第135話「打線爆発」
「ヘイキャップ、ちょっと送球まで遅いんじゃないの?」
試合前のノックにて、キャプテンでサードの和賀頼二を煽る声がチームメイトから聞こえる。知廉和歌山高校のノックを、クロ高の面々は注意深く見ている。
「これが守備で見せるチームか……」
「送球まで遅いって言ったって、大滝とは段違いだぞ」
田中の言葉に、大滝は苦笑いする。
「守備力は近畿内でもトップクラスと名高い。投手の高垣詩繰は白銀世代ではないが、それでも近畿大会に出場し、勝ち上がることができるチームだっていうのは、恐ろしいな」
「高身長から繰り出される縦に割れるカーブとスライダー。それをテンポよく、なおかつコントロールしてくるのが一番の厄介どころでしょう」
本日先発の伊東の見解に、絹田監督は頷く。
「キャッチャーの久住晴久。強肩強打。おまけに捕球力とリード力もなかなかのもの。白銀世代の守備型ではあるが、一発がある怖いバッターだな」
「ファーストの荒井真一郎も、ファーストらしからぬ守備範囲が持ち味です。白銀世代ですし、彼も警戒した方が良いかと」
「セカンドの住田泰次郎も、堅打と堅守が持ち味だな。地味だけど安定感の鬼だろう」
今宮、山口、金条の三人はノックを一つ一つ凝視している。
「サードでキャプテン、四番の和賀頼二は言わずもがな中心選手。強肩強打、おまけに守備も上手い。大滝にはぜひ見習ってほしいサードだな」
「言葉もありません」
田中の言葉に、大滝はさらに苦笑いを重ねる。
「ショートの和田祥もなかなか名手ですよね。肩もまあまあ強いですし」
「だな……」
「レフト、安房洋二もバッティングよりも守備力だな。どいつもこいつも安定感がある」
「センターの高宮昂也は堅打で俊足のリードオフマンの役割も担う白銀世代だ。気を付けた方が良い」
「ライトの千田逸平も肩が強いし守備も堅いな」
「まあ、できることは一緒だ。フルスイングで低い打球意識を徹底すること、普段は慎重に攻めること、攻め時だと思ったら大胆になること」
絹田監督の言葉に、全員が強く頷く。
「打ち勝つぞ。昨日勝ってんだ。今日も勝つ!」
今宮の言葉に、全員が同調した。
先攻 黒光高校
1番セカンド、今宮陽兵。2番ライト、小林翔馬。3番ショート、田中遊。4番サード、大滝真司。5番センター、山口寿。6番ファースト、伊奈聖也。7番キャッチャー、金条春利。8番レフト、佐々木隆。9番ピッチャー、伊東律斗。
後攻 知廉和歌山高校
1番センター、高宮昂也。2番ショート、和田祥。3番ファースト、荒井真一郎。4番サード、和賀頼二。5番キャッチャー、久住晴久。6番セカンド、住田泰次郎。7番ライト、千田逸平。8番ピッチャー、高垣詩繰。9番レフト、安房洋二。
「今回はいかに打てるか肝。白銀世代以外はそこまで要注意バッターはいないから、伊東は気楽に行っていいぞ」
「おっけー」
そういって今宮は打席へと向かう。
(俺たちは、とにかくメッタ打ちしなきゃ始まらねえ。落ちる球は苦手じゃねえんだ。打つぞ)
初球のドロップカーブを見逃す今宮。
(相当警戒してくれてるじゃねえか)
セーフティの構えから、縦に割れるスライダーを見逃す。ファーストサードの動きを見つつ、思案する。
(セーフティ対応の速さは開盟とは段違で速いな)
「外野手、前来い!」
叫ぶ久住。今宮が長打を打つタイプではないと判断したためだ。
(やってくれるじゃん)
次に来た低めのストレートを、しっかりと上から出したバットに当て、逆回転の打球をかける今宮。
(抜けろよッ!)
右中間にふわりとライナーの打球。跳ねて右中間を抜けるかと思われたが、センター高宮は打席に追いついている。
「高宮さんッ化け物や!」
ショート和田が嬉しそうにカットを受け取るが、今宮は進塁を狙ってはいない。
「(やるやん)どうする、久住」
「バントシフトでええやろ。小林にパワーはない。今宮も初回から走るほど博打せん。何より、盗塁は俺が刺したろ」
「ほんと、頼りになるわ。んじゃ、任せるで。白銀世代さん」
高垣はマウンドに飄々と戻り、次の打者、小林を迎える。バントを構える小林だったが、わざと高めにスライダーを投げ込み、打ち上げさせる。
「キャッチッ!」
「あいよ!」
久住がしっかりと打球を掴み、1アウトにする。
「よしっ、1アウトォ!! レフト方向飛ぶぞ!」
右打席にたつ田中を見て、久住は大声指示を出す。レフト安房は右手を上げて応える。
(マジで司令塔って感じだな)
田中は初球のスライダーを空振りする。続く縦のカーブも空振りし、追い込まれる。
(やっぱり、変化球良いな。マジで白銀世代じゃないのがおかしいくらいだろ)
左打席に変更する田中。久住は考える。
(出塁狙いの単打で来ると見た。外野前進! インコースを打たせて取る)
ストレートを要求する久住。投げる高垣。
(あっ、直球なら打てるわ!)
133km/hのストレートを、追い込まれてからでもしっかりと振りぬいて打ち返す田中。ライト方向に強い打球が飛ぶ。
(両打で左打席そんなに飛ぶのかよッ!)
ライト千田が後退する。打球が落ちると同時に今宮は走り出す。
「ふざけッ!」
千田は打球を拾い、セカンド住田に投げる。そこまでの間に、今宮は三塁を蹴り、ホームへ。田中は二塁を蹴って三塁を狙う。
「(どっち刺す?)バックホーム!」
久住の思考は早い。住田はその声の通り、ホームに送球。狂いの無い送球がホームに届く。
(もらったァ!)
久住が今宮をタッチしようとグラブを塁線上に向けた。しかし、今宮は右手以外を大きく逸らして、ホームにタッチする。
「セーフ! セーフ!!!!」
「っしゃあ!」
審判の声に、今宮は立ち上がって土を払うと同時に叫んだ。
「すまん、迷った」
「ま、打たれるのは仕方ないっしょ。ストレートは打たれるから、変化球中心で組み立てていこうや」
謝る久住と、余裕のある高垣。
「すげえ……今宮さんと田中さん……同時に走って、鉄壁の守備陣を迷わせる判断を取ったか」
林里はその走塁技術に見惚れていた。
「……ほんとすげえよな、先輩たち」
林里の声が聞こえているのかいないのか、大滝は打席に立つ。三塁ランナーの田中と目を合わせる。
初球外したボール球を、無理やり打ち返し、外野フライにする大滝。タッチアップで田中が還り、2点目を取るクロ高。
後続は続かないものの、先制点を挙げるクロ高。その勢いに感化されてか、伊東の調子も頗るよく、三者凡退で切り抜ける。
「ナイピです伊東さん。コントロール安定してますね」
「まあな! 負けられない!」
しかし、次の回の裏、三者凡退で攻撃を終えた後のクロ高に立ちはだかる先頭打者の4番、和賀頼二。
「あのな、俺らは守備のチームって言われる。でもな、打てないチームは勝たれへんのや」
伊東の高めのストレートを打ち返し、ホームランにする和賀。絶句する金条。
(ああ……そうだった。白銀世代ってのはこういう選手の集まりだったんだ……)
「問題ないぞ! 次だ次!!」
金条に叫ぶのは、伊東。打たれた張本人である。
(キャッチャーがピッチャーに励まされててどうする!)
意気立った金条のリードも冴えわたり、後続をぴしゃりと抑えるクロ高。この後もシーソーゲームの好ゲームが続き、4回終了時点で、3-2の1点差でクロ高が勝っているという状況となった。
「伊東、先頭だぞ。無理して打たなくてもいいけど」
今宮がネクストサークルから声をかける。伊東は強く頷き、打席へと向かう。
(バッティングは元々そこまで得意じゃないけど、練習はしてきた。打つぞ)
低めのスライダーに張る伊東。1ボール1ストライクのカウントで、三球目で狙いの球が来る。
「低い球は、踏ん張って打つ!」
伊東が腹心から声を出して、打球をレフト前に飛ばす。先頭打者が出塁した。
「いいぞ伊東……叫びすぎだけど」
今宮が苦笑いして打席に立つ。警戒する知廉和歌山バッテリー。今日既に二安打をしていた。
(わりぃけど、今日絶好調な予感しかしねえから、柄にも無くライト方向に長打でも狙って、さっさと伊東を返してやろう)
目論見通り、アウトコースのドロップカーブを、インステップでホームベース側に強く踏み込み、つま先に重心を残したまま、強くバットを振りぬいた。
後退しているライトの頭を裕に超す打球。伊東は三塁も狙う。
「もっと行ける!!」
ランナーコーチが叫んで回す。伊東は三塁を蹴る。今宮は二塁ベースでストップ。さらに1点を追加し、5-3となるクロ高。
「よっしゃ、追加点! ナイスバッティング今宮!!」
「クロ高の猛攻は終わらねえよ? なっ、大滝!」
「そうですね、俺たちも続きたいところっす!」
田中と大滝が意気込む中で、小林が三振に倒れる。
「すまん、田中、大滝、打ってくれ!」
「わかってら!」
田中が右打席に立つ。レフトは警戒して下がる。
(馬鹿野郎、俺が一番得意なのは、引っ張りじゃなくてセンター返しだッ!)
ストレートをセンター返しして1点を返す田中。今宮がベンチに帰ってきて全員とハイタッチする。
「今日、打線爆発してね?」
「多分、ここ最近じゃ一番打ってるんじゃない?」
小林がうなずく。
「おおっ!?」
すると歓声が聞こえ、お互いの顔からグラウンドへと視線を向ける今宮と小林。大滝の打った打球が、ちょうどスタンドインしたところだった。
「すげえ、マジで打線爆発じゃん」
自分が打てていない悔しさをにじませながら、小林は帰ってくる田中と大滝とハイタッチをかわした。
6回にも追加点を挙げ、8-2となるクロ高。しかし、その裏で、白銀世代たちが一矢報いる形で2点を返す知廉和歌山。
「伊東、ナイピだった。交代だ」
「うっす!」
「あとは任せてくれ!」
伊東の大声に合わせるかのように、新田も大声で言った。
(ふぅ、大本命登場ってか? 県内じゃ黒鉄の次にすげえって言われてるらしいやん)
5番キャッチャーの久住が打席に立つ。初球、新田のスライダーがインコースギリギリに切れ込んでくる。
「ストライークッ!」
(いや待て、キャッチャー取る位置おかしいやろ……ほぼ俺の身体の真後ろやんか)
久住を動揺させる変化球。二球目のシュートは、右打席側からインコースギリギリに決まる球。
(飛んだ内無双しゃがる……!)
そのまま外低めにカーブが決まり、全く手が出ないまま三球三振した久住。
「ふ、ふざけやがって……」
「2アウト!」
新田の投球に、知廉和歌山ナインは絶句していた――




