第一章 第四話 誰も知らない頼まれ事
間に合った……!
書きたい事が色々あり、どの順番で書けば良いのか四苦八苦。
早く話を進めたいと思いつつ、相変わらずのスローペース。
仔の名前、早くつけないと考えた名前を忘れる……。
真っ白な空間の中、一人の女性が泣いていた。
泣きながら抱き締める、丸みを帯びた腹に、子が居るのだと解る。
「ごめんね……。ごめんね。愛しい子……。貴方を、わたしの様にはさせられない」
胎の子を心の底から愛おしいと思い、微笑みながら涙を流す姿は痛々しい。
傍に行こうと思い足を踏み出したが、それは透明な壁に阻まれた。
「貴方は『じゅんけつ』。故に力有る子。けれど、それは貴方にとって地獄」
ポロポロと流れ落ちる透明な涙。それは青や緑、黄の塊へと姿を変える。やつれ果てた顔に生気は無く、ただ子を産む為に気力だけで生きているのだと思わせた。
「だから、貴方の力を封じるわ。アイツには絶対解けない様に、幾重にも封じるわ。
恨んでくれていい。憎んでくれていい。けれど、これ以上アイツの思い通りにさせる訳には行かない……。それがわたしの最後の意地」
触れた事がない力。本能的に神力だと理解する。零れ落ちる塊が『晶』だと言う事も同時に気付く。
「許してとは言わない。貴方を遺して逝くわたしに赦される資格があるとも思えない。けれど、せめて望みを。望む事ができるのであれば、貴方に施した封じを解き、そして貴方を自由にしてくれる人が現れる事を、心から祈るわ」
そして紡がれるのは祈りの詩。お腹の子に祝福を。母親の心からの願い。
聞いた事が無い言葉。例え教わる事が出来るのだとしても、同じ様に発音できる自信がない。それほどまでに複雑な音。
「ごめんね……。アイツの思い通りにしないためにはこの方法しか思い浮かばない…」
次いで紡がれる呪いの言葉。力を封じ、鍵を掛け、枷を付ける、最も重い呪いの言葉。その音は理解できた。なぜか解呪の方法も流れ込んで来る。
呪いが本心からではないのは良く解る。泣きながら、悲痛な声で幾重にも幾重にも、まるで解かれる事を恐れるように重ねられる。型を変え、術を変え、属性を変え、そしてそれらが一つへと纏まり、複雑な紋様を形成していく。
「愚かなわたしを……恨んで……」
その一部始終を目に焼き付ける。何故か、そうしなければならない気がした。この場面を見ていなければ誰にも解く事ができない呪い。仔が居なかった場合、子は一生呪いを解かれる事無く朽ちるのだ。
そこまでして力を封じる理由。そこまでしなければ子を護れない理由。
目には見えない、だが確かに存在する壁に手を付いたまま、解呪の方法を忘れないように刻み込んでいく。逢えるかどうかも定かではない存在。だが、忘れるわけにはいかない。複雑な術式が幾重にも施され、境目が解らない陣となる。
実際に見えた時、瞬時に組み上がっていく複雑に構築された陣を解くのかと思うと、暗澹たる思いがしてくる。それほどまでに複雑な呪いの陣だった。
(強い、神力)
壁を隔てていても伝わってくる。神聖な、穢れざる力。
そして神族特有の、耳が柔らかな羽毛で包まれた姿。誰かに教えられたわけではない。だが、識っていた。隔てられた透明な壁に手を付き、女性の様子をただ見守る。
「愛しているわ。心から、愛しているわ。例え信じてもらえなくとも、愛している。
貴方と逢えなくても、わたしは幸せよ。途方も無い地獄の中で、貴方と言う大切な宝物を得る事が出来た。貴方の事は、心から、愛している」
止まらない涙。止まらない言葉。
離れ難く、それでも迫る離別の時。
ふと女性が顔を上げる。
見開かれる瞳に、目が合ったと確かに感じた。
「あなたは……あなたは、そう……。御子ね。いつか生まれ来る、大切な御子」
「いつか…」
「ここは狭間。時の感覚は無いわ。でも、あなたは解る。未来に生まれ来る、御子」
無意識に零れ落ちた言葉に答え、動くのも辛いだろう身体に鞭を打ち、立ち竦む場所まで這いずって来る。その行動には執念すら感じられた。
「大切な御子。愛される子。どうか、この子を助けて。この子が生きているのであれば、あなたと見える事があるのであれば、どうか、この子を助けてあげて」
透明な壁に置いた掌に、掌を重ねる。伝わるはずの無い温もりが伝わって来る。それだけ想いが深いのだろう。想いに飲まれかけ、ギリギリの所で己を保つ。
「すごい。御子。あなたはすごい。狭間でわたしと相対して、自我を保てるなんて…」
澄み切った空を思わせる蒼の瞳。狂気を感じさせる光が時折ちらつくが、それを気力で押し止めている。そして所々に白が混じりつつも、輝きを失っていない銀の髪。
「貴女は、神族か」
「………愚かな…ね。
それよりも、この子をお願い。先の無いわたしの事より、これから先、地獄の日々を送るだろう、この子をお願い」
悲しい笑み。それでも強い光を宿す真っ直ぐな瞳。狂気よりも優先される子への愛情。
制御を放棄したのか、力を抑えるだけの力が無くなったのか、女性の内側から溢れ出る強い神力。まともに煽られる己の力。飽和を止める事が出来ず、吸収が追い付かない。溢れた力は何れかの塊になるように強く願う。
「出会えるとは思わなかった。わたしと相対して自我を保てる御子と出会えるとは思わなかった。巻き込むわ、あなたを。
至高の御子。どうか、この子を、『ジュナキュシュアを、助けて!』」
「……っ、『ジュナキュシュア』」
思わず口をついて出た名前。その瞬間に視界が真っ白に塗り潰された。
「ありがとう、それから、ごめんなさい。
御子、あの子は貴方に縛られた。これでアイツの思い通りにはならない。そして『世界樹』の思い通りにもさせない。この子はあなたに護られる。
これは、わたしが出来る最大の事。貴方の事を、少しは助けてくれるはず」
名を、呼んでしまった。女性の執念に引き摺られるように。だが、その自覚が無い事が恐ろしかった。生れ落ちる子にどんな制約を課しているのか、知る術はない。あるとすればその子と生きて合間見えたときだろう。
唐突に目も眩むような光が生まれる。だが、それは一瞬で収まった。
あったはずの壁が無くなり、咄嗟に目を庇った手首を温かな掌が掴む。女性の胎は丸みを無くし、子がどこかに生れ落ちた事を知った。
現実の世界と狭間の世界。そのどちらでも意識を保つ女性に、相当な力があるのだと知る。だが、それよりもチリチリと手首に走る痛みに顔を顰める。
肌の上を辿り、決められた場所に深く刺さるように蠢く小さな銀の針。肌に刺さっているにもかかわらず、血が流れる様子は無い。女性が操る幾多の針は、やがて複雑な紋様へと姿を変えた。
「ごめんなさい…。これは、あなたの力とは相反する力。けれども御子。あなたにはわたしの命を賭ける価値があると信じているから、これをあげる……」
ゆっくりと外された掌を追って手首を見下ろせば、銀色に輝く模様が手首から腕の中ほどまで複雑に煌いていた。
「神力…」
「えぇ。わたしの持つ力を全て注いだ。あなたが死ぬまで、消えることは無い。あなたが持つ力と同等に、その力も成長するわ。
わたしが言えた義理ではないけど、御子、貴方は全種の力を持つ事になる。それは異常な事。それだけは理解しておいて」
真白の空間で得なかった力が意外な形で譲与された。守護者達が細工をしたのか、こういう運命だったのかは知りようも無い。
左腕に刻み込まれた白銀の紋様。腕が切り落とされない限り、一生涯付いて回る鎖。だが、それに有り余る恩恵を授けてくれるであろうことも想像できた。
「…………この力は、一時的に封じる。魔族と竜属の仔が神力を持つわけには行かない」
「……そうね」
右の掌で左手首を撫でる。神力の封印。それには魔力が一番適する。だが、すべての魔力を神力の封印に回してしまえば、魔力を使う事が出来なくなる。それはいらぬ誤解を生みかねず、誕生早々自ら火種にはなりたくない。
「霊力と龍力と魔力……。『三力封紋』」
目を閉じたまま封じる為の道具を願えば、それぞれの属性を持つ糸が顕現した。
「すごい……全属持ち。…………一歩間違えば畏怖の対象よ」
女性の言葉を聞き流し、顕現した11本の糸に集中する。己が異常である事は真白の空間で認識済みである。言葉に動揺し、力を分散させるわけにはいかない。
魔力、霊力、龍力が絶妙なバランスの中にある細い三連糸。それが合計11本。
神力の封印を望めば、現れた11本の糸が複雑に絡み合い、神力を封じる為の魔法具に姿を変えていく。手首に纏わり付く色鮮やかな封具。神力を封じる能力を付けるついでに、己の持つ三力の制御を行えるよう、意識的に能力を弄る。
その事に気付いたのか、糸の変化を見守っていた女性の顔が苦笑に変わった。
「確かに、何らかの助具が合った方が良いとは思うけど、混ぜるとは思わなかった」
多くの装飾具をつける趣味は無い。長時間着けるとなると、左腕に鎮座する幅数センチのブレスレットが許容範囲。しかも、一生付き合っていかなければならない封具である。多少手を加える事は許されることだろう。
「貴女の子、ジュナキュシュア。見える事があれば護ろう」
封具が安定した事を確認し、女性に向き直る。三種の糸で創り上げた封具は目立ち過ぎる。だが、これ以上の加工は出来なかった。
「ありがとう。少し、いい? こういう事は得意なのよ」
色とりどりの光を放つ封具に触れ、残り僅かになった神力を込め始める。何事かといぶかしむ前に、変化はすぐに現れた。色鮮やかな封具の色が白銀へと変わって行く。神力を使っているはずなのだが、覆う物に神力は感じ取れない。
「上からプラチナを施すの。プラチナは全ての精霊に愛される金属。アクセサリーに使うなら、金も、銀もそう。武器や防具に使うのなら、オリハルコンが有名ね。
あなたにはプラチナが一番似合いそうだから選んだわ。こうやって、精霊に愛された金属で三種の塊を覆ってしまえば、特別な魔法具だとは誰も思わない」
確かに、プラチナで覆われたブレスレットは、その機能を維持したまま、一見ただのアクセサリーにしか見えなくなった。
「覚えておいて損は無い事よ」
「感謝する」
「いいえ……。微力ながら、役に立てて嬉しいわ」
その言葉を最後に、細かな粒子が立ち昇る。
最期の時。
名を問う事はしない。そして、名を名乗ることも無い。
「お願い。あの子には幸せになって欲しい。どんな地獄が待っていても、貴方と逢えた後は安らぎが待っていると、信じている」
子を抱きたかった事だろう。子と話したかった事だろう。子の成長を見守りたかった事だろう。だが、その全てを放棄してまで子の幸せな未来を選んだ。
「逢えない、とは思わないのか」
逢う事を前提とした女性の言葉に疑問を感じる。これから先の事は解らないはずである。
「思わないわ。あなたはあの子と出会う。そして、あの子を手に入れる」
頬に感じる温かな掌。
「あの子があなたの年になれば、こんな大きさかしら」
添えられた手が後頭部に回り、抱き寄せられる。その間も止まらない消滅へのカウントダウン。徐々に光の粒子がその量を増していく。
「……貴女の、子ではないが……」
女性の背に腕を回す。確かな温かさを持った身体。
「優しいのね、御子。最期にあなたに会えたこと、幸せに思うわ」
体に回された腕がその感触を失っていく。
「目を、閉じて。消える瞬間は、見られたくないわ」
寂しげな声に応じ、肩口に顔を埋めると望まれるまま瞳を閉じる。
刹那の出会い。出会う事が無かった可能性の方が高い、運命の悪戯。
「ありがとう。御子」
薄れていく温もりと、一瞬にして消えた、抱き締めていたと言う感覚。
固く拳を握り締める。望みに応じなければならない。全てを投げ打ち、己に賭けたその覚悟に報いなければならない。重い荷を背負ったと思う。だが、見返りは受け取ってしまった。逃げ出すことは出来ない。
ゆっくりと瞳を開き、空に溶ける粒子を最期まで見届けた後、仔の意識は白く霞んでいった。
メイン登場人物も出てこない中、誰か解らない女性登場。
頼まれた子供の世話。色々と伏線を張りつつ、回収できるかさっぱりな現状。
話の展開、本当に遅くてすみません……。




