第一章 第六話 名前と言う安定
相変わらず進んでませんー。
ようやく子供の名前決定。皆の名前が長くて、失敗したと思う今日この頃。
予約投稿とか、書き溜めとか、したいよ!(切実。
薄暗い階段を、ロスティグクスに抱き上げられたまま降りて行く。周りにはルクルケツァクルを筆頭とした近衛兵が護衛として付いていた。
「この場を、こうして通るのは久々だな」
名付けの他に、決して表には出せない話し合いを行う時に用いられる場所。
今回の騒動をどう抑えるかの密談もそこで行われた、皇族にとって絶対的な不可侵領域。
「俺も、護衛として通るのは久々です」
正式な隊服を着たルクルケツァクルが感慨深げに呟く。
護衛を引き連れて階段を下りるとき、それは名付け以外に存在しない。普段の密談の時に大勢連れ立って歩くわけにはいかないのだ。
「……ナフの時以来か」
「そうなりますね。ですが、今回はそう切迫していない」
首もすわっていない嬰児を壊さないよう、細心の注意を払った。特にナラフラレクトは保有する魔力量からして今までの子とは大きく異なる。ロスティグクスにとって初の女の子だったキャスティーヌの時以上に緊張したのを今でも覚えている。
キャスティーヌの時は保有する魔力量の巨大さゆえに早急な名付けを迫られた為、緊張や不安を感じている暇など無かったといった方が正しいか。
「まぁ、既に理性が働いている所為もあるだろう。暴走する危険が低い」
生まれたばかりの子には生きる為の本能しか備わっていない。少しでも危険と察知すればその危険を排除する為に全力で向かっていく。それが所謂暴走状態。
上手く止めなければ、城の壊滅や子の命が奪われる可能性があった。今回はそれが無い。孵った仔は己の力を理解し抑える為に力を使っている。だからこその余裕。しかし、それも一歩間違えば簡単に暴走を引き起こす危ういものであった。
「名付けの後、どのように安定するのか楽しみです」
先頭を歩きながら、本当に楽しみで仕方が無いと言う様子で言葉を紡ぐ。誕生後の暴走を止める為に少しだけ言葉を交わした弟。恐怖と混乱の中にいた筈だが、己に背中を預けてくれた。その事実が嬉しい。
創られて行く塊を目の前にして平静を保つ事には苦労をしたが、最高血統とも言える血筋の皇子。延命の為にあらゆる術を施され、ギリギリまで生死の境を彷徨っていた仔。
無事に生まれた今、さっさと安定させて多くの話しをしたいというのがルクルケツァクルの正直な思いだった。
「そうだな……。我も楽しみだ」
緩やかに高まる力は上手く循環し、不安定ながらも安定している。この力を完全に制御した時、どのように化けるのか、想像は尽きない。
暫く階段を下ると、目の前に大きな石の扉が現れた。ロスティグクスが無言で片手を翻せば、音も立てずに扉が開く。
開かれた扉の奥、部屋の中には簡素な机と椅子が置かれていた。
「我らはここで」
皇族同士の密談はここで行われるが、名付けの場は更に奥になる。その場所に入れるのは皇帝と子のみ。母親ですら立ち入る事が出来ない聖域。その為、護衛として着いて来た者達はこの場で待機するのだ。
「解った」
仔をその腕に抱き壁の前に立つ。何の変哲も無い壁だが、ここが奥への入り口。
迷いも無く歩を進めると目の前に在った壁が一瞬ぶれ、次の瞬間、新たな道が目の前に続いていた。
「…………隠し扉……?」
「皇帝の位に在る者にしか反応せぬ。故に他の者が通る事は出来ない」
どのような仕組みになっているのか、好奇心に駆られて『視た』事がある。目の前に現れたのは複雑極まりないな陣の数々。幾重にも折り重なり、互いが互いの力を補い、高め、そのうえ自己修復機能を備えた重ね陣。
余りにも広大で複雑な陣を前に、『視なかった』事にした記憶は苦い思い出として心の奥底に根付いていた。
「グラディニア帝国初代皇帝が、守護者と共に創りだしたと伝えられている」
整備された人工の階段が唐突に途切れ、人工でありながら未整備の階段へと景色が変わる。
「守護者……」
「この世界を見守る者の事だ。始まりと終わりを司る者」
その言葉に、黎明とまだ見ぬもう一人の守護者を思い浮かべる。真白の空間で一期一会を繰り返す者達。数多の出会いと、幾多の別れ。旅立ちを見送り、終焉を見守る。
「貴方は守護者の事を?」
「知っている。皇帝となった時に我が父から『知識』を継いだ」
グラディニアは世襲制。代々受け継がれている物が多くある。その中でも一際特異なものが『知識』の譲渡。記憶を渡すわけではない為、個人的な情報を知る事は無いが、帝国を治める上で必要な事が全て詰め込まれ、己の代では成し遂げられなかった事を次代に託す意味合いもあり、代々『知識』の継承がされていた。
その中にあるのが守護者の存在。その『知識』があったからこそ、ロスティグクスは仔の魂を請う事が可能だったのだ。
「お前は? 此方に生まれる前、彼らとは逢ったか?」
本来であれば失われる記憶。だが、確信があった。仔は忘れていないと。
「いろいろと話しました。属性も調べてくれたようです」
ゆるふわ蜜色ロングの美形は忘れようとも忘れられない存在だ。好奇心が赴くままにしでかした事で色々と心が折れていたようだが、守護者としての責は問題なくこなしているのだろうと思う。
「全属か……。我もルクから聞いた時は耳を疑った」
魔力、龍力、霊力の全属持ち。三種の力を持っていると言うことだけでも特異な目で見られるというのに、その上で全属を扱うと言う。ルクルケツァクルの報告を聞いた時は冗談だと思ったが、仔の部屋から続々と運ばれていく塊に、事実だと認めざるを得なかった。
「そんなに希少な存在ですか?」
この世界の常識は全くと言っていいほど知らない。孵った瞬間に暴走し昏倒、目覚めたと思えば名付けの儀式といわれ連れて来られている。情報を得る暇も無かった。
「希少……、我が知る限り、全属持ちは居なかった、とだけ言っておこうか」
全属持ちが居たと言う過去があれば『知識』に刷り込まれるはずだ。初代から現代の『知識』を総動員しても、そんな記録はどこにも存在しない。
いま手に抱いている者こそが初の全属持ち、そして異例の四種持ち。『知識』に遺せるわけがない。他の世界に魂を請うた事も己の中で秘されるべき事。原初の世界の魂を得る事ができれば傑物が生まれる。そんな前例を作り出してしまったことは予想外の事だった。
「やはり……」
呟きながら白銀のブレスレットに視線を落とす。神力を封じた封具。この封印を解けば四種の力が暴れる事になる。それこそ異能。溜息を堪えつつ、名付けの場への階段を進んでいくのだった。
暫く歩いた先で突如開けた視界。城の地下にあるとは思えないほど大きな洞窟。奥には清廉な水を湛えた湖が広がる。真っ暗闇であるはずが、岩に付いた苔や岩肌から見える灯水晶が仄かな光源となり、全体を浮かび上がらせていた。
「岩で光っているものは?」
ロスティグクスに抱かれたまま問う。始めてみる物。目にする物が全て新鮮。
「灯水晶だ。空気中に漂う魔気や霊気、神気を吸収して灯る。直接力を流し込んでもいいが、殆ど自然に灯るに任せてある」
魔素が集まり魔気になり、魔気が集まり魔力になる。他の力も同じ様な集合体であり、素が全ての始まりとして在った。
僅かな明滅を繰り返し、風に吹かれるように時折揺れる灯かりは、和蝋燭の炎を思い出させ、飽きさせない。いつまででも眺めていられる。それ程、灯水晶は癒しを齎す。
「気に入ったのならば、帰りに一欠け採ればいい」
腕を伸ばして灯水晶に触れようとする仔を制し、ロスティグクスは湖へと歩を進める。代々の皇族達はこの場で名を与えられた。例外は無い。纏っているローブが濡れる事も構わず、湖の中へと入っていった。
胸元辺りの深さまで湖に浸かれば、そこが丁度湖の中心になる。歴代の皇帝全員が同じ身長であったはずは無いのだが、どういうわけか、胸元まで浸かればそこが湖の中心になっていた。
「冷たくは無いか?」
腕に抱いている仔も肩より少し下の辺りまで湖に浸かっている。
「大丈夫です」
思っていたよりも湖の水は温かく、湯とまでは行かないまでも長時間留まれるような温度だった。
「名付けの儀式を始める」
見上げてきた仔に頷きで返し、厳かに言葉を紡ぐ。
その瞬間、湖の底が光り、一つの陣を浮かび上がらせた。この陣も解読不能、自己修復付きの物で、帝国の歴史を見てきたと言っても過言でない陣の一つだった。
「我が子にしてグラディニア帝国第四皇子、我が后の仔にして現葬竜皇の次代を担う者」
葬竜皇の皇位継承権を持つ為、その事を織り込んでおかなければ後々大変な事になる。帝国に縛り付ける為に仔を成したのではないのだ。
「名をフィリスティアロス。真名をトワとす」
トワ。真名を聞いた瞬間、都和、永久、永遠、様々な漢字が脳裏を掠め、都和を主柱にして三つの柱が構築された感覚を得る。それはロスティグクスも予想外だったようで、抱く腕に力が篭った事で知った。
「フィリスティアロス……。わたしの、名…………」
封具を用いて何とか暴走を止めていた状態が嘘のように、次々と溢れ出していた力が急速に減っていく。封具に回していた三力安定の為の力を緩めても、暴走の気配は欠片もしない。
「これが、安定」
驚くほどの違い。名を与えられ、存在を認められ、自己を成した。
「これほどとは……」
仔の急速な安定を目の当たりにし、思わず口を突くのは驚愕の言葉。
魂からして存在が違う。アキュラフォーリュベルンでその存在を確立した瞬間、化けた。名付けを行っても変わらない者も数多いる。だが、フィリスティアロスは違う。恐らくルクルケツァクルが思う以上の化け方。
誰も予想出来ない力を持った傑物、畏怖の対象、暴走を起こせば災厄を振りまく者の真の誕生の瞬間だった。
「これで、母上や兄上達と話が出来るのですね」
嬉しそうに湖の水を掬い、そのまま水滴となって落ちていくのを眺める。
「フィス。その左手の魔法具は、三力を封印する為だけの物ではないな?」
左の手首に鎮座する封具。その存在を認め、改めてロスティグクスは問う。知っておかなければ庇う事もできない。
三力封印の為なら、既に無用の長物。己の力だけで強大な力をコントロールする事が出来る様になっている。それでも消えない封具。他の物を封じているとしか思えなかった。
「…………狭間で会った女性に渡された物を封じています」
話すべきかどうか迷ったが、隠し立ててもメリットは無い。むしろこの世界での父親。言っておかなければもしもの時に頼る事も出来ないと考え、正直に口を開いた。
「狭間……。眠っている間に?」
「はい」
名付けの儀式は終わった。陣も光を消し、沈黙している。
フィリスティアロスを抱いたまま、ロスティグクスは湖から出ると近くの岩場に腰を下ろす。塞がっていない方の手を簡単に振れば、瞬時に濡れていた服が乾く。
突然の事にぱちくりと瞬く様子を微笑ましく思いながらも、話の続きを促した。
「狭間で出会った女性は神族でした。その女性から力を頂きました」
神族が持つとすれば霊力か神力。封じているという事から、譲渡された力は神力。それも莫大な。力が安定した事で封じ易くなったのか、封具に刻まれている陣がめまぐるしく姿を変える。より効率よく封じる為に、より適した陣を探るように。
「女性の名は?」
「聞いていません。聞いてはいけない雰囲気でした」
己の事よりも子の事を優先していた女性。あの時、女性自身に対する問い掛けは無言で拒絶されていた。故に聞く事が出来ず、例え聞いていたとしても答えをもらえる可能性は極めて低いと思われた。
「神族……、子を成した直後に死した者…………」
帝国内の事柄であれば耳に入っていてもおかしくはない事例。
神族は元々同族意識が強く、他族の血が混じる事を極端に嫌う。純血至上主義とも言えばいいのだろうか。それでも、少数派はどこにでもいるもので、他族に恋をし一族を捨てて出奔すると言う者も居た。
その場合は出奔先が責任を持ち保護を行う。そう言う取り決めが、神族を除いた他族の中で暗黙の了解として存在している。
それ程までに、他族が神族を大切にする理由。それは神族の総数自体が少ない事と、彼らが扱う力の所為だった。何者よりも強力な治癒力。瀕死の者をたった一撫でしただけで、死の境を彷徨っていた者が立ち上がって走り出したと言う逸話があるぐらいである。
治癒自体は他の力でも可能だが、神力ほどの威力は持って居なかった。
「帝国内ではありませんか?」
首を傾げるロスティグクスに、帝国内ではない可能性が極めて高いと言う結論が出かけようとしている。そうなれば早期に見つけ出す事は困難を極める。
例え帝国内に居たと仮定しても、自身が探しに出る事が出来るようになるまでに、最低でも10年は見ないといけない。それが他国となれば更に時間が必要になるはずだ。不安げな子を前に、更に絶望的な知らせが齎される。
「国内、国外を問わず、一族を出奔した神族の情報は入ってくる。それが死亡となれば確実に入っていなければおかしい事だ」
そう。神族に関する情報は絶対共有。私的な事柄までは伝えないが、神族が来た、去った、死亡した、この三点における事柄については時をおかず伝達される。故意に神族の存在を隠そうとしない限りにおいて、の事ではあったが。
「では、その女性は……」
「攫われ、捕らえられていた、と考えた方が妥当であろう」
余りの事に視界がぶれる。
「フィス!」
倒れかけた体を慌てて支える。
「その女性は、攫われた挙句、無理やり子を産まされたと言う事ですか……?」
しっかりとした腕に縋りながら、確かめたくも無い事実を確かめる。
「それは、解らぬ。神族は受胎してから約10年の年月を置かなければ子を宿していると確定出来ない。もし攫われる前に受胎していれば、その子は純血となるが……」
「純血の子が生まれたと言う話も無いのですね……」
無言の首肯。どうあっても探し出さなければならない。女性の最期を伝える為に。そして女性の願いを叶える為に。
「我の願いを聞き、その者の願いを聞き、お前は一体いくつの重荷を背負う?」
原初の世界の魂。歴代存在しえぬ傑物。一歩間違えば化け物と呼ばれても不思議ではない程の力を持つ者。
孵ったばかりだというのに、既に荷は二つ。これから先、どれ程の荷が増えるのだろうかと、案じずには居られなかった。
「わたしは、わたしに背負える荷しか背負いません。……背負え無い荷は、捨てていきます」
初めて出遭ったときを思い出したロスティグクスは、それが本心であり、偽りであると瞬時に断じた。
心根は優しい。何が待っているか解らない場所に来る事をあの短時間で承諾した。頼まれたから、困っているから、必死だから、そういう理由で荷が背負える。誰にも気付かれないように、背負った荷を降ろすその瞬間まで笑顔で過ごすのだろう。
解ってしまった。己はそんな心根に甘えたのだと。それでも、回りだした歯車を止める事は出来ない。その歯車を回した者が止める資格を持つはずも無い。
「悔いる事はない。『ちちうえ』、私はここに来た事を『後悔していない』」
はっとして仔を見れば万遍の笑み。小さな掌がそっと頬を撫でて離れる。
「元の世界では出来なかった事が色々出来そうだ」
表情からも、その言葉に嘘偽りが無い事が見て取れる。
安定した力と確立された存在。護ると誓った仔を抱きかかえ直すと、腰を下ろしていた岩場から立ち上がる。
「岩場に灯りし灯水晶よ。我が仔の為に欠片を頂く事は可能だろうか」
欠片となったと灯水晶に意思は無い。だが岩場にある間、勝手に採掘しようとすると急速にその灯が失われてしまう。故に問わなければならない。一欠けら欲しいと言う事実と、分けてもらいたいという願いを。
そんなロスティグクスの言葉に応じ、一部の灯水晶が一際輝く。
カシャン。と言う澄んだ音を立てた後、仔の手中に灯水晶の欠片が鎮座していた。
「ありがとう」
フィリスティアロスの言葉に応じるように岩場の灯水晶が明滅を繰り返す。それはまるで、気にするなとでも言っているようだった。
「こんなに大きな塊を、本当に、ありがとう」
嘘偽りの無い素直な言葉。灯水晶もそれに応じて大きな欠片をくれたのだろう。
世界に愛される仔。本気で護らなければ守護者達に申し訳が立たない。
羽化の時のような失敗は繰り返さない。そう固く心に誓い、ロスティグクスは名付けの場を離れたのだった。
後もう少しで第一章終了です。
長い目でお付き合い下さい……。
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第一章がそろそろ終わりますよを記念して(?)何件かリクエストを受け付けたいなとか、無謀な事を考えています。
誰の、どんな話が読んでみたい、誰と誰の会話が覗き見したい等、ありましたらリクエストくださると持てる力で頑張ります。
リク聞く前に本編進めろと言う催促でも構いません……。




