第133話「福井2位」
6回裏、先頭打者は大滝真司。今日は1安打1三振。
(4番が打つチームは強い。伊奈や山口さんが当たってるんだ。俺が打てたらより点が取れる)
烏丸の遅い変化球に空振りしてしまう大滝。
「バッター大振りやぞ! 振らせ!!」
「対応できてないんやないの?」
相手の内野陣の声を聞き、大滝は目を瞑る。
(俺は技術がないとずっと言われてきた。だから筋力――長打に逃げた。でも、今は違う。パワーだけの4番とは言わせねえ!)
インコースのストライクゾーンに滑り込んでくるスライダーを、しっかりと合わせて打ち返す大滝。打球は、空高く上がっていく。
「笹田さん!!」
烏丸の叫ぶ声。しかし、笹田の後退むなしく、フェンスに直撃する打球。大きく跳ねた打球に、笹田のクッションはうまく行かない。
「二つ狙え!」
ランナーコーチが大滝を回す。二塁ベースに滑り込む大滝――ツーベースヒットで出塁した。
「ナイスだ大滝!!」
ネクストバッターの山口だけでなく、全員がベンチから賞賛を送った。
「山口さん、続きましょう」
「だね」
伊奈に声をかけられ、山口は笑う。相手の烏丸、および内野陣は気を引き締める。
「ノブが入れた勝ち越し点、守ってやろう」
ファースト多田の声に、烏丸は頷く。
(ここが間違いなく正念場。俺のことが得意なバッターが二人、5.6番で並んでやがる。7.8を打ち取ったとしても当たってるピッチャー鷹戸が打席に立つことを考えると……どっちかだけでも抑えたら……デカい)
烏丸がシンカーを投げる。外に逃げる変化球。見逃す山口。
「ストライク!」
初球から入る。
(コントロール、落ちないな……)
根津はもう一度アウトコースに構える。サインはストレート。セカンド白波はファースト寄りに。ライト足立は、前進する。
(ライト方向に打たせる気満々じゃん)
山口は、白波の大胆なポジショニングを逆に利用した。アウトコースのストレートを張って、上手く流す。予想通りの打球に、してやったりといった顔をした根津。
「セカンッ!」
叫ぶが、白波のグラブを避けるかのように、切れた打球が一塁線を割ってファウルグラウンドを超えていく。後退していたファーストの多田は、反応が一歩遅れた。
「フェア!」
「まじか!?」
ライト足立が抜けた打球の素早くカバーに入る。しかし、打球が跳ねた瞬間に走り出していた大滝は三塁を蹴っている。
「刺せアダ!」
野淵が叫ぶ。足立のレーザービームが飛び出す――滑り込む大滝。キャッチしようと一瞬腰を浮かした根津の膝元に足が入る――
「セーフ! セーフッ!!」
すぐに立ち上がり、ガッツポーズをベンチに向ける大滝。
「っしゃあ!!!」
「うぉーい!!!」
喜びを露にする伊東や古堂。
「こんだけ打ってこそ、クリーンナップだよな……ちっ、お前らいい仕事しやがるじゃねえか!!」
田中が叫ぶ。どこか悔しそうだが、顔は晴れやかだ。
「さあ、大阪二位だか知らねえけど、俺らの実力見せてやろうぜ! 俺たちだって福井で2位だったんだ! 何も恥じることはねえ!!」
「そうだ! いったれ伊奈! お前は黒鉄から打ってんだ! へでもねえだろ!!」
ベンチも盛り上がる。警戒したサードショートが少し後退する。
(それじゃ、やらせてもらいますわ)
初球のインコースのストレートを、バットを傾け、当てるだけの伊奈。
「バントかッ!」
三塁線方向を転がる打球。山口は走っており二塁ベースに悠々と辿り着く。サード都築が打球を拾う。
「一個取らな井達に干されんねん!」
叫びながら放たれた送球。多田が伸びてキャッチする――
「アウト!」
アウトを取った。しかし、クロ高は1アウト2塁のチャンスを作る。
「行けるぞ、チャンスだ金条!」
「お前が打たなきゃな! 鷹戸を助けてやろうぜ!!」
大きく頷く金条。監督からのサインを確認し、うなずく。
(正直、打つしかないから……こういうときこそ、しっかりと待ってセンター返しをするのが一番堪えるんだよ)
初球を振る金条。しかし、スライダーを空振りする。
「もっと待つんだ! もっと遅いぞ。しっかりと待て!」
「バットは触れてる。相手のリードのことは一番よくわかってるだろ!?」
ベンチからも後押しの声が聞こえ、金条は眼鏡を今一度しっかりとかけなおす。
(そうだよな……わかってる。スライダーでインコースの変化球を意識させた後は、アウトコース……アウトローにストレート。すごく遠く感じるからな!)
振る金条。バットに当たるボール。一塁線を切れる打球。
「……ふぅ」
(読んでるわ……こいつ)
根津は金条のバットの初速でそれを理解した。しかし、自分のリードはいたって単調。狂わせて烏丸のリズムを崩すのも納得が行かない。
(インローにスラーブだ、お前のコントロールなら振らせられる!)
しかし、金条は見逃した。
(2球ストライクぽんぽんと来ても……次は広く使いたいはず)
それを根津は見越していた。
(キャッチングでストライクにぐらい、見せられるねん!)
しかし、彼が見落としていたことがある。それは、烏丸自身のことであった。
(わ、ワンバン!?)
ベースの上で跳ねる打球。根津はボディを入れて止めるが、内心焦っていた。
(どうしたんや? コントロールの良いお前が……そんなところでミスるかい)
(ちっ……監督には完投命じられてる以上、ここは投げぬかなきゃな)
烏丸は右手を出して根津に対して謝る。根津は切り替えるように手でサインを送る。
(お前はピッチャーやねん。ふんぞり返っとかんかい)
二球目、高めに外れるボール球。浮き上がってくる球だったが、しっかりと見逃す金条。次だ、と彼自身思っていた。
(次だ、と俺も思いたい。だから、スライダーを低めに投げ込んだれ。このバッターは今日当たってない。打たれたら結果論や。確率論的に言えばこいつは打たん!)
大雑把で的を得た考えだった。現に、金条は当たっていない。しかし、金条は打ち返した。
「それでいい!」
叫ぶ今宮。センター臼井が前にチャージしてショート野淵まで送球する。一連の動作の速さに、山口は三塁ベース上で佇むしかない。
(上手いな……でも、よく打ったよ金条)
山口に三塁ベース上からガッツポーズを送られ、金条もそれを返す。
「行け佐々木!」
「打つぞ! 続くぞ!」
ベンチからの声はさらに増えていく。
「……クロ高、ええチームやないか。でも、負けへんで。なっ、烏丸」
「……当たり前」
野淵に言われ、烏丸は吹っ切れたようだった――佐々木を三振に倒し、鷹戸を迎え撃つ。
「さあ、もう一回勝負だ」
「ふん、もう一巡したのか」
2アウト1.3塁。まだまだ攻撃の手を緩めるつもりのないクロ高。代打を出すよりも、当たっている鷹戸で勝負に行く方が良いと捉えたのだ。
(まあ、どうせあとで伊東に代えるし、出塁したら代走で林里を使えばいい。だから後のことは考えずに思いっきり打て)
絹田監督の真意を知ってか、知らずか……鷹戸は初球のストレートを右中間に飛ばした。
「くそったれッ!」
忙しそうに外野を駆け回るセンター臼井。ワンバウンドで打球を取るが、背中を向けている。その間にも、山口が還り、3点目を入れるのだった。今宮は続けず、6回を終えるクロ高。しかし、追加点などの手応えから、チームの雰囲気はかなり良かった。
7回、伊東が鷹戸に代わって登板。烏丸、都築に連打されるも、続く8番白波をセカンド今宮が好プレイを見せ、ホームゲッツーに仕留めるなどすることで、無失点で切り抜ける。しかし、その回の裏でクロ高も三者凡退してしまう。
「すみません、三人で終わったら、流れ与えちゃいますよね」
「三人で終わることよりも、そのあとが大事。大滝はもうちょっとそう言う所学んでいこうな!」
伊東は高笑いしながら守備へ向かう。大滝は少し笑ってグラブを持つ。
(三年生と部活ができるのも、もうすぐ終わるんだよな)
ふとそう思ってしまった大滝。内野を見渡せば、田中、今宮、伊東――外野の小林、山口。ベンチで座っている新田、芝、坂本――三年生には、残り時間が限られている。
(躓いてられないな)
先頭打者の野淵をカットボールで凡打に倒す伊東。白銀世代との勝負を純粋に楽しんでいるのか、いつもより表情が嬉々としている。
(うちもエースを温存しているとは言え、相手も新田以外にも良い投手を揃えてやがる……)
悔しそうにベンチに戻る野淵を見つつ、クロ高は盛り上がる。
「さあ、勝つぞ。新田無しでも勝てると言うこと証明してやろう!」
伊東があまりにも大きな声で叫ぶ者だから新田はベンチで苦笑いしている。
(俺の知らねえところで成長しやがって……)
二番打者の臼井を三振に切る伊東。右肩がうなる。
「どんどんこいやーっ!!」
叫ぶ彼に、次のバッターである根津は笑いながら打席に立った。
「一打席に一回以上はお前のとこには来えへんわ」




