第二章 第二話 『守補佐』の決定
間に合わなかった……。
直接投稿です。誤字と脱字が恐ろしい……orz
おじー様の意外な一面。こんな一面が無ければトップなんて務まりませんよねー……。
己を呼び出した仔の心地良い重みを感じつつ、コシュンは寿命と精神がガリガリと削り取られて行く感覚を味わっていた。出来る事なら逃げたいがそんな事が出来る訳もなく、ただ耐えるしかない。
目の前には多少は怒りを収めたものの、未だ立腹したままのリフィルロギュナー。そしてその斜め左後ろに魔属竜皇の右腕と謳われるチェルククシアート。
左目にモノクルを掛け、静かに佇む姿は一見温和そうだが、その実態は決して優しいものでは無いと知っている。現状、『守補佐』を除き魔属竜皇と唯一共に行動する事を許された者。それはリフィルロギュナーが狩りの戦場に立つ時、その背後に控える事が許された存在を意味する。
背後に控える、並び立つ事を許されると言うのは守りを必要としない事を示し、己の実力で魔属竜皇と同じ死線を潜り抜けることが出来るという事を表していた。
基本的にリフィルロギュナーが出る時は魔属竜の各パーティーが挑み、屠り切れなかった場合である。実力者同士が衝突し引き分けに持ち込んだ相手。ギリギリで勝てるか五分の勝負を無理やり引き寄せるか、そんな危険な場所にしか立たない。
魔属竜のツートップ。そんな二人を前に出てくる言葉など無い。
リフィルロギュナーの、腰よりも長い紫紺の髪は抑え切れない龍力に煽られ揺らめいている。表に出ている感情と、無理やり押し込めた感情の違いが如実に現れていた。
一方のチェルククシアートは肩口までの癖の一切無いストレートの紺碧の髪に、黄金の瞳。コシュンを値踏みするように見遣る瞳はどこか冷徹に煌いている。
〔お二人さん……、ちょっと、落ち着こうか……?〕
冷静に対話しようとする白銀の毛並みを持つ虎に、容赦なく突き刺さる二対の黄金の瞳。
怒る理由は解る。それはもう充分に理解している。
「案ずるな、我は充分に落ち着いている。なぁ? チェル」
器用に仔を避け、コシュンのみに圧し掛かるプレッシャー。その重圧が増した。
「そうですね。普段通りの皇とお見受けします」
こちらも器用に仔を避け、コシュンのみに殺気が向けられる。
絶対に嘘だ。そう叫びたくなるのを全力で押さえ、無言の重圧に耐える。何しろ、非は全面的にコシュン側にある。フィリスティアロスが有する龍力の大きさから、失敗する事はまず無いと考えていたが、万が一しくじればその命を奪っていた可能性があるのだ。
竜属が行う『守補佐』の創造とは己の想像した者に世界と同調出来るだけの龍力を流し込み、顕現させる事を言う。だが、今回行ったのは今在る者を龍力によってその存在を造り替え、己の僕とする事。一般的には契約と呼ばれている行為。
重要なのが、創造と契約とでは使う力の量が大いに異なってくるという点。創造は同調と顕現の力だけで済むが、契約は相手の持っている力のほぼ全てを龍力に塗り替えなければならない。
神獣種ともなれば内包する力も強大で、元から作り変えるには持っている龍力を枯渇するまで注いでも注ぎ足りない事が殆どである。内包する力の枯渇は死を招く恐れがあり、神獣種や霊獣種等といった者達と契約する場合は、必ず己の身の丈にあったものを事前に選び出しておくか、補助役を据えるなどの万全の準備を行った後に行動に移していた。
リフィルロギュナーは歴代の魔属竜皇とは違い、神獣種や霊獣種といった既に在る者を『守補佐』に就ける事はしていない。望めば可能であるにもかかわらず、己が創り出した四体の『守補佐』を傍に置き、断固として契約を行おうとはしなかった。
「さて、神獣種・白虎。次代との契約を破棄し霊界へと戻るか、私に無理やり戻されるか、好きな方を選んでもらえるか」
無理やり戻されると再び契約が必要となる。しかし、再契約をさせるほど魔属竜ナンバーワンとナンバーツーが甘い訳もなく、この契約を破棄されればもう二度と契約はできない事は明白である。
〔どちらも嫌だと言えば?〕
挑発的なコシュンの言葉を受けて二人に浮かぶ笑み。それを見せられて流れ落ちる冷や汗。
〔あー…………、取り敢えず、場所を移さないか……?〕
今はなだらかな丘の頂上付近に陣取っている。改めて話をするには一度移動し、己の中で現状を冷静に噛み砕く必要があった。
「移動する必要がどこにある? 破棄か強制か、どちらかを選ぶだけで良い」
辛辣な言葉に動きを止めるしかない。リフィルロギュナーはコシュンを認めない。それは確かな事実だった。
「何故そこまで俺が『守補佐』だという事を嫌う? 父親だって…………」
「リフ!」
コシュンの何気ない一言で一気に膨れ上がった龍力に、チェルククシアートが守壁結界を咄嗟に展開させる。同時に爆発する龍力。展開された守壁結界は意外な事に白虎も同時に守っていた。
「リフ、落ち着け。このままでは次代を傷付ける」
突然の事に動けなかった事実と、護られた事実、そして目の当たりにした竜属の持つ力の大きさに心が折れる。使う者にも依るが、召喚された神獣種が竜属と当たった場合、ほぼ十割の確率で撃退されている事を思い出した。
霊界に在れば強大な存在も、召喚されれば実力の何割も発揮出来ない。その上相手は世界最強といわれる竜属のトップ。やり合って勝てる見込みはなかった。
「リフィルロギュナー!」
一度目を止められ、今度は改めて龍力を練り始めた魔属竜皇に、チェルククシアートが本気で止めに入る。神獣種、霊獣種嫌いは知っていたが、ここまであからさまだとは思わなかった。
「何故、止める……。お前は神獣種を認めるのか?」
黄金の瞳に宿る昏い光り。その目は遠い過去を見つめていた。
「認める、認めぬ以前の問題だ。力を抑えろ。場所を移動するぞ。
……少し派手にやりすぎた」
リフィルロギュナーが張った結界と己が張った結界を難なく消し、微動だにしない腕を引いた。まだ燻っている炎を宥めるように、触れた指先から少しずつ龍力を流し込んでいく。
「神獣種・白虎よ。人型を取れるか。泉まで移動したい」
正直、荒れ狂ったリフィルロギュナーの力を抑えるのは一苦労。それでもしなければならない時がある。
一方のコシュンはこれ以上油を注がないように、言われた通りに人型を取った。
健康的に焼けた肌に白銀の短髪。全体的に白で纏められ、飾りとして翠や紫の糸で刺繍を施された服を纏う姿は、常であれば人々の関心を惹いただろう。
だが、現状は意識のない仔と神獣種に余り良い印象を抱いていない竜属二人。一瞥しただけで泉へと向かって行った。
「…………父親の事は禁句だったか……」
腕に抱いた仔に視線を落とす。片手で軽々と抱き上げる事ができる外見とは裏腹に、その内には膨大な力を抱えている。
神獣種である己を満たせるだけの龍力量。考えるだけでゾッとした。
「何をしている。早く来い」
魔属竜皇や次代に向ける視線や声音とは全く違う、氷点下の声。その声に我に返り、慌てて後を追った。
▽ ◇ △ ◇ △
泉の傍まで場所を移動し、それぞれ座る。
チェルククシアートはリフィルロギュナーの腕を掴んだまま離さず、結果としてフィリスティアロスはコシュンの腕の中に収まっていた。
「神獣種よ。契約を破棄し、戻るつもりは無いのだな?」
確認するように問う言葉に、ただ首肯する。己が仕えてもいいと思える主。騙まし討ちのような契約だが、それを破棄する気は毛頭ない。
「ならば、刻印を打たせよ。貴様が仔を裏切らぬと言う誠意を見せろ」
沈黙を保っていたリフィルロギュナーが口を開いた。
「刻……印……?」
発せられた言葉に、さすがにコシュンの思考が止まる。
「契約は破棄せぬ、無理やり送還もさせぬ。ならば刻印を打たせろ。それが仔の傍に居る、『守補佐』となる条件だ」
刻印。言葉の裏には隷属と言う意味が隠されている。主を裏切らず、己の意思関係なく全てを捧げるようにコントロールされる物。
一般的に奴隷に刻まれる事が多く、その刻印で支配下に置いていた。
「何故、そこまで……」
今代の魔属竜皇が神獣種や霊獣種を毛嫌いしているのは霊界でも有名な話である。詳細は解らないが、噂好きな精霊達が口を揃えて同じ事を繰り返す。
神獣種や霊獣種との間に何があったのか、知らぬまま出て来てしまっていた。
「我が聞きたいのは是か否かの返答のみ。貴様を殺す事など容易いと知れ」
明らかな殺意を宿す瞳は本気以外の何者でもない。だが、刻印を刻まれるのは神獣種としてのプライドが返答を詰まらせる。
「結局貴様は仔を裏切るか。現世で肉体を得、思うがままに揮える力で何を成す?」
沈黙をどう捉えたのか、いつの間にチェルククシアートの腕から逃れ、立ち上がったリフィルロギュナーの指先がコシュンの頤に掛けられていた。逃したチェルククシアートも諦めたのか、再び抑えようとはしない。
「…………仔に触れている事も腹立たしい……。
貴様は仔に何の説明もなく『守補佐』を創造させた我を愚かと見るか? 現世で肉体を得る絶好の機会を逃すまいと飛び出て来たのだろう? 何も知らぬ仔を手中に収めただけで、何食わぬ顔で『守補佐』の立場を得る事が出来ると思うたか?」
フィリスティアロスの前ではなりを潜めていた冷酷さが、完全に剥き出しの状態になっていた。頤に掛けられた指先に少し力を込められ、上を向かされる。
絶対的な敵意を真正面から向けられ、身動き一つ出来ない。竜属の中でも最高の力を持つ者。魔属竜を従え、幾多の堕竜や穢龍を屠ってきた者。懐に入れたものには気付かせない残酷な一面。覗き込んでくる黄金から、視線が逸らせなかった。
「俺……は……」
仔を害そうなど露ほども考えていない。契約は神獣種にとって諸刃の剣。主の力を受け、染め替えられた時点で己の意思は抑制され、裏切りに走る事すら思い付かない。
僕となった者が主を傷つける事は不可能だ。魔属竜皇たる者がその事を知らないはずがない。それでもなお、神獣種である己を仔の傍に置きたくないのか、疑問は尽きなかった。
「主を、害そうとは思っていない」
「『主』……。その立場を何も知らぬ仔に押し付けるのか」
神獣種との契約はいろんな意味で注目を集める。
これが成熟した大人であればなんら問題は無い。まだ目覚めてから数日しか経たない、何も知らない無垢な仔。それが神獣種と契約したとなれば脅威としてしか見られない。
ただでさえ秘めたる力は随一。それに付随した次期魔属竜皇の立場。そして神獣種・白虎族との契約。仔の身を案じる材料はいたる所に散りばめられていた。
「そんなつもりでは!」
「ではどういうつもりだ。
『守補佐』の創造に便乗し、半ば不意打ち的に契約を果たした者の考えは我には解らぬ」
「俺はただ、護りたいと……」
「ならば契約を破棄し、霊界から見守るのだな。『守』は仔が創る者が行う」
取り付く島もない。
「…………刻印を……」
「うん?」
「刻印をこの身に刻めば、『守補佐』として傍に居てもいいのか」
契約の上に刻印。それは二重の枷となりコシュンを縛る。
「奴隷にその身を落としてまで現世に留まりたいか」
どこまでも続く平行線。提示された条件を呑もうとすれば更に貶める言葉が紡がれる。
「留まりたい。何と言われようと、俺は主を護りたい」
膨れ上がる殺気に、背筋を冷たい物が流れ落ちる。そして口を開きかけた瞬間、何かに呼ばれたように視線を逸らした。背後で様子を見ていたチェルククシアートも同じ方向を見ている。
「リフ」
「あぁ、仔を頼む。明日になれば城に送り届けてくれ」
何があったのか、向かっていた殺気が完全に凪ぎ、更にはコシュンへの興味も同時に失ったかのように踵を返す。
「供は」
「今は我より仔を優先せよ。チェル、頼む」
「承った。我が皇」
左胸に右手を当て、軽く頭を下げたチェルククシアートに頷き、リフィルロギュナーは軽く地を蹴る。広げた翼は風を抱き、その姿をあっという間に彼方へと連れ去って行った。
一つの脅威が消え、コシュンは軽く息を吐く。本気で殺されるかと思った。
「命拾いをしたな。神獣種・白虎族の若者よ」
深い溜息を吐き、チェルククシアートがコシュンの隣に腰を下ろす。瞬間的に強張る様子に、先程までの殺気が嘘のように笑い声が響く。
「そう固くなる事もないだろう。取って食おうと言う訳ではない」
「…………いや、無理……」
先程とのギャップがあり過ぎる。腕の中の仔を大切に抱き、コシュンは特大の溜息を吐き出した。
「手順を踏まぬ其方が悪い。今代魔属竜皇の霊界種嫌いは知っているはずだが?」
知っていた。知っていたが、まさか命の心配をしなければならないほど嫌っているとは思ってもいなかったのが本音であった。
「急く気持ちは解らないでも無いが、本当に、無謀な事を」
改めて言われずとも、己が無謀な事をしたと言う事は解っている。これ以上傷を広げないで欲しい。
「それより、魔属竜皇は何処に……?」
一歩間違えば確実に殺されていた雰囲気が一瞬にして無へと帰した事実。コシュンよりも優先すべき事が出来たという事に他ならない。
「同属からの救助信号を受けただけだ。ここから近いからな……」
「この近くで、狩りが……?」
魔属竜が梃子摺る相手など限られている。しかも魔属竜皇自ら出るとなれば、堕竜か穢龍が相手かのどちらか。己の命拾いを喜べば良いのか、死闘に身を投じる魔属竜皇を案じれば良いのか、内心微妙な所であった。
「それより、先程はリフが失礼した。其方にも否は確実にあるが、矜持を傷付けたのは確かだからな。此方の謝罪、受け入れてもらえるか?」
声音は穏やかだが、瞳は凍えるような冷たさを宿したまま。拒否など出来るわけが無い。
「種を、蒔いたのは、俺……だ。謝罪など、畏れ多い……」
「そう言って貰えると助かる。やはり、まだ引き摺っているか……」
額に手を当て苦々しい溜息を吐く。
「それは、今代の神獣種嫌いの事か?」
「そうなるな。今でこそ精霊の祝福は何の苦も無く受け取れるようになったが、一時期は……。それはもう悲惨なものだった」
決して語られない、語ってはいけない事柄。それを察したのか、コシュンも深い事は聞かない。これ以上、墓穴を掘るのは避けたいというのがあった。
「リフとしても、望みはしていたと思う。正直、次代の『守補佐』は創造した者では荷が重い。故に契約を……と。さすがに、一体目から契約を行う羽目になるとは思っても居なかったようだが……」
『守補佐』としての能力は己が創造した者よりも、既に在る者と契約した方がより強力な『守』を得る事が出来る。それだけのリスクを背負うのだ。
チラリと白虎族の青年を見れば、引き攣った笑みで明後日の方向を向いていた。
「それに、蒼龍、鳳凰、玄武、麒麟か……。五体も神獣種は要らないと思わないか?」
「…………その問いには、俺は、ちょっと……」
答えられる訳が無い。仔の適正が高かったのが風だからと、無理やり一番手を奪い取ってきたのだ。これから先の契約がないとなれば、霊界に戻った時の同胞の報復が恐ろしい。
「そうだろうな……。だが、次代が成長するまで次の召喚は無い。暫くは一人で踏ん張るのだな」
それはコシュンを『守補佐』と認めると言う事。これ以上反対した所でコシュンの心変わりは無いと判断した。
「…………そーですね」
認められ、嬉しいはずにも関わらず、散らしても、散らしても寄って来る精霊達に辟易する。精霊に愛され過ぎるのも問題だと、チラリと聞いた言葉の意味がようやく解った気がした。
「次代は精霊に愛される。否。精霊だけではないな。神獣種も興味津々のようだ」
リフィルロギュナーが断固として契約を行わない為、興味が他に移っているのも事実。だが、キズを抱えた魔属竜皇に契約を進言する勇気は持てなかった。
「……役目は、果たします」
コシュンが『守』に就いたという事は知れ渡ったはずである。神獣と精霊。同じ霊界に住まう者同士。こちらを慮り、祝福攻撃が多少なりとも収まってくれればと、祈らずには居られなかった。
だが、この時点でコシュンは知らない。チェルククシアートと城に向かい、なにがあったのか知ったリスティーナから、ブリザードの第二派がある事は、想像もしていなかった。
無事に『守補佐』になったコシュン君の受難はこれからですかねー。
次話は城に戻ってお裁きに入れればと淡い希望を抱いています。
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