶好のチャンスを作り上げるクロ高。
「ナイス送りバントです!」
ベンチに戻ってくる田中を讃えるクロ高ベンチ。
「ちっ……あそこまで引っ張り警戒されちゃあな。さすがに今宮でも還れねえと思っちまった。まっ、十分すぎるだろ。1ヒットで二点だ。俺が凡退してゲッツーするよか点はいるだろ」
(こういう、クリーンナップが繋ぐ意識を持っているチームってのは、強いよね、ある意味うちの打撃陣とは違うテイストで面白い攻め方を見せてくれるよ)
堤は田中の送りバントに意表を突かれたらしく、笑っていた。
(なんで白銀世代ってのは、こういう場面で笑っていられるんすかね……)
大滝が打席に立った。目の前の知念は、強く大滝を睨んでいる。
(ただ、このエースには少し余裕がないって感じか)
大滝は、ある意味では一番冷静だった。この状況、1ヒットで二点が入る。既に1点リードしているこの状況、エース新田の封殺。この2ポイントが揃っているだけでも、かなり有利だった。
(こういう場面こそ、長打を打って終わらせる意識でいかねえと。知念さん――今まで戦った白銀世代の中では割と簡単に倒させてもらいますッ!!)
初球、甘く入ったストレート――知念がミスに気づき、堤がすかさず同じミスに気づく。遅れて大滝が気づく。そして――バットを振りぬく。
初球――誰もがまさかと思った。ましてや相手は白銀世代。前の打席でヒットを打っていたとは言え、こんなにもまっすぐ飛んでいくとは、誰も思っていなかった。
「は、入ったッ!!」
「ホームラン!」
「大滝ィいいいい!!」
「スリーランだッ!!」
大滝のスリーランホームランで一気に4-0へと差を突き放すクロ高。これにはさすがの堤も、知念の様子を見るためにタイムを取って立ち上がる。
「瑛太、気にしてるか?」
「してねえわけねえだろ」
「ならいい。だったら次は打たれねえ」
ネクストバッターの山口が打席に立つ。
(ここでの連打は痛いはず。何としてでも塁にでる)
セーフティなども試みる山口だったが、知念の繰り出すストレートの勢いに負け、最後はファウルチップになると思われた打球を堤が上手くキャッチし、三振となった。
続く伊奈も、ストレートを振らされ、三振に倒れる。6回が終わったクロ高打線。
「……ここに来てようやく瑛太の調子が上がってきた、ってところだったんだけどね」
堤が悔しそうに呟くのを、知念は少し睨んでいた。
「そりゃ、悪かった」
「ま、お前は一人じゃない。エースはお前だけど、チームは俺たち9人なんだ。もっと伸び伸び投げていこう。多少は気にしてもいいけど、気にしたって仕方ないことの方が多いんだからさ」
(知念さんの繊細な部分を、堤さんはよくわかってるんだなあ……さすがとしか言えないけど、さすがにあのスリーラン堪えたでしょ……知念さん完投命令が出てるとはいえ、大丈夫なのかな?)
相田が強く心配していたが、それ以上に知廉ナインが心配していたのは、新田静の攻略である。
「ノーヒットやのに、こっからどないして5点も入れるねん」
「絶好調だよな、ありゃ誰にもとめらんねえよ」
秋島と井崎が話しているのを聞いて、ベンチに座りながら知念が小さな声で、誰にも聞こえないように呟く。
「今の新田静は、誰にもとめらんねえよ。強いて言えば、あいつ自身くらいさ」
そういう間にも、そのまま打席に向かった秋島がスライダー、シュート、ストレートの三球で仕留められる。
「ありゃりゃ、せっかくいいスイングが持ち味なのに、振らされてますよ秋島さん」
「んー、まあ相田ほど俺は巧くないしな。堤も、この感じやったらあかんやろ」
秋島の言う通り、堤が三振に倒れる。
「くっ……読み合い以前の問題だ。打てない」
「そういうもんだよ、凄いピッチャーってのは」
ベンチから打席に向かう所ですれ違う知念。堤に捨て台詞を吐いて打席へと向かう。
(……あー、俺は――こいつに何で勝てるんだろうか)
知念以上に切れる変化球。低めに外れてボールになる。
(たまたま見逃せたからよかったけど、あれだけ曲がったらみんな振っても当たらないよ?)
外に外れるシュート。振らされそうになるところをぐっとこらえる知念。
(所詮、俺なんか勝手に振ってくれてると思ってんの?)
高めにストレートが外れる。これにも手を出さず、しっかりと見逃す知念。
(……こいつに、何が起きてる?)
そう思ったのは――知念だけではない。クロ高の全員である。
(新田さんが……打たれても無いのに、三球連続でボール?)
不審に思った金条。あえてど真ん中にストレートを構える。
(新田さん、入れてください!)
新田が投げた球が、左手から放たれる。キャッチャーのミットめがけてまっすぐ行く――はずのボールは高めに大きく浮いていく。金条はなんとかキャッチするが、フォアボールで知念が出塁する。
(どうしたんだ!?)
知念は新田を一瞥した。新田の表情は、明らかに違った。
(今日はノーヒット、球数も少ない……何でだ!?)
ボールを交換し、新田の元に寄る金条。
「リード納得いかなかったら首振ってくれて構わないですよ。今日の新田さんの思い通りの球を――投げてください」
「……」
小さく頷く新田。自分でも、何が起きているのかわからない――ただ、一つ言えることは、身体のどこかに小さな違和感を覚えていることぐらいだった。
(……故障? まさかな)
今宮がふと思い至るころには、一番の阿井に向かって、初球のカーブを投げ込んでいるところだった。
「!!」
インコースに鋭く――ではなく、緩く飛んでくる球。阿井は避けるが、腹部にボールが当たる。
「いてっ……弱弱しい球ぶつけやがったな……」
阿井は小言を言うが、デッドボールで出塁となる。絹田監督がベンチから立ち上がっていた。
「小泉、アイシングの用意。鷹戸、登板」
「はい!」
ベンチがあわただしくなった瞬間、古堂が思わずマウンドの方を見る――
「えッ?」
そこには、膝を抱えてうずくまる新田静の姿があるのだった――




