第一章 第七話 初顔合わせ
やっと皇族全員揃い踏みですよー。
近衛隊→外敵処理
親衛隊→周辺警護 的な位置付けでお送りしたいと思います。
あともう一人、出したい人が居る。全く影も形も出てない為、ぽっと出で出すには文章量が……。
次の話に入れたいと思います。初の被害者かな色々な意味で。
ゆっくりと開かれた扉の向こう、六対の視線が突き刺さってくるのがわかる。自然、己を抱き上げている腕に縋る。名付けの場で貰った灯水晶はここに来るまでにメイドに預けた。自室に持って行ってくれるそうだ。
「怯えるな。お前の母と兄姉達だ」
緊張をほぐすようにサラリと髪を梳き、心配ないと諭す。
護衛として降りていたルクルケツァクルも、隊服ではなく皇族としての礼服に着替えていた。
「リティ。我が子だ」
一眠りして落ち着いたのか、血色の良くなったリスティーナに大切に抱いていた仔を渡す。淡青の髪を緩く腰の辺りでまとめたままで、完全にプライベートなのだと解る。
「私の……仔」
白く細い腕が伸びて来る。その腕に渡され、フィリスティアロスは視線を移した。
「綺麗な漆黒の髪と、瞳…。私と同じ目ね」
嬉しそうに微笑むその瞳に、確かな安堵を見る。
黄金の瞳に爬虫類特有の縦長の瞳孔。髪の色は黒だと解っていた為、ようやく己の色を知る事が出来た。鏡を見ることが出来れば簡単なことだったのだろうが、そんな暇や考えが無かったのが正直なところだった。
「名前は?」
座るリスティーナの膝に横抱きにされ、優しい目に見つめられる。ロスティグクスとは違う安心感がそこにはあった。
「…………フィリスティアロス」
母親であっても付けられた仔の名を知らない。名付けの儀式が終わるまで、悪用されない為に父親ただ一人の胸に仕舞われる。それが皇族の掟。
「フィリスティアロス。フィス。私の仔。生まれて来てくれて嬉しいわ」
抱き締める腕が震えている。半ば諦めていた子供。そして命を狙われた衝撃での誕生。
「うんでくれて、わたしをねがってくれて、ありがとうございます」
首筋に腕を回して抱き付いた。存在を確かめるように、抱き締める力が強くなった。
「母上」
苦しいと言外に滲ませれば、僅かながら抱き締める力が緩む。その隙にもう一度視線を合わせた。
「わたしはここにいます。母上、だいじょうぶです」
同じ黄金の瞳が瞬く間に潤む。
「フィス!」
再び腕の中に囚われ、仕方なく力を抜いた。ここで抵抗して不安にさせるのは得策ではない。そう言えばロスティグクスもここに来るまでの間、片時も手放さなかった事を思い出す。
解り難いと心の中で溜息を堪えつつ、甘えるようにリスティーナの首筋に擦り寄った。
「やっと逢えた……。本当に良かった」
竜属は卵のまま産まれて来る。そして、龍力を吸収しながら卵の状態で約三年を過ごすのが通例。だが、フィリスティアロスは違った。卵のまま産まれて五年間、孵化する気配すら見せず、ただ月日だけが過ぎていた。
「リティ。他の者にも挨拶を。喜びは後で幾らでも噛み締めればよかろう」
目元を布で覆ったケーラルーンに窘められ、渋々といった様子で体を離が、手放す事は出来ないのか、膝に据わらせたまま、背後から抱き締める形に収まった。
「自己紹介を」
ロスティグクスに促され、ルクルケツァクルが歩み出る。
「ようやく逢えたな。俺はルクルケツァクル。帝位第一継承者の地位に在る」
片膝を付いて視線を合わせる長兄。混乱と騒動の中、確かに支えてくれた声。あの騒動の中でしっかりと確認する事は出来なかったが、スッキリと切り揃えられた真紅の髪と、強い意志がはっきりと現れている薄緑の瞳。誰の目から見ても男前だと言われる容姿。
声も低めの落ち着いた音で、思わず聞き惚れる。後でゆっくり話がしたいと思いながら口を開いた。
「…………ルクル兄上。フィリスティアロスです。お会いしたかった」
腕を伸ばせば、慌てる事無く抱き上げてくれる強い腕。リスティーナも事情を知っているのか、僅かな躊躇いを残しつつ素直に手を離す。
「これはまた……。化けたな」
片手で抱き上げ、額を摺り寄せて来るフィリスティアロスの頭を撫でながら呟く。名付け前の不安定な時を間近で見ているからこその感想。想像以上の安定感にこれからの成長を思う。
己の弟。グラディニア帝国第四皇子、そして葬竜皇の後継者。三力、全属持ちと言う稀に見ぬ逸材。
もし葬竜皇の後継者と言う縛りが無ければ、帝位継承権は間違いなくフィリスティアロスに移っている。その事があっさりと受け入れる事が出来るほどの格の違い。それでも卑屈にならないのは、心から兄として慕ってくれていると本能的に解るからだろうか。
「では、僕も……。エラルディートと申します。母が、ご迷惑をお掛けしました」
憔悴しきったクールビューティーを責める事ができる者がいたら、それはそれで凄いと思う初対面。騒動以降今まで働き詰めだったのか、肩口で切り揃えられた紫紺の髪は荒れ、淡青の瞳は見るからに疲れ切っている。諦めと、絶望、後悔が入り混じった瞳。その目に何故かイラついた。
「エラル兄上。フィリスティアロスです」
ルクルケツァクルの腕の中から手を伸ばせば、反射的に伸ばされた腕が触れる前に彷徨う。己が触れて良いのか、仔を殺そうとした女の息子に触れる資格があるのか、葛藤が伝わって来た。
触れ合わない指先に困惑し、助けを求める様にルクルケツァクルを見上げれば、両方の心情を察している所為か、苦笑を隠しきれていない。
「エル。あの者がした事にお前は関与していない。それに、お前は父上の子だ。何を躊躇う事がある」
ここで触れておかなければ距離を開けられる。それは最早確定事項だといってもいい。そうなれば色々と美味しくないと言う個人的な意見がある。
「…………エラル兄上は、わたしのことがお嫌いですか?」
止めに潤む瞳で見れば、慌ててエラルディートが抱き受けた。まさしく子供の特権だが、己でやっておいて、二度としたくない程度には心理的ダメージが大きい。
《策士》
笑いをかみ殺したような念話を無視し、困惑と混乱の境地にあるエラルディートの腕に見事に収まって見せたのだった。
「温かい……」
子供特有の高い体温に、強張っていた体から自然と力が抜ける。
命を狙いながらも護ろうとした仔が、確かに生きて己の腕の中にいる。
「……フィス」
「はい。エラル兄上」
見上げて来る黄金の瞳に責めるような翳りは無い。
「フィス」
その事実を確かめ、エラルディートは思わず小さな体を思いっきり抱き締めたのだった。
「……エル兄様。潰すおつもりですか」
腰よりも長い癖のある新緑の髪をかき上げながら、呆れたような声を上げる。
「キャス」
言われて気が付いたのか、抱き締める腕の力が緩んだ。
「目が覚めている時には初めましてね。キャスティーヌよ」
「フィリスティアロスです。姉上」
エラルディ-トの腕の中から頭を下げる。触れ合うつもりは無いのか、腕を伸ばしてこなかった。その為、此方からも無理に触れ合おうとはしない。
「私も、母が迷惑を掛けたわ。謝って赦される事ではないことは解っているつもりよ」
自嘲気味な笑みを浮かべ、キャスティーヌが疲れた様に言う。魔術・魔導両師団を纏める立場に在る為、今回の騒動に加担した魔術師、魔導師の処分を進めている。
確実に関わっていた者達には長兄直々の取調べがあり、知らずに加担していた者達に対しては厳罰の意味を込め、咎人の刻印が入れられ、監視下に置かれる事になった。
「気にしていない、と言えばうそになりますが、姉上のせいではないということはわかっているつもりです」
命を狙われ、殺されかけた事は紛れもない事実。だが、実行犯ではない相手に対してまで怒りをぶつけようとは思わない。止めようと動いていた事も、護ろうとしてくれていた事も殻の中で感じていた。その為、そんなに怒りを抱いていないのだった。
「子供らしくない子供ね…………ありがとう」
綺麗に手入れされた手が愛おしそうに頭を撫でる。
ここにいる全員が当事者といってもいい。命を狙われた者、護ろうとした者、止めようとした者。失われるものは大きい。だが、このタイミングで膿を出し切るつもりである事は雰囲気から伝わっていた。
「次は私ですね。初めまして。ナラフラレクトと申します」
綺麗な碧の髪を首筋の辺りで一纏めにし、左側に一房束ねないまま流している。長さは腰の辺りまであり、まったく癖の無いストレート。フレームレスの眼鏡にやや冷たい印象を抱きがちだが、温かな橙の瞳がその雰囲気を和らげている。
「フィリスティアロスです。ナラフ兄上」
抱き上げている事に疲れたのか、エラルディートがソファーに座る。
「重いなら、降りますが……」
「いえ。このままで」
躊躇いがちにかけた言葉に即答され、ぱちくりと目を瞬かせた。
「エル兄上も素直ではありませんね」
クスリと小さく笑い、ナラフラレクトが苦笑する。
仔を取られて不満そうなリスティーナですら、何も言わないところを見るとこのままでいた方がいいらしいと判断する。己を抱いていて安定を得られるなら、苦ではない。
「仔も目覚め、一応は一段落だな」
リスティーナの隣に腰を下ろしたロスティグクスが安堵と共に吐き出す。
「問題は山積みですけどね」
さり気なく皇帝夫妻の背後に位置取りつつ、目を逸らしては通れない現実を突き付けた。
「ルク……」
「竜属が絡んでいる以上、甘えは通用しません。それに、これを機に膿を出し切る。違いましたか?」
皇族のプライベート・サロンには、近衛隊の入室は許可されていない。その代わり、各々が持つ親衛隊を何人か選び、護衛として傍においていた。テキパキと給仕するメイドも手馴れたもので、リスティーナとケーラルーン付きのメイド達だ。
サロンでの会話は完全なプライベートとして処理される。勿論他言無用。その事を理解し、実行出来る者達だけがこの空間にいることを許される。
「違ってはいない。貴族達からどんな反発があろうと、粛清は確実に行う。そうしなければあの方が納得しまい」
ロスティグクスの言葉に、リスティーナの表情が曇る。
今回の件に巻き込まれたのが皇族のみだった場合、首謀者の処刑、関わった者の厳重処罰で事は済む。だが、狙われたのはフィリスティアロス。葬竜族の血を引き、しかも次代とされている者。
竜属は個体数が少ない為か、同族意識、仲間意識が異常なほど強い。平時ならば反目しあっている魔属と聖属の竜ですら、事が起こったときは合同で動くほどだ。
そんな竜属に手を出した。帝国のやり方で納得するはずが無い。幾らリスティーナが止めようと、意味は成さないだろう。そしてそれは新たな亀裂を生み出しかねない。
竜属に一方的に蹂躙された、狩られた、殺された。帝国側に非があるにもかかわらず、そんな嘆願が投げ込まれる未来を簡単に思い描けてしまう。だからこそ手が抜けない。徹底的に調べ尽くし、魔属竜皇の納得を得るまでは安心できない問題だった。
「少なく見積もっても、重鎮の約半数、内務関係者の約3割、軍務関係者約4割、総合的に5割はメンバーが変わるでしょう」
冷静なナラフラレクトの言葉に、エラルディートの表情も曇る。事の発端は己の母親。その所為で多大な迷惑を掛けてしまっている。
「まぁ、私としては新しい風を招けますので、それ程苦ではありませんが」
なんでもない事を装うが、人事は頭が痛い問題として圧し掛かっている。
無能は容赦なく切れる為清々しい気持ちになるのだが、今回の問題にそれ程深く関わっていなくとも、処分しなければならない対象は多い。その中に有能な者が居るとくれば頭痛の種は更に増える。
助ける為には理由が要る。その理由を捻り出さない限り、後々の禍根を残さないよう、一家取り潰しの上、関係者親族皆殺しが既に決定されていた。
「暫くはリストの整理が主になりますね。エル兄上にもお手伝い頂きたいのですが」
ビクリとエラルディートの体が強張る。
「……僕は、処罰される側です。重要事項に手を出せるはずが…………」
母の実家であるジスカーン侯爵家の取り潰しは決まっている。その血族たる己も、罪を背負わなければならない。
「お前は何を言っている?」
「は……?」
腕を組んで立ったままでいるルクルケツァクルから、短い叱責が飛ぶ。
「ジスカーンはお前の『母』の実家。それは間違いない。だが、お前の実家は『グラディニア』だ。格下の家のゴタゴタで、お前が負い目を感じる必要は無い」
「何を言って……、僕には確実にあの女の血が流れているのですよ」
目に見えて狼狽するエラルディートを、ルクルケツァクルは冷静な目で見る。ロスティグクスもナラフラレクトも口を挟まない事から、エラルディートに対する処分は無いと思われた。
「それ以前にお前は第二皇子であり帝位第二継承者だ。父上もお前やキャスの処分は考えていない」
巻き込まれる形でキャスティーヌの母、アベンテテラ子爵家も暗殺騒動に手を貸している。その事に言及され、思わず肩が跳ねる。
「継承権はお返しするつもりです。それに、兄上が居られれば僕のような継承者はいない方がいい。これだけの大騒動。無実で許されるはずがありません」
頑なな弟に、兄は呆れたように短く息を吐く。今回の騒動が大半を占め、一番大切な事が抜け落ちている。それを問わなければ態度は軟化しないだろう事は容易に想像できた。
「帝国内で最も尊ばれるのは何だ」
「……血族……です」
「そう。『グラディニア』が『ジスカーン』、『アベンテテラ』に劣ると?」
優劣は血で決まるといっても過言ではない。生まれた子は優れている血筋に身を置き、その血脈を守る為に動く。
皇族の名であるグラディニアが爵家に負けるわけが無い。
「そんな理由で……!」
「そんな理由で過去に処罰を免れた皇子、皇女は多い。最も尊ぶべき皇族の血筋を絶やす事は許される事ではない」
代々受け継がれている『知識』にも同じ様な事があったと記されている。
「優先すべきはグラディニア。お前は皇族であり、皇子。ジスカーンが事を起こしたところで、お前に降りかかる火の粉は無い」
「……父上…………」
「キャス、お前も同じだ。アベンテテラの所業に関し、罪を問う事は無い」
「父様……」
実際、仔に何らかの危害を加えていれば当然罪に問われる。だが、今回二人共に仔の護衛に回っている。だからこその不問い。
「エルはナフの補佐として内政に携わり、少しでも我の負担を減らしてくれ。キャスは一時ルクの指揮下に入り魔術・魔導両師団の再編を急げ。
もし、母を粛清する我に不満があるのであれば、包み隠さず話せ」
皇としての立場より、父としての立場を優先させた。誰が好き好んで己の子を死に追い遣るのか。誰が好き好んで粛清など行うか。行わなければ秩序が崩壊する。魔族と竜属の間に結ばれている約束事が、白紙に戻される事だけは避けなければならなかった。
「不満など、ありません」
仔を抱き締め、エラルディートが震える言葉を紡ぐ。母の事はなんとも思っていない。むしろ、今回の騒動で完全に排除されるのであれば心が軽くなるといってもいい。それほどまでに母親の存在は負担だった。
「私も、ありません。父様」
俯き、涙を流すキャスティーヌの肩を、慰める様にナラフラレクトが抱き締める。その腕を嫌がる事無く素直に甘える様子を、ロスティグクスはただ無言で見つめていた。
「なら、鋭気を養う為に食事にしましょう。フィスも目覚めた事だし、たくさん食べるわ」
場の空気を一掃するようにリスティーナの声が響く。一番の被害者であった彼女の言葉に影は無く、ただ皇族を大切に思う気持ちだけが込められていた。
「あまり、食べ過ぎるでないぞ。ただでさえ最近の食生活は乱れて居ったのだからな」
姉のような立場にあるケーラルーンは釘を刺すのを忘れない。一度眠りに就き、ある程度の気力が戻ったとしてもそれは万全ではないのだ。
「解っていますー。ケールは心配性ね」
「……リティにだけは言われたくない台詞であるな」
場の空気が柔らかくなる。キャスティーヌはナラフラレクトに任せておけばいい。一連の様子から慰めなれていると推測する。
問題は己を抱き、絶望の縁を彷徨う次兄。
父皇から言い渡されたのは罰でもなんでもない。正式に内政官として名を連ね、補佐をしろというもの。こんな寛大な処置を望んでいた訳ではない。
「エラル兄上」
抱いたままの仔の掌が頬に触れる。
「エラル兄上は、死と言う逃げを望みますか? それとも、父上の為に生き、その能力で帝国を支える事を望みますか?」
静かな問い掛け。その言葉に瞠目する。
「逃げ……」
「罰を望むという事は、そういうことではないのですか?」
考えてもいなかった。償わなければと、ただその一心だった。
「償わなければと…………」
「ならば、父上の為にエラル兄上の力を使えばいいのです。そうすればナラフ兄上の負担も、ルクル兄上の心配事も減ります。
命を賭す事だけが、償いではありません」
己の言葉でどれだけ心が動くか解らない。だが、言わずには居れなかった。
「…………ありがとう。フィス」
憑き物が落ちたかのような柔らかな笑み。険しい表情以外の顔を始めてみたような気がする。それはロスティグクス達も同じだったようで、今度こそ張り詰めた空気が霧散した。
その瞬間を狙いすましたかのように次々と食事が運び込まれ、和やかな食事タイムへと突入していったのだった。
その間、エラルディートがフィリスティアロスの傍から片時も離れなかったのは、さしたる問題ではないはずである。
ルク+エルコンビと、キャス+ナフコンビで動く事が多いため、自然と姉慰めスキルが上昇している苦労性な弟。無自覚。
エルがフィスに懐いた。コレには意外でした←
さて、次話で登場させたい方をどうやって登場させるか……。一章が意外と長くて悩みどころ。何処で間違えた。
リクエストの受付ーですが、何にも無いので、ちょっとアダルトチックな兄上達を放り込んでみようかな。何処で止めるかが問題ですよねー。




