第二章 第三話 補佐と『守補佐』
おじー様の右腕、チェル氏のターン。
ここまで出張るはずでは……。
コシュン君は不幸体質なのか……?
温かく、ふんわりとした肌触りの物に包まれている。その感触が心地よく、無意識のうちに擦り寄れば、何故かそれは一瞬にして硬直した。
「…………ん……?」
その違和感に目を開ければ暗闇の中、焚き火の炎が辺りをぼんやりと浮かび上がらせている。
「目覚めたか。仔よ」
意識を失う前の発熱と体の不調は綺麗に消えている。己は無事に創造を終えたのかと、ゆっくりと体を起き上がらせて思わず硬直した。
「……虎…………? 貴方は……?」
先程まで敷物にしていたのは白銀の毛並に漆黒の縞模様が入った白虎の体躯。そして対峙するのは始めて見る、整った顔をした美中年。己の祖父や母と同じ雰囲気を感じ取り、静かに視線を合わせた。
「私が名乗る前に名乗って貰えるか」
焚き火の炎がモノクルに反射する。
「私はフィリスティアロス。貴方は?」
「私はチェルククシアート・レングフォルテス。魔属竜・封竜族の長にして、魔属竜皇・リフィルロギュナーの補佐たる立場にある者だ」
炎を前に静かに佇むその姿は、リフィルロギュナーに至らないまでも相当の実力者だと解った。
「魔属竜皇補佐……。
だったら何故、私の名を先に問われた? 貴方の方が目上のはずだ」
今代魔属竜皇の右腕たる存在。それがチェルククシアート。生れ落ちたばかりで何の常識も無い己より尊重されるべき相手。だが、相手から先に名を聞かれた。その事実が解らない今、問う事しか出来ない。
「仔よ。貴方はリフから名を貰わなかったか?」
「名……。ドラグロード……か?」
唐突な問い掛けに首を傾げながらも、当然のように、でもどこか嬉しそうに名を贈る祖父の姿を思い出す。
「あぁ、やはり……認められたのか」
困惑気に返した言葉に、安心したように、そしてそれ以上に満足そうに頷いた。
「今ドラグロードを名乗る者は残念ながら一人しか居ない。今代魔属竜皇たるリフィルロギュナーだけ。嬢も……失礼。リスティーナ様もドラグロードであったが、その名が持つ意味は違う。
リスティーナ様が名乗っていたドラグロードは魔属竜皇の血族。そして貴方が名乗るドラグロードは次代魔属竜皇。この違いが解るか?」
解りたくなくても解ってしまう。それは己に流れる血の所為か、チェルククシアートの瞳に宿る光の所為か。
「魔属竜皇足るか、否か」
「さすがは次代。リフが名を与えるのも頷ける」
モノクルを掛けた瞳を細め、口元が笑みを刻む。
「故に気を付けろ。魔属竜に遭遇した場合は貴方から名乗らねばならない。
この世界では強者から名乗るのが常識。己を弱者と貶める者は嫌われる。特に、魔属竜の同胞の間ではな……。力が有る事を誇れ。そして己が上に立つ者であると知らしめろ。それが次代、ドラグロードの名を得た貴方の義務でもある。
まぁ、あとは身分が関係するが……余程の事が無い限り、貴方が相手の名を聞いた後で名乗る事は殆どないだろう」
魔属竜に関して言えばフィリスティアロスの上に立つのはリフィルロギュナーのみ。それだけの実力だと、チェルククシアートも認めた。
魔族としても皇族である為、親兄弟以外に上は居ない。
「相手が同格だと思えば先に名を問えばいい。問いに応えるか、先に名を求められるのであれば同格か、貴方の方が上になる。名を求められない場合は貴方を格下だと思っているな。
最も、身分は一目では解らないし、成長するまでは名乗る前に名を問えば間違いは無いだろう」
外見年齢で言えば幼児とさして変わらない。魔属竜という狭い範囲で言えば頂点に最も近い立場に立つが、帝国内や他の国との付き合いを考えれば下手に出て問題は無い。
竜属は外界にほとんど興味を持たない。魔属竜内の立場さえ弁えておけば後はどうしようと自由と言う考えが定着していた。
「目上の者が先に名乗るのか……」
産まれてようやく、この世界の常識という物に触れた気がする。
側室達の暴走の上の誕生から始まり、莫大な力を秘めているが為に早急な名付けを必要とした。そしてフィリスティアロスの誕生を喜んだリフィルロギュナーの襲撃に、今回の暴動に便乗した者達の洗い出し。息つく暇など無かったとこうして穏やかな時間を得た今、改めて解る。
「誕生したばかりで様々な事に巻き込まれたな。だが、事も次第に落ち着くだろう」
リフィルロギュナーが帝都に発って以来、チェルククシアートは谷で精霊達から情報を集めていた。何事も無ければ谷から出る必要は無いと思っていたが、予想以上に仔が精霊に好かれている事を知り、事態を重く見て腰を上げたのだった。
「そう……だな。どうやら、私の問題も一つ解決したようだ」
意識を失う前とは比べ物にならないほど軽い体。それはおそらく、先程まで敷物代わりにしていた白虎に理由があるのだろう。
「まぁ、解決……というか、新たな火種……というかは次代の判断に任せるが……」
歯切れの悪い返事に、思わず首を傾げる。
「それは神獣種・白虎族の者。次代が創る筈だった『守補佐』とは異なる工程で呼ばれた者だ」
「では、彼は私の『守補佐』ではないと?」
サラリと撫ぜた体がやや強張った。
「否。『守補佐』で在る事は間違いない。現に体に不調は無いだろう?」
チェルククシアートの言葉に頷く。不調が無いどころか、今までで一番良い状態なのだ。目覚めていた時間は短いが、それほどまでの違いがあった。
「創造する『守補佐』は、己が想像した者を世界に同調させる為の龍力があれば良い。だが、既に在る者を『守補佐』とするには、その者の存在自体を塗り替えなければならない」
焚き火に木の枝を足しながら、今回の事の顛末を語ってくれる。
「存在を塗り替える……?」
その内容に混ざった物騒な言葉に、思わず問い返した。
「その者は元々の性質を引き継いだまま、次代の龍力に染められ、『守補佐』となった。
神獣種の持つ力は大きい。それは塗り替える為の力を受け止める器が大きい事を意味する。故に器に注ぐ龍力も大きな物となる。次代が行ったのは創造ではなく、契約に分類されるものだ」
「創造は使う力が少なくて済み、契約は使う力が多くなる?」
「あぁ、そうだ。神獣種の場合、契約する力が足りずに廃人になる者も居るな」
撫でていた手に無意識に力が篭る。その事に気付いたのか、白虎の身体がますます強張っていく。
「だが、私が行ったのは創造のはず」
リフィルロギュナーに言われて紡いだのは確かに創造の言霊だったはずだ。契約の言霊はまだ知らず、本能に刻まれた言葉を間違えるはずが無い。
「そう。貴方は間違えて居ない。間違えたのは、創造の言霊に強制的に入り込んだ神獣種の方だ。だが次代、残念ながら貴方は既に契約を終えている。
その神獣種は次代の『守補佐』と成った」
ソロリと抜け出そうとする白虎の毛を、思い切り掴む。
〔ひっ……〕
「何処に行こうという? 『琥瞬』」
身を乗り出し、わざと耳元で名を呼ぶ。己が考えた名だ。
〔やめ…………〕
一瞬白虎の身体が震え、尻尾が大きく膨らんだ。
「何だ……。そう怯える事もないだろう。『琥瞬』」
口元に笑みを浮かべ、コシュンの名を呼ぶ。一度呼ぶ度に、違える事無くコシュンが己の者であると言う確信が胸を占めていく。
〔『真名』を、紡がないでくれ……。キツイ〕
「真名?」
「次代よ……、気持ちは解らないでもないが、そう苛めてやるな……」
遣り取りを静観していたが、さすがに止めに入る。このまま続ければコシュンの方に弊害が出る可能性がある。
「次代は文字を当てはめてその者を呼んでいるのだろう? それは皇族の『真名』と同じ原理だ。既に喪われし太古の文字である『静謐文字』」
本気で辛そうなコシュンの様子に首を傾げると、チェルククシアートが噛み砕いて説明をしてくれる。
「呼べばその者を縛る『言葉』だ。容易く使うべきではないだろう」
「わかった、コシュン。これで良いか」
〔…………あぁ……〕
言霊から解放され、グッタリと地に伏せるコシュンにフィリスティアロスは笑みを浮かべたまま毛並に掌を滑らせる。喉元をくすぐれば、気持ちが良いのか体を摺り寄せて来た。
「私の『守補佐』……。正しく在れ」
暫く撫で繰り回していたが、コシュンから規則正しい呼気が聞こえ始めた。疲れているのは力を搾り取られたフィリスティアロスだけではない。存在を創り変えられたコシュンも同様に疲れ果てていたと気付いたのは、深い闇の中に旅立って行った後だった。
▽ ◇ △ ◇ △
コシュンが完全に寝入ったのを確認してから、チェルククシアートが口を開いた。
「次代。これは耳に入れておかなければならない事だ。
リフは神獣種を好ましく思っていない。むしろ憎んですら居る。そうなった経緯は私の口からは話せないが、心に留めて置いて欲しい」
重い溜息と共に告げられた事実に、ただ頷く事しか出来ない。コシュンを呼んでからの記憶が全く無いが、相当揉めたであろう事は何故か容易に想像出来た。
「解らない事がある」
眠りに落ちたコシュンを起こさないように声を潜める。
「何だ?」
「何故、態々創造を使って神獣種が『守補佐』になる? 貴方の言葉から想像すれば、彼らは強い力を持っているのだろう?」
己に及ばないまでも、コシュンが秘めた力は大きな物だ。記憶が曖昧で確証は持てないが、左手首に嵌っている封具を弄り、龍力の封印だけ弱めた気配がある。
普段使う力を抑えている為に大した痛手ではないが、封印を緩めなければコシュンを己の支配下に置けなかったと言う事実に、思わず頭を抱えたのだった。
「何処にでも物好きは居る。おそらくその者も、精霊の噂話が気になり、少し見極めるつもりで出て来たのだろう。
…………神獣種は賢い。無理やり神獣種と契約しようとして廃人になる術者も居るが、多くの場合、術者の力量が足りていないと気付けば、無理やり術を中断して霊界へ戻る。だが、その者が留まったと言う事は次代、貴方は神獣種に認められたと言う事になる」
「創造を邪魔されないようにする事は出来ないのか……」
後何回創造を必要とするかは解らないが、創造する度に神獣種が増えていくのは笑い話にもならないということは己でも十分理解できた。
「残念ながら、創造をしながら霊界からの干渉を断ち切る事は出来ない。まぁ、暫くはその者だけでも対処出来よう。泣き付かれて考えれば良い」
リフィルロギュナーほどではないが、チェルククシアートも霊界に棲む者達に余り良い印象は抱いていない。むしろ最悪と言っても過言ではない悪印象。
だが必要に迫られ、霊獣種を一体『守補佐』として付けてからは態度を軟化せざるを得なかった。
「そう……か。でも、彼は中々楽しめそうだ」
いとおしげに銀の毛並を撫でる手は何処までも優しい。しかし黄金の瞳に宿る光が全てを裏切っている。子供が新しい玩具を手に入れたときのような、無邪気な光。
何も知らずに眠るコシュンに視線を遣り、彼の前途多難な未来を垣間見た気がした。
「そういえばチェルク殿。祖父は何処へ?」
リフィルロギュナーを案じるような声で我に返り、仔を見る。
「『役目』を果たしに行った同胞を助けに向かった」
「チェルク殿は……」
「私はリフから貴方を頼まれた。明日になれば城へと送る。何、リフも近々城へ戻るだろう。案ずる事は無い」
補佐ではあるが、常に同じ戦場に立っている訳ではない。リフィルロギュナーが不要と思えば待機の命を下す。待機の命を下されたとしても、分が悪いと判断すれば強引に同行するが、今回の相手はそれほどでもない。
魔属竜の『役目』に就いて日も浅い者達からの救助要請。一番近くにいる己が動くのが早いと判断し、広域念話で同属に伝えた後、チェルククシアートにフィリスティアロスを護る事を命じて救援に向かったのだった。
「私は、護られてばかりだ……」
産まれてこの方、己の弱さを見せ付けられる。
側室達の暴走の際はルクルケツァクルに護られ、ここ最近の体調不良もこれからはコシュンが守っていくと言う。何も出来ない歯痒さに、拳を握り締めた。
「何を案じて居るのかと思えば……貴方は産まれたばかり。護られる事は当然と受け止めれば良い。それに知らないと思うが、貴方は貴方として生を受けた事が数多の者にとっての救いになっている。
リフィルロギュナー、リスティーナ様、そしてグラディニア皇帝。少なくとも、三人にとって貴方は救いだ。これから先、貴方が救う事もある。今はまだ甘えて良いと私は思う。
それに、産まれて数日の仔に、関わるなと言われる方が無理だろう?」
苦笑と共に言われた言葉を己の中で噛み砕く。
「だが、何時までも甘える事は……」
「その時が来れば自然と飛び立てる。今は素直に甘えておけば良い。護られていれば良い。貴方を甘やかす事、護る事。その事に生きがいを見つける者もいるはずだ。
己を律する事は大切な事だと思うが、仔は仔らしく、やんちゃをして周りを振り回せば良い。初めから良い子だと、後がしんどくなるぞ」
チェルククシアートの言い分も解る。だが、己は普通ではない。
だからと言って、差し伸べられる手を全て跳ね除ける事が出来るわけでもない。中途半端な存在。そんなものをロスティグクスは望んだのだろうか。
己の魂を切望した、ロスティグクスの声音が蘇る。本当に己はこのままで良いのか。
「親に心配を掛けさせるのが仔の役目。余りに優等生だと、親が拗ねかねん。特に嬢には……、あぁ、もう、嬢で良いか……。嬢には甘えてやれ。紆余曲折を経ての仔だ。
貴方は望まれて産まれてきた。その貴方が頑なになれば周りも困惑するだろう。
心配は要らない。甘やかすのと同時に、叱ってくれる者もいる。貴方はこれからゆっくりと成長していけばいい。知らない事は聞けばいい。やってはいけない事はちゃんと年長者が教えてくれる」
フィリスティアロスの不安を消し去るチェルククシアートの言葉。
「チェルク殿は幼子の扱いが上手ですね」
「……幾つ年を重ねても幼子と変わりない者の補佐をしていれば、自然と身に付くものだ」
苦々しげに言われた言葉に、返す言葉も見つからない。誰を指しているのか解る分、下手に相槌も打てない。
「まぁ、貴方は甘えればいい。護られればいい。旅立ちの時は本能が教えてくれる。それが我ら魔属竜。
だから今は存分に、甘え、学び、叱られろ」
焚き火に小枝を加え、一定量の火力を保つ。
「明日、城に戻る。貴方も眠れ」
「……チェルク殿は?」
「一晩二晩寝ない位でどうにかなるなら、魔属竜皇の補佐は勤まらん。
私の事は案じず、今は力の回復を優先させろ。その神獣種の為にもな。……嬢もリフと同じく、神獣種を嫌っているぞ…………」
前途多難な己の『守補佐』に、一瞬同情しかけるが、出てきたのは相手側。
深く息を吐き出すと、温かな体躯を敷物代わりに、再び夢の世界へと旅立っていった。
「全属全種の仔。果たして魔属竜にとって薬となるか、毒となるか……。
私も次を育てねばな。次代の補佐として相応しき者を……」
ポツリと呟かれたチェルククシアートの言葉は、誰に聞かれる事無く闇へと消えた。
読んで頂きありがとうございました。
次話辺りからそろそろ城に戻りたいと思います。裁き回なのに欠片も出てこないって……。
予想以上にチェル氏が饒舌でびっくりです……。
おじー様は呼び捨てでリスティーナに敬称付きなのは単なるおじー様の我侭です。
評価、お気に入り登録ありがとうございます。
じわ……じわ……と伸びている評価点に胃が……。
亀より遅い進行速度ですが、これからもよろしくお願いします。




