第一章 第三話 目覚めの時はまだ遠く
読み手と書き手の時間が経つ感覚は全く違う……。
連日投稿や書き溜めが出来る人が心底凄いと思う今日この頃…。
ルビ多用しています。読みにくかったらすみません。
仔の誕生は、側室達の悪行と共に瞬く間に帝国中へと知れ渡った。
当初は視察の予定をそのまま遂行しようとしていた皇帝夫妻だったが、帝都の混乱を案じた領主達が総じて帰還を働き掛け、領地視察に出発してから僅か三日後、視察などする暇も無く、異例の速さで帝都へと舞い戻っていた。
「まだ、目覚める様子はありませんか……」
ベッドの縁に腰掛けたまま、黄金の目を不安に曇らせ、眠ったままの仔を見つめる。帝都に戻って以来、仔は眠りに就いたまま。起きる気配すら見せない。
「意識はさほど深く沈んでおらぬ故、長き眠りになる事はあるまい」
沈みがちに言葉を綴るリスティーナと、その傍らに佇み安心させる様に話し掛けるケーラルーン。
「孵った直後の、力の暴走による疲労が未だ回復してないだけですわ」
リスティーナの反対側に腰掛け、仔の髪を愛おしそうに梳くキャスティーヌ。
魔属性の竜属に属する葬竜族の姫と、公爵家の血を引き、第一皇子の母でもある側室の一人。そして魔術、魔導両師団を担う第一皇女。この三人により、仔は護られる。
女性陣はただ眠り続ける仔の守護を担い、ロスティグクスを筆頭とした男性陣は、今回の騒動を引き起こした者達への対応に追われていた。
「あれだけの『玉』、『晶』、『華』。ほんに見事よ。稀に見ぬ逸材。リティ、このような事でうろたえていては、この先持たぬぞ」
生れ落ちた仔は異常ともいえる力を保有している。その力は使い方を誤れば、最悪災厄を招きかねない。そうなった時、気丈に対応しなければ帝都は確実に全壊する。
制止する役目を担うのは恐らく母であるリスティーナ。真正面から対峙する覚悟が無ければ仔を育てる事など不可能だ。
「妾にも『視える』力。この者に向かって行った側室達の気が知れぬ」
子を産んだ時の発熱が原因で視力を失った分、その他の感覚は鋭敏になった。だが、他者の位置を把握しようとするとそれなりに集中力を要する。そんなケーラルーンがそれ程労さず仔の位置が解る。それは仔が持つ力がそれだけ強いと言う事を示していた。
「殻が全てを遮断していたからじゃないかしら? リスティーナ様の力しか感じ取る事は出来なかったし……」
キャスティーヌの言葉にケーラルーンが納得する様に頷く。仔の力を探ろうとしたが、尽くリスティーナの力に阻まれた事を思い出した。味方であると思われている二人ですらそんな状態で、敵対している側室達が仔の力を把握する事など出来なかったはずだ。
側室達に襲われ、暴走した仔が創り出した三種の塊は相当数に及び、各種類、大きさ、属性に分けて保管する作業が未だに続けられていた。
「ケール……。この仔は、本当に目覚めますか?」
それぞれの事情があった側室達に代わり、ロスティグクスの子を四人育て上げた。その実績がある分、己の仔の子育ては大丈夫だろうと高を括っていたところがあったが、実際は思うようにならない。
「心配性よな。疲労が回復すれば目覚めると言って居ろう。
全く……己が子は、難しいものよ」
規則正しい寝息と共に上下する胸元。髪を梳くキャスティーヌの手に時折甘えるように擦り寄る仕草から見ても、それ程深刻になる必要は無いと思う。だが、理屈では言い表せない何かが心の中で渦巻いていた。
体調が落ち着き、ようやく己の子との対面が赦された瞬間を思い出し、ケーラルーンは苦笑を浮かべる。
数多居る側室の中で、リスティーナが本当に心を許しているのはケーラルーンと既に亡きネラシェルトのみ。
今や皇の片腕とまで囁かれるようになったルクルケツァクルの産みの母であるケーラルーンの立場は確固たるものがある。その実家であるアジェスグリッド公爵家も昔から皇家に仕えている為か、己の立場を弁えた振る舞いを崩さない。
第一帝位継承者を輩出したという自信が余裕を持たせているのかもしれないが、周りが敵だらけという状況の中、側室の中で一人でも己の味方が居た事に素直に感謝していた。
リスティーナは帰城した後、我が子の傍から片時も離れない。食事も片手間で摘める程度の簡単なもので済ませ、睡眠も仔が眠るベッドに寄り掛かり眠る程度。そんな帝妃に心配の声が上がりつつあった。
「リティ。仔が心配な気持ちは解る。だが、下の者を案じさせるのは感心せぬ」
言い聞かせる様に頬に触れる。それは仔から離れなくなって幾度も繰り返した言葉。
不在の間に事が起こるのは覚悟していた。皇帝と帝妃の二人が居なければ側室達を抑える者はほぼ無いと言っていい。だが、心のどこかでは騒動が起きない事を願ってもいた。己の立場を受け入れ、側室としての正しい振る舞いを取り戻してくれると、片隅で願っていたのだ。
だが、その願いは届かず側室達は暴走、それに巻き込まれる形で仔は孵ってしまった。孵化を予兆する、龍力の拒絶と言う反応はあったものの、話を聞けば卵は外側から強引に割り砕かれたとのこと。それが仔に悪影響を及ぼしていないと言う保証は無い。
だからこそ、離れる事が怖いのだ。無事に目を覚まして立ち上がってくれるまで、安心は出来なかった。
「恐ろしいのはわかる。だが、主自身の力も不安定になっておる。気付かぬとは言わせぬぞ。よいか、リティ。此処は妾と皇女に任せて一度休め」
魔族は長命ゆえに子が出来難い。そして、竜属も長命ゆえ、魔族よりも子が出来難い体質を持っていた。だからこその側室。帝妃が子を孕んでも、その子が皇帝になる事はない。優先されるのは次代の皇帝ではなく、次代の葬竜皇。実質、第一皇子を産んだ側室が時期皇帝の母になる事は決定付けられていた。
「仔が目覚めれば呼ぼう。それまでは己が身を休めよ。よいな?」
聞き分けの無い幼子に言い聞かせるようにケーラルーンが根気強く宥める。このままの状態でこの場に留まっていた場合、最悪仔にまで影響が出る。その事を悟ったのか、最後には渋々といった体で頷いた。
そこからのリスティーナ付きの侍女の動きは素早かった。
ベッドに腰掛けるリスティーナの手を取ると同時に立ち上がらせ、ケーラルーンとキャスティーヌに失礼にならない程度に一礼した後、颯爽と攫っていった。
その手腕に拍手を送るべきなのか、それとも己に付いている侍女達も同じ手腕を持っている可能性を恐れるべきなのか、逡巡した二人である。
「…………しかし、思わぬ傑物が産まれたものよ」
見えない視界で仔を見下ろし、疲れたように呟く。
魂を他の世界に請うた事は最重要機密。その事実を知るのはロスティグクスただ一人。仔を産んだリスティーナにすら、知らされていなかった。
無防備に眠っている仔の力は抑えるものが無く垂れ流しの状態。見えない視界でも仔の形が解るほど、濃密な力が集まっていた。
吸収、蓄積する能力より、集める能力の方が勝っている為、力の飽和が引き起こされる。力の飽和はやがて暴走となり、一帯を飲み込み、破壊活動を始める。
だが、集められた力は精霊達が焦り始める段階になった瞬間、無意識のうちに仔が願うのか、『玉』、『晶』、『華』へと姿を変える。力の飽和は精霊達にとっても余り歓迎されたものではないと、その様子を見遣りつつ理解したのだった。
精霊は濃密な力の中に居てこそ、その姿をはっきりと現す。普段は大気に溶け込み、空中を漂いながら契約に従って力を与えてくれる存在である。
ケーラルーンやキャスティーヌも動き、飛び回る精霊を間近で見た事は数えるほどしかない。正常な視覚を持っているキャスティーヌだけでなく、ケーラルーンの脳裏にもその現象が鮮明に映し出されていると言う現実は、中々に恐怖を誘うものがあった。
「確かに、私達とは比べ物にならないほどの力。でも、これでリスティーナ様の本当の笑顔が見られるわ」
涼やかな音と共に創り出される『玉』、『晶』、『華』の大きさはほぼ同じ。突如空中に現れ、重力に沿って掛布へと落下する。その時に奏でる澄んだ音も、既に聞きなれたものになってしまった。
「そうよな……。妾の子、あの者の子、お主、そしてネシェの子。
思えば、良くぞ育てたといった所よ…。愛する男が別の女に孕ませ、産ませた子。理由がどうであれ、本来ならば嫌悪してしかるべきものを」
葬竜族の期待を背負い、ロスティグクスに嫁いだ現葬竜皇、そして魔属竜皇の一人娘。結婚の条件が次期葬竜皇となり得る者を産む事。
仔が出来難いという事は初めから覚悟の上。その為側室の存在は必須。
それでも尚、愛した者に嫁ぎたかったし迎えたかった。それがどんな苦難を与え、どんな混乱を招くのか、覚悟と未だに見ぬ未来に希望を託し、両者の婚礼は成った。
「私はリスティーナ様から愛情を頂いたわ。本物の、母の愛情。実の母親に全く相手にされなかった私に、心から愛情を注いでくれた」
女だという事で特別扱いはせず、その実力を認めて魔術、魔導両師団の師団長へと推薦したのはリスティーナだった。本来であれば側室の子が権力を持つ事を嫌う正妃は多い。他国の例を見ても、殆どが日陰者として暮らしているのが実情。それをリスティーナは良しとせず、己の立場を最大限に利用して三人の子供達をそれぞれの能力に見合った地位に付けていた。ただ一人、第二皇子を除いて…。
そして師団長としての働きを認めたロスティグクスが帝位第三継承権を与えたのだ。皇女に継承権を与える事は異例であったが、キャスティーヌが残した結果がある。
それを踏まえた上での事だった為、大きな反発も起きなかった。そんな二人の期待に沿いたいと、今までただ前を向いて走ってきた。
「お主はまた、特別であろうな」
「え……?」
眠る仔に向けていた視線を、静かに佇むケーラルーンに移す。
「リティは『皇』となる者を産むべく嫁いだ。竜属、特に葬竜族にとって『皇』は男でなければならぬ。それに、次の仔を望むには少々厳しいものがある。故に、女子であるお主はまた特別の意味を持つのであろうよ」
帝国皇帝と葬竜皇の一人娘との間の仔。次期葬竜皇としては申し分のない血統。その分、仔を成すまでに時間が掛かる。
子が出来難いといわれている魔族同士の間に四人もの子が出来る間、ずっと朗報は無く焦りもあった事だろうと思う。誰よりも多くの寵を得て尚、懐妊の兆しすらなかった。
「二人目は望めないと……?」
掛布の上に落ちて来た塊を退けながら、訝しげに問う。
「望めぬ……、と言うより、時間が許さぬであろう。それに、葬竜皇となるべき仔を成して責務は果たされた。次の仔は出来ればいい程度でしかなかろうよ」
皇帝となるに相応しい者は既に居る。何の問題なく手腕を発揮し、父皇をしっかりと支えている。その現状を不満に思っているならまだしも、満足しているのであれば要らぬ争いの種を蒔く必要も無い。
「だから、この仔の事をあれほど頑なに守ろうと……」
懐妊の朗報が伝えられた瞬間、祝いと共に呪がリスティーナを覆った。事前にいくらかの防衛対策は施していたが、それを上回る量の呪いが仕掛けられた。その時はケーラルーンの咄嗟の判断により仔が流れる事は免れたが、何らかの手を施さなければ仔の命は無く、他の世界に魂を請う事態になったのだった。
呪を仕掛けたのはエイリーシャやエイリーシャの実家、ジスカーン侯爵家の息の掛かった側室達。一人では行えない複雑な術式を用い、仔の抹殺を狙ったのだ。その者達はその段階で断罪され、後見人であった一家諸共厳罰に処された。
その前例があって尚の今回の凶行。荒れる事は想像に難くない。
「あの者の息が掛かって居らなんだは妾のみ。側室を纏める者として情け無い」
他の側室、そしてその側室に仕える侍女達。傍に居た衛兵。その全てを巻き込んで今回の騒動が引き起こされたのだと、蓋を開けてようやく気付けた。
全てがグルなのであれば漏れ出る場所など無い。リスティーナとケーラルーンの周りにさえ気を付けていれば良かったのだ。
さすがにそこまではエラルディートも調べ尽くす事が出来ず、関わった者のリストを作るに従って顔面蒼白になっていた。
「お主の母は、どうするつもりか?」
その問いに髪を梳いていた手が止まった。出来るだけ考えないようにしていた事だ。
正妃の仔を殺そうとした事だけではなく、次代の葬竜皇を殺そうとしていた事が大きい。リスティーナが葬竜皇の姫でなければここまで事も大きくならなかったのかもしれない。
「死は、覚悟している。そう、聞いています」
キャスティーヌの母は元々気が弱く流されやすい。だが、己が犯した罪の大きさは理解していた。
「竜属が絡んでおらなんだら、首謀者のみの厳罰で済んだであろうにな……」
帝国内に棲みながら、竜属は独特の指揮系統を持つ。帝国が裁かないのであれば独自で裁く。それだけの力を有していた。そして、竜属による報復が行われれば魔族と竜属との関係は一気に悪化する。例えそれが魔族側に責任があったとしても、である。
「今回関わった者の死は決定事項。側室、侍女、衛兵関係無く……な」
大規模な粛清。ロスティグクスもルクルケツァクルもここまで大掛かりになるとは思っていなかったはずだ。
「それもこれも、妾が掌握しきれておらなんだ所為。……妾とて、何れの罪には問われよう」
目が見えないと言うのは免罪符にはならない。側室筆頭と言う立場である以上、大なり小なり、何らかの責任を取らなければならない。
「ケーラルーン様……」
側室の取り決めについて、キャスティーヌは蚊帳の外だ。実母であるウルシャが関係していた為、関わりがあると見られていたが、ロスティグクスとルクルケァクルによって無関係だと立証された。
ただ、魔術師団、魔導師団に所属している者は無関係ではなく、エイリーシャ陣営に取り込まれた者が何人かいた。その所為で感知装置が正常に働かず、仔の部屋への侵入を許してしまったのだ。
長兄直々に近く取調べが入ると通達されている。誰が関わっているのか大体見当が付いているだけに、大幅な役職見直しが予想された。
沈黙が落ちた部屋に扉を叩く音が重く響く。
「誰ぞ」
警戒態勢を取ったケーラルーンに習い、キャスティーヌも無意識に身構えた。
「失礼致します。
ケーラルーン様、ならびにキャスティーヌ皇女、皇帝がお呼びでございます」
姿を見せたのは第一近衛隊に所属する者。ルクルケツァクルが最も信を置く直属の部下。多忙な彼らを伝言役として使っていると言う事が、事態の重要性を改めて示していた。
「……この場の護りは、妾と皇女の結界で何とかなろう」
この呼び出しに拒否権は無い。仔の周りだけを包む保護膜を張ると、ベッドから離れる。その上からケーラルーンが保護膜を重ね掛けし、その場を離れた。
「表は我等が」
左の耳朶に鎮座する、翠銀を使用したピアスと装飾用に加工された『焔玉』を付けた近衛兵が頭を下げる。
「頼む」
部屋から出た二人を案内するのも左の耳朶に翠銀のピアスに加工された『焔玉』を付けた近衛兵。第一近衛隊の中でも、最もルクルケツァクルに近い者達だ。
後の守りを第一近衛と保護膜に任せ、二人はロスティグクスの召喚に応じたのだった。
伏線は回収できますか
はい
いいえ
→運任せです
次話もまだ書けていません………………。




