第一章 第十話 胃痛の原因の隠された想い
一章これで一応、完結です。
二章は裁きのお話になるかなと。
結局出したい方を出せず仕舞い……。番外編での登場が初登場になるかな。
娘に足蹴にされても、おじー様は最強です。
和やかな朝食風景の中に、どこか凛とした緊張感が漂っている。
出所はロスティグクス。その正面にリフィルロギュナーが陣取っている為、仕方がないといえば仕方がないのか、ロスティグクスの左側に座るリスティーナも助け舟を出すに出せず、両者の間で視線を彷徨わせていた。
「そう、緊張する事もあるまい」
リフィルロギュナーから見て、右側にルクルケツァクルとエラルディートが、左側にキャスティーヌとナラフラレクトが座っている。これが皇族の定位置。フィリスティアロスはリスティーナの膝の上、腕の中に閉じ込められていた。
昨夜のことが響いているのか、ケーラルーンの姿はここには無い。
緊張を生み出している元凶は、どこか気だるげにソファーに身を預けて皇族を一通り眺めた後、改めて固まっているロスティグクスを見る。
「なぁ? 皇よ」
そんな言葉を受けてますます硬直する。義父ではあるが相手は魔属竜の頂点に立つ者。己も帝国のトップに在るが、持つ力がそもそも違う。緊張するなと言う方が無理な話だ。
「昨夜は配慮が足りず、怯えさせたか。幼き仔よ」
何も言えないロスティグクスを一通りからかった後、リスティーナの無言の威嚇を悠然と跳ね除け、幼き仔に視線を移す。
憂いを宿した金の瞳と、知性を宿した金の瞳が交差する。
「我はリフィルロギュナー・ドラグロード。魔属竜の一角、葬竜族の長にして、魔属竜を統べる立場に在る」
「フィリスティアロスと申します」
昨夜の威圧感は欠片も感じられない。ただ、圧倒的な存在感があった。それはこちらの恐怖を煽る為のものではなく、意識して抑えても漏れ出る物らしい。
「良き名だ。そうだな……。ドラグロード。フィリスティアロス・ドラグロード。この名を我から贈ろう」
ドラグロード。現在この姓を名乗っているのはリフィルロギュナーしかいない。魔属竜皇の血族、もしくは魔属竜皇が次代と認めた者しか名乗る事が許されない名である。
「父上……」
予想していたが、改めて伝えられると重い名。
膝に抱いているフィリスティアロスを無意識に抱き締める。今はまだ生まれたばかりと言う理由で回避出来る。だが、いつかはリフィルロギュナーの隣に並び立ち、葬竜族の戦場に足を踏み入れるのだろう。それは、そう遠くない未来。
他の魔属竜から賞賛の目で見られ、同じ葬竜族から畏怖と尊敬の目で見られる場所。最強という高み。言い換えれば孤高。
己が仔は己の父の救いになるのか。己が並び立つ事が叶わず、結果として孤独に追い遣ってしまった償いを出来るのか。様々な考えが脳裏を巡る。
「母……上……」
抱き締める腕に力が篭っていたのだろう。苦しそうな声に我に返った。
「ごめんなさい。大丈夫?」
慌てて抱き締めていた力を緩める。
「大丈夫です」
側室達の暴走から生き延びながら、実の母親に絞め殺されるのだけは避けたい。距離を取ろうとするが、絶妙な力加減で抜け出す事が出来ない。
暫く無言の攻防を続けた後、諦めたのはフィリスティアロスであった。
「お前の気持ちも解らんでもないが、我等の『役目』故、仕方あるまい」
娘と孫の無言の攻防を、頬杖をついたまま楽しげに眺める。
リスティーナの気持ちは痛いほど解る。己の仔に葬送の竜としての能力が無いと解った瞬間の寂しさと喜びは、経験した者にしか解らないだろう。
共に戦えない寂しさと、危険な場所に連れて行かなくても良い喜び。安堵。己に嫁いでからだんだんと弱り始めた最愛の者を悲しませる要因が一つ消えた。
葬竜族の男子の場合、能力の強さにバラつきはあるものの、全員が『役目』を果たすのに充分な力を備えている。だが、女子は両極端と言ってもいい。能力が有るか、無いか。有れば一流、無ければ一切無い。百か零。
聖属龍の血が入った為、リスティーナには葬送の竜としての能力は無かった。その事にどれだけ安心したか。リフィルロギュナーは何よりもその事を喜んだ。
だが、血は繋がなければならない。能力を持たないといっても、それは表面に現れていないだけで、体内に流れる血には確実に眠っている。その血を目覚めさせる為の仔。
「解っているのだろう。その者には我と同等か、それ以上の能力がある」
葬送の竜としての能力は生まれた瞬間に決まる。能力を鍛える事は出来ず、己の能力に見合った相手を狩る。そうして堕竜や穢龍を葬り去ってきた。
「父上よりも、強い……と?」
魔属竜皇を名乗るだけの事はあり、リフィルロギュナーの能力は一族の中でも群を抜いている。その父よりも強い能力を秘めた息子。前線に出る事が決定付けられた。
「今はまだ眠っておる。目覚められても敵わん」
葬送の能力は時が来た時に一気に目覚める。その目覚めに耐え切れず、命を落とす者も居るがそれはほんの一握り。正しく力の使い方を覚えていけば、目覚めは簡単に乗り越えられる。これほどの逸材をむざむざ目覚めで死なせるわけが無かった。
「猶予は……、この仔の能力が目覚めるまでに、どれだけの猶予がありますか?」
基本葬竜族は根無し草。堕竜や穢龍を追って移動する。
魔属竜の谷に居るのは出産を控えた者や子育て中の者。後は戦いの後遺症によって戦えなくなった者達だ。
その者達を護る為に魔属竜皇は谷に留まる。リフィルロギュナーの様に、側近に護りを任せ前線に身を投じる者も決して少なくは無かったが、基本的に魔属竜皇は谷から出ない。
「魔族で言う所の成人……、辺りか」
魔族も竜属も、成人までの成長速度はそれほど変わりない。劇的な変化があるのは成人後。青年期辺りまでは成長するが、そこからの老化速度が一気に変わるのだ。
「成人……」
「まぁ、成人までとは言え、我等の力の扱い方は成人になってから学ぶからな。巣立つまでには時間が掛かろう」
簡単に扱えるような能力ではない。それはリフィルロギュナー自身が身に染みて解っている。それに帝都でも学べるのだ。無理に引き離すつもりは無かった。
「よかった」
リスティーナの雰囲気が和らぐ。
「お前、何歳まで我の元に居たのか覚えていないのか」
「う……」
呆れたような声に、反論も出てこない。
「小僧が奪いに来るまでは素直で賢い仔だったんだがな……」
「それはっ……!」
からかう様子の魔属竜皇に、皇帝と帝妃が揃って真っ赤になった。
「全く……。娘は惚れた男で変わるというが、ここまでとはの」
魔属竜の谷に居た時は大切に育てられた。甘やかされたし、きちんとした躾も受けた。どこに出しても恥ずかしくない娘だと、胸を張って言い切れるくらいには正しく育てたつもりである。
それが正しかったのか、間違っていたのか、今では帝妃という椅子に座っている。
「わ……我は執務……執務がある故、失礼する」
顔を真っ赤に染めたまま慌しく立ち上がると、そのまま退室していった。
「わ……私も、少し用事を、思い、…………用事があるわ」
フィリスティアロスをルクルケツァクルに預け、逃げるように退室する。二人に付いている護衛とメイドも慌しく、それでも無音で退室した。
そんな二人の背を生暖かい目で見送りながら、残された子供達は五者五様の溜息を吐いたのだった。
▽ ◇ △ ◇ △
意図的に爆弾を投下した魔属竜皇は、悪戯が成功した子供のようにクツクツと笑っている。退室するタイミングを逃し、残された子供達はお互いに顔を見合わせた。
「相も変わらず初心よの。追い払うには軽いが、常同じ反応だと、つまらん」
頬杖を付いたまま、用意された果物に手を伸ばす。そのまま手掴みで口元に運ぶと、程よい甘さを楽しみながら嚥下する。
「……皇帝と帝妃をからかえるのは、貴方か母しか居ないので、仕方がない反応かと」
腕の中に居る温かな体温に癒されながら、ルクルケツァクルが苦笑する。
基本的に不敬罪に問われる事柄の為、皆おいそれと口にしたりしない。その事を堂々と言葉に乗せるのだから性質が悪い。
「それでもよ。何年の付き合いになると思うておる? 十年単位では無いぞ」
二人が結婚して既に三百年は経っているにも拘らず、あの初々しさである。リフィルロギュナーの溜息も仕方がないといった所か。
「それで……。私たちだけを残して、一体何の悪巧みです?」
長兄の言葉に全員が姿勢を正した。
「何の事は無い。此度の一件、好きに裁け」
緊張を持って問うた言葉に返されたのは軽い一言。
「そ……れは、今回の騒動に、竜属は関与しないという事ですか?」
しかし、皇族にとってその一言を理解するのに数瞬を要した。それほどまでに衝撃的な言葉。
「我等が絡めば、ほぼ全ての者達が死罪であろう。それは帝国を揺るがしかねん。
最も……、第二皇子、第一皇女、主らの母を初めとする者らは諦めてもらわねばならん」
竜属の同属至上主義は痛いほど解っている。それが生み出す悲劇も目の当たりにした事があった。だからこそ、今回の事は深く追求してはいけないと警鐘を鳴らしている。
仔が死んでいたのならばともかく、現実は生きているのだ。事の首謀者の命は諦めてもらうしかないが、心から悔いている者、己の意思とは関係なく関わらされた者に関しては目を瞑ろうと、同属が動き出す前に決定を下したのだった。
「そんな重要な事を、父上抜きに話しても良かったのですか?」
衝撃から立ち直ったナラフラレクトが問う。
「関係者の洗い出しは主らの仕事であろう? 小僧は洗い出された者達に刑を宣告するだけだ」
最もな意見ではあるが、それに素直に頷けないのは何故なのか。
「多少は己の無力さを噛み締める時間があってもよかろう?」
「それが本音ですか!」
ルクルケツァクルの呆れたような一声に苦笑のみを返す。一人娘を取られた父親の嫉妬は醜い。そう思うが、とても口には出せない。
「これは我の独断。魔属竜皇としての決定。覆る事も、覆させる事もない。
助けたき者も居よう? 失うには惜しき者も居よう? 我が『恩赦』、受け取るが良い」
果物の果汁に濡れた指先をメイドが用意した布で拭き取る。
「『真偽華』」
リフィルロギュナーの言葉と共に、ナラフラレクトの前に透明な塊が現れ、重力に逆らわず落下する塊を慌てて受け止めた。
「助ける事を許すのは、ソレが反応せぬ者のみ。僅かでも反応があれば殺せ」
冷酷な言葉。だが、本来であれば皆殺しの所を多少とは言え救う事が出来るのは、救いとなるのだろうか。
「ソレが反応せずとも帝国の未来に要らぬと思えば切り捨てよ。少々の事であれば疑惑も持たれまい」
ナラフラレクトの視線が『真偽華』に落とされる。
「貸して」
隣に座っていたキャスティーヌがおもむろに手を伸ばすと、『真偽華』を取り上げる。
「姉上!」
ここで反応したりすれば死刑。慌てて取り返そうとするが、時は既に遅い。
「…………無反応」
キャスティーヌの両手に収まった『真偽華』はそのまま透明を保っていた。
「エル兄上」
ポイ。と、無遠慮に投げられる塊を慌てて受け止める。見るものが見れば卒倒しかねない塊の扱いに、リフィルロギュナーは何も言わない。
「キャス……」
物の価値はある程度解っているつもりだ。魔術・魔導両師団の纏め役たる妹が、この塊の価値を知らないとは思えない。それでも無造作に扱うのは、術師としての力量をあからさまに見せ付けられた嫉妬からだろうか。
「無反応だな」
エラルディートの手中に収まった『真偽華』も透明を保っている。兄の言葉に慌てて視線を落とせば、見事に無反応な塊があった。
「父上の決定は正しいと言う事ですね」
兄姉を失わずに済んだ事ほど嬉しいことはない。ナラフラレクトはそっと安堵の溜息を吐いた。
「用が済めば空に還せ。この為に作り出したもの。他の用途には使えん」
「還す……?」
掌中に鎮座する『真偽華』を見下ろしたままエラルディートが問う。特殊な『華』の還し方など知らない。
「リスに頼め。アレなら簡単に還せよう」
困惑を受け取ったのか、リフィルロギュナーから助言がある。
「事が済むまで滞在させてもらう。幼仔と話もしたい故な」
その事に反対意見は出ない。
残せる命が増えた。それは将来、取り返しのつかない火種になるかもしれない。だが、このまま失うには余りにも犠牲が大き過ぎた。
「初めから、このつもりで?」
腕の中で大人しくしている温もりを無意識に守りつつ、ルクルケツァクルが言葉を紡ぐ。
「半々……だな」
助けようと谷を出た訳ではない。ただ、面白いものが見れそうだという些細な理由で帝都まで来た。そして見付けたのは己の次代に相応しい、強大な力を秘めた仔。
仔の為にも帝国を揺るがす事は出来ない。そう結論付けた。
「竜属の同属意識は知っていよう? 報復は全力で。時には魔属、聖属関係なく。
だが、此度は余りにも事が大きすぎる。最悪、帝国を崩壊させかねぬ程にはな。
我が魔属竜皇として決定を下せば覆せる者は早々居らん。我が事を納得し、決断を下した。不服なれば力を以って訴える。それが出来ぬ限りこの決定は変らぬ」
帝国の未来。それは皇帝や帝妃、誰もが案じていたことだ。
ジスカーンやアベンテテラの影響力は思っていたよりも大きく、末子暗殺に関わった者達は血縁者を含め帝国中枢部の約半数。アジェスグリッドが多少牽制していたとはいえ、少なくは無い数になっていた。
「魔属竜皇の寛大な采配、心より御礼申し上げます」
エラルディートが立ち上がり、深く頭を下げる。己の母親のせいで要らぬ血を流させる。平和な生活を送っていた家庭を崩壊させる。その事が恐ろしい。
「無理に取り繕うな、第二皇子」
本来、側室となり皇子を生んだ母を簡単に処刑する事は出来ない。それは将来、子が帝位を継いだ際に国母として立たなければならないからだ。しかし、今回はその重要性も掻き消える。最優先事項は仔を害した事。その罪で罰せられる。
事件を起こした側室達は重くて幽閉と考えているだろうが、竜属が絡んだ場合の見せしめとして、一族郎党処刑される事は確定していた。
「取り繕っている訳ではありません。私は母が憎い……。兄上が居るにもかかわらず、私を皇帝に就けようとする。その事が重くて仕方が無かった」
頭を下げたまま口にするのは誰にも吐露した事が無い本心。排除するにもジスカーンの力は強力で、第二皇子であってもそう簡単に切り捨てる事は出来なかった。
「母がフィスの殺害を計画していると知り、私は好機を得たと思ってしまった。幼い仔の命よりも、己が自由になれるという事実に心が躍った」
ポツリ、ポツリと語られる本音。ルクルケツァクルは解っていたのか、驚く様子は無い。
「親子とはいえ、目指す道が違えばここまで擦れ違うか」
帝位に執着していたエイリーシャ。兄を押し退けてまで帝位を望まなかったエラルディート。二者の違いははっきりとしていた。
「魔属竜皇……」
「主に罪は無い。何れは起こっていた事。早いか遅いかの違いしかあるまい」
顔を上げ、真っ直ぐにリフィルロギュナーを見つめれば、以外にも優しい瞳で受け止められた。
「幼き仔よ。この決定に不満は無いな?」
問い掛けにただ無言で頷く。生れ落ち、何の知識も無いままで下手な事は言えないというのが本音。そしてこれ以上、次兄の苦しむ姿を見たくなかった。
「『魔属竜は此度の事に対して一切干渉せず。帝国の法に則り裁け』」
『真偽華』が一際輝きを増し、リフィルロギュナーの言葉を受け入れる。
「助けられた方もおそらく戸惑おう。それを如何に宥めるか、その手腕見せて貰う」
楽しげに語られる言葉に、気付かぬ内に無理難題を押し付けられている己達の父を思う。内政手腕は一流といっても過言ではない。ただ、義父を目の前にしてその手腕が完璧に発揮されるかとなれば、また話は違ってくる。
それでも今は前に進むしかない。魔属竜皇によって示された新たな可能性。
助ける事を諦めかけた者を僅かな可能性ではあるが、助ける事が出来るかもしれない。先を案じては『今』の帝国が揺らぐ。
今はただ、目の前の事を一つずつ潰して行くしかない。
新たな決意を胸に秘め、緊張と不安と安堵の連続だった朝食はひとまず幕を下ろしたのだった。
何話か番外編を挟んで第二章に行きたいと思います。
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