第136話「龍宮高校」
「凄かったなクロ高」
「あの知廉和歌山に快勝しちまうのか……合宿呼んだ甲斐あったな」
結果を言えば、8-4でクロ高の勝利である。しかし、それ以上に話題になったのは、内容。――新田の投球についてだった。
「6回の途中で登板して以降、9回までノーヒット。高宮、荒井、和賀、久住などの白銀世代を寄せ付けない投球――新田静は間違いなく、全国でも上に立つピッチャーだ」
「だって、そもそもまず黒鉄さえいなかったら春甲子園出てたんじゃない? ってぐらいのチームでしょ。弱いわけがないよ」
「ちげえよ、近畿でも割と名の通ってる開盟に投げ勝つ鷹戸を背負っておきながら、知廉和歌山を一巡ノーヒットにしちまうようなエースの存在があるってのがでかいんだろ」
このように彼らを話題にしているのは、奈良の知廉学園。同合宿に参加している彼らは今日、龍宮高校との試合に1-2で惜しくも負けたところであった。
「しかしまあ、龍宮の鷲尾ってやつもやばくなかったか?」
「凛太郎がいなけりゃ完封だもんな」
こう話しているのは、井崎中と嶋一徹。2人とも知廉学園の白銀世代である。
「それよりも、知念の仕上がりが気になるんだけど、明日は無理として、明後日は投げられるの、あいつ?」
嶋の疑問に首をかしげる井崎。そこにやってくるのは、4番の大笛凛太郎。
「……どうした、お前ら」
低い声、はっきりとした目。太い眉。日本人ばなれした体格。身長177cmの井崎と、169cmの嶋は完全に視線を上へと向ける。
「知念は大丈夫なのか? 昨日松下と投げ合いして疲れてるだろうけど」
「……わからん。ただこれだけは言える。俺は大丈夫だ」
「聞いてないよ」
嶋がツッコミを入れる。
「まあ、知念のことは堤に任せておけばいい。あいつに任せておけば、だいたいの投手はなんとかなる」
「ああ、堤と同中だっけ? んで、ザコピがエースだったけど県準優勝してしまうんだから、僕らはとてもむかついたよね」
大笛の言葉に、嶋と同中出身の井崎は頷く。
「まあ、今は俺たち同じチームだから関係ないだろう。明日は開盟学園との試合。だがしかし、知念が投げていないとはいえ負けた俺たちの打撃力には少々問題がある。なんとしてでも明日は勝つゾ!」
「ああ。そうだな」
大笛のまとめに、井崎と嶋は同調した。
「ワシオ、眠れないのか?」
夜中、宿舎にて夜空を見上げるのは鷲尾理知。龍宮高校の二年生エースで4番の男。
「いや、明日はクロ高が相手だろ? 新田から打つイメージの算段を立てていたところさ」
「なるほどな……」
となりに座る鉛野。彼もまた、夜空を見上げる。
「知廉のエース、知念瑛太という男が言っていた――ワシオのピッチャーとしてのポテンシャルは素晴らしい、と。バッターとしてのテッペンではなく、ピッチャーとしてテッペンを目指すのはどうだ? とも言っていた。
「バカ野郎。どっちも極めてこそ、俺の才能が初めて世に知らされるんだ。……見てろ、暗黒世代だから大したことないと高を括った雑魚どもを、蹂躙する瞬間を――俺はこの夏見せてやるからよ」
「期待してるぜ……」
「白銀世代の岸田鳴――そして、暗黒世代の厄介トリオ。黒田有征、鉛野太陽、そして鷲尾理知」
「警戒がいるのはこの4人くらいか?」
今宮が挙げた人物に対し、田中は問う。ゆっくりとうなずく今宮。
「でも、選抜でも勝ち上がるようなチームだ。他が雑魚ってわけじゃあない」
「まあでも、こいつらの特徴はロースコアゲームらしいじゃん。要所で打つ。要所で守るが持ち味なんじゃねえの?」
「鷹戸と同じジャイロボーラーだし、俺たちはそこまで苦手意識を抱く必要はない。でも……たぶん、鷲尾の方が投手としては上だ」
言い切る言葉の珍しさに、言葉を失う田中。
「まあ、明日はコドーが先発だ。俺たちができることは、あいつのサポート。そして、打つことだ」
「いつもどおりやってることをやってりゃいいだけだもんな、気にすることはないか!」
そう言えるようになっているのも、彼らが強豪になるべくしてなっている所以なのかもしれない。田中と今宮は、就寝についた。
朝5時――空は徐々に明るくなり始めている中、1人真っ黒のジャージを着て走っている者が一人――古堂黎樹である。
(今日は先発――こないだとは違って、白銀世代の先輩たちが一緒に戦う試合――相手はセンバツでも結構勝ち上がってた龍宮高校)
暗黒世代の台頭――知多哲也のインタビューを聞いて胸躍らせたのも、およそ一か月半前。古堂はあれから、大きく成長していた。
(鷹戸は言っていた。俺たちってそんなに雑魚いかよって……。でも違う。俺たちは雑魚じゃない。雑魚だと決められるのは、戦うことを諦めた瞬間だけなんだ。あの日鷹戸が貶した小豆くんだって、自分なりに武器を磨いて頑張ってる……決して、弱くない。逃げても無い。俺たちは、立ち向かってこそ強くなる!)
古堂の心臓のペースと共に、一歩一歩が大きく、速くなっていく。
(全国に、暗黒世代の……クロ高の……古堂がいるって証明するチャンスだ!)
そして、午前10時。試合が始まる時間――アップを完全に終えた古堂は、金条と話している。
「お前のサウスポースローカーブは初見の相手にはだいぶ有効だ。使いどころは間違えないようにしていこう。サインとしては、ストレートとシュートを多めに出していこうと思う」
「……何言ってんの? 俺はストレートが一番の武器だよ。変化球も武器だけど、一番俺の持ち球歴が長いのはコイツだからね」
(やっぱりコドーってバカだな……)
あきれ顔の金条。自信満々な古堂。そんな様子に少し安心しているクロ高のチームメイトたち。
「行くぞ」
「おし……」
先攻 龍宮高校
1番ショート、黒田有征。2番レフト、関俊二。3番ファースト、岸田鳴。4番ピッチャー、鷹戸遥斗。5番センター、鉛野=リチャード=太陽。6番キャッチャー、遠藤紫吹。7番セカンド、石島新太。8番ライト、灰島雄。9番サード、藤堂泰邦。
後攻 黒光高校
1番セカンド、今宮陽兵。2番ライト、小林翔馬。3番ショート、田中遊。4番サード、大滝真司。5番センター、山口寿。6番ファースト、伊奈聖也。7番キャッチャー、金条春利。8番レフト、佐々木隆。9番ピッチャー、古堂黎樹。
「後ろには新田さんも控えてるから、思いっきり飛ばして良いんだぜ?」
「一球一球手を抜いたことのねえコドーにいっても無駄だよ」
大滝の声掛けに、伊奈が笑う。
「まあ、最初から飛ばす気で行かないと、打ち込まれるよ?」
古堂は自分に言い聞かせるかのように笑い、マウンドのプレートに足をかけた。
「プレイボール!」
先頭打者は、1番、黒田有征――白銀狩りと称してクロ高にも来ていた男だ。俊足巧打堅守が揃った優秀な野手――暗黒世代ながらに注目株であった。
(初球からインコースに攻めてみろ。お前の球なら簡単には打たれねえ)
(おっけー!)
古堂は、金条のサインにうなずき、初球からインコースのストレートを投げ込む。しかし、黒田は打ち返す。
「えっ!?」
「一番バッターが初球から!?」
驚くベンチ。しかし、それ以上にベンチを驚かせたのは、跳んでいった打球の方向――にいた今宮であった。
「っしッ!!」
初球から強く跳ねる打球に合わせ、グラブにボールをしっかりと収めている。
「!?」
これにはバッターの黒田も驚いているようで、今宮は落ち着いて伊奈に送球し、アウトにした。
「っしゃあ! ワンアウト!!」
「おっ、おおー!!!」
今宮の声に、少し遅れてベンチが盛り上がる。
(今宮先輩、頼りになるぜ……)
次に投げたストレート。またしてもインコースを攻める球に、振り遅れて詰まる二番、関。
「ファースト!」
「おうよ!」
伊奈がしっかりと受け止め、そのままベースを踏み、アウトにした。
「2アウト!」
「ナイステンポ」
(打てると思える球だが……そのせいで打ちに行ってポンポン取られているようじゃ……うちの打撃力は全国レベルには遠く及ばないな)
自嘲しながら、三番、岸田鳴が打席に立つ。
(まあ、下の尻ぬぐいぐらいやってやるさ。粘って粘って全部さらけ出させてやる)




