第131話「突破口」
鷹戸は、宣言通り、下位打線をぴしゃりと抑え、三回の投球を終える。
「大した奴がいたもんや。俺たちに一巡全く何もさせへんなんて」
「初見のピッチャーなんて、普通はこんなもんやろ。幸いにも向こうも智雅の球に合わせられてへんみたいだし、どうにかはできるやろ」
多田と野淵。2人の中心選手が会話をしている中、割って入る男が一人――
「それじゃあ、キャプテン、多田さん、二巡目は打ってもらいますからね」
不機嫌そうに二人を睨むのは、烏丸智雅。そのままマウンドへと向かっていく。
彼も、今宮にセーフティこそ決められるものの、それ以外に全く仕事をさせない働きぶりで、三回の投球を終えた。
4回表、1番の野淵から打席に立つ。
(このまま名前も知らないピッチャーに、ノーヒットノーラン決められるのは癪やな)
セーフティやバスターなども駆使し、鷹戸に揺さぶりをかける野淵。
(つくづくイヤな奴だ)
鷹戸が高めに投げた釣り玉のボール球。しかし、野淵は軽く合わせてセンター方向に飛ばす。
「ほお……あぶねえ」
センター前にヒットとなる打球。先頭打者の野淵が出塁した。
「鷹戸、臼井はこういう場面、打ってくるぞ!」
ショートの田中が叫び、警戒を促す。金条もそれを分かった上で、あえてボール球も交えた配球を作り上げる。
「ストライークッ!!」
左打席から、低めに外れるスプリットを空振りし、1ストライクとなる。次はダウンするジャイロボールを要求する金条。しかし、目前の鷹戸は首を縦に振らない。
(ふん、速い球に対応はできないだろう。見せておくぐらい良いんじゃないのか?)
ポップするジャイロボールを投げたいとサインに首を振る鷹戸。金条が折れ、ポップするジャイロを投げさせる。
うねりを上げ、ノビと球威をそのままに、ジャイロ回転が揚力を生み出し、ボールは重力に反して上がっていく。臼井がバットを振る先よりも、さらに高くボールは行く。
「ストライークッ!」
金条はしっかりとボールを掴んでいる。これでは野淵も走れない。
(臼井が三振することも考えて、藍平を走らせたいところではあるが……)
(野淵さんの走力は田中さんくらい……ってことは……俺の肩じゃ刺せない。鷹戸の球にかけるか……)
高めに外したストレートを要求する金条。鷹戸は頷いて、全力で投げ込む。そして、それを見据えて野淵は走り出す。
「スチールッ!!」
ベンチからの声。今宮は既に二塁ベースカバーへと向かう。金条はしっかりと捕球しようと腰を浮かせる――が、臼井は、高めのボール球を引っ張って打ち返す。
「セカンッ!」
だいぶ引っ張った当たりは、伊奈がギリギリ届かないぐらいの場所。しかし、鷹戸の球威もあって、打球はぼてぼて。
(届けッ!!)
ベースカバーに向かったはずの今宮が、全力疾走から打球を拾いあげた。
「なんつー守備範囲や。バケモンが」
野淵は今宮が身体を切り返さないのを確認し、二塁ベースを蹴る。今宮が目で行った牽制を諸共しない走りに、不意を突かれた。伊奈がしっかりと捕球し、バッター臼井を紙一重でアウトにこそするものの、そこからの送球で野淵を刺すことはできなかった。
「ナイスランッ!!」
「さすがやでキャプテン!!」
野淵は右手をベンチに向けて掲げる。1アウト3塁と一気にチャンスを作り上げる開盟学園。一転、クロ高はピンチになる。
「さすが臼井さん。高めの釣り玉を転がして打ち返せるなんて。さすが野淵さん、あの当たりで三塁を狙う走塁。やっぱり、ウチの1.2番が仕事をしてくれると、俺もやりやすいわあ」
そういって打席に立つのは、先ほど強烈なファーストライナーを打った男、根津光明。途端に伊奈と小林の顔つきが変わる。そこで、タイムを取る金条。マウンドに内野陣を集める。
「今宮さん……あれを捌くのはさすがっす」
金条が口火を切る。
「まあな……打ってくる二番って考えて、エンドランは一応警戒してたし。それよりも、三塁いかせてスマン。牽制甘かった」
「いや、あそこは牽制してからじゃ、バッターもさせない可能性高かったッスから、あれで良いと思いますよ」
ファースト伊奈が言う。
「ノーアウト1.3塁と1アウト3塁じゃ全然違う。むしろありがたい」
鷹戸は静かに言った。
「1点覚悟。ポップジャイロはやめておこうか」
「だな」
金条と鷹戸がうなずき合ったところで、一気に散らばった。
3番の根津が左打席に立つ。右中間を見据え、バットを構える。
「……うたせるかよ」
アウトコースにツーシームが決まる。1ストライク。
(こいつは外角にマジで手を出さないな。インコース狙いもいい加減にしておけよ)
低めにスプリットを投げ込む。これもアウトコース。しかし外れてボール。
(やっぱり……アウトコースには手を出さない)
思慮深く、金条は一球一球でバッターの根津を品定めしている。アウトハイのボール球にも手を出さない。次に投げられたフォーシームにも、また手を出さない。カウントは2ストライク2ボール。根津はまだ、一度もバットを振っていない。
(ここまで割り切ってんならわかりやすい……その意地でもアウトコースを振らない姿勢、上手く利用させてもらうだけだ)
アウトコースにツーシームを投げさせる金条。鷹戸は頷いて、全力で投げる。
(徹底してんなッ!!)
根津は諦めたようにフルスイングした。ライト方向に引っ張る打球。
「あんだけ引っ張って、ひっかけた当たりじゃないのかよ」
「パワーで持っていきやがった!」
芝と伊東が上空を見上げながら打球を探す。しかし、ライト小林はしっかりと打球の落下点に入っていた。
(風による押し戻しもある……ここでオッケー!!)
「藍平! タッチアップや!!」
ネクストサークルから多田が叫ぶ。構える野淵。捕球する小林。
「GO!」
「どりゃあ!」
野淵のスタートに少し遅れて小林がボールをリリースした。
「回り込んで滑り込め!」
金条がボールを捕球するが、かがんでタッチしようとしたときにはもう、足が完全に入っていた。
「あぶねえ……俺じゃなきゃ還れてないで」
野淵は小林の送球を褒めつつ、先制点の味を存分に味わい、ベンチへと持ち帰る。
「飛ばしやがったか……」
鷹戸は根津を強く睨む。
(おっかないって……なんやねん、あの目線は……)
続く多田にもヒットを打たれる鷹戸。早くも攻略されようとしていた。金条はタイムを取り、鷹戸の元へ駆け寄る。
「二巡目で合わせてくるあたり、やっぱり白銀世代――差し引いては大阪二位のチームだね。……でも、お前の球を簡単に打つ奴なんてたくさんいたもんじゃない。大切なのは打たれた後」
「……(わかってる)」
「まあ、そんなわけで、多田さんに打たれた後が大事。ずるずると打たれると大量得点されちゃうからね」
金条の言葉を聞くまでもなく、鷹戸はそのつもりだった。
(ずるずる打たれる? そもそも俺は打たれるつもりでココに立っちゃいねえんだよ!!)
5番打者の笹田を三振に倒す鷹戸。最後のストレートには、相手のベンチも感嘆せざるを得ない。そのままベンチに戻ってくる鷹戸たち。
「すげえじゃん鷹戸。ナイスピだったぜ」
外野の小林と山口が両肩から寄ってくる。鷹戸はグラブタッチで応える。
「……二巡目。しんどいか?」
「全く」
今宮の顔に、鷹戸は平然とした様子で答えた。
4回裏、田中と大滝を三振に倒す烏丸。変化球の割合が増え、空振りも増えている。
「良いピッチャーだぞ。でも、お前らはどっちかつーと得意か」
「ですね。任せましたよ、山口さん。伊奈も」
大滝と田中に言われ、山口は打席へと向かう。
「ミートするだけなら問題ないだろうけど……内野の守備堅そうだし」
そのようにいいながらも、山口は外角のシンカーにしっかりとミートし、ライト方向に流し打ちするという技術を見せた。
「あの5番上手いよな?」
「ああ、間違いないで」
二遊間で情報を共有しながら、続く6番打者である伊奈を迎える。
「こいつも変化球対応上手いからな! 気ぃつけや!!」
根津が烏丸に向かって叫ぶ。
(気を付けるだけならキツネやタヌキでもできるんだよ!!)
インコースにストレート。これは見逃す伊奈。1ストライク。
(コントロールはやっぱしいいな)
続くスライダー、スラーブを見逃す伊奈。1ストライク2ボール。
(なるほど。変化球はエリアの外に集め出したか。打ち取る気満々だな)
そして――外角低めのストレートを打ち返す伊奈。三遊間に鈍い当たりになるが、なんとか抜け、ヒットになる。
「よぉし……! チャンスメイクッ!!」
「今日、調子が良いのはここ二人か? 大滝が当たりだしたら大量得点を狙えるチャンスだ」
絹田監督の言葉に、固唾を呑む大滝。
(そうだよな……それが……4番。自分の出来不出来で、チームの得点が大きく変わる)
緊張感を持ちつつも、金条が三振に倒れたことにより、4回の攻撃が終わる。そして迎える5回表――マウンドに鷹戸、打席に烏丸。投手対決が始まろうとしていた。




