第二章 第四話 裁きの前の前準備
色々と皆様の緊張が解れています。
父上のネジの飛び具合が心配です。
フィスは出て来ません。
『守補佐』創りに出発した後の父母兄姉の様子。
二つの『真偽華』を胸に抱き、リスティーナは執務室へと急ぐ。
関係者の洗い出しは多忙を極め、唯一の『真偽華』で到底足りるものではなかった。
「皇! 父上がこれを」
ノックも無く扉を開けるとそこは戦場。ルクルケツァクルとエラルディート、キャスティーヌとナラフラレクトがそれぞれに分かれて動いている。その二組の洗い出しが終わった者をロスティグクスが『真偽華』で確かめていくという方法を取っていた。
「リティ、それは……」
「新しい『真偽華』です。一つはルクに、もう一つはナフに。私は貴方と共に動きます」
皇族総出。失敗が許されないからこそ、他者の介入を許さない。それは徹底されていた。
皇族の事務処理能力は程度の差はあれど総じて高い。それでも事態が切迫しているのは、関わりのある者が膨大だと言う事に他ならない。その事態を重く見たリフィルロギュナーが新たな『真偽華』を創る程に。
「帝妃」
「確かに」
二つの『真偽華』がルクルケツァクルとナラフラレクトの手中に収まる。
「その二つは『貴方達にしか使えない』わ」
力の込められた言葉に、二人が何かを察したかのように頷く。そして力強く『真偽華』を握り締めた。
「エル。第五資料と第十八資料を持って着いて来い。動くぞ」
精査の終わった資料番号を告げると、躊躇い無く資料を手にしたエラルディートが続く。
「失礼します。帝妃」
リスティーナに一礼すると、二人が慌しく出て行く。今回の裁判は公開と決まっている。帝妃の仔を狙った大胆な暗殺計画。帝都中が今最も注目している事件だった。
その為、裁判日までにある程度の洗い出しをして置かなければならない。定期的に公開裁判を行い、膿を出していく。それが今回の暗殺計画を使った粛清計画。
有用な人物は一族が皆殺しになろうとも極力残し、無能な者については何らかの理由を付けて中枢から追い出す。不満が上がらないようにする為に十分な根回しが必要だった。
「さすがルク兄様。エル兄様の使い方を心得ているわね」
出て行った二人を見送り、キャスティーヌが苦笑と共に言う。将来、皇帝となったルクルケツァクルの側に、必ずエラルディートは寄り添うだろう。武と智。傍から見ていても末恐ろしい物がある。
「何も言わず、ただ必要な物を示し、着いてくるように促す……。私には無理ですね」
そう言いながらナラフラレクトが立ち上がる。
「姉上。私達も動かなければ、兄上達に何を言われても知りませんよ?」
弟からの容赦ない指摘に慌てて立ち上がると、机の上に広げてある資料を流し読む。
「極力、師団には関わりたくないけれど……。第九資料と、十四、二十三資料を当たるわ。構わない?」
重そうな資料の束を取り上げながら問うキャスティーヌの手から資料を受け取り、ざっと目を通す。
「ええ、私は問題ありません。姉上、最後に向かう者の資料をお持ち頂けますか。後の二件は私が運びますので」
一件の資料は相当な分厚さであり、重みもそれなりにある。女性にその資料を全て持たせるのはスマートではない。さっさとキャスティーヌの手の中にあった二部の資料を持ち上げ、『真偽華』から手を離し、宙に浮かせて部屋を出る。
「私達も失礼します。リスティーナ様」
キャスティーヌの挨拶を背中で聞きながら、さらに忙しくなると内心溜息を吐いた。
三個に増えた『真偽華』。後で増えた『真偽華』は、エラルディートとキャスティーヌに触らせないようにと暗に釘を刺された。考えられるのは一つしかなく、今回の騒動に対して想像を超えるリフィルロギュナーの恩赦が裏にはあった。
その事を長兄も読み取ったからこそ、無駄口を叩かず洗い出しに出た。仕事をしていればその事だけに集中する。次兄に不信を抱かせないよう、矛先を上手く変えたのだ。次兄を意のままに操るその手腕は正直舌を巻く。
相手に操られていると気付かせないまま、長兄は事を進める。それが上に立つものの器なのかと、一歩引いた場所で冷静に分析している己が居た。
「ナフ、何をしているの? 行かないのかしら」
「いえ、すみません。姉上。……行きましょう」
「……変なナフ」
キャスティーヌの言葉で我に返り、歩を進める。今は長兄の腹黒さより公開裁判までに必要な資料を製作するのが先である。一度目を閉じて思考を切り替えると、先に歩き始めた姉を追って行った。
▽ ◇ △ ◇ △
慌しく出て行った四人を見て、ロスティグクスが手元に残った『真偽華』に視線を落とす。光に当てると七色に輝き、乱反射する物。
「手が加えられていたのだな……」
ポツリと呟かれた声音には苦渋と感謝が見て取れた。もし何の加工もしていない状態でエラルディートとキャスティーヌが触れ、反応していたらと思うと背筋が凍る。
「父上は優しい方です。私の心情を汲んでくれたのだと思います」
長年仔に恵まれなかったリスティーナが、四兄弟を大切にしている事は知っている。
時に本当の親子に見える事もままあった。娘の心情を察したリフィルロギュナーが細工をしてもおかしくは無い。
「それより、済んだ書類と未処理の物を分けてしまいましょう。四人が動き出した以上、私達もうかうかして居られません」
机の上の書類に手を伸ばそうとした瞬間、強い力で抱き寄せられ、そのまま腕の中に捕らわれた。咄嗟の事に対応出来ず、脳内は混乱状態に陥っている。
「これから先、我はそなたとケール以外側に置かぬ……。そなたらだけが我を支える者だ」
言われるがままに後宮に女を入れた所為で今回の騒動が引き起こされた。それにこれ以上の子は必要ない。
帝位継承者も次代の魔属竜皇も居る。望まぬ事を、望まれぬ事をする必要も無くなった。
「ロス……」
「そなたには辛い思いをさせた。世継ぎが必要という言葉に動かされ、後宮に多くの女を入れた……。だが、これからは無い。我が安らぐのはそなたの元かケールの元だ……」
本当ならばリスティーナだけだといいたい。だが、将来国母となるケーラルーンを無碍に出来ないのもまた事実。
「解っています。私も、ケールならば構いません。
あの方は信用出来る方。姉上のような方ですから」
跡継ぎとなるルクルケツァクルを産み、嫉妬の呪いで光を喪った女性。側室の内、最もリスティーナの事に対して心を砕き、支えとなってくれた者。
「私は、皇族という物を解っているつもりです。それに、貴方との間にフィスを産めた事だけで満足です」
魔族に竜属、どちらも長命種の為、仔を作るのに長い時間を必要とした。それでも、現実には生まれて来た。強大な力を持つ、何処に出しても恥ずかしくない次代の魔属竜皇足る者が。それだけでリスティーナは満足だった。
「愛おしく思っている方との仔。父上も認めてくれた仔です。
正直、貴方のお心が私から離れて行ったのではと思った時もありました。ですが、こうして仔が出来た……。知っていましたか? 竜属はお互いの間に愛情が無いと仔を生せない種族なのですよ」
クスクスと笑いながらロスティグクスの背に腕を回し、一種の爆弾をあっさりと投下する。リフィルロギュナーが己の一人娘と、当時は次期皇帝という立場だったロスティグクスの結婚を渋々ながらも認めたのは、互いに想い合っていると言う一点だった。
竜属は産まれた時に互いの伴侶が決められ、成長すると共にお互いを想い合う事が出来るようにと心を砕く。そうしなければ仔に恵まれないのだ。
お互いに心から愛し、愛されなければ産まれぬ奇跡の仔。入り口が恋愛であるなら、定められた婚約者よりも優先される者となる。
仔を生すのに必要なのは互いの偽りの無い深い愛情。それほどまで、竜属の懐妊は難しい物だったのだ。
「リティ……、それは……」
「ずっと、言えなかった事です。貴方は私に懐妊の兆しが無い事を心苦しく思っておられた。それは私も気付いていました。ですから、言えなかった。竜属の懐妊にはお互いの愛情が最も重要なのだと。
……心は自由です。得たいからといって縛れるものではありません。特に竜属でないのならば尚更に。私達竜属はお互いを想う心を番になってから育てるのです。父上も母上を娶った時、愛情は無かったと聞いています。ですがこうして私が居ます。
何も言わなくとも、仔が出来た事が何よりの証明。ですから、父上も今回の恩赦を決められたのだと思います」
リスティーナの予想外の告白に顔が茹るのが解る。普段は冷静に接していた。勿論、愛しているし、その心は偽りではない。だが、形として現れてしまっては気恥ずかしさが勝ってしまう。それが竜属なのだといわれてしまえばそれまでだが。
竜属がお互いしか見ていない理由も、一度番となってからは滅多な事では別れない理由も、今回の告白で理解出来た気がした。
「さぁ。私達も負けないように資料を整理してしまいましょう。
ルク達のように身軽に動けない分、彼らが動けるように整えてあげなければ」
頬に触れるだけのキスを贈り、体を離す。逃げていく温もりが惜しい気がしたが、それよりも目の前に積まれた問題を片付ける事が最優先事項。
父の心遣いに感謝すると共に、ルクルケツァクル達が問題なく動けるように根回しすること。それが自分達の役割であった。
「あぁ。早く騒動を治めてフィスと心ゆくまで語り合いたい所だ……」
ロスティグクスはロスティグクスの都合で、フィリスティアロスはフィリスティアロスの都合でまともに顔を合わせていない。若干寂しい気持ちもあるが、竜属が抱える様々な問題は己の手に負える物ではないと、心の何処かで理解している所がある。
今もリフィルロギュナーと共に遠ざかって行ったフィリスティアロスの事が心配だが、それよりも先に目の前の事を片付け、誰にも邪魔されない状態でゆっくりと語り合いたいと思っていた。
ロスティグクスだけが知っている、己が切望し、そして己の望みに応えてくれた、原初の世界の魂を持つ者と、謝罪を込めてゆっくり話がしたいのだと。
▽ ◇ △ ◇ △
時は深夜とも呼べる時間。執務室にはロスティグクスとルクルケツァクルが未だに残っていた。
エラルディートはここ最近の疲れがピークに近い為早々に休ませ、リスティーナとキャスティーヌも休息が必要という事で下がらせた。ナラフラレクトは国の内政にも深く関わっている為、呼び出されて以降戻って来ていない。
「さすがに、『真偽華』が三個に増えると裁ける量も違いますね……。此方から出向ける事がこんなにも効率がいいとは思いませんでした」
手を動かしながら口も動くルクルケツァクルに、ロスティグクスは視線を遣る。
「どうしました? 父上」
手を止めないまま、不可解な視線の理由を問う。
「…………この騒動が落ち着けば、お前を正式に皇太子として立てる。そのつもりで事に当たれ」
今までは少しでも反感を抑える為に、継承者としてしか呼んでいない。皇太子として立てば暗殺の嵐に曝されると知っていたからこそ、今まで無謀な事は行わなかった。
だが、今からは違う。今回の粛清で少なくは無い反感を買うだろうが、暗殺の嵐に晒される事は無いだろう。有力者とも呼べる今回の暗殺騒ぎの関係者を一網打尽にする。次の有力者が頭角を現すまで、時間があると思われた。
「……まさか、本気で俺を皇太子にするとは思いませんでしたよ……」
帝位第一継承者。それが今までの肩書き。それを名乗っていながら、皇太子は今回の騒動の中心である末弟がなるものだと信じて疑わなかった。
「何故?
フィスは次代の魔属竜皇。それに、我はお前以外を皇太子に考えた事は一度も無い」
「…………は?」
「お前は生まれた時から次期皇帝、皇太子だったと言っている。表に出さなかったのは暗殺が怖かったからだ。それに、ケールが国母であれば我も安心して任せる事が出来る」
何処か呆れた様子の父に、一瞬殺意が湧いても許して欲しいと心底思う。
「では、何ですか……。
父上、貴方は五人も子供作っておいて、初めから帝位は長子に譲るつもりだったと?」
歴代の皇帝で五人も子供がいるのは珍しい。帝位継承権を巡っての争いが帝国を崩壊させるからと、一人っ子が多い。子を生してもせいぜい二人か三人。その内の一人は皇女であったり、皇帝にはなれない身分の母親だったりと、理由があった。
だが、今回の顔触れは違う。アジェスグリッド公爵家を後ろ盾に持つ己の母、ケーラルーン。ジスカーン侯爵家を後ろ盾に持つ第二皇子の母、エイリーシャ。どちらもが帝位に就ける家柄であり、強く望めば継承権が覆っても不思議は無かった家系。
そして留めに正妃であるリスティーナ。魔属竜皇の一人娘であり、ロスティグクスとは恋愛結婚を果たした者。彼女が仔を産めば帝位に最も近いと言われていた。
「正直に言えばな、……リティの仔が……、フィスが魔属竜皇足りえなければ、もしかしたら我も考えたかもしれぬ。次の皇帝はフィスにと。だが、あの仔は魔属竜皇の道を往く。既に義父上も認められた。
我も定めねばならない。我の後を継ぐ者を」
紡がれる言葉に偽りは無い。ルクルケツァクルは資料を整理していた手を止め、深い溜息を吐いた。
「文句があるのならば聞いてやろう」
「文句ではないですよ……。ただ、皇太子となれば、婚約や結婚や跡継ぎで色々と面倒だろうな……そう思っただけです」
降って沸いた話というわけではないが、実感が伴っていなかったのも事実。帝位第一継承者であっても、帝妃の仔が生まれるまでの繋ぎだと信じていたのだから。
「エルの事が心配か?」
「どういう意味です」
「私室に連れ込むほど、大切にしているのであろう? あの者の目が心配か?」
一瞬襲った眩暈を、机に手を付く事でやり過ごし、パニックを起こしている脳内を鎮めに掛かる。
「あの者はお前がいなければ一人で立てないように育てられている。我が子ながら腹黒いと思ったものだが……。尻に敷かれているのはお前の方か」
「父上!」
知られていない訳ではないと思っていたが、あからさまに言われると立つ瀬が無い。しかも、そのことに関して苦言を呈するわけでもなく、ただ事実を事実として受け入れている節があった。
確かに、エラルディートが産まれたばかりの頃はルクルケツァクルもまだ幼く、帝位を争う事になるのであれば、そうなる前に己に依存させてしまえばいいと考えていた事もある。それを実行に移した結果が現在だが、残念ながら後悔はしていない。
「兄弟で遊ぼうが別に反対はせぬ。だが、皇太子となればその責務ははるかに重くなる。その事は覚悟しておいた方がいいだろうな」
淡々と告げる己の父親が憎らしい。
「妻を娶るからと言って、決して手離してはならぬぞ。エラルディートはお前にとって得難い者だ。一度離すと二度と手には入れられぬ。
己の相手は己で選べ。我がお前にしてやれる事はそれくらいだろうからな……」
本来であれば皇太子として立つと共に、婚約者の発表があってもおかしくはない。だが、それをルクルケツァクルに一任――丸投げとも言う――した。本来ではありえない事であり、帝国史上、類を見ない事であろう。
「……お話は解りました。ですが、今は目の前の事に集中させて頂きたい。今回しくじれば膿を出す機会は巡って来ない。俺が皇帝になったとき、楽に力を揮えるように……」
「お前の腹黒さは十分に理解していたつもりだが、誰の血を受けてそうなった?」
「父上でしょう」
心底解らないといった様子で聞いてくるロスティグクスを、バッサリと一言で片付け、止まっていた資料整理に戻る。
「……多くの女性を囲みながら、未だ手放さない方を持つ父上に似たのでしょう」
誰とは言わない。そして、誰とも聞いてこない。
沈黙が部屋を支配した事を好機と取り、ルクルケツァクルは資料を裁いて行ったのだった。
ルク兄は爽やか腹黒系。エル兄をがっちり手中に収めています。
腹黒の血筋は父上から。リティと恋愛結婚した後も手放せない者(♂)が居る。




