第一章 第二話 遺伝子の不思議と衝撃的な事実
章を前に追加してみました。
章で分けると色々とややこしそうなので手抜きを…。
意識が浮上する。遠い、遠い真白の世界から、確かな鼓動を感じる事が出来る白淡の世界へと。生きている。その力強さが全身に染み渡る。
ずっと閉じていた所為か、開き難い瞼をこじ開ける。そこは何かに覆われた空間。
心地良い波動に満ち溢れ、安心して身を委ねる事が出来る。
優しい力が流れ込んでくるが、感覚的に満腹状態。力を本能的に拒絶する。ふとした重さを感じて両腕を持ち上げれば、手の平には。『焔玉』が鎮座していた。
(てっきりトカゲかと思ったら……)
見下ろした手は人の形をしていた。竜属と聞いていた為、産まれる姿は小さな竜だとばかり思っていた。
だが、そんな事よりも掌に鎮座する物の方が重要だ。
(持って来てしまったか…)
『風雷珠』は紹介されなかったもう一人の守護者に押し付けて来た。『水華』達は黎明に譲った。そして、残された『焔玉』が共に来てしまったのだろう。
重さを感じさせない『焔玉』に頬を寄せれば、仄かな温かさが伝わって来た。
(心地良い…。出たくないが、そういう訳にも行かないのだろうな)
護られた空間。仔の為に創られた居場所で、クルリ。と身を翻す。
(……………!? …………………!?)
その瞬間、言葉も出ない程驚くとはこういう事を言うのかと、己自身で体験した。
(…おと!? …え………男!?)
魂に男女雌雄は無い。同じ魂の持ち主が知性を持った者の場合もあるし、本能のままに生きる者の場合もある。そして、性別が違う事もあるのだ。
生前、魂が抜ける前の身体は女性体だった。胸を張って女だ。と言える様な性格はしていなかったが、生物学上は一応女性に分類されていた。
だが、チラ見しかしていない場所には嘗ては無かったものがあった。
(少し待て…。落ち着こうか、私)
恐る恐る混乱の根源に視線を落とす。触れるような恐ろしい真似はまだ出来ない。
確かに生前は無く、類友達とキャッキャウフフで想像していた体が、目の前にあった。
(うーわー。おーとーこー。おーすー。あー………)
テンションがおかしな状態になっている。混乱していると実感しているが、気を紛らわせる手段が無い。ただ、現実だけが突きつけられていた。
あの真白の空間で性別ぐらい聞いておけばよかったと、今更後悔しても仕方がない。魂を望まれた時点で肉体は形成されていたはずだ。承諾した以上、受け入れなければならない。
(あー、でも、出来なかった事が出来るようになる?)
どこかにプラスを見出さなければ若干ブロークンハートの修復が出来ない。そして、傷付いたと同時に、どこかでテンションが上がったのも、見過ごせない事実だった。
(うわー。でも、男だよね。男だよ。別人)
生前では想像……妄想とも言う……する事しか出来なかったアレやコレやが可能となった。肉体的に変化したが、精神的な変化は無い。幸か不幸か、思考はそのままである。
(これは、楽しむしかないな。色々と)
ニヤリとほくそ笑んだ瞬間、一体幾人の背に冷や汗が流れたのか、現時点では数えようも無い。
▽ ◇ △ ◇ △
膜の外からピリピリとした雰囲気を漠然と感じ取り、再び目を開ける。どのくらいの間眠っていたのか、時間の感覚は無い。
外から伝わってくる害意は、己に直接的に向けられていない事が救いだろうか。初対面の前から嫌われるというのは避けたかった。
温かな焔の気配と、余裕が無く、鋭く尖る氷の気配。感じ取れる気配は二つ。
「そう、ピリピリするな。御子の前だ」
慰めるような、甘やかすような、優しい声音。聞いていて心が休まる、包み込まれるような、そんな安心感がある。
「……………申し訳ありません」
くぐもったような声は、知性を感じさせた。
(俺様カッコいい系と、クールビューティー系か)
シリアスな雰囲気をものともせず、思考はまだ見ぬ声の持ち主の容姿へと飛んでいく。
眠っている間はいいのだが、覚めたとき、何も無い空間で素っ裸のままクルクル回っているだけというのは精神的に落ち着かない。
趣味で読んでいた異世界転生モノの十八番ともいえる、授乳期の羞恥プレイがないだけ今の状態はマシなのだろうか。
(何も食べずに成長する竜属って凄い…)
改めて体を見回すが、竜を連想させるものは一つもない。鱗も翼も。己の確認できない部分に現れている可能性が高いが、確認も出来ない。
「御子を護る事が俺達の使命」
「はい。その為にはどのような犠牲も」
聞こえて来る声が決意を帯びる。何も出来ない事がもどかしい。この空間に居る間はただ護られる事しか出来ないのだと、改めて突きつけられた。
離れて行く気配を最後まで見送り、己を護る何かに触れる。それは硬く、何かの卵の様な手触り。
(………竜は、爬虫類か)
爬虫類であれば納得がいく。
(蛇の親戚……)
東洋龍であればそのまま蛇である。西洋竜も大差は無いだろうが、動きやすさを考えれば、西洋竜の方がいいのかと思ってしまう。
色々と考えているうちに、再び睡魔が襲ってくる。
子供の仕事は寝る事だと聞いた事があるが、外見年齢は既に5、6歳。護られている特別な理由でもあるのだろうかと考えつつ、意識は闇へと沈んでいった。
▽ ◇ △ ◇ △
氷点下を思わせるような冷気で無理やり覚醒させられた。
(な……に……)
包み込むような温かさとも、二つ同時に感じた気配とも違う、殺気とも言える空気。中てられたのか、四肢が硬直して動かない。
「お前なぞ、産まれてこなければ良い!」
ハッキリと聞こえた恨みの言葉。その言葉に目を見開いた。
ロスティグクスの考えが、万人の考えであるわけが無かった。皇帝の位に在る者。その正妃の仔。当然、側室という存在は居るだろう。正妃の仔の誕生を快く思わない者は当然いるはずだった。
だからこその二人の決意と言葉だったのだろう。
ガン!
恐慌状態に飲み込まれかけた瞬間、膜に衝撃が走った。物理的に卵を破壊し、息の根を止める。
バン!
ガン!
ゴン!
立て続けに聞こえて来る音に、少しずつ冷静になっていく。ここで殺される訳には行かない。己の魂を切望していたロスティグクスの事もある。それ以前に、己は二度目の生を生きてすら居ない。そんな状態で消える事など、出来るはずがなかった。
「忌々しい……。あの女の力、これ程とはっ」
憎しみに満ちた声。恨み以外、何の感情も伝わって来ない。完全なる負。
(……私の、邪魔はさせない……)
多勢に無勢だろう。だが、諦められない。
「同じ場所を狙え!」
ヒステリックに叫ぶ女の声。
続いてやって来る膜への衝撃。
どういった手を打てばいいのか、『焔玉』を抱いて考える。
(殺しは、覚悟が無い。脅しで、退く程半端な覚悟ではない)
殺人とは無縁の世界で生きてきた。身近にある死は事故や病気、天寿といった、逃れられないもの。己の手で奪う事など、考えた事もない。
(力の制御……。私に出来るか……)
身体は未成熟。精神も前世のものがあるとは言え、全く異なる世界。
ピシッ!
膜の表面に亀裂が入った。そこから一気に優しい気配と刺々しい空気が混ざり合う。
「もう少しじゃ。あと少しで息の根を止められる!」
膜越しではない、直接触れた狂気。その狂気に自己防衛本能が触発された。
「……だめだ……。暴走は、避けなければ…………」
己の力が膨れ上がって行くのが止められない。命を護る為に命を奪う事を覚悟できる状況ではない。だが、このままでは確実に奪ってしまう。
《たすけて!》
脳裏に浮かんだのは甘やかすような、優しい声音。本能でその持ち主を追い、助けを求める。助けに来てくれる保証は無い。だが、縋れる者も他にはいない。
来てくれる事を信じるしかない。
「ようやくじゃ! 妾の大願、果たしてくれるわ!」
拡がっていく亀裂。狂喜に染まった女の目と合う。その瞬間、意識が白く塗り潰された。
▽ ◇ △ ◇ △
《たすけて!》
聞き覚えの無い悲鳴に意識が覚醒する。
枕元に置いてあった護身用の剣に反射的に腕を伸ばして状況を確認する。聞こえて来た声は聞き覚えの無いもの。だが、もし正妃の仔の声だった場合、取り返しの付かない事になっている可能性がある。
奥歯を噛み締め己の失態を心中で呪うと、寝着の上にガウンを羽織、剣を持ってベッドを降りた。
「皇子?」
護衛として立っていた衛兵を片手で制し、通り過ぎる。
仔の卵がある部屋の内部の気が全く感じられない。それは、何らかの細工が施されたと言う証に他ならない。その事にも気付かず、寝こけていた己に腹が立つ。
目と鼻の先。そんな近距離で行われようとする凶行は、何としてでも止めなければならない。護らなければ父皇に顔向けできない。
仔の為に用意された部屋の扉を開け放った瞬間、目の眩むような光により、視界が白く塗り潰された。
「な………っ」
咄嗟に防壁を展開する。ルクルケツァクルが無詠唱で展開出来る防壁は些細なものであるが、無いよりはマシ程度で張り巡らせた。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ」
「何じゃ!? この力は!!」
視界は全く利かないが、起こっている事は大体把握できた。
エラルディートの忠告どおり、仔を殺す為に行動を起こしたのだろう。そして予想外の返り討ちにあったという所か。
ウルシャの悲鳴とエイリーシャの驚きの声が部屋に響き渡った。
「皇子!」
扉を開けた事で結界が解けたのか、騒ぎを聞き付けた衛兵が飛んで来る。仔の部屋を護っていた衛兵達は眠らされ、捨て置かれていた。
深い眠りに落とされた仲間を見付け、動揺が走る。
部屋を満たした眩い光が収まったのを確認し、防壁を解いた。
そこには粉々に砕け散った卵の欠片と、衝撃で弾き飛ばされた側室達の姿があった。
「お前達は動くな」
強大な力が渦巻いている。その中心に居る仔こそ、リスティーナの悲願。安定と暴走の縁に居る子供。
《俺が、解るか》
力の所為で浮いている仔に向かい、念を送る。
《………………私は、殺したのか》
沈黙の後、震える念話が返された。その問い掛けに、部屋に横たわる者達の状態を把握する。息は細いものの、死んではいない。
《殺していない。皆、息はある》
黄金の双眸がルクルケツァクルを捉えた。
《抑えられない》
硬く握り締められた両手。仔の回りをクルクルと回る『焔玉』。何も知らないまま襲われ、殺す事を躊躇った為に抑制された力。それが行き場を失い体内で荒れ狂っているのだろう。
このまま暴走させれば城だけではなく、帝都が吹き飛びかねない。
《傍に行きたい》
冷静に言葉を選ぶ。些細な事で箍が外れる可能性がある。
《傷付ける》
《そのままでは帝都が吹き飛ぶ》
身を案じる仔に、それ以上の危機が迫っているのだと告げた。
帝都を巻き込むほどの大事だとは思っていなかったらしく、目を見張ると恐る恐る頷いた。
《俺一人が行く。そのままで居ろ》
視線を合わせたまま、ゆっくりと近付く。背後で動こうとした気配があったが片手で制し、歩みは止めない。
「手を」
渦にギリギリ触れるか触れないかの微妙な距離。仔を護るように渦巻く力の余波に煽られ、ガウンがはためいた。
漆黒の髪に黄金の瞳。リスティーナと同じ、爬虫類特有の瞳孔。皇帝夫妻の悲願の仔。ゆっくりと伸ばされた手が己の手に重ねられる。小さく、柔らかく、温かな、確かに生きているという証。
「暴走しかけている力を抑えたい。顔が見えなくなっても構わないか」
真正面で向き合い力を抑えるよりも、背後から抱き込み、力を抑える事の方が得意だ。弟妹達が暴走を引き起こしかけた時も同じ様に抑えこんで来た。
だが、今回は勝手が違う。ルクルケツァクルは仔の事を知っているが、仔はルクルケツァクルの事を知らない。そんな相手に背後を預けられるか。初手が命を狙われるという悪手だ。断られれば、このまま抑え込むしかない。
「手を、重ねていてくれるなら」
握る力が強くなる。それに合わせて力を込め、驚かさないように懐に入れる。
「力の暴走は、精霊の怒りだ。大切な者を傷付けられた時に引き起こされる」
羽織って来たガウンに仔を収め、腹にあいていた腕を回して抱き締めた。
「『玉』と」
持っている属性は解らない。だが、言霊を紡げば自然とそれは行われる。
「……『玉』」
一言。たった一言で色とりどりの『玉』が足元に散らばった。その現実に、扉から中を見ていた者達からは驚愕の声が上がる。だが、今それを気にしている余裕は無い。
「次に『晶』と」
同じ結果が繰り返される事を半ば予想して、先を促した。
「『晶』」
こちらも『玉』と変わらない数が散らばる。
「では、『華』を」
「『華』」
三種の塊を作って尚、渦は衰えを知らない。冷たい汗が背中を流れるのを感じつつ、意識は仔から逸らさない。
「次は繰り返しだ。『玉』、『晶』、『華』。この三種を同じ数だけ言葉に乗せるんだ」
繊細な力の制御は全てルクルケツァクルが請け負っている。仔が行うのは言霊を紡ぐ事。それが渦の縮小に繋がり、暴走の抑制になる。
背後から伝わる温もりに身体を預け、言われたとおり言葉を紡ぐ。
『玉』、『晶』、『華』。
紡ぐ度に身体が軽くなる。背後で力の制御をしている青年に多大な迷惑を掛けている事は解るが、今の己では何も出来ない。ただ、言われるままに紡ぐのみ。
それを幾度繰り返したのだろうか、渦巻いていた力が唐突に消滅した。その事に安堵の溜息を吐く。次いで寄り掛かって来る重み。
抱きこんだ仔を見下ろせば、力を使い果たしたように眠りに就いていた。
「兄上」
騒ぎを聞き付けて飛んで来たのだろう。エラルディートが扉から声を掛ける。
「エル、キャス、ナフ。入っていい」
この場で最も信用が出来る者。そして、事態の収拾に当たる事が出来る者。己の弟妹達を呼び寄せた。
「…………うわ……」
入って来るなり引いたのはキャスティーヌ。積み上げられた三種の塊を目の前にすれば無理も無い。ナラフラレクトに至っては言葉も無く呆然と見つめている。
「呆けるな。床で眠っている者を拘束し、第一近衛に渡せ」
ガウンを脱ぎ、仔に着せてやりながら指示を出す。近衛隊の入室は認めない。この場をこのまま保存する必要があるのだ。
そして、第一近衛隊はルクルケツァクルの側近中の側近が集まっている部隊。ルクルケツァクルの命令以外、通る事はない。
「私もかしら?」
「お前は塊だ」
「…………そうよね……」
力仕事は弟の仕事。だが、床に散らばる塊を分ける事も、相当な重労働かと思われた。
弟妹達がそれぞれの作業に移る中、ルクルケツァクルは腕の中で眠る仔に視線を落とす。恐慌の中で生まれてしまった。望んだのは平和な誕生であるにも関わらずに。
見張りを立て、監視を強化し、万全の体制で臨んだはずだった。だが、相手に簡単に出し抜かれた。その事が歯痒くてならない。今回は護れた。しかし、次回も同じ様に護れる保証はない。この場で、この騒ぎの中で全てを終わらせなければ禍根を残す。
ならば、全ての禍根を断ち切るまで。仔のこれからの平和の為に。そして、敬愛する正妃、リスティーナの為に。
話の展開が遅いのは重々理解しています……。
書きたい事を詰め込むとこうなる……。




