第一章 第五話 訪れた目覚めと再会
相変わらず進みません。
削って先に進めるか、自己満足を満たすか、悩みどころ……。
光に誘われるように目を開ける。肌には服の感覚と、シーツと掛布の感触。
殻が割られた時に感じた、神経を突き刺すような殺気は既に無い。傍らに在るのは優しく包み込むような気配のみ。反射的にシーツを探ると、殻の中で持っていた『焔玉』が指先に当たった。
「わたしは……」
何かから逃げるように『焔玉』を抱き込み、体を丸める。『外』の空気に触れた瞬間、何があったのか、何をしたのか記憶は曖昧だったが、あの凍りつくような嫌悪感は忘れる事はできない。
己を睨み付けた狂気を宿した目を思い出し、冷たい震えが全身を襲う。
(本気で、殺そうとしていた。子を……。…………わたしを……)
己を護ろうとする者、殺そうとする者。軍配は護ろうとする者に上がった。
事実、こうして生きている。呼吸をし、鼓動を打ち、そして温もりを感じている。だが、それは己の力の暴走が招いた結果の幸運でしかない。一歩間違えば殺されていた。
『焔玉』を握り締め、ますます体を丸める。そうする事で何かから己を守ろうとする。
「まく……?」
だが、目を閉じた脳裏に響き渡る昏い嗤い。その嗤いから逃れる様に、体を丸めたまま瞳を開ければ、薄い膜が二枚重なっているのが視えた。紗が掛かったように見えるそれは、視界を遮るには十分すぎるものだった。
(……触れると感知するタイプか……?)
一定の間隔を持って揺れながら色を変える膜に、手を伸ばしかけて思い留まる。先程の夢が夢ではなかった場合、確認しなければならない事があった。
(……現実……か)
狭間と呼ばれた場所での出会い、そして出来事。左手首に鎮座する白銀のブレスレット。封印された神力と意識せずとも抑えられていると言う事が解る三種の力。
ふと視界に入った煌く光に誘われて首を動かせば、ベッドの上からでも解る程に積まれた大量の三種の塊。
狭間で出会った女性に煽られ力を垂れ流していた自覚があるだけに、目の前の光景には思わず眩暈を覚える。現実から逃げるように視線を外すが、色とりどりにキラキラと輝く塊達は逃がしてくれそうも無い。
一瞬の現実逃避の後、仕方なく起き上がれば膜も一緒に動く。
(保護膜……か?)
腕を伸ばせば、伸ばした距離だけ膜が動く。殻に護られていた方が良かったのか、薄い膜に護られているのが良いのか、悩みどころであった。
大量に積み上げられていた枕の一角を崩して己の一番楽な体勢になるように置いた後、その枕に背を預ける。座った状態のままゆらゆらと揺らめく膜と戯れて遊んでいると、唐突に扉が叩かれた。
その音を聞き、全ての動きが止まった。『焔玉』を握り締める手に力が入る。始めてみた光景が光景だったからか、緊張が無意識に溢れていく。止めようと思ってもどうにかなるものではない。
逸る鼓動を落ち着かせる為に一度目を閉じて深呼吸を繰り返す。現実世界での、一応落ち着いた状態での初対面。
(……無視は出来ない……か)
初手が全てだとは思っていない。だが、ロスティグクスの願いが全てだと思えない事もまた、事実として浮上していた。
「…………はい」
掠れそうになる声を絞り出し、なんとか応える。
入室の許可が出てから、細かく決められているのだろう一定の時間を置き入って来たのは、長身に腰に剣を佩いた男性。面倒な事に膜の所為でハッキリと認識できない。
「失礼致します」
扉から入って数歩も歩かないうちに片膝を付いて頭を下げる。耳に届く声は落ち着いた、柔らかなもの。怖がらせないように配慮されているのが解る。
「お目覚め、心からお慶び申し上げます」
外では何らかの指示が飛ばされているが、目の前の男性に意識が集中している為、内容までを聞き取る事はできなかった。
「違和感はございませんか」
片膝を付き、頭を下げたままの問い。
それが彼らにとっては普通なのだろうが、元々の出自が一般人の所為か、果ては雰囲気で察して欲しい日本人気質の所為か、居心地が悪い。
手と足をベッドの上で動かし、正常に動くことを確認すると『焔玉』をベッドに預け、ふわふわのラグの上に降りる。
「……じゃまだ」
己の動きに反応して纏わり付く膜が鬱陶しい。護る為のものなのだろうが、視えてしまうぶん動き難い。片手を翻し、核となっているだろう陣を遠慮なく断ち切った。
「……皇子?」
保護膜の消失を気配で察したのか、頭を下げていた男性が反射的に顔を上げる。
紗が掛かっていた視界では判別できなかったものの、中々の美形。項の辺りで一つに束ねられた淡萌黄の髪と、緋色の瞳。左耳には『焔玉』のピアスが煌く。
騎士の正装か、赤を基調とした隊服を纏っている。
(うわ……、美人~)
跪く青年を凝視する5歳児は異様だろうが、端から見れば、目覚めたばかりの皇子が戸惑いながら騎士と相対する図と見えるのだから不思議であった。
「皇子、先程の保護膜は?」
「ほごまく? あぁ……、…………消した」
困惑を顔に貼り付け、問いかけて来る騎士に言葉を返す。やってしまってから悔いるのは既に遅いが、視界が遮られて鬱陶しかったのは事実だ。
「消した……。ケーラルーン様と、皇女様の保護膜を……?」
攻撃特化の第一皇女・キャスティーヌの保護膜はともかく、側室筆頭・ケーラルーンの保護膜は護りの中でも一流。それを目覚めたばかりの子が消滅させたという事実に、背筋を冷たいものが流れ落ちる。
「少し、じゃまだった」
騎士の反応を見遣り、早まったと悟る。だが、感覚としては邪魔なものを消しただけと言うものだ。本気で常識を叩き込まなければならないと頭の片隅で思った瞬間だった。
「まさか、『視える』のですか!?」
その言葉に頷く。驚きからして、面倒な事に片足を突っ込みかけているのだと解る。面倒事は回避したい。そんな心情に呼応するかのように、ふわり。と揺れる髪。ゆらゆらと足元からオーラが立ち昇る。
「皇子! お抑え下さい!」
どこか緊迫した様子で掛けられた声に、現実世界に立ち返る。何をしようとしていたのか、解ってしまう己が恨めしい。三種の力は神力の封じに力を回して尚、有り余っている。
「わるい」
封具に組み込んだ三種の力を抑える術式を弄る。そうしなければ力を抑える為に要らない力を使う事になってしまう。流れる力を調整し、調整しきれなかった力は何個かの塊を創って力を逃がす。
「…………『創塊』……」
「色々わるいが、慣れてくれ」
普通であれば時間を掛けて創られるはずの塊。それが一瞬で形を成す。その事がどれだけの衝撃か、真白の空間で薄々感じ取っていた。守護者ですらあの反応だったのだ。易々と行ってはいけないと、再度己を戒めた。
「は……、しかし、皇子。お二方の保護膜を消したのは……」
「……『ここ』は、『貴方』は、『安全』だと思った」
「……っ……、そ……れは……」
己の守りの為に施されていた保護膜を消したのは単純な理由。青年から害意を感じなかった事と、城全体の雰囲気が警戒から防衛に転じている事。
誕生の騒動で何らかの事が動き、その対応に追われ始めたのだろうと勝手に結論付けた。
「早計だったか」
言葉に詰まる騎士にゆっくりと歩み寄る。
「貴方は信用できると思ったわたしの考えは、早計だったか」
手を伸ばせば触れる事が出来る距離。命を奪おうと思えば簡単に奪える距離とも言っていい。そんな間合いに迷いも無く歩いてきた子供。真っ直ぐに問われる。
「害をなすつもりは、ありません」
純粋過ぎる問いに再び頭を下げ、はっきりと意志を表す。
第一近衛隊。その中で翠銀と『焔玉』のピアスを与えられた者。第一皇子・ルクルケツァクルの側近にして腹心。危険に晒された第四皇子の身辺警護を任された者。そんな者が何らかの危害を加える訳が無かった。
「…………よかった」
ポツリと零された声音に混ざるのは紛れもない安堵。無意識なのだろうか、纏うオーラも柔らかなものに変化し、騎士は肩を震わせる。
「顔を上げてくれ。なれない」
傅かれる事を夢見てきたが、実際に傅かれると身の置き所が無いと言うことを実感した。知りたくも無かった事だが、これから先こういった場面が増えるのかと思うと今から疲れてくる。
「は……」
顔を上げた騎士の顔を覗き込む。綺麗な緋色の瞳。
カラーコンタクト等の人工物では出せない鮮やかさと煌き。光の加減で僅かに変わる濃淡も自然の色であると言う事を示していた。
「きれいな色をしている」
仔と真正面から交わる視線に息を呑む。逸らす事が躊躇われるほど強い視線。黄金の、爬虫類特有の瞳孔を持った瞳。ただ視線を交わしているだけだと言うのに、息が詰まるほどの緊張感。
「目覚めたか。我が子よ」
その緊張感を破ったのはグラディニア帝国皇帝・ロスティグクス、その人だった。
「皇!」
「ちちうえ」
仔が持つ雰囲気に完全に呑まれ、ロスティグクスの存在に気付けなかった事に歯噛みする。慌てて頭を下げるが、不興を買ったのは間違いない。
「そう畏まるな。気にする必要は無い」
騎士が雰囲気に呑まれている事には気付いていた。仔が持つオーラは異常。抑えてあると解っていても心のどこかで畏怖の念を覚える。ロスティグクスですらそんな体なのだ。騎士の落ち度を責めることは出来なかった。
「まずは無事の誕生と目覚め、嬉しく思う。我の居ない間に、色々あった様だが……」
ルクルケツァクルとエラルディートの報告には戦慄したが、仔の無事が最優先事項だった為、全てを捨て置いて仔を護る布陣を立てた。
最も、后、側室筆頭、第一皇女の三人を前に、楯突く者がいるなど考えられなかった。
護ると誓った子を前に、悔やんでも悔やみきれない。
だが、皇と后が居なかったからこそ起こされた騒動。視察に出る事無く、この場に留まり続けていれば火種が燻ったままだったのは想像に難くない。
「ありがとうございます。わたしのことは、ご心配なく」
ロスティグクスの葛藤は手に取る様に解る。護ると言った誓い。それが果たせなかった事への後悔。
背後から支えてくれた腕が無ければと思うと背筋が凍るが、あの温かな腕は確かに己を守ってくれた。
「まもっていただきました」
多大な迷惑をかけたという自覚はある。礼を言いたいがそれ所ではないと雰囲気で解る。ロスティグクスがこの場に居ることですら、貴重な時間を割いているのだ。
「そうか……」
見上げて来る子の前に膝を付く。瞳の色は黒から金に変わったが、宿す光は始めて逢った時となんら変わっていない。原初の世界の魂を宿す者。己が血を分けた実の子。そしてリスティーナ悲願の後継者。
話している間にも力の制御に苦心しているのか、時折封具に込められた陣が弄られていた。だが、封具の陣を弄ってすぐに力の流れが変わる。
困惑したように見上げて来る仔を心配させないように、優しく髪を梳く。
「やはり、安定せぬな。名が要るか」
アキュラフォーリュベルンでは、名前を与えられてようやく世界に馴染む。
力が強力であればあるほどそれは顕著に現れる。現に歴代の強大な力の持ち主は名を与えられるまで安定を得る事がなかった。皇族の中で言えば、名を与えるまでキャスティーヌが今の仔と同じ様な状態だった。
「名がなければ、安定しない?」
「あぁ。ここではそうだ。力が強ければ強いほど、早急に名を贈る必要がある」
髪を梳いた手を離す事無く、そのまま仔を抱き上げ立ち上がる。
「ちちうえ?」
咄嗟に首に回された小さな、それでも確かな温もりがある腕に、願いが叶った実感を得る事が出来た。
「よく、産まれて来てくれた……。我の愛し子……」
仔にしか聞こえない程の声。
「わたしは、ここにいます」
首に回した腕に力を込め、不安を取り除こうと心を砕く。
「ありがとう」
本来であれば流れてしまう運命だった仔。その定めを捻じ曲げ、産まれて来た。
「名付けを行う。準備を」
その言葉に応じるように何人かのメイドが一礼して去る。
皇族にとって名付けは大きな意味を持つ。それは皇族だけが持つ『真名』。
命とも呼べる真名を誰にも知られない為に皇と二人きり、何人の干渉も行われない様、指定された場所で与えられる。それが歴代の皇帝や皇族を護って来た。
真名は脅威だが得られる恩恵も大きい。真名を持つからこそ強大な力を制御し、巨大な陣を苦無く敷く事が出来る。真名を持たない者でも同等の行為は可能だが、それ相応の対価を要求された。
国を守るのは皇族の義務。その為、少しでも術の負担を減らすよう、真名を使い続けて来た。
「皇」
「后の目覚めを待つ暇が無い。…………仔の安定が最優先だ」
既に名は決めてある。本来であれば母であるリスティーナの祝福を受けてから名付けを行うが、リスティーナは今夢の中。ようやく訪れた安寧を邪魔する事はできない。
眠りから覚めるのを待つことも、今の仔の状態から言えば無理だった。
「では、いつもの場所まで護衛を」
扉の外から響いて来た声音。それは聞き覚えがあり、己に安心を与えてくれた者の声。
「頼む」
言葉に頷き、仔を抱いたまま部屋を出る。既に編成は終わっているのか、ルクルケツァクルを筆頭に、数人の第一近衛隊が動き出す。部屋の中で跪いていた青年も一員なのか、ロスティグクスが部屋を出るのを待ち、隊列に加わっていた。
名付けには精神を使う。子の一生が決まるといっても過言ではない。
皇族専用の名付け場所を使うのも五回目。歴代の皇帝としては多い方に入った。それでも、何度経験したところで慣れるものではないのだと、腕に抱いた子の重みを感じながらロスティグクスは内心深い吐息を吐き出した。
『焔玉』の存在を忘れそうになります。
ようやくロスティグクスとの再会。名付けと家族への紹介で一章終了かな……。
それまでに何話使うか解りませんが……。後二話で次の章に移りたい……。




