第一章 番外編 兄の願いと弟の想い
※ 注意 ※
男同士のキスシーンがあります。BL入りました。苦手な方は即バックして下さい。
兄弟同士が苦手な方も同様に、回れ右をお願いします。
読まれた後のダメージに責任は負いません。
※ 上記ご協力お願いします ※
弱っているエル兄と甘やかすルク兄。
微妙にルク兄が黒い気がしないでもない……。
仔の誕生を祝う為に、山積みとなった執務を完全放棄してルクルケツァクルとエラルディートはサロンに居た。
皇帝・ロスティグクスと、帝妃・リスティーナ待望の仔。葬竜皇・リフィルロギュナー悲願の後継者。
策略により一時期は命を危ぶまれたものの、仔が持つ想定外の力と四兄姉の尽力によって仔は無事に名を得、安定した。
その安定を誰よりも喜んだのはロスティグクス。そして、その安定を目の当たりにし、ルクルケツァクルは己が思っていた以上の安定度に心の内で感嘆する。
産まれた直後の荒れ狂ったオーラにも圧倒されたが、何よりもそのオーラが完全に凪いでいる事実に驚いたのだ。キャスティーヌやナラフラレクトの前例がある為、名付けで何かが変わると思っていたが、想像を遥かに上回る安定に安堵した。
名を付けてまで力の安定が成らなかった場合の事を考えると、本気で背筋が凍る。名と言う安定を得て安心したのか、全力で甘えて来る末弟を微笑ましく思う。
生まれてきた意味を真剣に受け取ろうとする仔に、護らなければならないという思いが改めて胸を占めたのだった。
「兄上。そろそろ戻りませんか?」
父は執務で途中退席し、帝妃は未だ戻らない体調を考慮して自室に戻った。
妹は帝都警備の責任者から呼び出され、それに連れられる形で弟も退出、末弟も同じく部屋へと戻って行った。
「あぁ……、そうだな」
グラスを片手にソファーに身を預け、思考の海に身を任せていた長兄を現実へと引き戻す。
「何か、考え事でしたか?」
「いや……、そういう訳じゃないが…………エル、なんて顔をしてる」
沈んだ感情がそのまま声になっている弟を見遣れば、想像通りの酷い顔色をしていた。苦笑を心の内に止めつつ、血の気の引いた頬にグラスを置いた手を当てる。
「そんなに、解り易いですか?」
自覚がないのか、それとも考えないようにしているのか、自嘲とも言える笑みを口元に浮かべている弟に深い溜息を吐き、後頭部に手を回すと肩口に抱き寄せた。
「兄上?」
されるがままに抱き込まれ、怪訝そうに兄を見上げる。抵抗しようと言う意思は全く浮かんでこない。それよりも布越しに伝わってくる温もりに安堵する。無意識に体の力を抜いて上げていた顔を肩口に埋めると、深く息を吐き出した。
「これは……解り易そうですね……」
護衛やメイド達の目がある所で甘える事は殆どない。それが押し退ける事もせず体を預けている状況を冷静に分析し、己が自覚している以上に酷い状態なのだと結論付ける。
「自覚したか」
強情具合には本当に驚かされる。こちらが気付かない限り溜め込み続けるのだ。
現状を把握した上で宥めすかし、根気強く、時には半ば強引に聞き出さなければ本音を言わない。事ある毎に手を焼かされる事については既に慣れたが、本音を言えば溜め込む前に相談して欲しいと切実に思う。
忙しさにかまけて限界のサインを見逃せば連れ戻すのに多大な労力を要する。かと言って他の弟妹に任せるのは癪に障る。だからこそ、追い詰められていると言うサインを見逃すことがないように常に己の傍に置いていた。
「自覚しました。…………自覚しましたから、場所を移して頂けませんか……」
サロン内に居る護衛とメイド達が見て見ぬ振りをしてくれているのが手に取る様にわかる。皇族のプライベートは見ざる言わざる聞かざるだが、今はその心遣いが恥ずかしい。
「兄上」
声に懇願が混じる。抱き寄せている腕を振り払って離れればいいだけだが、この温もりを自ら手放す事など考えられなかった。
「そうだな」
後頭部に回していた腕を腰まで下げると、立ち上がると同時に引っ張り上げる。
「ぅわっ……」
予想もしていなかった行動に、勢い余ってそのままルクルケツァクルの腕に収まってしまった。
「ちょ……、兄上、離して…………」
慌てて距離を取ろうとするが、腰に回された腕は力強く簡単に外れそうにない。
そもそも、純粋な力比べで勝とうと思う方が間違っているのだ。日々剣を振り回し己を鍛えている兄と、その背に隠れて動く弟。力の差は歴然としていた。
「歩くのに、支障は無いだろう」
エスコートするように歩き出した動きにつられ、抱き込まれたままのエラルディートも動くしかない。悔しい事に、腰に回された腕が己を落ち着かせているのも事実。形だけの抵抗は軽くあしらわれ、深い穴を自ら進んで掘っている気持ちにもなる。
「戻る」
その言葉にルクルケツァクル付きの護衛とメイドが動いた。エラルディートに付いているメイド達はサロンの片付けに残り、護衛達も彼女等の補佐としてサロンに残る。
完全に自室には戻らないと決め付けられている状態だが、反論のしようがない。
一応の区切りを見せた騒動に今まで張り詰めていた糸が切れ、精神的に一人では立っている事も出来ない。
その事を見透かされているのか、ルクルケツァクルに連れられてサロンから出て行く際にそれは見事な笑顔で見送られた。恥ずかしがれば良いのか、怒れば良いのか、結局はそのどちらも表面に出す暇もなく攫われたのだった。
一人が、孤独が怖いと音にして言った覚えは無いが、無自覚の内に垂れ流していた雰囲気で察したのか、皇族全員が集まっていた所ではフィリスティアロスが片時も離れず、今はルクルケツァクルが離してくれない。目に見えて安定を欠いていたキャスティーヌには常時ナラフラレクトが付いていた。
どこまでも甘やかして来る兄に、幾度助けられたか解らない。
末弟から伝わって来たのは包み込むような優しさ。兄から伝わって来るのは片時も離さないという独占欲に似たようなもの。
己に向かって来る二つの感情、そのどちらもが心地いい。エラルディートは己の弱さに内心自嘲し、大人しく兄の腕に体を預けた。
▽ ◇ △ ◇ △
連れられるままに部屋に入ると、部屋の中には誰も居なかった。不思議に思い兄を見上げるが事前に解っていたのか命じていたのか、特に驚く様子もない。
「先に湯を使うか? それとも、一緒に入るか?」
扉が閉じられた後、不可侵、不可視、不可聴結界が自動展開される。ルクルケツァクルの実母であるケーラルーンお手製の魔道具であり、リスティーナやキャスティーヌの部屋には常備されていた。
「…………普通は、先に使うか、後に使うかと聞きませんか」
部屋に入ってからも腰に回った腕は外れる事はなく、部屋に置かれているソファーまで誘導される。
「一緒に入るか?」
完全に二人きりになった所為か、ルクルケツァクルから遠慮というものが欠落する。
「兄……上……」
ソファーに座り、腰に回っていた腕が首筋まで上がって来る。変わりにもう片方の手がエラルディートを逃がさないように腰に回された。
「ん……、ちょ……ま…………」
頤を掬い上げられ、言葉を封じるように軽く唇が触れ合う。
「エル」
耳元で響く低音に思わず首を竦めた。不意打ちに肌が粟立つ。
「先に! 先に湯を、使わせて下さいっ!」
このままでは流される。それは今までの経験上避けたい事態。
「つれないな……。そんなに俺と入るのがイヤか?」
頤は囚われたまま真っ直ぐに覗き込まれ、薄緑の瞳に己が映る。
「ただ、入るだけでは、……済まな……っ……んっ」
反論は塞がれる。先程の軽いキスではなく、根こそぎ奪っていくようなそんなキス。そのまま深く口付けられながら押し倒すように体重が掛けられた。その絶妙な力加減に抵抗する事も出来ず、ソファーに崩れ落ちるしかない。
抵抗しようにも完全に力の抜けた腕ではどうする事も出来ない。結局、ルクルケツァクルが満足するまで口腔内を明け渡すしかなかった。
「は……ぁ…………」
呼吸が出来るように時々離れてくれるが、直ぐに塞がれる。押し退けようとしていた腕はいつしか首に回され、しっかりとしがみ付いていた。
「エル……。エラルディート」
「ゃ……」
己の声が持つ魅力を理解した上でやっているのだから性質が悪い。そしてその声を嫌いではない事が更に事態を追い詰めていく。
「性質が、悪い……です!」
至近距離で見つめ合い、どこか楽しげな笑みを浮かべている様子に思わず恨み言が出る。
「そうか?」
ソファーに押し倒され、深いキスをされ、この後の続きは容易に想像できた。
その証拠に、ルクルケツァクルの掌が布越しに動き始めている。
「兄上……、先に湯を使わせて下さい……」
このまま身を任せても良いが、少し心を整理する時間が欲しい。
「俺は別にこのままでも構わないが?」
「……兄上」
恨みがましく見上げれば、悪戯めいた光を宿した瞳とかち合った。
「我侭だな」
器用に片眉だけを上げ、再び軽く唇を合わせた後、ようやく体を起こす。
離れて行く温もりに縋り付きそうになるが、ここで引き止めれば事に雪崩れ込むのは簡単に想像できる為、残った意思を総動員して首に回した腕を解く。
「そんなに無防備だと、襲うぞ」
はふり。と息を吐き、無防備にソファーに体を預ける様子は誘っているとしか取れない。
「まっ……、待って下さい」
有言実行されては堪らないとばかりに慌てて身を起こした。
「先に、失礼します」
「あぁ、ゆっくり浸かって来い」
バスルームに向かうエラルディートを見送り、ルクルケツァクルはようやく深く息を吐き出した。
サロンではフィリスティアロスに助けられた。末弟に次兄を助けたという自覚は無いと思うが、片時も側から離れずエラルディートのしたいようにさせていただけで随分と救われた。少しでも不快な感情や逃げようとする仕草があれば直ぐにでも側に寄せられるよう、細心の注意を払っていたが徒労に終わった。
母親を心底嫌っていても、血の繋がりを否定する事は出来ない。己の実母が仕出かした事に、己では気付かない間に深く傷ついている。その事を指摘しても返ってくるのは否定。解るからこそあえて沈黙を選んだ。
エラルディートに流れるのは皇帝の血。最も高貴で、最優先で守らなければならない血統。その自覚を欠くほどの衝撃を受けて尚、母を憎んでいると言い張る。
確かに憎んではいるのだろう。和やかに会話をしている場面など一度として見た事は無い。エイリーシャが一方的に捲くし立てるか、エラルディートが不機嫌そうに諌めているかであった。
「母子の結び付きは面倒だな……」
零れ落ちたのは本音。粛清が成った後が正念場だと考える。
今はいいのだ。皇帝と帝妃、そして魔属竜皇の後継を害する者を洗い出していく。その作業に没頭する事で母親の事は多少なりとも薄れるはずだ。問題はその後。全てが片付き、平穏を取り戻した時、エラルディートが壊れないという保証は何処にもない。
嫌っていると言い切っていても心の隅には必ず残る。それはシミとしてか、キズとしてか。それが広がらなければ良いと思う。出来るならば消したいが、事の次第によっては深く残る可能性もある。
祈らずには居られなかった。この粛清で壊れない事を。己の側から離れていかない事を。
▽ ◇ △ ◇ △
いつまでも感傷に浸っている場合ではない。暫く考え込んだ後、ゆっくりとソファーから立ち上がり備え付けられた棚を探る。取り出したのは淡い緑色をしたパフューと呼ばれる固形物。銀の受け皿も一緒に取り出し、ソファーへと戻る。
パフューは香りを魔力で固形化したもので、原初の世界では一般的にアロマキャンドルと呼ばれている。
取り出したパフューはキャスティーヌのお手製で、ナラフラレクトが巻き込まれている場面をよく見かける。香りを創り出すのは得意としているが、それを形にする所が苦手なようで、固形化の作業は殆どナラフラレクトがやっていると言っても過言ではない。
室内を照らしていた明かりを落とすと、ソファーの前に置いてあるローテーブルに受け皿とパフューを置き、無詠唱で火を灯す。魔力を使うよりも剣を使う方が得意だが、細々とした所では便利に力を使っていた。
灯された炎に炙られ、固形化した香りがゆっくりと立ち昇る。そのまま置いていても香りは広がるが、炎で炙った方が香りの広がり方や濃度が全く違う。仄かに香る甘い匂いに満足そうな笑みを浮かべ、再び棚に向かう。
仄かな月明かりとパフューに灯された炎だけで、十分に照明の役割を果たしていた。
「……果実酒辺りが無難……か」
並べられた色とりどりのビンの中から、桃色の液体が入ったビンを取り出す。ついでにグラスも二つ用意し、ソファーへと戻る。
煙が立ち昇るにつれて匂いが辺りに漂い始めた。今回選んだパフューの香りには僅かながら沈静の作用がある。滅多に使わないが、今はあった方が良いと判断した。
「兄上」
湯を使い終わったのか、先程よりは落ち着いた様子のエラルディートが隣に腰掛ける。
「もう少しゆっくりでも良かったんじゃないか?」
さらりと流れる髪を梳きながら、問うた。
「いえ……、大丈夫です。それより、兄上も湯を使われるのですよね?」
頭をルクルケツァクルの肩に預け、軽く目を閉じる。
「そうだな。前に呑みたいと言っていた果実酒を用意しておいた。暇潰しにでも呑め」
ローテーブルに用意されている桃色の液体と二つのグラスに、自然と笑みが零れた。
「ありがとうございます。兄上」
「気にするな。じゃぁ、後で」
「はい。ごゆっくり」
ルクルケツァクルの背中を見送り、辺りを漂う香りに身を任せる。少し甘めの香りは波立つ心を落ち着かせてくれる。
いつもであればもっと甘い雰囲気になるような香りが用意されている。だが、今日は己の心情を優先させる物ばかり。パフューにしても、果実酒にしても。
用意されたグラスの中に一欠けの氷を創り出すと、用意されていた果実酒を注ぐ。桃色の液体は炎に照らされ、輝いていた。
「甘い……」
ピューネから作り出された果実酒だろうか、しつこくない甘さで呑みやすい。酒に弱い己が平然と呑めるのだ。度数もそんなに高くないのだろう。
ピューネは桃の様な味で、後に残らない甘さが特徴的なものだった。
普段のルクルケツァクルは度数が高く、辛めの酒を好む。それは自然と喉を焼き、酒に呑まれる可能性があるエラルディートは殆ど呑めずにグラスを置く事が多い。そんな兄が己の為に態々用意してくれたとなれば、心が浮き立っても誰も文句は言えないだろう。
「…………美味しい」
久々に感じた味覚。サロンでの食事から少しずつ戻って来ていたのは自覚していたが、ピューネの果実酒ではっきりと解った。
母親が末弟の暗殺を企てていると知ってから、食事は味気ないものとなった。城に詰める料理人達の腕は知っている。どれだけ美味しい料理を作る事が出来るのかも解っていた。だが、母親の企ては自身から味覚を奪うほどの衝撃を与えたのだった。
それは、諦めにも似た気持ちだったのかもしれない。事ある毎に帝妃に反抗し、己の立場を弁えない実母の態度。それに対して常に冷静に応じていた帝妃。自分本位な母の姿に怒りを覚え、同時に情けなかった。
粛清。その言葉を聞かされたのは何時だっただろうか。遅かれ早かれ訪れるとは覚悟していた。母の動きを追い、仔に可能な限り害をなさないように心掛けた。
結果は失敗だったと言い切れる。仔の部屋に侵入を許した時点で、エラルディートは己の生の終わりを知った。竜属との厳格とも言える取り決め。それは皇族ならば誰もが知っておかなければならない事。だが、母は寵を強請るあまり、その事が抜け落ちていた。
父やリスティーナが庇ってくれる可能性は高いが、同属を害された竜は手に負えない。今回の粛清で生き延びたとしても、おそらく竜属の報復によって命を落とすだろう。
それまでは。許されるのならばそれまでは、兄の、末の弟の側に居たい。
グラスの中の氷が涼やかな音を立てる。その音で我に返った。
「兄……上」
「零れかけてたぞ」
何時の間に戻って来たのか、兄の手には己が持っていたはずのグラス。
「申し訳、ありません」
「口に合わなかったか?」
取り上げたグラスをローテーブルに戻しながら問う。エラルディートでも飲みやすいように、己では進んで口にしない果実酒を用意したのだが、殆ど減っていない様子から見て、口に合わなかったのだろうと結論付ける。
「いえ……。とても、美味しいです。すみません、ただ、色々と考えてしまって……」
隣に座る兄の背に腕を回す。温かな体温はそれだけで安心をくれた。
「どうした。何が不安だ?」
微かに震える体に、静かに問い掛ける。
「何も……」
「無い訳ではないだろう? エル」
「本当に、何でもありません。…………それより兄上、お願いです……」
肩口に顔を埋め甘える。後頭部に回された掌が心地良い。
「…………エラルディート」
髪を梳かれ、頬に添えられた手に顔を上げさせられる。触れる唇に瞼を閉じ、温もりを、優しさを自らに刻み込んでいく。
後何度許されるか解らない穏やかな時間。夜が明ければ慌しい時が待っている。
だから今だけは。兄を、ルクルケツァクルを独り占めしていたい。それがただの我侭であると言うことは、エラルディート自身が一番理解していた。
おじー様の衝撃発言の前なのでエルがネガティブです。
次の朝に魔属竜皇の決定を聞いて、どうなるか。そんなに変わらない気が……。
ルクとエルの身長差は頭一つ分くらいです。育たなかったんだなー……←
出したい出したいと言っていた方ですが、初登場はどうやら二章になりそうです。
後は、もう少し番外編を書いてから二章に突入したいと思います。
評価、お気に入り登録、感想、ありがとうございます。
励みになりつつ、じわ……じわ……と増えていくお気に入り登録に内心冷や汗……。




